二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル/靴下香

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作戦決行前日のようです ②

 自室にてすっかり板についた昼寝。

 それは作戦前日であっても変わらない加古。

 

 気持ちよさそうにベッドの上で睡眠に浸る横で、作戦概要が纏められた書類を確認しているのは古鷹。

 

 確認していると言っても既に諳んじる位に読み込まれたそれ。

 加古の休息に付き合っている間、手持ち無沙汰だから読んでいるといった程度でしかない。

 

 二人を知らない者から見れば、たるんでいると一言叱咤されてもおかしくない。

 それでもそんな声を上げるものは誰もおらず、その事を理解している二人に余計な緊張感は一切なかった。

 

 戦い前日にして、極めて自然体。

 

 古鷹は可愛らしく欠伸を漏らし、加古が不意に目を開けた時。

 

「あふぅ……うん? はい、開いてますよ」

 

 部屋にノックの音が響いた。

 古鷹の返事と共に開かれるドアの先にいたのは横須賀からやってきた重巡洋艦二隻。

 

「お邪魔しま……って悪い、休憩時間だったな。出直すよ」

 

「い、いえ! 大丈夫ですよ? どうしました?」

 

 緊張を顔に描いていた摩耶は失敗したと表情を切り替えて部屋を後にしようとするが、慌ててそれを古鷹が止めた。

 

「で、ですが……その、申し訳ありません」

 

「ふあぁ……んっ、と。はいはーい! 大丈夫だから入っておいでよ。丁度暇してたんだ」

 

 ベッドから身体を起こし大きな欠伸を一つ。

 そうしてしっかり覚醒した加古は申し訳なさそうに摩耶と共に部屋を後にしようとしている鳥海へと声をかけた。

 

 急に整ったいらっしゃいませの態勢に複雑な気分を抱えながらも、言葉に甘え、お邪魔しますと入室した二人。

 

 丸テーブルに座布団を敷き、着座を促す古鷹とお茶の準備をする加古。

 

 摩耶と鳥海は二人の姿に改めて首を傾げる。

 

「な、なぁ? なんでそんなに落ち着いてるんだ?」

 

 疑問を堪えきれず聞いてしまう摩耶の顔には未だに緊張の色が残っている。

 それは鳥海も同じ様子で、どうしてこうも恐らく普段どおりに過ごしていられるのかが不思議で仕方なかった。

 

 有り体に言ってしまえば摩耶も鳥海も作戦に対して恐怖心を抱いていた、本来の気質を見失ってしまうほどに。

 

 翔鶴型空母と共に出撃していた故に実戦経験自体はある。

 その出撃を威勢よく抜錨だと勇み臨んだことだってある。

 

 それでもやはり実戦経験不足だと南一号作戦を前にして実感した。

 

「落ち着いてるって……慌てふためいてた方が良い?」

 

「そ、そういう訳ではありませんが……でも、その方がらしいと思います」

 

 二人の前にお茶の入った湯呑を置いた加古が言う。

 

 立ち上る湯気と同じようにゆらゆらと鳥海の視線が彷徨い、急に湧き上がった羞恥の心へ沈む。

 

 恥ずかしいと思った。

 この人達はこれほど落ち着いていると言うのに、未だ慌ただしく落ち着かない自分の心を。

 

「……やっぱあれか? そんだけ強いから、なのか?」

 

 摩耶は思う。

 演習で見せつけられた練度の差。

 

 一瞬に満たない程の隙を貫いて来る加古。その穴を修復不可能な位に直ぐ様広げてくる古鷹。

 

 あの時に見せられた鋭い目付き、威圧感。

 それを感じない今でさえも感じる器の違い。

 

 自分も二人のような域に達することができれば、また違うのではないかと。

 

「……どうしよう古鷹」

 

「え? どうしたの加古」

 

 気付けば身体をぷるぷると震わせている加古。

 何かまずいことを言っただろうかなんて慌てそうになる摩耶と鳥海を余所に。

 

「褒められたっ!! こりゃあ一杯やらないとっ!」

 

「……あ、あはは。そうね、そうだね嬉しいね?」

 

 ガバっと立ち上がり、喜びよ天まで届けとガッツポーズを決める加古。

 

 そんな加古に摩耶はテーブルへ強かに額を打ち、鳥海の眼鏡がずれた。

 

「ふ、ふざけてんのかっ!?」

 

「お、怒られた……」

 

「そうだね加古、ちょっと大げさだったね?」

 

「そ、そういうことではなく!」

 

