二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル

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金剛姉妹が墓場鎮守府で過ごすようです

 ――この鎮守府はおかしい。

 

 それがここ数日墓場鎮守府で時を過ごした霧島の感想だった。

 

 金剛型姉妹はそれぞれ役割を与えられた。

 金剛、比叡は防衛線構築の為出撃艦隊と共に前線へと出撃。

 榛名、霧島は練度不足を補うためタンカー護衛任務に就いている第三艦隊の護衛。

 

 一日に二回行われるタンカー護衛任務。霧島は午後から行われる時に参加している。

 

 故に午前中は基本的に鎮守府で過ごしているのだが……。

 

 朝、妖精が吹く総員起こしのラッパが高らかに響く。

 その音に目をこすりながら起床、身だしなみを整えた後まず行われるはずの朝礼は無く、食事の時間だった。

 

「あ、おはよう~霧島さん」

 

「はい、おはようございます」

 

 ここからおかしいという思いは始まる。

 

 休日、非番。

 そんな言葉はこの鎮守府に来てから初めて聞いた言葉。

 それに今日当てはまる龍田がニコニコと厨房に立っている。

 

 休日なのだから気の済むまで惰眠を貪るでも、気分転換に精を出す等すればいいはずなのにも関わらず全ての艦娘が朝食に顔を出し突き合わせる。

 龍田自身は料理が楽しいからと話しているが、料理の出来ない艦娘であってもニコニコと笑顔を絶やさず配膳を手伝ったりしていることに霧島が首を傾げたのはつい最近。

 

 基本的に艦娘や提督への食事は民間から仕事としてやってくる人間によって作られる。

 来た人間はこぞって無機質な表情を浮かべながら食事を作っていたし、ましてや艦娘へと笑顔で料理の皿を手渡したりしない。決まって予めテーブルに配膳されている物を、準備のできた者から食べていく。

 

「はい、今日は焼鮭とお味噌汁にご飯……あっそうだー、美味しいたくあんがあるのよーちょっと待っててねー」

 

「は、はい」

 

 笑顔でお膳を手渡されたと同時に、両手をぱんっと叩きパタパタと冷蔵庫を開ける龍田。

 

 墓場鎮守府では、休日の艦娘……料理のできない艦娘だった場合、提督が料理を作る。

 その事を聞いた霧島は、というより金剛型姉妹全員はしばらく言葉の意味が理解できないと言ったように唖然とした。

 

 確かにここは最前線で、民間人を派遣するには危険な場所。

 だから艦娘が自炊するというのは辛うじて理解の及ぶ所、だが提督までもが料理をするとは一体どういう事かと。

 

 見慣れた。

 確かに数日を過ごした今となっては見慣れた光景だが、霧島を含めた金剛型戦艦全員が未だに慣れない。

 

「あれ? どうしたんだい? 席に行きなよ?」

 

「そ、そうですね。すいません」

 

 霧島のように龍田からお膳を受け取ろうと後ろに並んだ時雨が不思議そうに霧島へと声をかける。

 

「あ、時雨ちゃん。今日はこのたくあんがオススメよ~?」

 

「へぇ? ……龍田、やるね。まさかついに漬物にまで手を出すなんて……」

 

「うふふ~。先生は、まだまだ越えられるわけにいかないものね~?」

 

 二人の間に走った火花を背に、未だどこかぎこちなく霧島は朝食テーブルへと着く。

 

「おはようございますっ!」

 

「はい、おはようございます夕立さん」

 

 先にイスへと座っていた夕立が朗らかに霧島へと挨拶。あまりにも純な笑顔に霧島もぎこちなさを消し、つられて笑顔になった。

 人懐っこいと言うべきか、裏表なく人付き合いをする夕立に対して金剛型の全員が好意的だったりする。

 

「今日も一日頑張るっぽい!」

 

「そうですね。この霧島も一層奮励しましょう」

 

 ニコニコと近づいてくる夕立を可愛らしく思い、頭へと手を伸ばしてみれば。

 

「ちょっと待つっぽい!」

 

「えっ!?」

 

 ずざざっと大きく後ろに飛び退く夕立。その事に驚くと同時に。

 

「おはようさん」

 

「あ、おはようござ――」「提督さーんっ!!」

 

 提督が食堂に現れ、夕立が提督に飛びついた。

 小さな呻き声とえへへ笑い。少し遅れて呆れながらも微笑ましいといったような視線を送る者達。

 

 やがて頭を撫でられ満足した夕立は再び霧島のところに戻ってきて。

 

