二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル

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三人称視点注意


援軍はありませんが出撃するそうです

「援軍が出せないってどういう事ですか!?」

 

 電話口から聞こえる驚きを多く含んだ怒声に顔をしかめながら少し受話器を遠ざける大淀。

 

 時雨と夕立を出撃準備に向かわせた後、急ぎ執務室の電話を手に取り大本営へと援軍を要請した提督だったが、大淀は静かに間を置いた後援軍は出せないと答えた。

 

 理由は幾つかある。

 大本営は基本的に大きな武力を持っていない。無論ある程度の戦力は保持しているが、鎮守府に所属している艦娘達とは比べるまでもない。そのため、援軍に出撃させた所で戦力として見込めないという事。

 

 そして何より。

 

「……」

 

 電話応対をしている大淀の背後には腕を組んで立ちながら、無表情にその様子を監視している司令長官の姿があったからだ。

 

「大淀、キミにもわかってるはずだ。この場所は近海に深海戦艦が出るような場所だと。そして駆逐艦二隻なんかじゃ到底相手に出来ないってことも」

 

 大淀ももちろん把握している。把握しているからこそ、そこへと着任させた。いや、させられたのだと言うことまで。

 

 そう、大淀は理解していた。電話口でなんとか援軍をと口にする提督以上に幾つもの理由を理解していた。

 

「っ……繰り返します。あなたの鎮守府現戦力のみで襲撃してきた深海棲艦を撃破して下さい」

 

 だからこそそうとしか言えない。

 

 言葉を詰まらせそうになりながらも、そうとしか伝えることが出来ない。

 

 大淀自身は提督の言葉に頷きたい、全力で支援艦隊の発艦を命じたい。その思いはある。

 

 そんな思いがあった。そしてその思いがあったからこそ禁じられていたにも関わらず、深海棲艦発見の報を報せたのだ。

 

 あの提督、鎮守府の戦力は僅か駆逐艦二隻のみ。

 発見した艦影は軽巡洋艦を旗艦とした5隻の水雷戦隊。

 

 どう考えても、到底勝てる相手ではない。

 

 それでも、援軍は出せないのだ。

 

「あなたと、あなたの艦隊の武運を祈ります。それでは」

 

「ちょっ……」

 

 後ろ髪引かれる思いを振り切り、受話器を落とす大淀。その肩は少し震えている。

 

「これで、よろしかったのでしょうか? 司令長官殿」

 

「うん」

 

 振り返らずそう言う大淀の様子に満足したのか、再びソファーに座る司令長官。その顔は満足気に歪んでいる。

 あの提督と対面した時に見せた顔の中にこんな表情があることは、大淀しか知らない。

 

「やはり、私には納得できません。せめて後方からでも支援を……!」

 

「時間稼ぎの防波堤でしか無いあの鎮守府に? 使えない艦娘を沈ませる為の場所にわざわざ貴重な戦力を? 冗談はよしてくれ。時間と資源の無駄でしか無い」

 

 彼が。あの提督が着任した理由。

 それはこの言葉の通りだった。

 

 民間人から提督の素質を持つ人間を発見。

 

 その報は軍を大きく揺さぶった。

 

 それまでの提督というものは軍学校での修練によりその才を磨き、素質を得、磨かれた者がなるものだった。

 戦略を、戦術を学び、指揮を学び。そうして時間をかけて提督素質測定器に向かい、一定の数値が認められれば提督となる。

 

 ところがどうだろうか。今回発見されたのは、軍とは無縁の一般人。それも誰よりもずば抜けて高い素質を持っていた。

 

 それを救いとは思わなかった、思えなかったのだ。軍の人間達、とりわけ提督に任命されるような者はある種の選民思考に毒されていた。

 

 学校で優秀な成績を修めたものこそが優れた提督素質値を持つ。

 その認識は間違いではなく、優秀なものが多かった。

 

 故に提督となった者は皆思った。

 

 自分は国を護るに値する力を持った提督である、と。

 

 必死に努力をして出された適性値を遥かに上回る数値を出したぽっと出。そんな者が役に立てるわけがない。

 