 もう摩耶も鳥海もわけが分からなかった。

 

 言ってしまえば憧れたのだ、目指すべき目標とすら思ったのだ。

 だからこうしてやってきた、未熟を自覚し震える自分たちの力になってくれることを期待して。

 

 それがどうだ、この二人は戦い前日に惰眠を貪り欠伸をする。

 肝が据わっているのかと思えばまるっきり戦いの空気を感じられない。

 

 演習の時に見た姿は欠片もなく、別人かとも思えるような二人。

 

「……ふざけてなんかないよ」

 

「あぁ!?」

 

 しゅんとしょげている体を見せていた加古は小さく呟く。

 

「あたしってさ、ほんとに自堕落が大好きなんだよ」

 

「それが、何か?」

 

 上げられた加古の顔には満面の笑み。

 そんな笑顔でなんとも言えないことを軽々と言う。

 

「一日中寝て過ごせるならそうしたいし、夜は提督とお酒に溺れたいなんてずっと思ってる」

 

「……加古、そんな事思ってたの?」

 

 隣で同じように笑顔を浮かべていた古鷹の視線だけは痛いと思いながら、加古は続ける。

 

「でもさ。今は出来ないじゃん? そんな大好きな自堕落を邪魔するヤツがいるから」

 

 浮かべていた笑みに真剣の色が指し混ざる。

 

「だから全力で邪魔を排除する、大好きなここで過ごす時間を守るために。強い、弱いじゃないよ、なんでそうしたいのか、だと思うよ」

 

「……」

 

 テーブルを叩いた手の痛みをやけに強く感じる摩耶。

 

 間違ってなかった。

 

 頭に過るのはそんな言葉。

 

「摩耶さん、鳥海さん。私も、同じです」

 

「えっ?」

 

「あぁいや、自堕落したいわけじゃないけど……。私は重巡洋艦の、ううん。私の良い所を提督に伝え続けたいだけなんです。もっと言っちゃえば、提督に喜んでほしいだけなの」

 

 古鷹と加古。

 二人して同じ色を瞳に携えた。

 

 ――そのために戦い、生き抜く。

 

 そう強く訴えていた。

 

 顔を見合わせた摩耶と鳥海は思う。

 

「あたしには……」

 

「私には……」

 

 無い。

 

 強く生を望む理由が、無い。

 

 艦娘として生まれ、戦いが生きる理由になって。

 艦娘として生まれたいとも、戦いたいとも思わず定められていて。

 

 そんな自分たちに望まれるモノはあっても望むモノなんて無いと思っていた。

 

「それじゃーさ」

 

「うん、そうだね。お昼休みからは駄目だね」

 

 何処から取り出そうとしたのか酒瓶を持とうとした加古の手をペシリと古鷹が払う。

 わかってるよなんて言いながらも止めなければ確実に酒盛りを始めようとした加古に苦笑いを古鷹は一つした後、二人に向かって笑顔で告げる。

 

「そのために勝とう、生きよう。生きて……生き抜いて探そうよ。その理由を、ね?」

 

 ――こりゃ負けるわけだ。

 

 摩耶は思う、一切の悔やみ無く白旗を振ることができる。

 

 ――強いわけですね。

 

 鳥海は思う、一切の疑い無く強さを認めることができる。

 

 そして二人は思う。

 

 ――強くなりたい。

 

 今はまだ見えない生きる意味。

 それを手に入れるためにどれ程の困難が待っているのだろうか、想像もつかない。

 

 結局の所、二人の答えは見つからなかった。

 

「あぁ、やってやる。生きてやるさ」

 

「そして私もいつか見つけます、その意味、理由を」

 

 それでも、この二人に憧れ目標にしたいと思ったのは間違いでは無かったと確信することができた。

 故に進む、進みたいと思った。その二人が示した生き抜くという道を。

 

 

 

「今の言葉、取り消すのです」

 

「私は思ったことを言っただけ。その必要があるとは思えないわ」

 

 剣呑な雰囲気に包まれる廊下。

 

 空気の発生源には艤装を展開し砲塔を電に突きつけられている、横須賀よりやってきた朝潮型駆逐艦、霞。

 突きつけられて尚、平然と撤回の意思を見せず睨み返していた。

 

「か、霞! 謝罪しなさい!」

 

「何で? クズをクズと言って何が悪いの? 朝潮だって首、傾げてたじゃない」

 

「また……言ったのです……!」

 

 ぎりっと引き金にかかる電の指に力がこもる。

 今にも引かれそうなその時。

 

