二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル/靴下香

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作戦決行前日のようです ①

 作戦決行を翌日に控えた鎮守府。

 

「翔鶴姉ぇ! 私、やるよっ!」

 

「あはは……瑞鶴、もう何回も聞いたわよ?」

 

 道場に併設されている弓道場。

 そこで横須賀鎮守府よりやってきた正規空母二隻。五航戦、翔鶴型航空母艦姉妹が弓を引いている。

 

 瑞鶴は感じている緊張感を誤魔化すように落ち着き無く一番艦の翔鶴に何度も同じ言葉を繰り返し、翔鶴もまた、緊張で黙りがちになってしまうが、そんな瑞鶴の様子に助けられる。

 

 二人が放つ矢は未だ的中せず。されども二人共それすらを気にする余裕はない。

 

 何故、自分たちが代表で選ばれて来たのかなんて分かりきっていること。

 

 それは単純に一番実戦を経験している正規空母だから。

 

 だが、明日行われる南一号作戦のような大規模な作戦は初めて。

 実戦経験があると言っても、それは鎮守府近海に現れたはぐれ深海棲艦を撃沈した程度。

 自分たちが建造されたときには既に墓場鎮守府が目覚ましい活躍、戦果を挙げており、自分たちに回ってくる任務と言えば墓場鎮守府が掃討作戦で討ち漏らした深海棲艦を叩く程度の物だった。

 

 それでも、一番実戦経験が豊富なのだ。

 

「……あたら、ないね」

 

「そうね、瑞鶴」

 

 ようやく二人の意識は当たらない矢へと向けられた。

 

 的に掠めすらしないその矢はまるで自分たちに向かって力不足と告げているようで、二人はその宣告に身を震わせる。

 

「こんなので……私、私達……」

 

「瑞鶴……」

 

 俯き、身を震わせる瑞鶴。

 この震えが明日への緊張、自分の未熟さを悔しがるものならまだ良かった。

 

「大丈夫、大丈夫だから……」

 

 説得力のない慰めだと翔鶴は理解していながらもそうとしか声をかけられない。

 

 ――怖い。

 

 大丈夫だと声をかけながら瑞鶴の背を撫でる翔鶴もまた震えていた。

 

 二人が震える理由。

 それは恐怖だった。

 

 明らかに力不足、練度不足だと理解できる。

 実戦経験は少なく頼りない。先に行われた演習でも振るわなかった二人。むしろ、相手にした鳳翔に見惚れてすらいた。

 

 鳳翔は確かに墓場鎮守府建造作戦の生き残り、そこからずっと戦ってきたのだろう。

 自分たちと違って、堂に入り自信に満ちた戦い振りだと二人は思った。

 

 それに比べて自分たちはと、落ち込み続ける。

 

 そんな時。

 

「これだからごこうせんは」

 

「なっ!? な、な、何をー!?」

 

 馬鹿にされたと勢い良く顔をあげる瑞鶴の目の前。

 

 そこには鳳翔の艦載機に搭乗している一匹の妖精がいた。

 

「あっ! こら! 急に飛んでいったと思ったら……! 申し訳ありません、鍛錬の邪魔をしてしまいまして……」

 

「ほ、鳳翔さん!? い、いえ、問題ありませんっ!」

 

 すぐ後から申し訳無さそうな表情を浮かべながら現れた鳳翔へと向けられる二つの敬礼。

 その敬礼にふんわり柔らかな笑顔と答礼で応えた鳳翔は、未だ瑞鶴の目の前で仁王立ち……いや、仁王飛びしている妖精をつまみあげる。

 

「駄目でしょう? 訓練の邪魔をしたら」

 

「いってやりました」

 

 つまみ上げられてなお、やってやったという姿勢を崩さない妖精に鳳翔はため息を一つついた後、未だ敬礼したままの二人に向けて苦笑いと共に視線を向けた。

 

「楽にして下さい……朝から精が出ますね。お疲れ様です」

 

「い、いえっ!」

 

「わ、私達はこれくらいしなければなりませんのでっ!」

 

 カチンコチンと音が出るくらいに固まりながら答える二人に鳳翔の苦笑いが深まる。

 

 もう作戦決行は明日だというのにも関わらず、この二人はここへと来た時からずっとこう。

 最初こそ本当に緊張からだったのだろうそれは演習後よりますます酷くなった。

 

「……少し、訓練を見せていただいてもよろしいですか? もちろんお邪魔でなければ、ですが」

 

「邪魔だなんてそんなっ!」

 

「ぜ、是非お願いしますっ!」

 

 慌てて矢を番える二人、その姿は相変わらず固いまま。

 そんなぎこちない動きのまま同時に放たれた矢は……道場の壁を越えて消えていった。

 

「……」

 

「……はっ!?」

 

 矢の行方に何か思いを馳せてしまったのか翔鶴と瑞鶴は放心する中、一足先に我に返ったのは瑞鶴。

 

 違うんですと顔を真赤にしながら何かを鳳翔へと弁明しようとするが。

 

「……続けて下さい」

 

「……え?」

 

