二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル/靴下香

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クソ提督さよならから少し位のお話です


あらあら龍田さん②

 ――受けた傷ってのはな、その傷を与えたやつにしか治せねぇんだよ。

 

 提督が少し寂しそうに言ったその言葉を、ずっと考えている。

 

 

 

 やり場が無くて、名前のつけられない想いを暴力に変えた事はある。

 かつて天龍ちゃんが役立たずと罵られた時だって、この鎮守府に来た時だってそう。

 とことん不器用な私だから、どうすれば良いのかわからなかった。

 

 それでもあの時ははっきりわかった。

 

 そう、あれは殺意だった。

 

 どうして提督が頭を下げているの? あなたは何も悪くないというのに。

 どうして提督が砲塔を突きつけられているの? あなたは誰も傷つけていないというのに。

 

 そうだ、全てはこいつのせいだ。

 なら排除しなきゃ。

 

 意識的に考えついたわけじゃなかったわ。その時は無意識。そう、無意識に私は艤装を展開しそうになっていた。そしてそれを止めたのは天龍ちゃん。

 

 今にして思えば、だけど。本当にありがたいと思う。

 

 あの時私の腕を掴み、目で耐えろと言ってくれた天龍ちゃん。

 その天龍ちゃん自身も歯を食いしばって、もう片方の手のひらは血が滲みそうな位固く握りしめられていて。

 それに気づいたから。……本当になんとか思いとどまることが出来たんだと思う。

 

 それでも電ちゃんの泣き声が聞こえた瞬間堪えきれなくなって部屋から出ちゃったけど。

 

 後を追ってきてくれた天龍ちゃんは涙を浮かべていた。

 その事を指摘すると、お前だってと言われて初めて私も泣いていたんだと気づいた。

 

 戸惑った。涙の理由がわからなくて。

 

 六駆の子達へと想いが届いた事が嬉しい? ――もちろん。

 六駆の子達だけではなく、私と天龍ちゃんの事も忘れて無かった事が嬉しい? ――それもある。

 

 でもそれ以上に。

 

「悔しい……!」

 

 口から勝手に言葉が出てきた。

 

 そう、悔しかった。

 結局私は救われてばかりだった。全部提督がやってくれた。

 次こそは私がと思っていたのに、何も出来なかった。

 

 気づけば涙が止められなくて、天龍ちゃんに抱きしめられている。

 

「……俺も同じだ。だからよ、せめて――」

 

 ――後始末はしようぜ。

 

 驚いた。

 思わず殺すのかと聞き返してみれば。

 

「馬鹿言うなって。そんな事したら提督の顔に泥塗っちまうだろ? なぁに、二度と提督の任に就こうなんて思わなくしてやろうってだけだ」

 

 そう言って天龍ちゃんは笑った。

 

 

 

「はふぅ……」

 

 ――次は我慢しないから~。

 

 そう耳元で言えばアイツは逃げるように帰っていった。

 

 不思議とその姿を見た後、気分がすっきりしている事にびっくり。

 

「受けた傷は、その傷を与えた人にしか治せない。かぁ……」

 

 私はアイツに傷つけられていたのかな?

 もしそうだとしたら、きっとあれで私の傷は治ったんだろうね。

 

 あれからしばらく、六駆の皆がどうなるのか心配だけど……きっと大丈夫。

 

「また、提督頼りになっちゃうけど~……」

 

 かと言ってどうすれば良いのかなんてわからなくて。そんな自分に少し嫌気がさしたりして。

 

 そんな事を考えながらぶくぶくと湯船に深く身体を沈める。

 

 何だかんだで収まったあの場だけど……どうして提督は謝ったのかしら?

 謝る必要があったのはアイツで、提督には欠片もないと思うけどー……。そう今でも思ってるのに、提督はあの時本当に、心の底から謝罪してたと思うわ。

 言ってしまえば、何の関わりも持っていなかった六駆の子達。その為にあそこまで心を痛める理由がわからないわ。

 

「のぼせるぞー?」

 

「えっ!? 天龍ちゃ――わぷっ!?」

 

 び、びっくりした! 

 もーいきなり頭からお湯かけないでよ! あ、髪を纏めてたタオルが湯船に……もう!