「電! もうっ! そんなことしたら駄目じゃない!」

 

 電の身を羽交い締めにしたのは雷。

 バタバタと後ろから六駆のメンバーが走り寄ってきた。

 

「はなっ……放すのですっ! この人は……!」

 

「分かってるっ! 分かってるからっ! ちょっとこっちに来てちょうだいっ!」

 

 そのままずるずると電の身を引きずっていく雷。

 

「雷ちゃんはっ! 許せるのですかっ!? 司令官さんを……あんな風にっ!」

 

「許せるわけないじゃないっ! でも……我慢だってしなきゃっ!」

 

 その言葉を最後にこの場から姿を消す。

 

 残ったのは朝潮、霞、暁、響。

 

 砲塔を突きつけられていた部分を手で払いながら、小さく息を吐くのは霞。

 視線を彷徨わせながらもぐっと拳を握った後。

 

「えと、電が失礼したわ。……ごめんなさいっ!」

 

 勢い良く頭を下げた暁、それに倣い響も頭を下げる。

 

「い、いえ! こちらこそ申し訳ありませんっ!」

 

 勢いがうつったのか朝潮もまた頭を下げ、霞だけが頭を上げている。

 

「……何で謝ってんのよ朝潮。……はぁ、ほんっと……さいあく」

 

 額を片手で押さえながら大きなため息を吐いた霞。

 

 何が最悪なのか。

 

 それは一言で言ってしまえばこの鎮守府に対しての言葉。

 

 霞は司令官という存在に憧れていた。それは朝潮も同様に。

 

 南一号作戦という大きな戦いを前に不安や緊張といった気持ちももちろんあった。

 それでもそれ以上に、初めて自分達を使う、指揮する人間という存在に出会えることが嬉しかったのだ。

 

 ましてや墓場鎮守府。

 

 毎日毎日下される近海警備という名前の撃ち漏らし掃討任務。

 ただ海を走っているだけの日が多かったつまらない任務。

 

 そんな自分たちとは真逆に華々しく戦果をあげていく鎮守府の司令官。

 

 否応無しに期待した。

 どれ程素晴らしい司令官なのかと胸を高鳴らせた。

 その腕で自分たちはようやく輝くことが出来るとも思った。

 

 そしてその司令官と初めて顔を合わせた時。

 

 ――このクズ!

 

 やってしまったと思った。

 つい期待からくる緊張で罵声が出てしまった。

 だからすぐに謝ろうとした、朝潮と二人で。

 

 ――ありがとうございますっ!!

 

 その前に憧れだった司令官から顔を煌めかせてお礼を言われた。

 

 憧れだった。

 そのイメージは音を立てて崩れ、代わりに霞の頭に積み上がったのは変態というイメージ。

 朝潮はお礼を言われた意味を理解できなかったのか首を傾げていたが、憧れる像には程遠い姿だということは理解していたようで。

 

 執務室から出た後は思わずというか当たり前に愚痴が口から飛び出た。

 

 そうしてたまたまそれを耳にした電に砲を突きつけられた。

 

「訳わかんない……もう、さっさと作戦始まっちゃえばいいのに」

 

 もう早く終わってしまいたかった。

 司令官がいようがいまいがそれは何の関係もなかった。

 

 ガンガン行くわよ。

 

 伝えたかった、思う存分使ってくれと。

 それも伝えられず、思いを発散できず。

 

「そうすれば……沈めるんだから、華々しく私も――」

 

 その言葉が出た瞬間。

 

「馬鹿な事言わないで欲しいわ」

 

 乾いた音が霞の頬から鳴り響いた。

 

 勢いのまま呆気にとられている朝潮の方へと向いた顔を戻せば、遠慮なく振り切った腕をそのままに、至極真剣な表情を覗かせる暁。

 

「こ、このっ!」

 

「一人前のレディなら、間違ってもそんな事言わないわ。半人前が調子に乗らないで欲しいわね」

 

 暁とは対照的に腕を振り切れなかった霞。

 

 半人前。

 

 その言葉でいとも簡単に止められた。

 

「……私も、私達も偉そうなこと言えないけどね」

 

 霞の振りかぶったまま動けないでいる手をそっと包みながら降ろしたのは響。

 

「イズヴィニーチェ……ごめんね? それでもその言葉は聞き逃がせないんだ。私達にとってそれは何よりも立ち向かうべき言葉だから」

 

 言いながら軽く霞の身体を抱きしめる。

 されるがままだった霞は体温以外の何かを温かいと感じた瞬間。

 

「っ!!」

 

