二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました 作:ベリーナイスメル/靴下香
「俺は、さ……長官みたいに軍人らしく、かっこいい演説、訓示なんて出来ねぇ」
死力を尽くし、この水平線に勝利を刻もう。
防衛ラインに築かれた簡易な作戦司令本部、全艦隊の前で長官はそう言った。
言葉の終わりと共に全艦娘が敬礼をした。
話す長官の隣で提督も集った艦娘に向かって敬礼をした。
艦娘から向けられる悲壮とも言える覚悟。
それに酷く泣きそうな気持ちになりながら。
「だから今から言うのはわがまま。そう、俺のわがままだ」
苦笑いと共に顔を上げた提督。
それにつられて墓場鎮守府の艦娘達も口端を持ち上げた。
作戦は彼女たちが出撃することで始まる。
そしてその開始を告げるのは提督が命じる出撃号令。
その号令をいつものように、されど鎮守府艦娘全員が提督の前に揃っているという光景にくすぐったさを感じながら待つ。
「まだまだみんなと一緒に同じ時間を過ごしたい」
口から出たのはそんな言葉。
死ぬなとも、生きろとも言わなかった。
「足りねぇんだ、俺は欲張りだから。皆と過ごす時間がまだまだ足りねぇ、もっと仲良くしてぇし、一緒に戦いたい。まだ見えない暁の水平線に勝利を刻んだとしてもずっとそれは変わらねぇ」
あまりにも自分の欲望に素直な言葉であり願望。
だがそれを聞いた全員が一層顔を綻ばせた。
「はっ! それはこっちの台詞だぜ? 提督!」
「ええ、そして何よりの言葉です。わがままなんかじゃありませんよ」
「そうだよっ! 提督っ! 那珂ちゃん達の見せ場……ちゃんと見ててね!」
理解していた。
死ぬかも知れないという事実から目を逸らし、逃げた言葉では無いということを。
そう、当たり前なのだ墓場鎮守府の面々からすれば。
この戦いに日本の行く末がかかっていると長官は言った。
正しくそうなのであれば、失敗してしまえば皆と今までのように過ごすことが出来ないだろう。
戦いに追い立てられ、心は擦り切れ、辛い日々に変わってしまうかも知れない。
だからそんな事は認めない、認められない。
今の幸せが崩れるかも知れないという可能性ですら、許す気は欠片、塵ほどにも無い。
故に、勝つ。
戦いの先にあるモノ、得られるモノは幸せであるべきだと。
各艦隊旗艦艦娘がした返事に続くように湧き上がる言葉。
――寝てる間に勝って帰ってきてるから。
――安心してよ、提督との約束守ってみせるから。
――お任せ下さい、必ず勝利して帰ってきます。
――一人前のレディになった証、見せてあげるわっ!
幾つも声が上がり、提督もまた笑顔を深める。
先の訓示で作り上げた雰囲気は微塵も無い。あるのはただただいつもどおりの雰囲気。
傍から見れば慢心とすら思える発言、空気。
だが、それで良い、それが良いと提督は頷き、その頷きを持って上がった声が止む。
「第二艦隊っ!」
「はっ!」
そしてその言葉で直ちに第二艦隊の艦娘は敬礼と共に戦に臨む顔を宿した。
「先鋒一番槍っ! 可能な限り進軍し、第一艦隊が進む道を切り拓くように!」
「光栄ですっ! お任せ下さいっ!」
先鋒の先鋒。
栄誉とも思えるその役割への震えを敬礼に変えて鳳翔は答える。
第二艦隊の役目は戦場へと突っ込み道を切り拓く。
「第一艦隊っ!」
「おうっ!」
先の第二艦隊同様でありいつもどおり、なんでも言ってくれと自信に満ちた表情で返事をする。
「第二艦隊を支援しつつ進軍っ! 作戦目標地点を確保せよっ!」
「よっしゃあ! 任せとけっ!」
墓場鎮守府に求められた目標地点、それは最低でも海域の半分まで進軍すること。それが最低ライン。
極めて厳しく無謀であると言っても良い内容ではあるが、それがどうしたと笑って任せろと言う。
「
「はーいっ!」
変わらぬ笑顔に一握り、されど何よりも固い覚悟を宿しながらされた返事。
