二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル

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提督が大佐と会ったようです

「がはははっ! なんだソレは! へっぴり腰にも程がある!」

 

「う、うるせぇっ!」

 

 あぁ、見覚えがある光景だ。

 

 厳しい顔を豪快に破顔してる爺さんと、敵うわけがないって分かってるのにそれを認めたくなくてムキになっているガキ。

 必死な顔して竹刀を振ってみても、どれだけ精一杯虚を打とうとしてもそれを軽々と捌く爺さん。

 

「何だ何だ? あの辺一番の悪ガキはこんな老いぼれに手も足も出ないのか?」

 

「はぁ……はぁ……うるさい、黙れっ!」

 

 何度も吸った空気、嫌ってほど舐めた床。

 道場の奥から半歩も動かず悠々と竹刀を構えガキをあしらう爺さん。

 

 よく、覚えている。

 

 何度も何度も、毎日毎日。

 何のために行くかわからない学校は、爺さんが学校に行かないと勝負してくれないから。

 

 それくらいこの爺さんを倒したいと思った。

 何時も何時もガキを馬鹿にするように煽り笑う憎たらしいこの爺さんを。

 

 それは何故だっただろうか?

 

「そうだ! 向かってこいっ! そこに這いつくばってしまえば貴様は負け犬っ! 全てから捨てられた不必要なガキだ!」

 

「うるっ……せぇええええええ!!」

 

 ……あぁ、そうだ。

 家族なんて信じられなくて、普通が信じられなくて。

 ずっとずっと自分の中にある何かを守ろうとして。

 

 差し伸べられた手を跳ね除けようと必死だったんだ。

 

「――むんっ!」

 

「ぃぎっ……!?」

 

 そんな必死も全然届かなくて。遥か高くそびえ立つ壁を掴むことすら出来なくて。

 

「ふむ、ここまでか」

 

「はぁっ! はぁっ!」

 

 もう一歩も動けない、動けなかった。

 

 どれだけがむしゃらに竹刀を振ろうと掠りもしない現実。浴びせられ続ける罵声。

 

 要らないガキ。

 捨てられたガキ。

 

 その事実は立ち向かう心をガリガリと削っていって、何時もそれで立ち上がられなくなる。

 

「分かっているな? 貴様がわしから一本も取ることが出来なければ……」

 

 そう、そうしてボロボロにした後決まって爺さんは――そこで。

 

 目が覚めた。

 

「――っつぁ!? ……はぁ、はぁ……」

 

 な、何で……今頃……。

 

 周りには見慣れた家具。しょうがないですねといつもニコニコ片付けてくれる大淀に悪いと思いつつも、何時も通りごちゃごちゃと書類が載ってるテーブルにひっちゃかめっちゃかになっている本棚。

 

 そう、執務室隣にある俺の部屋。

 

「……うぇ、気持ち悪っ」

 

 背中はぐっしょりと汗を掻いていて。当然シーツもぐしょぐしょで。

 

「あたま、いてぇ……」

 

 懐かしい夢を見たせいか、ひどい頭痛。

 要するに最悪の目覚めだって話。

 

「久しぶり、だったな」

 

 同じじゃないけど似たような夢は一時毎日見ていた。

 そしてまるっきり今と同じ状態で目を覚ます。

 

 慣れたもんだ。

 

 だからこの酷すぎる気分の鎮め方だって分かってる。

 

「……そうだ、食堂に行けば」

 

 時刻は何時も通り。普通に準備をして行けば何時も通り。

 

 早く行こう、早く会いたい。

 

 皆に、艦娘に。

 

 

 

「おはよう」

 

 そう挨拶をしてみれば、食堂に居た皆が一斉にこっちを向いた。

 

「おはようございますっ!」

 

 あぁ、うん。これだよこれ。

 皆笑顔で、今日という日が良いものであると確信できるような。

 

 何故か緊張していた心が解けるのを感じる。

 

 そうだな、やっぱり艦娘は俺のオアシス。はっきりわかんだね。

 

「提督さーん!!」

 

 おっ! 夕立か! よっしゃ今日は何時もより多めに……ってあれ?