「お、っと……」

 

 響の身体を突き放した。

 それは響をではなく、沸き上がった名前のつけられない温かさを拒絶するため。

 

「……行きましょ、響」

 

「うん」

 

「ちょっ!?」

 

 その響に声をかけ、もう用は無いと背を向け離れていく姿。

 

 悔しいと思った、苛立ちもした、だが何よりも。

 

「待ちなさいよっ!」

 

「……羨ましい?」

 

「っ!?」

 

 背中越しに振り向いた響は一言そういった。

 そして理由もわからずその言葉に動揺した。

 

「それは貸しにしておくわ。腹が立ったのなら、悔しいと思ったのなら……作戦が終わった後に返して。必ずね」

 

 響とは違い、振り向かないまま言い去っていく暁。

 

「ほんとに……わけがわからないっ!」

 

「……霞」

 

 廊下の床を踏みつけ憤慨の意を表す霞。

 

 朝潮も、思った。

 

 ――私達は沈みに行くわけではない。

 

 戦うのだ、勝ちに行くのだ、そしてこの海域から深海棲艦を退けるのだ。

 それは確かに司令官の存在に左右されるべき意思ではない。

 

「朝潮っ!!」

 

「は、はい!?」

 

 思わず背筋を伸ばして返事をしてしまう朝潮。

 

 霞はいつもの調子で朝潮の名前を呼んだはずだ、それなのに。

 

「絶対勝つわよっ! ガンガン行くわっ! そして必ずこの一発、利子に熨斗もつけて返してやるわっ!!」

 

「……うん。そうね、そうよね! 勝ちましょう霞! やり残しがあったまま沈んでなんていられないわ!」

 

 先程までと全然違うように感じられた。

 

 それもそのはず。

 今このときにして初めて、自分の意思で勝つと心底決意出来たのだから。

 

 

 

「本当に、良いのかい?」

 

「……」

 

 作戦の最終確認を終えた後、廊下を歩く長官と金剛。

 

 念を押す……いや、作戦前日となった今でも何処か躊躇う気持ちがある長官だから、イエスと答えると分かってなお本人から聞きたい、そしてそれを免罪符にしたいのだろう。

 事実、思わず出たそんな言葉を失言だったと顔で表現している。

 

 だが、金剛は瞑目し改めて自分の胸の内に問う。

 

 本当に良いのか。

 

 答えは決まっている。

 イエスと答えることに抵抗は無い、それはあの時からずっと宿していた想いだから。

 

 目を開ける。

 

「あ、暁……大丈夫、大丈夫だから」

 

「あーうー……やっちゃったわ……私、思わず……」

 

 その視界に入ってきたのは壁に片手をつき項垂れる暁と、その背中を心配そうな表情を浮かべながら擦る響の姿。

 

「うん? どうしたんだろうか……って、金剛?」

 

 長官を置き去りに、答えをそのままに、金剛は二人の下へと近づいていく。

 

「ヘイ! どうしマシター?」

 

「あ、金剛さん」

 

「ぴゃあ!?」

 

 かけられた声に思わず被っていた帽子が一瞬宙を舞う。

 そうして恐る恐る顔を金剛に向けるその一連の流れに浮かべていた金剛の笑みが深まる。

 

「驚かせてごめんネー? あんまりにもサプライジングだったカラ」

 

「さ、さぷらいじんぐ?」

 

「えっと……驚いたって事、かな」

 

 金剛は心の底から驚いていた。

 この鎮守府に来てからというもの、艦娘の泣いている姿を見たことが無かったから。

 

 目をゴシゴシと勢いよく拭った暁は大きく深呼吸をした後。

 

「な、何のことかしら? わ、ワタシワーカリーマセーン」

 

「えぇ……?」

 

 強引過ぎる強がりを見せた。

 

 往生際が悪いと言うかなんと言うか……肩を竦め、ため息をつく響。そして金剛は一瞬目を丸くした後。

 

「クスクス……ワタシの真似デスカ? グッジョーブデス。……デスケド」

 

 笑いながら暁の目尻に残った涙を人差し指で拭う。

 

「涙は女の武器デース。こんな所で振るうものではありませんヨ」

 

「あう……」

 

 羞恥に染まる暁。その肩を響が軽く叩く。

 

「……叩いちゃったの」

 

「ホワッツ?」

 

「絶対にしないって……決めてたのに。やられて嫌なことは、絶対にしないって、決めてたのに」

 

 俯きながら溢れる言葉。

 

 霞を引っ叩いてしまったのはつい先程。

 その事を強く、強く後悔している暁。

 