 

「天龍ちゃーん?」

 

「あははっ! わりぃわりぃ! 折角の風呂で何難しい顔してんだと思ってな!」

 

 もー! 悪いなんて思ってないでしょう? ほんとに天龍ちゃんはー。

 

「よっと……おー、いい湯加減だなぁ。流石妖精、入渠も風呂もバッチリだ」

 

「……そうねぇ、ほんとに染み渡るわぁ」

 

「……龍田、何かおばさん臭いぞ?」

 

「うぐっ」

 

 お、おばさんって何よー! 失礼しちゃうわ!

 このお肌のハリを見なさい? 何処かおばさんなのかしらー?

 

「ははっ! 嘘だって! 提督の為に毎日磨いてるモンを貶したりしねぇよ!」

 

「ちっ!? 違うわよっ!?」

 

 そそそ、そんな事無いんだからねっ!? この前の発注で化粧水とかそんなの全然気にしてないしっ!

 艦娘にも効果があるのかしらなんて思ってないわ!?

 

「あーはいはい、オレが悪かったよ。ほんとにのぼせちまうぞ?」

 

「だっ、誰のせいでっ!?」

 

「あー? オレのせいか? 違うだろ? あえて言うなら提督のせいだよ」

 

「う、うー……」

 

 か、からかわれた……。

 最近の天龍ちゃんキライよー……。

 

「んで? 何悩んでたんだ?」

 

「……知らないわー」

 

「だから悪かったって。オレが入って来たのも気づかないくらいだ。ほれ、おねーさんに話してみ?」

 

 お姉さんって……何急に一番艦ぶってるのよ、もう。

 

 ……でも。

 

「……提督は、なんであの時謝ったのかなー」

 

「うん?」

 

「ほら、アイツが来た時の話。六駆の皆に謝ってたでしょ? ずっと考えてるんだけどわからなくて」

 

 ――俺も提督だから。

 

 そう言ってた。

 確かに立場は同じだと思うけど――。

 

「あぁ、あれだろ? 責任を取るって意味だろ?」

 

「責任?」

 

「言い換えると、だ。今まで間違った扱いをしていた、もう一度チャンスを『提督』に与えて欲しい。って事だろうよ」

 

 チャンス、ね。

 そっか、そのチャンスに責任を持つって事……ね。

 

 そっか。うん、そうなんだ。腑に落ちたわ。

 

「響なんかは何となく理解したのかもしんねぇな、何も考えていないようで考えてやがる。暁も……そういう気持ちを向けられて、応えたいと思ったんだろうよ」

 

「……うん」

 

「しっかしあの後のアイツには笑えたな? まさかあの場で――」

 

 腑に落ちた。

 

 けど。

 

「天龍ちゃんは」

 

「――ん?」

 

「何でわかったの?」

 

 提督の真意……と言うか、言葉に内包されていた気持ち、意味。

 私がいくら考えてもわからなかったそれ。

 

「提督に教えてもらったの?」

 

「龍田……」

 

 あぁ、悔しいな……ううん、違う。

 

 嫉妬ね、これは。

 

 なんでもないように、当たり前かのように答えた天龍ちゃんへの嫉妬。

 

 まるで、私が提督のことを何も理解できていないかの様な気持ちになる。

 

 私だって……。

 

 私だって、天龍ちゃんと同じようにこの鎮守府を、提督を守りたいと思ってるはずなのに。

 

「どうして? 何で天龍ちゃんはわかるの?」

 

 羨ましい。

 きっと天龍ちゃんが言ったことは正しい。提督はただ謝ったんじゃない、きっと六駆の子達へと責任を持つと宣言したんだ。あの人はそういう人だ。

 だから私だって前を向けたんだ。自暴自棄になりそう……いやそうだった私を掬い上げてくれたんだ。

 

 なのに、どうして私にはわからないの?

 

「なぁ、龍田。オレはよ、アイツの最高の道具になりてぇ」

 

「……道具?」

 

「そうだ。たとえその為にアイツがオレに死ねと……言う訳ねぇや。そうだな……この身体を求められても、か? 喜んでなんでも出来る」

 

 かかか、身体ってっ!? それはつまりその!?