「聞こえませんでしたか? 続けて下さい」

 

「は、はいっ!」

 

 笑いも怒りも、呆れることすらなく鳳翔は二人へと次を要求した。

 

 真剣。

 それは鳳翔の肩へと腰を降ろした妖精、もう片方の肩にいつの間にか座って笑顔を浮かべていた妖精も。

 二人の拙い射出技術を真剣に観察していた。

 

 その視線を受け、二人は気を引き締め直した。

 

 放たれる矢はまだ的中しない。

 

 それでも一つ、また一つと矢を射る度にのめり込んでいく。

 鳳翔が放つ実戦さながらの雰囲気に飲まれていく。

 ただただ矢を射るという行動だけに意識が集中されていく。

 

 どれ程の矢を射っただろうか。

 不意に鳳翔が口を開いた。

 

「そのまま聞いて下さい……的に矢を当てる。その事自体に意味は全くありません」

 

「……っ!」

 

「集中」

 

 その言葉に僅か動揺した二人。だが、すぐに鳳翔の集中しろという声に集中力を戻し高める。

 

「仮にあの的へ百発百中出来たとしても、海では何の役にも立たない。それはもちろん、私達は航空母艦。直接矢を当てて深海棲艦を倒すわけではありませんから」

 

 ならばなぜ?

 そんな疑問は浮かばなかった。ただ、自分たちが弓を持っていてここに弓道場があるからやっていただけではあるが。

 二人は疑問を覚える余地がない程に集中していた。

 

「では何故やるのか。それはただ矢を射るその事に意味があるからです」

 

 矢が空気を裂いて飛んでいく。

 いつの間にか的を掠めている事にすら気が付かない二人。

 

「これで仕留める。これで仲間を守る。その想いを矢に込めて放つのです。……そう、その想いを高め、確認するためにこの訓練は行われる」

 

 そうして。

 

「!!」

 

「……あたっ、た?」

 

「お見事」

 

 二人が同時に射った矢が的へ吸い込まれた。

 

「見ていて下さいね」

 

 呆然と的に刺さった矢を眺める二人を余所に、鳳翔は自分の弓矢を手に取る。

 

 その瞬間。

 

「……っ!」

 

「は……ぅ」

 

 空気が変わった。その変わった空気に二人は息を呑んだ。

 ここに来た時浮かべていた笑顔でもなく、自分たちの射る姿を見ていた時の真剣な表情でもなく。

 

「……しっ!」

 

 ただ、戦いに臨む覚悟を決めた一人の艦娘がいた。

 

 放たれた矢はまるで決まっているかのように的の真ん中に突き刺さっている。

 そしてその矢が告げていた。

 

 負けないと。

 必ず守ると。

 

「……あなた達に足りないものは技術でも実戦経験でもなんでもありません。ただ、勝利する、生きて帰ってくる。その意思です」

 

「勝利する……」

 

「生きて、帰ってくる……」

 

 鳳翔が言った言葉を反芻。

 

 翔鶴も、瑞鶴も。

 どちらもそんな事を考えられなかった。

 実戦経験がないから、未熟だから。

 作戦の先にあるものについて何も考えられなかった。

 

 だがそれがどうしたと鳳翔は言う。

 

 そんなモノが無くたって勝利する意思は持てるだろう、生きると願うことは出来るだろうと。

 

 そう言われた、告げられたと二人は胸に手を当てて感じ入る。

 

「私、やる」

 

「ええ瑞鶴。……私だって」

 

 二人の覚悟はまだまだ弱いものかも知れない、今この時鳳翔の熱に浮かされただけなのかも知れない。

 

「はい、共に戦い……そして生きて帰りましょう」

 

「はいっ!」

 

 それでも戦いへの意思だけは、はっきり手にすることが出来た。

 

 

 

「あ、あのっ!」

 

「んあ?」

 

 気の抜けた返事をしながら振り向いた天龍と龍田の視線上にいたのは遠慮がちな雰囲気を出している神通と。

 

「ちょっと、いいかな?」

 

「うん。構わないよ~?」

 

 何処と無く真剣な表情を浮かべた川内。

 川内型軽巡洋艦の一番艦と二番艦だった。

 

「あの、さ。那珂について聞きたいんだけど……」

 

「あぁ、那珂がどうかしたか?」

 

 川内の口から出たのは那珂についてのこと。

 

「横須賀に那珂はもう……いないからさ、聞きたいんだけど……その」

 

 言いづらそうに、あるいは言葉を探すように頭を掻きながら話そうとする川内。

 

 その姿を見て天龍も龍田もやっぱり同型艦のことは気になるもんだよなと何となく顔を合わせてしまう。

 

「あいつなら――」

 

「那珂は……役に立ってるかな?」

 

 もういない。

 その言葉から横須賀にいた那珂は沈んでしまったと予想した天龍と龍田。

 

 なるほど、妹思いなんだなと。

 元気にやっているか、辛い思いをしていないか。

 そんな言葉が続くと予想して、その答えを笑顔で返そうとした天龍の声を遮ったのはそんな台詞。

 