「私、嫌なことも言ったわ、我慢出来なかった。だって、沈むなんて……沈みたいなんて、絶対に言っちゃいけないって思ってたから」

 

「――っ」

 

 あまりにも端的な説明。

 それでもその言葉は金剛を大きく揺さぶった。

 

 動揺した、抉られた。

 金剛の心が痛いと泣いている。

 

 沈みたいなんて言ってはいけない。

 

 そう、その言葉はこの鎮守府に在籍する艦娘全ての認識であり覚悟。

 

 生きる、生き抜く。まだ見えぬ明日を提督と、皆と迎えるために。

 

 正しい。

 それは諦めた金剛でさえも正しいと思える決意。

 

「暁サン」

 

「は、はい」

 

 腰を折る、暁と同じ高さに視線を合わせる金剛。

 そうしてゆっくりと語り聞かせる。

 

「あなたがした事は間違いじゃありまセン」

 

「え?」

 

「そして、正解でもないデショウ」

 

 真剣に。

 酷く真剣に金剛は語る。

 まるで、今生最後の言葉を伝えるかのように。

 

「そんな問題が、私達が生きる世界にはメニー……沢山ありマス。あなたが間違いだと思っても、ある人の正解である事も多いデス」

 

「……うん」

 

 ままならないものだ。

 自分の行動、意思。そのあり方は人によって大きく姿を変える。

 

「答えは受け取った人にしか導き出せまセン。しないと心に決めていた暁サンがやってしまった……それが正しいか間違いかは、やられた人が決めることです」

 

「やられた人が、決める」

 

 言葉の意味を確かめるように胸の前で手を握る暁。

 

「その人が怒るなら謝りまショウ」

 

「うん」

 

「その人が感謝したなら喜びまショウ」

 

「うん」

 

「そうして仲良くなりまショウ。お互いを理解して、明日を一緒に迎えるために」

 

「うんっ!」

 

 大きくうなずく暁の顔は笑顔、そう、いつもどおりに戻る。

 

「私、ちゃんとするわっ! 謝るし喜ぶ! レディだものっ!」

 

「ハイッ! ベリーキュートなレディデスネ! さ、元気になったのなら今日はもう休んで下さいネ。明日に差し支えマスヨ?」

 

「そうするわっ! ありがとう金剛さんっ! 明日は頑張ろうねっ!」

 

「ハラショー……スパシーバ、金剛さん」

 

 ぶんぶんと金剛に向けて手を振りながらその場を離れる暁と、小さく頭を下げた後離れる響を笑顔で見送る金剛。

 

 ――話せて、よかった。

 

 暁に向けて話せた事を嬉しく思う。

 

「……良い、鎮守府デス」

 

「……そう、思うのかい?」

 

 それは少しだけ変化した金剛の答えだったから。

 

 金剛は、思う。

 

 もしも自分が最初からこの鎮守府に着任していたのならあれだけ無垢に前を向くことが出来ていたのだろうかと。

 

 もしもそうなのだとしたら。

 

 誰も、失わずに済んだのだろうかと。

 

「さっきの言葉は……提督の?」

 

「ハイ、いつか言っていた言葉を思い出しまシタ」

 

 ――今からすることが正しいかどうかは歴史家にでも聞いてくれ。

 

 そう言って一人鎮守府に残り、散った人。

 横須賀の戦力を迫り来る深海棲艦の裏を取らせるために回り込ませ、自身を囮にした愚か者。

 

「チョウカン」

 

「なんだい?」

 

 そんな提督を……思い出す。

 

 言えたバーニングラブは彼には届かず、それは(はなむけ)の言葉となってしまった。

 

「そうして下サイ」

 

「……それがさっきの答えかい?」

 

「ハイ」

 

 真っ直ぐに長官の目を見据え伝えられた返事。

 

「そして、もしも……ここの提督がそれを間違いだと言うのなら伝えて下サイ。ヒストリアンに聞いて下サイ……と」

 

「わかった。必ず……伝えよう」

 

 変化した答えの先は未だ変わらず。

 

 超長距離からの飽和攻撃。

 その場にいる艦娘もろとも敵深海棲艦を討ち滅ぼす作戦、その目印、その役目。

 

「ありがとうございます、チョウカン」

 

「……任せてくれ。必ず……必ず成功させると約束する」

 

 墓場の提督には伝えられなかった作戦。

 その作戦の最終確認を、金剛は笑って静かに了承した。

 

 かつての正解を導き出すために。

 


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