 周囲の提督は皆そう思った。何かの間違いであるとも。

 

 そして司令長官自身も凡そそういった考えを持っていた。

 だからこそ。最前線とも深海棲艦第一次侵攻ラインとも言える場所に鎮守府を強行建設し、彼を着任させた。

 

 適性値が本物であり、優秀な提督達が戦力を整えるまでの時間稼ぎができれば良し。よしんばあの適性値が何かの間違いであったとしても、不必要と判断された艦娘の良い処理場所となる、と。

 

 半ば人柱とも言える。

 必要最低限ではない。本当の意味で最低限の資材しか送らず、設備もまた突貫で作らせた物。

 

 轟沈や解体された艦娘はその鎮守府に二度と現れない。だが、異動で追いやってしまえば再び現れる。

 故に、送られた艦娘は何かの問題を起こした者か、不要と判断された者。要するに使えなくなった者だ。

 ある提督は言った。次の同じ艦娘は上手くやるでしょう。と。

 

 適性値が本物であれば、これでもやれると思っていた。そう言うのだ。防衛失敗を前提として。

 

 大淀の肩は震えたまま。

 それは何も出来ない自分への情けなさからか、司令長官への憤りからか。

 

 それとも。

 

 あの人を失ってはいけない。

 

 何の理由もなく胸に宿ったその思いのせいからか。

 

 彼と初めて対面した時の衝撃を今でも大淀は鮮明に覚えている。

 

 ――この人と働きたい、海を人を国を守りたい。

 

 それはまるで一目惚れとも言えるような物で。だが確かに思ったのだ。

 今まで自分の事を優秀な提督と評した数多の者達、今この場に居る司令長官。相対してそんな事を一切思わなかったのにも関わらず、彼にはそう強く思ったのだ。

 

「さて、どう転んでくれるかな……?」

 

 くっくっ、と喉を鳴らす司令長官。その姿を視界に収めないまま、大淀は静かに祈った。

 

「……どうか、ご武運を……」

 

 

 

 艦娘が出撃する為の波止場。そこに三人の人影があった。

 

 一人は未だ着慣れない真新しい軍服に、二人は提督に初めて見せる艤装を身に纏いながら。

 

「作戦概要を説明する。鎮守府領海ギリギリに深海棲艦の姿を認めた。編成は軽巡洋艦を旗艦とした水雷戦隊5隻編隊だ。我が鎮守府の目的は敵艦隊の撃滅にある。だが、こちらの戦力は駆逐艦二隻のみ……そこで、大本営に援軍依頼をしたが……これは却下された」

 

「そ、そんなぁ……」

 

「……そっか」

 

 うろたえる夕立と、何処か納得したような表情を浮かべる時雨。

 

 夕立はともかく、時雨は何処かこうなることがわかっていた。

 

 危険海域に建てられた鎮守府。そこに着任する新任提督。さらに、不必要とされた駆逐艦二隻。

 体だけ見れば、完全な厄介払いと払われたその後に期待されている事が丸わかりなのかも知れない。

 

 それに気づいていたからこそ、時雨は驚かなかった。

 ただ、予想が事実であっただけ。それだけだ。

 

「うろたえるな。確かに戦う前から敗戦濃厚とも思えるかも知れない……だが、濃厚であって確定ではない」

 

「で、でもー流石に無理っぽい」

 

「うん……僕も、そう思うよ」

 

 敗北を認めないと瞳に浮かべる提督を余所に、諦めを浮かべる二隻。

 だが、それを一笑した後、提督は口を開いた。

 

「作戦を説明する。現時刻はヒトナナサンマル。順調に行けばおよそ一時間で会敵出来るだろう。更にそこから三十分もすれば、周囲は完全な闇、夜になる」

 

「夜戦するっぽい? 確かに被害を大きく与える事は出来るけど……それは夕立達だって一緒よ?」

 

「あぁ、だから可能な限り被害を出さないようにする。まずは時雨が単艦出撃。そしてその後夕立は少し間を置いて出撃、戦闘予想海域を迂回し背後から強襲してもらう」

 

 その言葉を理解した時。

 

