二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル/靴下香

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演習映像が大本営に届いたようです

 大本営司令長官室。

 

 部屋に備えられたテレビの前、ソファに腰掛け流されている映像に釘付けになっている男。

 例えば白髪だらけの頭が示すように、あるいは日々深くなっていったであろう皺と共に修羅場をくぐり抜け続けた歴戦の勇士といった風貌のように。そのどれからも想像がつかない雰囲気、顔つきとは裏腹に少年のように目を輝かせながら。

 

 流されている物は横須賀鎮守府所属の金剛型戦艦と墓場鎮守府所属艦娘が行った演習映像。

 

 流れ終わった映像をリモコンで巻き戻し、最初へと。

 これで彼がこの映像を巻き戻した回数は三回。

 

 一度目は驚きながら巻き戻し二度目は深く考え込みながら。そしてこの三回目は年甲斐もなく心躍らせながら。

 

 映像が最初に戻った時、部屋の主がノックの音と共に現れた。

 

「申し訳ありません、お呼びしたのにも関わらず遅れてしまいまして」

 

「構いません。私を呼んだのはこれが届いたからでしょう……こちらこそ先に一人で観てしまい申し訳ありません」

 

 敬礼していた手を降ろし、失礼しますと言いながら男の隣に腰掛けた長官。

 

「長官はこれを?」

 

「いえ、まだ見ておりません」

 

 ならばと巻き戻された映像を見るように顎で促しながら自身も再びテレビへと視線を戻す。

 

 映像が届いたのは今日の朝。

 すぐに見ようと思っていた所、南一号作戦の詳細を詰める為にと呼び出され先程までは作戦室で会議を行っていた。

 

 少し緊張している面持ちの長官と楽しげに映像を眺める男。

 

 映像が進むにつれ顔に浮かべていた緊張は解けていき、決着がついた頃には何時も浮かべている笑顔を戻していた。

 

「大将、感想は如何でしょう?」

 

「……今は大佐ですよ、長官殿」

 

 不快気に顔を歪ませつつ長官を少し睨む大将と呼ばれた男。

 

「良いじゃないですか。僕も大将の敬語を聞くと立つ鳥肌を耐えるのが辛いんです……それに、あなたも話しにくいでしょう?」

 

 苦笑いを浮かべながら言う長官。

 

 そう、長官の隣に座る男の階級は大将。元帥に次ぐ権力の持ち主。

 

 基本的に将官は大本営勤務となる。

 鎮守府で提督として着任する場合は佐官、大佐という階級が最高階級である為、一時的に階級が変更された男。

 

 その事に対して不快を示している訳ではなく、自分の事も、あらゆる事情を分かっていながらそう告げてくる長官に鼻をつまんでいるのだ。

 

「……一言、強い」

 

 やれやれと頭を振り、少し前の自分へと顔を戻した男はそんな事を言いながら話を続ける。

 

「……貴様がかつて言っていた艦娘は人でも兵器でもないという言葉。それを思い出した」

 

「と、言いますと?」

 

 何処か懐かしむような視線に気づかないふりをした長官は話の続きを催促し、大佐は一つ頷いた後口を開き直す。

 

「たった今見ただろう。墓場鎮守府の艦娘、前衛を走った駆逐艦がわかり易いか。これは紛れもなくわしらが持つ艦隊行動の常識を逸している……後方から常識破りの動きをする前衛を完璧に支援した元あの鎮守府の艦娘もそうだが、際立つのはそれら全てを指揮したあの軽巡洋艦。確か……」

 

「天龍です」

 

「そう、天龍。その天龍の指揮が見事だった。混戦を混戦で無くした、あの艦隊を秩序だてた、わしらには想像も出来なかった形でな。その上で指揮に徹するわけではなく、自身もしっかりと戦闘に参加。金剛型には悪いと思うが、負けるべくして負けたとも言えるだろう」

 

 瞑目し、思い出すように語られる大佐の声は何処か浮き立つ心を抑えるの必死。紛れもなく初めて見た戦術に興奮し気分が昂ぶっていると長官は感じる。

 そう思うからこそ、より詳しく話を聞き出そうと言葉を選び、話を続ける。

 

「それは……単純に練度だけを見て、でしょうか?」

 

「やれやれ……言わせようとしているのか貴様」

 

「さて、何のことやら」

 

 あっさりと思惑を看破された長官の背中に冷たい汗が一筋。

 その冷たさを知ってか知らずか、大きくため息をついた大佐は吐ききった息を静かに吸い込み直す。

 

「練度はそう大きく変わらないだろうな。一番違うのはあの目……必ず勝利するという色の他に含まれていた物があった。大きく差があったのはその含まれていた物の質だろう」

 

 その言葉を聞いた長官は大きく頷く。

 

 墓場鎮守府へ送った金剛型はかつての横須賀鎮守府主力。

 長門、陸奥といった戦艦が建造されてから出番は少なくなってしまったが、間違いなく強いのだ。

 その金剛型に勝利したというのだから練度以外に理由があると長官は思っていたが映像を見たことで理解した。

 

 彼女達は彼の為に強くなったのだと。それはかつての最大規模、最高戦力と言われた横須賀鎮守府の艦娘を破るほどに。

 

「艦としての力を上手く使うだけではなく、想いによってその力を増幅させる。故に人でも艦でも無い艦娘、か……」

 

「大佐」

 

「分かっておる。兵器派の人間もこれを見れば納得する他あるまいて……わしとしても、な」

 

 第一関門、突破。

 

 長官はそう確信した。

 

 もしもこの演習で彼らが敗北していたら兵器派によって立案した作戦が強行されていた所。

 今となっては極僅かと言っていい中立派。成果主義派とも言い換える事が出来る、自分の保身も躍進も気にかけずただひたすらに勝利の二文字を追い求める一番軍人らしい派閥。

 