 

「……提督さん?」

 

「え、あ、おう。提督さんだぞ?」

 

 ダイブしてくるはずの夕立は目の前で急に止まり、まじまじと顔を覗き込んできて。

 

「大丈夫?」

 

「……え」

 

 受け止める体勢を取ったままの不格好な俺にダイブは来なくて、訝しげな表情を向けて来た。

 

「熱は……うん、大丈夫そうだね」

 

「あ、あれ? 時雨さん?」

 

 いつの間にやら背後に回り込んでいた時雨は、なんちゃってあすなろ抱き状態で額に手を当ててきて。

 

「あ、じゃあ薬箱はいらないねー」

 

「いやまて龍田。腹痛かもしんねぇ」

 

 夕立の後ろで薬箱を抱えていた龍田と、難しそうな顔をしてる天龍。

 

 あれ? あれあれ?

 

「いや、あの……俺は大丈夫だぞ?」

 

「嘘っぽい!」

 

 大丈夫だと力こぶを作ってみるが、直ぐ様夕立が少し目を吊り上げて断言してきたっぽい。

 

 んん?

 

「提督ー? はいっ! スマーイル!」

 

「お、おう。すまーいる?」

 

 那珂ちゃんに促されてにっこり。

 

「電ちゃん、判定をどうぞっ!」

 

「回れ右してお部屋に戻れば良いのですっ」

 

「出番よ雷!」

 

「任せてっ! そうね……そんな無理して笑うくらいならもう少し休んだほうが良いのですっ! かしらっ」

 

「ハラショーな翻訳だね……その通り」

 

 してみれば、第三艦隊全員で休みなさいと申し付けられた。何故にホワイ。

 

「提督? ……ほんとに大丈夫ですか? 寝苦しかった?」

 

「眠りがいまいちだったならあたしにおまかせっ! さぁ、最高の寝心地を添い寝付きで提供しちゃうよっ!」

 

「提督? すぐにお粥を作りますから……少しだけお部屋でお待ち下さい?」

 

「ご心配なく、今日の予定はこの大淀の頭にしっかり入ってますからっ!」

 

 第二艦隊の皆まで……。

 

 ……。

 

 あー、いや、なんだ。

 

「……っぷ! あははははは!」

 

 これを笑えなくて何を笑うってんだ。

 

 あーあーすまんすまん。急に笑いだしたらびっくりするよな? それでも勘弁してくれな?

 

 ――嬉しい。

 

 ここにはかつて望んだ物、全てがある。

 

 どれだけ手を伸ばしても掴み取れなかった家族が居る。

 零れ落ちたはずの親愛を向けてくれる艦娘が居る。

 

「て、提督さん! 笑ってないで早く休むっぽい!」

 

「あー……いや。すまんすまん!」

 

 ぷんぷんと怒ってくれる夕立の頭を撫で撫で。

 相変わらず触り心地の良い髪で、すっかり心を落ち着かせてくれる。

 

「ちょっと夢見が悪かったんだ。それが尾を引いてたみたいでな、身体は大丈夫……いや、皆のお陰でバッチリになったよ。ありがとう」

 

 オアシスってのは言い得て妙だったかもしんねぇな。

 やっぱり何処までいっても俺の渇きを満たしてくれるのは艦娘だわ。

 

 今までも、そしてこれからも。

 

 あぁ、そうだ。

 だから俺は相応しい提督になろう。

 

 それを独占するに足る者へとなろう。

 

「……ん、ほんとに大丈夫みたいだね」

 

「うんっ! 夕立、安心したっぽい!」

 

「あぁ、心配かけてすまないな」

 

 じっと見つめてきた時雨もにっこり。夕立もにっこり。

 

 他の皆もほっと胸を撫で下ろしてくれたみたいだ。

 

「今日の朝食は……鳳翔か。どれ位腕があがったか、楽しみだな!」

 

「え、えっと……はい。お気に召して頂ければ良いのですが」

 

 パタパタとキッチンへと向かう鳳翔。

 今日のメニューは、と。里芋のそぼろあんかけに蓮根のきんぴら……豆腐の味噌汁にご飯。

 

 ビバっ! これぞ日本の朝食也!