「防衛ラインの守備をしつつ、戦況を見て高速修復材の輸送っ! 何が起こるかわからねぇ、警戒態勢を崩さないように!」
「はいっ! フラワーズ、お仕事入りますっ!」
防衛ラインに築かれた資材集積所の警備をしながら戦況を伺う。
鎮守府のメンバーから離れる役目ではあるが、一度戦況が動けば極めて重要と言える役目。
知ってか知らずかという疑問は露程もない。全て承知の上でなお、笑顔で任せてと返事をする。
「全艦隊……出撃っ!!」
「了解っ!!」
そうして、いつもの波止場ではない場所で。
いつもどおり戦意を漲らせて出撃していった。
墓場鎮守府の面々が出撃して少し。
「す、ごい……」
「あぁ。……いや、私は怖いとすら思うよ、陸奥」
観測機から送られてくる墓場鎮守府の艦娘が戦う様を映した映像。
それを見ていた横須賀鎮守府主力。長門型戦艦、長門と陸奥は画面に釘付けになっている。
映る第二艦隊の姿は確かに小さく損傷を重ねている。
それでも確実に敵を撃破し進軍していて、何よりも。
「沈む気が、しない」
「えぇ……」
今、第二艦隊の大淀が中破した。
これで驚いたばかりの協力弾着観測射撃と相手の砲弾を撃ち落とすといった神業はやりにくいだろう。
だがしかし、それでも戦意は一向に衰えず動揺すらも伺えない。
それどころか更に連携は深まり、冴え渡っている。
弾着観測射撃や、攻撃機、爆撃機によるアウトレンジ主体に戦っていた物から一転、大淀が被弾した瞬間にミドル、ショートレンジ戦法へと切り替わった。
混戦になりつつある戦況を鳳翔が飛ばす艦載機発艦のタイミング、その精度で秩序立て。
古鷹、加古による連携砲撃で確実に仕留める。
そしてその合間を縫うように放たれる大淀の牽制射撃。
変幻自在。
どれ程の練度が、経験があればそうできるのか、まさに底なし。
状況が変われば直ぐ様最善手を生み出しそれを発揮する。
仮に、いや万が一。動ける者が一隻になろうが、深海棲艦が撃沈する光景は変わらないと思わされる。
長門が呟いた恐怖。
それはもちろんその強すぎる姿もあるが、何よりも徐々に損傷を重ねていってなお、必ず生きて帰るという意思が画面越しでさえも伝わってくる事だった。
その目、その姿全てが言っている。
必ず勝つ、生きて帰ると。
自分たちが決めた、何をしてでも勝つという覚悟。
同じように思えたそれとは全く真逆。
眩しく、恐怖心すら覚えてしまうくらいの重く強い覚悟。
それが長門の胸を熱くさせる。
「……どうだい?」
「――はっ! 申し訳ありません! つい夢中になってしまいました! 出撃でしょうか!?」
後ろからいつの間にか現れた長官の姿に慌てて敬礼をする二人。
伝えられていた作戦も、画面から伝わる熱に浮かされたのか頭から抜け落ちているようで、その姿に長官は苦笑いを浮かべる。
「いや、たった今金剛達に出撃してもらった所だ。君たちの出番はまだまだ後になるだろう」
「っ……!」
出番。
その言葉で自分たちの役割を思い出し、唇を噛み締めてしまう長門。
「……長官」
「なんだい?」
長門の姿に思うところがあったのか、陸奥が口を開く。
「私達も……あの場に行って戦えないのかしら?」
「戦いたいのかい?」
戦いたい、あの艦娘達と。
それは本能とも言える何かの叫びだった。
何かのために勝利したい、その勝利を捧げたい……そう思える大切な何かへと。
艦でも人でもなく、艦娘が宿している本能。
「そ、そうです! ……そうだともっ! 私は……この長門も戦えるっ! 立派に、華々しく戦い勝利を刻めるっ! だからっ……長官っ!」
「許可できない」
決死の想いで本能に従い叫ぶ長門を迎えたのはにべもない言葉。
「確かに彼の艦隊はこの作戦で重要な役割を持っている。だが、それと同様かそれ以上にキミ達の役目だって重要で、代えが利かないものだ」
「そうなのかも知れないっ! だが! あれだけの力ある者達と戦えばっ――」
「長門っ!!」
言い切る前に陸奥が長門を遮る。
――誰かを犠牲にする事無く勝てるかも知れない。