 その筆頭である大佐……大将。

 彼の発言力は極めて大きい、それは兵器派ですら捨て置くことが出来ないほどに。

 

 長く軍に勤め、功績を重ね。順当に階級の階段を昇った彼の信頼は厚かった。それは上下関係なくあらゆる人間に。

 その彼が言うのだ、兵器派は苦々しく思うかも知れないが納得せざるを得ないだろう。

 

「だが、分かっているな? 墓場鎮守府の戦法は初見だからこそ通用した部分も大きい。慣れられてしまえば、ちゃんとした構成の艦隊なら……勝敗は別としても、こう簡単にはいくまい」

 

「分かっています。それは僕だけではなく、彼、彼女達もそうでしょう」

 

 大佐の言葉に緩んでいた頬を引き締め直す長官。

 

 そう、あくまでも第一関門を突破したに過ぎない。

 確かにこれで別の作戦を執る、執れる可能性は高まった。そしてその作戦は墓場鎮守府に依存した形の物になるだろう。

 

 極めて高い戦力を有すると証明したあの鎮守府。

 だが、その戦力があてにならない。または潰れてしまった、その戦力から見込まれる戦果が想定以下だった時、兵器派の作戦が執られる可能性は十分にある。

 

 中立派の大佐。

 

 兵器派が大佐に対してある程度従うのは彼が成果主義であるからこそだ。

 勝つためなら何でもやるという姿勢はすなわち、勝つための最善手を躊躇わないということ。

 

 かつて墓場鎮守府を建築するための作戦。多くの艦娘を犠牲にすると分かっていた作戦。

 あの時意見は割れていた。そして最終決定は大佐に委ねられ、可決した。

 それが建築作戦の最善手だと紛れもなく長官の隣にいる彼が判断したからこそだったからだ。

 

「……わしは今回大本営大将として作戦には参加しない。その意味がわかるな?」

 

「……はい」

 

 南一号作戦、総司令官。それは司令長官となった。

 兵器派の人間たちはこぞって反対していたが、元帥の決定であるということはもちろん、そして何より補佐として横須賀鎮守府提督として大佐がついていくとなってようやくその意を引き下げた。

 

 そしてそれがわかった上で告げられたその言葉の意味。

 

「僕は、その必要があるなら……たとえどんな作戦であろうと最善手を執ります」

 

「……時期が来れば金剛から連絡が来る。それまでに改めて(・・・)覚悟を決めることだ」

 

 再び瞑目する大佐。

 話は終わり、と打ち切る形ではあったが長官はこれを優しさと受け取った。

 今もなお、自分の中で叫んでいる何か。間違えていると苦しみの声をあげている何か。

 

 何かに蓋をして言われた通り、覚悟を改める為に今までのことを振り返る。

 

 一度目の南一号作戦。その大敗は後悔しか残らない物だった。

 あらゆる物を失った。それは自身が着任したと同時にやってきた絆深い初期艦(叢雲)の身体でさえも。

 

 あの時の絶望を覚えている、失った温もりを覚えている。

 

 そしてそれを二度と誰にも味わわせたくない。

 だからこそ二周目を選んだ。新しい水平線に勝利を求めた。

 

 それでも犠牲無しに上手くなんて行かなかったこの世界、残されたのは勝利と言う二文字のみで。故に最善手がたとえ多くの艦娘を再び犠牲にするものであっても、長官はやれと命令するだろう。

 その事を悔やむ資格は今の自分には無いと長官は考えているから。

 

 多くの物を取り戻すなんて事は出来ないし、悔やむにはすでに多くの艦娘を傷つけすぎた。

 

 大淀は言うに及ばず、自分と似たような経験を持つあの金剛でさえも利用すると決めたのは自分だと。

 

 後悔は先に立たない。

 その事を長官は痛いほどによく理解している。

 

 だからこそ勝利のために厭わない。この世界から全ての深海棲艦を駆逐することに全てを賭ける。

 

「本当は、お前にそんな顔をさせたかった訳ではないのだがな」

 

「……」

 

 大佐としてでも、大将としての顔でも無い顔を浮かべながら大佐はポツリと言葉を零した。

 

 それは長官の浮かべていた表情があまりにも悲壮の色が強いように大佐には思えたからだろう。

 

 長官との付き合いは長い。

 いや、長い等という言葉は当てはまらない。

 まるで親子のように深く記憶に刻まれている二人の軌跡。

 

「大佐。今は、勤務中です」

 

「……あぁ、すまない。だがな」

 

 こほんと咳払いを一つ。

 それはどちらのものであったのか、もしかしたら二人の咳払いだったのかも知れない。

 

 だが、その咳払いで作り直そうとした雰囲気は変わらず。いや、他ならぬ咳払いをしたはずの大佐自身が変えなかった。

 

「わしはこの作戦終了と共に引退するじゃろう。結局お前には何一つらしいことが出来んかったが……もしもこの作戦が成功して、お互い無事に生き残ることが出来、海に平和が戻ったその時は」

 

「……そうですね、その時は酒でも飲み交わしましょう。ずっと出来なかった親子としての時間を……作り直しましょう」

 

 あまりにも軍人として互いを認めあった二人。

 故に言葉に出た親子という響きに違和感しか覚えられない。

 

 その事を長官は寂しく思う。

 かつては作り直すまでもなく紡がれた縁を。ただの七光息子で居ることができた時の事を。

 

 だがそれでも創り出せるはず。

 

 たとえ血の絆は無くとも、紛れもなく二人は親子。

 新たに絆を紡ぎ出すために必要なのは時間でも何でもない。

 

 ただ相手を想う気持ち、それだけで良いのだから。

 


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