「はいっ!」

 

「え? あ、あの?」

 

 頭頂部を霧島に差し出す夕立。その意図がわからず困惑する。

 

「あれ? 間違ったっぽい? 撫でてくれようとしてたっぽい?」

 

「え、ええ。先程はそうでしたけど……嫌だったのでは?」

 

 てっきり嫌がられたかと思った霧島は恐る恐る伺うが、夕立は大きく音が出るくらい首を横に振って。

 

「違うっぽい! 撫でてもらうの好きっぽい! でもね……」

 

「でも?」

 

「提督さんに一番に撫でて欲しいっぽい!」

 

 にっこり高らかにそう言い放つ夕立に霧島の眼鏡がずれた。

 

 ニコニコと笑う夕立に苦笑いを浮かべながらその頭を撫でる。

 

 ――この鎮守府はおかしい。

 

 始まった朝食にしてもそうだ。

 ここには朝礼が無い。だが正確には朝食の時間が朝礼なのだ。

 全員提督が席に着くまで誰も食事に手を付けない、そしてそれが分かっているから提督は必ず朝食に出てくるし間違っても遅刻しない。

 

 霧島達金剛型がまったく見たことの無い、想像もない。理解すら及ばない朝礼。

 それは時に談笑を交えながら、まるで戦いの話をしているなんて露程にも感じないほど穏やかに行われた。

 

「お、このたくあんうめぇ」

 

「あ……あははー、おかわりあるよ~?」

 

 後手で提督に見えないように小さくガッツポーズをする龍田。

 それに気づいた霧島と榛名は微笑ましそうに、あるいは羨ましそうに視線を向ける。

 

 敬意を持ったこと、払ったことはある。

 だが、霧島は今まで提督という存在に対して親しみを持ったことはない。

 だからこうして隠すこと無く提督に対して好意を示せる事を少し羨ましく思う。

 

 とは言え。

 

「ここって……一応軍、よね?」

 

 あまりにフランク。まるで全寮制の食堂かと錯覚するような空気。それは霧島がつい先日まで身を置いていた軍という場所からはあまりに遠い。

 もっと規律正しく、凛とした空気の下戦に備えるべきだ。霧島はかつてより今まででもそう思っている。

 なのにも関わらず、食堂を包む柔らかい雰囲気を嫌いになれず再び首をかしげる霧島だった。

 

 

 

 ――この鎮守府は不思議。

 

 それがここ数日墓場鎮守府で時を過ごした比叡の感想だった。

 

 緩い朝食の雰囲気。

 朝礼も兼ねているなんて言われた時には思わず変な声を上げてしまった比叡、朝食後にしっかりと今日の予定について提督の口から述べられほっと安堵した初めての朝食を思い出す。

 

 驚きこそしたものの、何故か怒る気持ちにはならなかった。

 

 もっと真面目に気合を入れてやって下さい。

 

 そう言っても良いはずだった。にも関わらず、口からその言葉は出なかった。

 

「各自、必ず無事に帰ってくるように」

 

「了解っ!」

 

 防衛線構築のために出撃。後ろにあの鎮守府はまだ見えるだろうか。

 ちらりと後ろを振り返ってみればそこにはもう豆粒のように小さくなってしまった鎮守府。

 

 だけど何故かまだ見送ってくれた司令は敬礼を自分達に向けている気がする。

 

 そう思った。そうしてそう思った心地よさだけを感じてしまった。

 

 それが理解できず、不思議と感じている。

 

「どうされましたか?」

 

「あ、いえ大丈夫です! 比叡、気合! 入ってますっ!」

 

 首を傾げていた比叡を気遣ったのは鳳翔。心配気な視線を送っている。

 

 心配かけてすいませんと言うように両手に握りこぶしを作り鳳翔へと見せつける比叡だが。

 

「ふふっ」

 

「えぇ!? な、何か可笑しかったですかっ!? 私、頑張りますよっ!? 頑張るからぁ! そんな微笑ましいものを見るような顔やめてぇー!」

 

 何かを察したような鳳翔は頬に手を当てて微笑んだ。

 バカにされている……というよりは何処か背伸びしている子供へと向けるような視線を受けた比叡は慌てて声を上げる、だがその行為がより鳳翔の笑みを深める事に理解は及ばない。

 

「不思議、ですよね?」

 

「ひぇっ!? な、何がですか?」

 

「この鎮守府が、ですよ」

 

 その言葉に慌てていた心がぴたりと静まった。

 

「その気持ちはよく分かります。私も、最初はそうでしたから」

 