そう続くはずだった言葉が遮られる。
「……失礼しました、長官」
「構わないよ」
陸奥とて思った、言いたかったその言葉。
だが、長官の返事を聞いて無理だと悟った。
「そうだね、一生恨んでくれて……いや、恨んで欲しい。キミ達を使う僕は、あまりにも無力で無能だと」
「……っく!」
長官から顔を悔しげに背ける長門。
あらゆる可能性を考えていたのだろう、その希望にもしかしたら縋りたいと今も思っているのかも知れない。
それでもこの作戦を執ると決めた。
「そうですね……はい。私は……陸奥は、一生貴方を恨むことにします」
「あぁ、ありがとう」
陸奥はそれがわかった。思い知らされた。
たとえ自分たち艦娘の手をどれだけ汚そうとも、長官自身の手を、名誉を汚すことになろうとも。
彼は手を振り下ろす、金剛ごと敵を撃てと告げる。
だから、諦めた。
普段なかなか本音を映さない瞳をわかりやすく昏くした。
そうして覚悟を決めた。
「私は……っ!」
長門は未だ葛藤している。
今ほど自分が戦艦であるということを恨んだことはない。
長距離から火力ある一撃を叩き込むことが出来るから、性能が高いから。
なるほど確かに適材適所。
そう、自身の想いから全く真逆に位置する適所。
そんな長門を見て陸奥は思う。
――誰か助けて欲しい。
そう思う。
勝利するために何故同胞を撃たねばならないのか。
勝利するために何故共に戦い沈む事ができないのか。
長門型戦艦姉妹は、酷く、強く恨み悔やむ。
もしも、画面に映る彼女たちのように強ければ。
ぐうの音も出ないほどに強ければ執られなかった作戦かもしれない。
「っ!? ……さぁ、見てご覧。そうせざるを得なかった理由が……わかる」
「っ!?」
「これが……」
一瞬長官に走る動揺。
それを押さえ込み二人の視線を画面へと促す。
墓場鎮守府の艦娘が急ぎ艦隊を再編し整える。
「空母棲鬼……かつて、僕たちが負けた相手だ」
そこに映るは空母棲鬼。
かつて、敗北し日本を追い詰めた元凶が居た。
「ちぃっ! 最奥にいるんじゃなかったのかよっ! 古鷹! 加古!」
「はいっ! もちろんいけます!」
「おうさっ! まっかせときなって!」
作戦海域のド真ん中。
下された命令、ここさえ奪うことが出来れば任務達成と言える場所。
そこに、空母棲鬼はいた。
天龍の呼ぶ声で意図をすぐに理解した二人。
小破未満の二人は第一艦隊へと合流し、戦闘態勢を整える。
「鳳翔さん!」
「はい……悔しいですが、私と大淀さんは一度退き、再出撃出来るよう急ぎます……ご武運を」
その場を離脱する大破した大淀と鳳翔。
既に第三艦隊が帰路の護衛にと姿が見えている。
鳳翔は艦載機の補充、大淀は短期間に行った協力弾着射撃、弾落としにより集中力が極めて低下している。
それはどちらも高速修復材では癒やすことができない。
見える敵艦隊は、最奥に構えていると言われていた空母棲鬼率いる機動部隊。
編成は重巡リ級エリート、軽巡ホ級フラグシップ二隻、駆逐ロ級後期型二隻。
「今頃提督は――」
「まじかよ……なんて言ってそうねー?」
天龍の後を龍田が言う。
そして、言ってるだろうねと皆で笑う。
「だけど提督は――」
「勝つって信じてくれてるっぽい!」
時雨の後を夕立が言う。
僕が言いたかったなと頬を膨らます時雨に、夕立はしてやったりと笑顔を浮かべる。
「ったく……古鷹、加古。大丈夫か?」
「はいっ! よろしくおねがいします!」
「あいよー! ……思う存分指示してよ? あたし、やっちゃうからね!」
頼もしい言葉に頷く天龍。
「ナンドデモ……ナンドデモ……シズンデイケ……!」
海に響く呪詛。
それが示すのは戦闘距離まであと僅かだということ。
「勝つぞっ!!」
「了解っ!!」
空母棲鬼から発艦される艦載機。
気炎を巻き上げながら、立ち向かい。
今、戦いの火蓋が切られた。
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