 夕立は艤装の砲をピタリと提督に向けた。

 

「……それは、時雨を囮にするって意味?」

 

「その通りだ」

 

「そんなのダメ! ダメに決まってるっぽい! 時雨を捨てて戦うなんて!」

 

「やめなよ夕立」

 

 それを落ち着くよう声をかけたのは時雨だった。

 夕立が突きつけた砲の先を手で静かに下ろした後、すっかり色の抜けた顔で時雨は提督に向き合う。

 

「それしか、無理なのかな?」

 

「あぁ、無理だろうな。仲良く二隻揃って昼戦、夜戦をした所で絶対に勝てない。むしろこの作戦通り事が運んでも勝率は三割あれば良いって所だ」

 

 毅然として提督は言う。

 もしかしたら。彼が歴戦の勇士と言えるくらいの経験を積んでいたのなら、あるいは違った作戦があったのかも知れない。

 だが、彼は新任で。指揮なんて取ったことの無い素人で。ただ多少剣の腕が立つ一般人に変わりはない。

 

「わかった提督。それに従うよ。……でも、僕を犠牲にするんだ。三割じゃなくて十割にしてよね」

 

「時雨!?」

 

「仕方ないさ。僕はそれを求められてここに着任させられたんだから」

 

 すっかり諦めた。光を宿さない瞳を夕立に向けて力なく笑う時雨。あの時交わした約束は、状況一つで簡単に破られてしまう程軽いものだったのだと。

 その様子を見て夕立は青ざめる。

 

 ――あぁ、夕立は、また……。

 

「何を言っている? 俺は犠牲の一つも出さないつもりだぞ」

 

「え……?」

 

 きょとんとした様子で提督は二人に言った。

 

「何だ時雨、約束しただろう? 誰も沈めないって。一週間で破れる約束なんて俺ははじめからしないぞ」

 

「で、でも! 僕は囮で……!」

 

「そうだ。だが、時雨なら出来る……ってまぁ俺の変な精神論と押しつけ信頼はともかくだな。時雨は出撃し会敵した後、砲撃を命中させることも考えなくていい。目標に対し、反航戦を徹底。ただひたすらに回避を意識してくれ。夕立が位置につくまでもたない、危険だと判断したなら撤退だ」

 

「反航戦……は、ともかく。撤退って……」

 

 死力を尽くして敵を殲滅せよ。

 その言葉を頭に思い描いていた時雨は、撤退という言葉が出たことに驚いた。

 

「そ、そんな事したら提督、ここにいられなくなるよ? 敵前逃亡は重罪だよ?」

 

「あぁ、知ってるよ。そうっぽいな。だけどな、時雨。俺は提督として軍属とされたわけだが――軍人になったつもりはない」

 

 ――ただただ艦娘が好きで、守りたいだけの一般人のままだ。

 

 後に続いた言葉に時雨も夕立も絶句した。抜け落ちた時雨の表情(いろ)は戻り、夕立の顔に張り付いていた表情(いかり)は抜け落ちた。

 

「……いいの? ここにいられなくなるんだよ? 提督も、僕も。夕立だって」

 

「そうだな。なら漁でもするか。夕立と時雨に守ってもらいながら」

 

「……えー! 夕立、魚よりお肉の方がいいっぽい!」

 

「なら、牧場だ! 牛育てるぞ牛!」

 

「ふふっ……僕は魚の方が好きかなぁ」

 

 先程までの雰囲気は消え去り、警報が鳴り響く前の空気が一人と二隻を包み込む。

 

 少しの談笑。

 出撃前の空気とは思えないそれ。

 

 まだ見えぬ先に怯える事無く、どうなっても夢があると思うことが出来た。

 

 やがて、その声も潜まり。ふいに言葉が途切れ、二隻の目に戦闘への意欲が宿った時。

 

「……よし。時雨、夕立」

 

「うん」「っぽい!」

 

 

 

「出撃せよ!」

 

「「了解っ!!」」

 

 二人は大きな返事をした後、海上に着水し、抜錨した。未だかつて感じたことのない力を感じながら。

 

 

 


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