二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル

63 / 114
空母棲鬼と戦うようです ①

「ちぃっ! 何だってんだこの威力は!!」

 

「天龍ちゃん! 大丈夫っ!?」

 

 空母棲鬼から放たれた攻撃機、爆撃機を手にした25mm三連装機銃で相手取る。

 那珂が毎日のように工廠で開発任務に従事し、手にすることが出来た機銃。

 それは確かに以前装備していた物より遥かに高性能で、装備している天龍と龍田が行う対空射撃を強力なものへと導いた。

 

 だがそれを以てしても撃ち落としきれない艦載機。

 

 残った艦載機の爆撃。

 直撃こそ無かったもののその余波は威力を示すには十分すぎるもので。

 早くも小破してしまった天龍と龍田の頬を汗が伝う。

 

「シズメ……ナンドデモ……!」

 

 艦載機と思わしき物体が空母棲鬼の下へと向かっていく。

 それを受け入れながらも視線はこちらの轟沈を心の底から望むかのような色を宿していて。

 

「天龍っ!」

 

「わぁってるっ! 時雨、加古は敵駆逐艦を! 夕立、古鷹は軽巡! 奴さんの回避性能はかなり高いと見えるが頼んだぞっ!」

 

「了解!」

 

 出された指示に直ぐ様動き出す。

 

 陣形を構えながらの艦隊行動ではあの艦載機にまとめて潰されるとの判断。

 そして、かねてより練習をしていた第一艦隊らしい動きの共有。

 既に第三艦隊を除く全ての艦娘達が互いの動きに対応できている。

 味方に対応できると言っても、その上で相手へと対応できるかと言えばまだ一抹の不安がある。だが、今この時においてはそれが求められた。

 

「龍田は重巡リ級! ビビンじゃねぇぞ!」

 

「調子に乗らないのー……誰に言ってるのかしら? 私が、提督の前で沈むわけないじゃない。それより天龍ちゃんこそ大丈夫? あれの相手は一筋縄じゃ行かないよー?」

 

「はんっ! 可愛らしい熨斗つけてそれこそ誰に言ってやがる! オレは……天龍様だぜ?」

 

 一間見合う二人。訪れる一瞬の余白。

 

「沈むなよ」

 

「天龍ちゃんこそ」

 

 勢いよく合わされる互いの手。

 乾いた音を背に龍田は走り出す。

 

「シズメ……シズメ……!」

 

「おーおー随分とお怒りのようで」

 

 変わらぬシズメという言葉。

 何故かそれを怒っていると感じる天龍。

 何に対して怒っているのかはわからない、それでも先程より遥かに強い憎悪とも呼ぶべき怒りを感じる。

 

 感情は海に例えられる事がある。

 だからかその怒りの海に飲み込まれ、沈みそうになる天龍。

 

 だが。

 

「……沈めるかよ」

 

「ナンドデモ……ナンドデモ……!」

 

 ならばそれは立ち向かうもの。

 ならばそれは踏み立つもの。

 

「あんたが何に怒ってるのかはわかんねぇ、だが……」

 

 相対し、目を閉じる。

 一瞬の隙すら見せるわけにはいかない戦場。

 理解していてなお、開眼し。

 

「わりぃが乗り越えさせてもらうぜ? そう、オレの名は天龍……フフフ、怖いか?」

 

「ナンドデモ……クリカエス……シズメ!!」

 

 艦載機再発艦。

 かつて絶望を抱いて見上げたそれに、希望の槍を纏って立ち向かう。

 

 

 

「時雨!」

 

「わかっているさ!」

 

 空母棲鬼率いる艦隊の陣形が崩れる。

 崩さなければ対応できないと一瞬で看破された。

 いや、散開して向かってくる第一艦隊を各個撃破をするよりも先にやられると本能で理解できたのかもしれない。

 

 それは墓場鎮守府にとっては思惑通りと言っていい。

 だが、相手側の被害なしにそうなることに不気味さを感じる。

 

「ここは……譲れないっ!」

 

 時雨と加古が相手取るは駆逐ロ級後期型二隻。

 

 その不気味さに蓋をして、溢れて漏れる前に倒す。

 

 時雨は近づく速力を全開に、その後ろで加古が静かに主砲を構える。

 

「砲撃を集中だ……」

 