 

 いやぁ、鳳翔も腕をあげたよね。もうなんだ、匂いでわかるわ。これ絶対美味しいやつだって。

 

「提督~?」

 

「あ、龍田。今日の晩飯、期待してるぜ?」

 

「あう……もう。言いたいこと言えなくなるからやめてよねー?」

 

 フフフ、やったか?

 

 大丈夫だって、龍田の和食も鳳翔の和食もどっちも好きだからさ。

 

 ……大丈夫だよな?

 

 お膳をもらってテーブルへ座ると大淀が近づいてくる。

 

「……本当に、大丈夫ですか?」

 

「あぁ、心配してくれてありがとう」

 

 さっき今日の予定は全部頭に入ってるって言ってくれてたけどな。

 

「後で皆にも話すが、明日南一号作戦の総司令官と横須賀鎮守府の提督が来る事になった」

 

「っ! ……ついに、ですか」

 

 心配気な表情を一転させて真剣な表情に。

 

「金剛さん達が今ここに居ないのは」

 

「あぁ、迎えに行った。こちらへの到着時刻はヒトサンマルマルを予定している」

 

 その表情のまま、こくりと小さく息を呑む大淀。

 

 うん、緊張感を高めるのは良いけどちと気負い過ぎか?

 

「大淀」

 

「はっ!」

 

 あーだめですわこれ、完全に仕事モード。

 これから朝食だよ? 綺麗な敬礼しちゃってまぁ。

 

「てなわけで……えっと、上官? に対しての礼儀作法教えて下さいお願いしますっ!」

 

「はいっ! おまかせくだ……えぇ?」

 

 違う言葉を予想していたのか、勢いの良い返事は尻すぼみに。消え調子と共に可愛らしくジト目になる大淀さんはなんていうかこう、最高やな!

 

 でもまぁそれくらい今は気を抜いておこうぜ。

 きっと時間になれば嫌でも緊張することになるだろうから。

 

 あぁ、でも俺も久しぶりだな。

 

 司令長官(あのおっさん)と会うのは。

 

 

 

「嘘……だろ?」

 

 鎮守府入り口。

 大淀と共に待っていた相手が到着した。

 そしてその相手の姿を認めた時、思わずそんな言葉が口から零れ出た。

 

「ほう、貴様が……」

 

 しげしげと観察してくる男。

 いや、年寄りと言ってもいい風貌。そのくせに似つかない程ギラギラと熱の籠もった視線を向けてくる。

 

 この目を知っていた。飽きるほど、嫌ってほどこの視線を受け止めたことがある。

 

 だから。

 

「じい、さん?」

 

「っ!?」

 

 驚きの声が隣から聞こえる。前に立ってる人が目を丸くしている。

 衣擦れの音が聞こえたのは少し前、それは何で聞こえたんだっけか……って。

 

「し、失礼しましたっ! お疲れ様ですっ!」

 

 慌てて敬礼をすれば聞こえてくる安堵のため息。

 

 やっべ、やっちまった。

 あんまりにも爺さんに似てたもんで、つい我を失っちまった。

 

 恐る恐る目の前にいる上官を伺うと。

 

「っく……がはははっ! 上官に向かって爺さんとはっ! がははははははっ!」

 

「……えー」

 

 抱腹絶倒ってのはまさにこんな感じだろう。

 いやいや、さっきまでの雰囲気何処いった? なんだか気が抜ける。

 

 あぁ、いや、うん。

 

 そうだな、確かに似ている……似すぎているこの人だけど。

 

 こんな風に笑っている姿は記憶に無いし、笑わないだろう。

 あの人が俺に向けていた視線は常に嘲笑混じりのものだったから。

 

 そんな昏い思いに浸っているうちに笑いも収まったようで。

 

「失礼な言動、申し訳ありません」

 

 もう一度謝ってみるテスト。

 俺の事情や思い出やら、そんなのはこの人には関係ないはずだ。だったら謝らねぇとな。

 

「……ふぅ。いや、構わない。貴様は軍属だったな? ならばあまり軍そのものには慣れておらんだろう。改めて、横須賀鎮守府の提督を臨時でしておる者だ。よろしく頼む」

 

 そう言って答礼を返してくれる。

 

 臨時って事は今はちゃんとした提督がいねぇって事だよな?