「……鳳翔さんも、ですか?」

 

 懐かしむ程に時は経っていない。だがそれでも鳳翔は懐かしむような表情を浮かべながらかつてを思い出す。

 

「これでも私はまだ、あの鎮守府に居た時間のほうが長いですから。今、比叡さんが感じている戸惑いは何となくですが察することができます。きっとかつて私が感じたものと似ているのでしょう」

 

「似ている、ですか」

 

「はい。まったく同じでは無いでしょう。同じなのは恐らく理由のつけられない心地よさだと思います」

 

 意図せず目を丸くするのは比叡。

 自分と似ていると言われたことはそうだろう、墓場鎮守府が建築されるまで最前線と呼ばれていた鎮守府に鳳翔が所属していた事は知っている。

 それどころか、その鎮守府で上手くやっていたことさえも。

 

「私はすでにその理由を知っています。その心地よさに名前だってあります」

 

「そ、それは一体何なのでしょう!? 教えて下さいっ!」

 

 心地よい。

 だがそれ以上に気味が悪いと比叡は感じている。

 

 それもそうなのだ、僅か数日。

 この鎮守府に来てからあまりにも少ない時間。

 

 だと言うのにどうして。

 

「私は、何故こんなにも……っ!」

 

「帰りたいと思ってるのか、でしょうか」

 

 ドクンと大きく比叡の心臓が跳ねた。それを自覚した。

 

 そう、たった今出撃したばかりだと言うのにもうあの司令が待つ鎮守府に帰りたいと思っている。

 

 跳ねた心臓の衝撃で口から言葉が出ない比叡に鳳翔は言葉を続けた。

 

「その理由は様々です。一概にこれだとは言えません、ですが」

 

「です、が?」

 

 そこで鳳翔は笑みの種類を変えた。

 何から何へと変化したのか、比叡にはわからない。

 ただ、鳳翔は少し顔を赤らめて。微かな熱に浮かされるように言ったのだ。

 

「兵器でも、艦娘でもなく……私の無事を祈って、待っていてくださる方がいる。私は、それが酷く心地よいのです」

 

「……兵器でも、艦娘でも……ない」

 

 鳳翔は答えを述べた。

 それでも比叡は理解できなかった。ただ胸にストンとその言葉は入り込んだ、主張するわけでもなくただあまりに自然に心へと座り込んだ。

 

 鳳翔が言うように理由はきっと様々で。

 その様々をきっとこの鎮守府の艦娘はそれぞれ胸に宿していて。

 

 ――この鎮守府は不思議。

 

 感じていた気味の悪さだけが取り除かれた心地よさと海風を感じながら、前を走る金剛の下へと急いだ。

 

 

 

 ――この鎮守府は楽しい。

 

 それがここ数日墓場鎮守府で時を過ごした榛名の感想だった。

 

 横須賀鎮守府に居た頃の日々を榛名は充実していたと思っている。

 

 先に建造された同型戦艦。姉と言っていい存在の金剛と比叡、その二隻から大きく間が空いて建造された榛名と霧島は演習と近海に現れる深海棲艦の撃沈が主な任務だった。

 演習を行い、少しの休憩の後出撃し深海棲艦を屠る。

 そうして帰ってきてみれば部屋でこっそりと行われるティーパーティー。

 

 そんな毎日に不満を覚える事なんて無かったし、それでいいと思っていた。

 自分は兵器であり、この国を人を海を守る存在だと納得できる毎日であることに喜びすら感じていた。

 

「榛名さんっ! そんなんじゃ駄目よっ!」

 

「あうあう……は、榛名、虫は大丈夫じゃありません……」

 

「じゃあ雑草取り一緒にする?」

 

「あ、はいっ! それなら榛名は大丈夫ですっ!」

 

「響、雑草取りも大概虫がいるわっ!」

 

「うぅ。は、榛名はどうすれば……」

 

「それなら私と新しい花壇へ使う土作りをするのですっ!」

 

「はいっ!」

 

 タンカー護衛任務から帰投した第三艦隊と霧島。

 第三艦隊に損傷は無し。榛名もそうだが、霧島も慣れない護衛任務に手を焼きながらも何とか無事。

 とは言え今回霧島は損傷してしまったようで入渠ドックへ向かった。

 

 任務が終わったばかりだと言うのに第三艦隊のメンバーは旗艦として提督へ報告しなければならない那珂を除いて真っ先に花壇へと向かった。

 

 帰ってくるタイミングを見計らって花壇前で待機していた榛名。理由はもちろん花の世話をするため。

 