 相手の行動に楔を打ち込む時雨と類まれなる砲撃センスを持つ加古の相性は非常に良かった。

 

 時雨の手の上で踊るだろう(・・・)敵の動きを捉える事ができる加古。

 その踊りを止める砲撃を放つ、仮にそれが通らずとも、踊りを止めさせなかった時雨が止める。

 

 死踊(しとう)へ誘う指揮者(マエストロ)、時雨。

 

 それはつまり、踊らされてしまえばその瞬間沈むことが確定してしまう。

 

「ガァ!!」

 

「やめてよ……痛いじゃないか」

 

 見えないタクトを振りかざす時雨にロ級二隻の砲撃が集中し、小破する時雨。

 ロ級も理解していた、もしもそうなってしまえば終わりだと。そう本能が告げていた。

 

「いっけぇえええ!!」

 

「!?」

 

 その判断は正解でも不正解でも無かった。

 勢いよく向かってくる時雨へと砲撃しようとする。時雨の動作は動きながら捉えられる物ではなく、またすぐにでも近づけさせないために精密なものが求められた。

 

 故に立ち止まった。

 狙いをつけるために、必ず当てるために。

 

 そしてそれを加古に狙われた。

 

 結果はロ級一隻中破。

 

「……君達には失望したよ」

 

「……ガ?」

 

 間抜けな声が響いた、とても深海棲艦が発する言葉とは思えないほどに。そしてそれがこの海に遺した最後の音になった。

 

 中破したロ級の足元に時雨が発した魚雷が迫り、貫く。

 

 残り、ロ級一隻。

 

「残念だったね」

 

「……」

 

 呆気に取られているうちに近距離へと迫った時雨が一言。那珂によって開発された新しい主砲、12.7cm連装砲を突きつけてそう言った。

 

 そうしてようやく気づいた。

 

 既にタクトは振るい終わっていて、終幕を告げるカーテンが降りていた事を。

 

 アンコールの声は、上がらない。

 

 

 

「夕立……突撃するっぽい!」

 

 軽巡ホ級フラグシップ二隻は一言驚いていた。

 その何の策も抱えてないことがわかる程清々しい夕立の突撃っぷりに。

  

 後方に味方であろう古鷹を置き去りに、ただただ愚直に真っ直ぐ飛び込んでくる姿。

 もしもホ級に意味ある言葉が発せられるのならば間違いなく馬鹿かと言っていただろう。

 もしくは古鷹に叱責していたかも知れない、仲間を見捨てるのかと。

 

 だからこそいつの間にか崩れていた陣形にため息をついた。

 感じたモノは恐怖なのだろう、確かに未知に遭遇してしまえば怖くも感じる。

 決して、自分たちが沈められると思ってのものでは無い。

 

 このような愚か者相手に何を勘違いしていたのかと。

 

 そんな事を思われていてなお、古鷹は悠然と佇み主砲を構える。

 それどころか笑みさえ浮かんでいた。

 

「やっぱり夕立ちゃんは可愛いなぁ」

 

 この緊迫した戦闘で、悠長にそぐわないことすら言ってのけた。

 

 誰かのアクションに対しての行動。

 連携ありきの古鷹、連携する能力なら他の追随を許さない古鷹。

 

 独自に動き、一人で自由に敵と相対する。

 バカ爆弾(カミカゼ)と言われても否定できない夕立。

 

 二人の相性は最高と言って良かった。

 

「さぁ、素敵なパーティしましょ?」

 

 ホ級の射程距離に入ったと同時に夕立は誘う。

 それを鼻で笑ってしまうホ級。

 

 何が素敵なパーティか、考えなしに突っ込んできている間に照準はしっかりとつけられているというのに。

 

 返事の代わりに放たれる砲撃。

 

 それは真っ直ぐに夕立へと向かい。

 

「あははっ! ちょっと痛いっぽい!!」

 

「!?」

 

 至近弾となった、そしてその事を理解したと同時に。

 

「やったね!」

 

 古鷹の砲撃がホ級へと直撃した。

 夕立、小破。ホ級一隻中破。

 

 割の合わないトレード。

 いや、理解できないトレード。

 

 何故当たるはずの砲撃が至近弾になったのか、いやそれはまだいい、何故、何故損傷したのにも関わらず爛々と突撃を続けているのか。

 そして何故仲間が損傷しているのにも関わらず未だに笑顔を浮かべられているというのか。

 