「……あぁ、もちろんだぜ? あいつ無くしてオレ達はねぇってほどに。なぁ龍田?」

 

「そうだねー。いっぱい助けてもらってるよー」

 

 役に立ってないと答えるつもりはサラサラない天龍と龍田。

 だが、もしもここで役に立っていないと言えば川内と神通はどういった反応をするのかを気にしてしまい、笑顔をぎこちないものへと変えて答えてしまう。

 

「それは、戦力として……でしょうか?」

 

 神通が重ねて問う。

 

 その意図は何なのか。

 最初に聞いた川内の質問も含めて、どうやら心温まるものではないらしいと少し緊張感を高める天龍。

 

「……那珂は第三艦隊旗艦でよくやってくれてる。任務は主に輸送作戦や護衛作戦だが、いずれオレ達と一緒に肩を並べる日もそう遠くねぇよ」

 

「そう、ですか……」

 

 答えを聞き、川内と神通。二人してその場で押し黙ってしまう。

 

 何かを思案するように沈黙する二人の姿。

 何を考えているのか、それを天龍が聞くために口を開こうとした時。

 

「あのさ、お願いだからさ……那珂を弾除けになんて使わないでね?」

 

「……もし、それが必要なのでしたら……私達に申し付け下さい」

 

「なっ――!?」

 

「……」

 

 川内達の言葉を聞き絶句する天龍と龍田。

 

 川内達の言葉は紛れもなく那珂をもう沈めたくないといった思いからだろう。

 そのためにならいくらでも沈んでやる、何十何百でも弾を浴びてやるという悲壮な覚悟を宿している。

 

 その姿は何処か、過去の自分たちに重ね合わせてしまえそうなほどで。

 

「バカヤロウッ!」

 

「っ!?」

 

 思わず誰に対してでもない罵声の言葉を上げてしまう。

 

「弾除けだ!? 代わりに沈むだ!? そんな事するわけ……言うわけねぇだろうがっ!!」

 

「何甘いこと言ってんのさっ! そんな覚悟で勝てるわけないじゃん! 死力を尽くすって言葉の意味分かってる!?」

 

 川内は、知っている。

 そうやって今まで海域を守って来た艦娘の姿を。

 

 そう言って一番の見せ場だと笑顔で戦いに臨んだ艦娘を。

 

「……そうでもしなくては、先に沈んだ艦娘に合わせる顔がありません」

 

 神通は、知っている。

 その時何も出来なかった自分の姿を。

 

 もう二度と残されるだけの自分でいたくないと強く決心している自分の心を。

 

「ったりまえだ! 死力を尽くすってのはなっ! 死んでも死なねぇって事だっ!!」

 

「い、意味分かんないよ!」

 

「わかれっ! 沈んだヤツがてめぇの死を望んでたまるかっ! 生きてるヤツが最初っから沈むことに向かってたまるかっ! オレの知らねぇ那珂であっても! お前らが沈んで欲しいなんて望んじゃいねぇことくらいわかるっ!」

 

 天龍の言葉に、身体が固まる。

 口から出た言葉に、心が何か反応している。

 

「……わりぃ、大声出しちまった。ちっと頭冷やしてくる」

 

「あっ……」

 

 悔しげな、悲しそうな顔を隠すように天龍は一人足早に立ち去る。

 思わず伸ばされた川内と神通の腕は、何を掴もうとしていたのか。

 

「……天龍ちゃんが、ごめんね~?」

 

 その腕の先を包み込んだのは龍田の手。

 急に感じた温かさに我に返される。

 

「い、いや……こっちこそ――」

 

「私は、止めないよ?」

 

 口から零れそうになった何に対してかわからないままの謝罪、その言葉を遮ったのも龍田。

 

「弾除けに、犠牲になろうとすることを、私は止めないよ? だけどね~――」

 

 ――私達の提督がいる場所では、絶対に沈めない、沈めさせないから。

 

「――」

 

 続いた龍田の言葉、雰囲気に全身の肌へと走るものがあった。

 

 龍田は言っている。

 沈めるものなら、弾除けになれるものなら……犠牲になれるものならなってみろと。

 

「……ねぇ、二人共?」

 

「え、あ……うん、何?」

 

「……はい」

 

 ニコリと笑って場を切り替えた龍田は二人の後ろを指差す。

 

「あなた達の知っている那珂ちゃんじゃないかも知れないけど、望んだ答えが生まれるか分からないけど……本人に、聞いてみたらどうかなー?」

 

 その指先にいたのは那珂。

 

 かつて、自分たちの先を往った妹の姿。

 

「あっ! ようやく会えたよー! 川内ちゃーん! 神通ちゃーん!」

 

「那珂……」

 

「那珂ちゃん……」

 

 笑って手を振っている那珂。

 その姿に何故か涙が浮かぶ二人。

 

「そしてね、いっぱい怒られたらいいよー? ……さ、いってらっしゃいね」

 

 二人は走ってくる那珂へと向かう。

 

 知っている那珂じゃないけれど、かつてあったかも知れない光景かもしれないけれど。

 

 それは決して、失われた未来ではないのだから。

 




③まで続く予定です

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