 午前中に任務を終わらせた榛名に割り振られた仕事はもう一つ、護衛任務で忙しい那珂に代わり装備開発を行うこと。

 了解しましたと嫌がる素振り無く明るい返事をした榛名だったが、その生来の生真面目さにより初めて行う装備開発作業は、榛名の自覚無くストレスとなってしまった。

 

 自分の装備を点検、メンテナンスを行うのは当然だったが、その装備自体を自分が作成するなんて思ってもいなかったのだ。

 初めて見る妖精を可愛いと愛でる余裕もなく、ひたすらに慣れない作業へ勤しむ。

 

 那珂、第三艦隊がフル活動してしまい上手く回すことの出来なくなった装備開発。その穴は埋めなければならないもので。

 故に提督は榛名に装備開発の指示を出すと共に、第三艦隊へと榛名も花壇の世話に交ぜてやってくれとお願いした。

 初日にあれほど楽しげに水やりをしていた榛名ならばよい息抜きになるのではないか、そして今の明るい六駆ならばそんなストレスからすら榛名を守ってくれる、癒やしてくれるのではないかといった思惑から。

 

 そしてその効果は覿面だった。

 

 彼女を快く受け入れた六駆は、可愛らしく先輩風を吹かせながらも楽しそうに今は害虫駆除に精を出している。

 アブラムシに思わず悲鳴を上げてしまった榛名を雷が叱り、さらなる虫地獄へ邪気無く誘おうとする響を暁が止め。最終的に電と共に土作りをすることに。

 

 そう、初めてなのだ。

 

 護衛任務を経験することも、にこやかに食事を摂る事も、戦闘や自身を高める演習以外に精を出すことも。

 

 姉妹以外の誰かと笑いながら余暇を楽しむことも。

 

「えっと……この花はガーベラ、と言うのでしたか。どんなお花なのでしょうか?」

 

「可愛らしいお花なのですっ! えっと……響ちゃーん?」

 

「うん。はい、これ」

 

 雑草取りに勤しんでいた響は手を払い近くに置いてあった花図鑑を開き榛名へと手渡す。

 

「わっ、ほんとに可愛らしいお花ですね!」

 

「そ、そう? 一人前のレディには少し似合わないなんて思ってたんだけど……」

 

「じゃあそんなレディに似合う花ってなんだい?」

 

「えっ!? ……バ、バラ、とかかしら?」

 

 暁がバラと答えた瞬間雷が笑いを堪えきれず吹き出し、その雷にぷんすかする暁。

 

「な、なんで笑うのよっ!?」

 

「ご、ごめんなさいっ! バラを口に咥えた暁を想像しちゃって……っぷ。あは、あはははは!」

 

 つまんでいた芋虫をお腹を抱えて笑っている雷へと投げつける。

 笑いながらもごめんなさいと言う雷への怒りは収まらず、反対の手に持っていたスコップを頭上で振りながら可愛らしく雷へと暁は襲いかかる。

 

 そんな微笑ましい光景に笑顔を深ませながら、ガーベラの特徴やお世話の仕方が書いてある項を眺める榛名。

 不意に、書かれている文字の一節に目が留まる。

 

 ガーベラの花言葉。

 

 続きに書かれている前進、希望という文字。 

 

 その言葉、意味に榛名は一番艦、金剛へと思いを馳せる。

 

 いつだって自分達を守り、導き前を走っている金剛。

 その姿に停滞を感じたのは何時だったか。

 

 軽く頭を振る榛名。

 

 ――何時からなんて知っています。ですけど……。

 

 小さく呟く。

 

 停滞を感じているとは言え最愛の姉である事に変わりはない。

 そう、最愛の姉だからこそ停滞していると感じてしまう事が辛い。

 

 ――この鎮守府は楽しい。

 

 もしも、この鎮守府に所属していたなら金剛も。

 

 そんなありもしない、ある訳がない。訪れることのない夢を想いながら、泡沫の夢(楽しさ)に身を任せる榛名だった。

 

 

 

 ――この鎮守府は強い。

 

 それがここ数日墓場鎮守府で時を過ごした金剛の感想だった。

 

 それは例えば防衛線構築任務中。

 

「金剛サン! 頼んだっ!」

 

「イエース! 撃ちますっ! ファイヤー!!」

 

 主砲を放つその一撃。

 それは確かに敵、戦艦ル級エリートに吸い込まれた。

 

 前線で戦う墓場鎮守府の第一艦隊、遥か後方から。

 