 知らない、いや忘れたはずの何かに囃し立てられ怒りがホ級へと巡る。

 その怒りに身を任せ勢いよく動き出す。

 

「そう言えば回避性能が高そうだって天龍さん言ってたっぽい!」

 

「はいっ! 気をつけてくださいね! 夕立ちゃん!」

 

 もう何もホ級には響かなかった。

 

 あるのはただ怒り。

 

 カミカゼを敢行させる。

 損傷に対して何も感じていない。

 

 かつて誰かから受け取った何か。

 その何かがわからないままにホ級を支配している。 

 

「!!」

 

 支配された感覚に身を任せた結果、気付くことが出来なかった。

 無傷のホ級と中破したホ級。後者の速力が低下していることに。

 

「捉えたっぽい!!」

 

 故に追いつかれるのは当然。

 中破したホ級に夕立が肉薄している。

 

 慌てて反転し夕立を挟み込もうとするも。

 

「行かせないよ」

 

 先程浮かべていた笑みは何処へ行ったのか、鋭い眼光を宿した古鷹の砲撃を打ち込まれてしまい足を止められる。

 

 ならば砲撃で支援をと大きく口を開けるが。

 

「あははっ! ソロモンの悪夢! 見せてあげる!」

 

 撃てない。

 二隻の距離が近すぎるのもそうだが、何よりも常に射線上にホ級がいる。

 

 回避性能が高いだなんて問題じゃない、あれほどの近距離で避けられる物は無い。

 加えて、そんな近距離で砲撃を行っているにも関わらず夕立は一切の損傷が見られない。

 

 ――アリエナイ。

 

 積み重なるホ級の損傷。

 その思いはホ級が撃沈するまで鎖となって動きを縛る。

 

「さぁっ! あなたも素敵なパーティしましょ!?」

 

「夕立ちゃんは大丈夫? そう。じゃあ残りはあなただけ」

 

 ――アリエナイ。

 

 知らない、こんなのは知らない。

 ただひたすらに巡るその言葉。

 

 それは結局勝利(何か)に行き着くことは無かった。

 

 

 

 震えていた。

 

「さぁ、死にたい船は何処かしら?」

 

 ゆっくりと重巡リ級へと向かう龍田。

 その顔にはいつもと変わらない笑顔。

 

 その笑顔に、雰囲気に……自身の背後にある絶対的な死の恐怖に震えていた。

 

「早く天龍ちゃんのところに戻らないといけないんだー……だから、ね?」

 

 ――沈んで。

 

 背後で感じた死。その波に浚われたくない一心でリ級は砲撃を放った。

 狙いも何もあったものではない、ただ闇雲に放たれた一撃は運良く……いや運悪く龍田へと真っ直ぐ飛んでいく。

 

 だが。

 

「へぇ? 凄いんだねー?」

 

 運が悪かった。

 放った瞬間に当たると思って喜んだ事に絶望したから。

 

 それは呆気ないほど簡単に避けられた。

 

 最初から当たらないと思ったならまだ良かった。

 どうせ適当に撃ってしまっただけの砲撃、望みを一瞬でも感じてしまえた故に回避された事実がリ級に重くのしかかる。

 

 何よりも。

 

「私を本気にさせるとは、悪い子ね。死にたいの? うふふ」

 

 重巡リ級エリートの一撃。

 それは軽巡洋艦ならば一撃で大破、轟沈まで考えられるほどの威力。

 

 故に龍田は警戒レベルを一つ上げた。

 万が一にも当たってはいけないと気を引き締めた。

 

 そう、引き締めさせてしまった。

 

 背後にある死の気配など到底及ばない。

 眼前から漂う絶望、沈められるという濃密な極死の気配。

 

 相対して、僅か。それこそリ級が一発砲撃を行っただけ。

 ただそれだけで悟った。

 

 ――マケル。

 

 敵わない、敵うわけがない。

 

 どれ程工夫を凝らそうが、どれ程果敢に攻めようが自分は手も足も出ずに沈められると。

 

「あはははっ! 砲雷撃戦、始めるね!?」

 

 それは宣告。

 今からお前を沈めると言う絶対的な宣告。

 

 龍田の装備している主砲、20.3cm連装砲が火を吹いた。

 砲弾がリ級へと向かい、至近弾となる。

 