 

「まぁオレ如きの身体じゃあ満足してもらえねぇかも知れないけど……ってどうした?」

 

「にゃっ!? にゃんでもないわー!?」

 

 もうっ! 急に何を言い出すのよ天龍ちゃん! 今は真面目に……。

 

「提督の意思を、想いを貫き通す為の道具()になりてぇんだ……だから誰よりもアイツの言葉、想いを理解してぇと思ってる」

 

 ……道具。

 

 きっとあの人はそんな風に自分を思って欲しくないと思うんだけど……。

 

 天龍ちゃんの目は真っ直ぐで。まるで目の前に提督がいるかのように見据えていて。

 

「あのクソ提督も……深海棲艦も、あらゆる困難をも貫ける刃に。一振りの刀になりたいんだ」

 

「……」

 

 あぁ、そうか。そうなんだ。

 天龍ちゃんはきっと、提督の想いそのものになりたいんだ。

 そしてそれを担い、海を征きたいんだ。

 

 天龍ちゃんは、提督に全て捧げてるんだ。

 

「アイツはさ。何処かちょっと狂ってる」

 

「えっ?」

 

「考えてもみろよ? オレにせよ龍田にせよ……六駆にせよ。アイツはオレたちが艦娘であるってだけで簡単に我が身を犠牲にしようとする。犠牲ならオレや龍田が着任した時、時雨達の盾にでもなんでも使おうと思えば使えたはずなんだ……実際、オレはそう覚悟してたし」

 

 それは私も思っていたことで。

 確かにあの時私を囮にでもなんでもすればいいと確かに考えていた。

 

 でも、しなかった。

 

「アイツは簡単に傷つこうとするんだ、オレ達の代わりに。……でもそんなの、艦娘の名折れだろ? 海を、日本を守護するはずの艦娘が提督一人守れないなんて」

 

「……うん」

 

「アイツが傷つくなんて許せねぇ……認められねぇ。だからオレはアイツの道具(意思)になりたい。意志を貫く為の刃になりてぇんだ。アイツが傷つくことの無いように」

 

 ……そんな事考えてたんだ。

 

 あぁ、すごいな天龍ちゃん。私とはぜんぜん違う。

 

 私は……そんな事、何も考えられなかった。ただ守りたいと思っていただけで、それでも結局何も出来なくて。

 

「……すごいな、天龍ちゃんは」

 

「はぁ? 何だよ急に」

 

「ううん、私と違って……何も出来ない私とは全然違うもの。ちょっと……羨ましいなー」

 

 勢い良くこっちを振り向いた天龍ちゃんから水しぶきがあがる。

 でもそれも全然気にならなくて、心底羨ましく天龍ちゃんを眺めちゃう。

 

「……バッカ、羨ましいってのはこっちの台詞だっての」

 

「え?」

 

「龍田、気づいてねぇのか? お前が楽しそうに時雨やら夕立やらと笑ってる所を見た提督がどんな顔してんのか」

 

 私が笑ってる時?

 え? 提督どんな顔してるの?

 

「……はぁ、ほんっとお前にゃ敵わねぇよ」

 

「ちょ、ちょっと天龍ちゃん!?」

 

 ざばっと立ち上がった天龍ちゃん。

 私に背を向けてお風呂から出ようとする。

 

「……すんげー嬉しそうに……いや、幸せそうな顔してんだよ提督。オレにゃあんな顔はさせられねぇよ」

 

「……」

 

 そんな顔してたんだ。提督。

 

 どうしよう? え? どうしたらいい? 

 それを知ってしまった私は……これからどうしたらいい?

 

「それによ、オレもそんなお前がいるからさこんな事思えるんだぜ? お前が笑ってるから、心置きなく刃になりたいと思える。……これからも頼むぜ? 龍田よぅ」

 

「……うん」

 

 あぁ、そうか。そうなんだ。

 

 私も、提督の幸せになれていたんだ。

 

「……胸、煩いなー」

 

 鼓動が煩い。ドキドキと、こめかみまで昇ってきている。

 

 そうだ。じゃあこうしよう。

 

「天龍ちゃんが貫く刃になるのなら……私は幸せを守る盾になるよ」

 

 何も出来ない私だと思ってたけど。

 何も思い浮かばなかった私だけど。

 

 笑おう。

 それがあなたの幸せなら。

 

 あぁそうだ。私は確かに幸せを作り出すことは出来ないかも知れない。

 

 だけど。

 

「あなたの創る幸せを守る事は出来るから」

 


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