 あれ? だったらそこから出向してきた金剛達の提督は……。

 

「タイサー! プリーズ、ウェイトフォーミー! 歩くのが早いデース!」

 

「おお、すまんな金剛。年甲斐も無く楽しみが足に表れおった!」

 

 後ろから荷物を持って駆けてきた金剛へ振り向き、がはは笑いを返す……タイサ? えっと大佐、かな?

 

「……大本営で姿を拝見したことがあります。あの時は確か、大将の地位に就かれていましたが……提督の最高階級は佐官、横須賀の提督をされるために一時的に大佐になったのでしょう」

 

 こそっと耳打ちしてくれる大淀。

 大将って……確か元帥の一個下だったよな? え、すんげー偉い人じゃないか。なんでそんな人が? 

 

「どうした? 小僧」

 

「こ、小僧?」

 

 オウム返し。

 いや、まさかこの歳になって小僧呼ばわりされるとは思わなんだ。確かにあんたに比べたら若造も良いところだろうけどさぁ……。

 

「エット……タイサ? こちらの方が――」

 

「自己紹介は済ませておる。……っち、長官はまだか?」

 

「ソーリー、タイサ。つい先程少し遅れると連絡がありまシタ、先に準備を進めて欲しいとの事デス」

 

 苛立たしげに後ろを振り返った大佐は金剛の返事にそうかと呟き。

 

「ならば仕方ない。では小僧、先に鎮守府を案内してくれ」

 

「わかりました。……大淀」

 

「はい」

 

 一歩前に進み出た大淀。

 その大淀の姿に少し驚いた表情を浮かべる大佐だけど……あ、俺が案内するべきだったかな?

 

「私が案内するべきでしたか?」

 

「ふ……いや、構わんよ。そうする発想に驚いただけだ、失礼と思わなくていい。では、大淀……だったか? 案内を頼んだぞ」

 

「かしこまりましたっ! ではこちらへ……」

 

 鎮守府の中に入っていく大淀と大佐。

 

 その姿を見送った後。

 

「金剛、荷物持つよ」

 

「オゥ、ジェントルマーン。サンキューネ」

 

 受け取ったボストンバッグは何が入っているのかずしりと重たい。

 身軽になったのが嬉しいのか、金剛は軽くジャンプした後足取り軽く前を歩く。

 

「なぁ、金剛」

 

「ハイ?」

 

 背中越しに振り向いた金剛の髪が宙を舞う。

 それを綺麗だと思うよりも先に、さっき聞いた臨時という言葉。その疑問を――。

 

「いや、何でもない。俺達も行こうか」

 

「――」

 

 少し驚いた顔を向けてきた。

 その顔は、俺が聞きたかった疑問を何となく察したようにも見える。

 

 金剛の隣をすり抜けて前へと進む。

 

 もちろん前言を撤回したくないってのはあるけども……気軽に聞けることじゃないなんて思ったのは何でだろうか。

 横須賀鎮守府、臨時とはいえそこの提督。その彼を提督と呼ばず大佐と呼んだ理由が引っかかっていたのかも知れない。

 

「ヘイ、ユー」

 

「ん?」

 

 真似して背中越しに振り向けば、そこには至極真面目な顔をしている金剛。

 

「あの方は、タイサ。私の……私達のテイトクではありまセン」

 

「……」

 

「私の……私達のテイトクは……」

 

 ぐっと下唇を噛み締める金剛の姿に、俺もまた聞く覚悟を決める必要があると感じた。

 

 だから完全に振り返った。そうして金剛の想いを真っ直ぐに受け止めようとした。

 

 それでも。

 

「……フフっ、そうですネ。あなたになら話しても……話したいと思うのかもしれまセン。ですけど、ノットナウ。それは今ではないデス」

 

「……なんだそりゃ」

 

 真面目な顔を破顔させた金剛につられて苦笑い。

 

 何とも言えない笑顔を浮かべた金剛はそのまま再度横を通り抜けていった。

 

「今じゃない、か」

 

 言われたようにいつか聞きたいと思う。そのいつかを迎えたいと思う。

 

 その為にも。

 

「悩んでいる暇は無い、な」

 

 里親と瓜二つの大佐。

 そんな俺の過去なんて、今はどうでも良い。

 

 心に改め、すっかり遠くなってしまった金剛を追いかけた。

 


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