 任務自体は極めて単純、戦力を集めやすい小さな無人島へと資材を集積する。

 その付近の深海棲艦を撃滅し安全を図る。

 ただその二点のみ。

 

 本来、集積作業は墓場鎮守府の艦娘が担うはずの役割で。

 まさか出向してきた比叡がその作業を行い、比叡の護衛をしつつ撃滅作業を墓場鎮守府の艦娘が行うことになるとは思っていなかった金剛。

 

 遠くから金剛に向けて親指を立てる天龍と、喜び跳ねる夕立。

 時雨は金剛へとお礼を言っているかのように頭を下げていたし、龍田もまた同じく。

 

 何処か引き攣った笑みを浮かべながら応える金剛の内心は驚きで満ちていた。

 

 あの演習で強さは理解したと思っていたがそれはまだまだ認識が甘かった。

 

 午前は第一艦隊、午後は第二艦隊。

 

 防衛線構築任務はそうして振り分けられた。金剛と比叡はそのどちらにも参加している。

 

 第二艦隊はまだいい、極めて高い練度だと感心できたし見習うべき動きだと理解もできた。

 だが、第一艦隊はもはや理解しようとすら思わない。いや、理解しようとすることを許してすらもらえなかった金剛。

 

 どうすればただの水雷戦隊、軽巡洋艦二隻と駆逐艦二隻が、戦艦、正規空母、重巡洋艦、軽巡洋艦、駆逐艦二隻からなる深海棲艦隊を撃破できるのか。

 確かに最後一手足りないと判断した天龍は正しく、金剛に支援砲撃を要請しその通り金剛は深海棲艦にトドメをさした。

 

 だが、それだけだ。

 

 敵空母の艦載機はその大半をすぐさま撃墜された。装備開発で新たに手に入れた25mm三連装機銃、それを巧みに操る天龍の手によって。

 最優先で狙われた空母はすぐにただの動く的となり、それと同時に駆逐艦二隻が時雨と夕立の手によって撃沈。

 危ういと思うことすら失礼にあたると言うべきか、龍田は残る軽巡洋艦と重巡洋艦を難なく一人で相手取り、合流した時雨と夕立と共に撃沈。

 その全てを視野に、感覚に収め指揮を執り、戦艦の動きを封じ続ける天龍。

 

 ――こっちがほんとのフォーメーションでシタカ。

 

 理解できないそれをそう理解した金剛。

 

 演習で見た力ならば。

 そうあの力ならば言い訳できた。

 

 戦艦四隻なんて構成じゃなくちゃんとした構成であったなら。

 予め奇抜な艦隊行動をしてくるという情報があったなら。

 

 自分達と違う覚悟を深く胸に刻んでいると知っていたのなら。

 

 いくらでも悔しがることができた。

 だと言うのに。

 

「……ホワイトフラッグ、振らざるを得ませんネー」

 

「お姉さま?」

 

 零れ落ちた呟きが耳に入った比叡が金剛へと近寄る。

 

 だが、それに反応することなく金剛は第一艦隊へと目を向けたまま。

 

「アレだけストロング……ソゥ、ストロングなら」

 

 掴めるはずないと思っていた希望が金剛の目の前にチラつく。

 

 あれほど一丸となって生き抜くと、提督のために勝利すると強い想いを宿した彼女たちならばと。

 

 そんな、酷く残酷な希望が金剛の胸を苛む。

 

 かつて金剛が心に宿した覚悟を今もなお力強く握って離さない墓場鎮守府の艦娘。

 片や成すことも叶うことも無かった主力と呼ばれた艦娘。

 

「お姉さま……」

 

「比叡……」

 

 手を握りしめ、震わせる金剛の背中に柔らかく温かい感触。

 比叡は心を震わせる金剛を抱きしめた。

 

「私には……私達にはわかりませんし、それを決めるのは……」

 

「そう、デスネ」

 

 あの時から、金剛が心を止めたのと同じように。比叡もまた金剛の、妹たちの事以外を考えなくなった。

 だから、その答えは導くことができない。

 

「防衛線構築も、もう終わるデショウ。そうすれば……」

 

 金剛の言葉に頷く比叡。

 集積地に溜め込まれた資材量、出現する深海棲艦量。

 そのどれもが南一号作戦が近づいていると示していた。

 

 ――この鎮守府は強い。

 

 されどもそれは果たしてどう(・・)通用するのか。

 

 金剛は空を仰ぐ。

 自身の曇天を嘲笑うかのような快晴を少し恨めしく思いながら。

 


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