 損傷は軽微、小破にすらなっていない。

 

 安心するべきだ、自身は一発でも当てることが出来れば勝てると。

 時代遅れの旧式軽巡洋艦の一撃など大した損傷にもならないと。

 

 だと言うのに。

 

「どうしたのー? 撃ってこないのかしらー?」

 

 リ級はただ海を滑るだけ。

 砲が上がらない、狙いなんてつけられるわけもない。

 

 何度も撃とうとした、そしてその瞬間当たらないと確信した。

 

 構えようとする度に、龍田の砲撃が飛んでくる。

 装填中に狙いをつけようとすればその狙いを予測され撃とうとした場所からいなくなる。

 

 格が違う。

 

 間違っていた、そもそもを。

 

 相手に合わせて散開などするべきではなかった、相手の土俵に付き合うべきではなかった。

 

「あら~、もう声も出ませんか?」

 

 何処か少し落ち込んだ色を含みながら龍田は言う。

 

 楽しんでいたわけではない、まして余裕ぶっていたわけでもない。

 ただ単純に弱い者を痛めつける構図になってしまったことを残念に思った。

 

 弱者。

 

 そう、ここに格付けは成った。

 

「ごめんね?」

 

 だから謝った。

 決して弱い者いじめは趣味ではないと。

 

 そう言いながら、静かに引き金を引き続けた。

 

 

 

「よぅ、お早いお帰りで」

 

「っ! 大丈夫!?」

 

 最初に帰ってきたのは時雨と加古。

 中破……いや、大破寸前の天龍へと慌てて駆け寄る。

 

「天龍ちゃん!」

 

 続いてやってきたのは龍田。

 先程までの表情を潜め、天龍へと心配そうな目を向ける。

 

「て、天龍さん!」

 

 最後に古鷹と夕立。

 

「無事帰ってきたってこたぁ上手く行ったわけか。すまねぇな、そんな中オレはちと手こずってるわ」

 

「そんな事はいいからっ!」

 

 天龍は諦めた。

 一人で空母棲鬼を撃沈することを。

 

 開発された新しい主砲であろうと、さしたる損傷を与えられることはなかった。

 というのも空母棲鬼が発艦する艦載機の火力が高すぎて回避に専念せざるを得なかったため。

 狙いをつける余裕などない、ただひたすらに提督と共に磨き上げた自分の第六感を信じて攻撃機、爆撃機に臨み回避し続けた。

 

 それでもこの姿。

 天龍の第六感を以てしても、25mm三連装機銃と以前手にしていた物よりも遥かに強力な機銃を手にしても、だ。

 

「っ! 天龍ちゃん、一旦指揮預かるわよ!」

 

 退け。

 龍田の言葉に込められた意味はそう。

 

「いんや、駄目だ。ここでオレが指揮する」

 

 その意味を分かっていて尚天龍は却下した。

 

 理解できていた。ここまで空母棲鬼と戦闘を繰り広げた天龍だからこそ理解した。

 

「オレ以外じゃ、あれには対応出来ねぇ」

 

「天龍ちゃん!!」

 

 このまま龍田に指揮を預け、天龍は戦域から離脱し回復に戻る。

 そうすれば確かに天龍は無事帰投できるだろう、しかし、残った全員は確実に沈む。

 

 それを理解していた。

 

「っ!? 増援!?」

 

 そこに空母棲鬼の遥か後方からこちらに向かってくる深海棲艦の姿。

 

 奥歯を強く噛み締めながら龍田はどうするべきかを必死で考える。

 

 だがその答えを出す前に天龍の指示が飛んだ。

 

「いいか? オレは引き続きアイツの注意を引く、それは変わらねぇ。……増援が合流する前に、ケリを付けるぞ」

 

「……わかった」

 

 天龍が一人、艦隊から距離を取る。

 

「良いな? オレも長くは保たねぇ、お前らが空母棲鬼を倒すのが先か、オレが駄目だと退くのが先かだ。……頼んだぜ?」

 

 この場面においても天龍は決して沈むという言葉を使わなかった。

 その意味、意図を艦隊全員が理解し頷いた。

 

「行くぜっ! 全艦突撃っ!」

 

「了解っ!!」

 

 戦いの行方はまだわからない。

 勝利の女神は未だ微笑まず、その笑顔の向け先を決められないまま。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。