二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル/靴下香

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沈まぬ意思があるようです

 熱いはずだ。

 空母棲鬼の爆撃を、攻撃機の発する魚雷をその身に受けたのなら。

 

 冷たいはずだ。

 攻撃を受け、海に倒れたのなら。

 

 あるいはもう既に何を感じることも無くなってしまったのか。

 

 不思議に思った天龍は立ち上がり、周囲を見渡す。

 

「ここは……?」

 

 海で戦っていたはずだ、仲間たちと共に。

 

 それが何故唯一人暗闇の中に立っているのか。

 

 負けるつもりはなかった。それでもあと一手足りなかった。

 

 あと一手。

 

 あと一手さえあれば、目論見通り空母棲鬼を中破させることができたと思っている天龍。

 だが、叶わなかった。

 損傷は確かに与えた、しかし艦載機発艦を止められなかった。

 

「ちくしょう……」

 

 何が沈まないか、何が天龍様か。

 

 想いの力なんてものは幻想で、只々強大な敵に対して怯える負け犬の遠吠え。

 どれ程力をつけたと思っても、嘲笑うかのようにさらなる力に押しつぶされる。

 

 悔しいと思った。

 提督と培ってきた力を、絆を上回られたことを。

 

「ちくしょうっ!!」

 

 かつて自分の無力を嘆いたことは何度だってある。

 大破してばかりの自分、だから出撃メンバーから外された自分。

 そして、ただの遠征で大破してしまった自分。

 

 それを遥かに上回る悔しさへと耐えることができず、口から出る音を止めることが出来ない。

 

「なんでっ! なんでオレはっ! くそっ! くそっ!!」

 

 自身を嘆き続ける天龍。

 そんな天龍に。

 

「よう、何を悔しがってんだ?」

 

「っ!?」

 

 小さな妖精が声をかけた。

 

「良いじゃねぇか、オマエはよくやったよ。旧式軽巡洋艦のくせにさ、あんな化物相手によくやった。それでいいじゃねぇか」

 

「良いわけあるかっ!! オレは……オレはっ!!」

 

 天龍を何倍も小さくしたような妖精。

 笑ってよくやった、満足していい、誇っていいと語る妖精。

 

 なまじ自分に似ている妖精だからか、その言葉に反発する心を抑えきれない。

 

「アイツの想いを背負って負けたんだっ!! アイツの力に、刃になれなかったっ!! それで……それで良いわけがねぇっ!!」

 

 何よりも悔しかったその想い。

 

 天龍が抱えた一振りの希望という名の刃。

 それは提督の意思を貫くためのモノ。

 

 その刃が折れてしまった、折られてしまったことを認められない。

 

「無理だって。わっかんねぇかな? どれだけ頑張ろうが天井ってのはあるんだぜ? オマエは強くなった、それでも尚届かねぇ壁……それが空母棲鬼ってヤツだ」

 

「知るかっ! オレが弱いなんてわかってるっ! だけどな……だけどっ!」

 

 冷静な自分が言う。

 目の前にいる妖精が言っていることに間違いはない。

 

 どれだけ力をつけようとも、新しい力を、意思を手に入れようとも破れない壁はある。

 

「認めねぇ……認められねぇ! アイツの意思が何かに負けるなんてこと……認められる訳がねぇっ!!」

 

 吠える。

 負け犬が、負けて尚沈んでいないと吠え叫ぶ。

 

 だから。

 

「はっ! ……羨ましいよ、オマエが」

 

「あぁ!?」

 

 そっと天龍の手に触れた妖精。

 先程までの天龍を馬鹿にしたような雰囲気はまるで無く、心底羨ましいと思っている。

 

 負けたことは認めている。

 だが、沈みつつある自分のことはまるっきり認めていない。

 

「認められねぇか」

 

「……あぁ」

 

「勝ちてぇか」

 

「あぁ」

 

 ――強く、なりてぇか?

 

 最後にポツリと零すように言った妖精。

 

「あぁっ!」

 

 なる、ならねばならぬと天龍は強く返事をした。

 

 そうして。

 

「覚えとけよ? その気持ち。数多のオレが想って貫けなかったモノ。……オマエに託してやる」

 

 

 

「わっ!? 夕立っぽい!?」

 

「そう、夕立っぽい」

 

 目を丸くする夕立の前に飛ぶ妖精はニコニコと楽しげに笑っている。

 

「夕立、頑張ったっぽい!」

 

「え? 何を、かしら?」

 

 唐突に言われた言葉に首を傾げてしまう夕立。

 

「あんな強そうな深海棲艦に立ち向かったっ!」

 

「っ! そうっ! 空母棲鬼は!?」

 

 慌てて周りを見渡せば暗闇が広がっている。

 そのことに先程以上に首を傾げてしまう。

 

「ここ……どこかしら?」

 

「どこでもいいっぽい! 夕立は頑張ったっ! もう休んだほうがいいっぽい!」

 

 きゃっきゃとはしゃぎながら妖精は言う。

 その姿はまるで夕立の健闘を称えるかのように。

 

 そしてその言葉に夕立は嫌悪感を浮かべる。

 

「休めないっぽい! 夕立は……まだまだ戦えるっぽい! 勝つまで……ハンモックを張ってでも戦うよっ!!」

 

 自分は海で戦えない提督の代わりなのだ、分身なのだ。

 目指した力が提督ならば、提督が振るう力が自分なのだ。

 

 そしてそれは勝利するまで振るわれる、提督が笑顔でよくやったと飛び込む夕立を受け止め、褒めてくれるまで続くものなのだ。

 

「夕立っ! まだ勝ってないっぽい! 提督さんに頭、撫でてもらってない!」

 

 純粋過ぎるその想い。

 

「……眩しいなぁ」

 

 その眩しさに目を眩ませる妖精。

 

「でも、夕立は負けたの。ここは海、海の意思の中っぽい。夕立は沈むの、これから暗い昏い海へ」

 

 眩ませながらも夕立にあるまじき顔を浮かべながら妖精はそう告げる。

 

「嫌っぽい!」

 

 ぷいっと顔を背けながらいとも簡単に拒否する夕立の頬は膨らんでいた。

 

 認めなかった、自身の敗北を。

 認められなかった、提督の敗北を。

 

「認めるっぽい。それだけ提督の事を想えるなら、私達と同じになれるっぽい。そうして艦娘を応援しましょ?」

 

「嫌っ!」

 

 断定した、断言した。

 沈めない、沈むことを拒否した。

 

「……はぁ、私ながらすごく頑固っぽぃ……」

 

 やれやれと頭を抱える妖精。

 

 だが、その顔には笑みが一つ。

 

「仮にもう一度戦っても……同じになるっぽい。それでも、戦うの?」

 

「もちろんっ! 何度でも、突撃するっぽい!」

 

 まさにカミカゼ少女。

 沈まない、沈んでも突撃する、戦うことを止めないと夕立は言う。

 

「私は、提督さんの力だからっ! 提督さんは負けないっ! だから夕立も……負けないっぽい!」

 

 既に負けたという事実を忘れている……いや、そんな事あるはずがないと前を向き続ける。

 

 だから。

 

「今のままじゃあ同じっぽい。私、もう一回これをやるのは嫌っぽい」

 

「ぽい?」

 

 妖精が、そっと夕立の指を掴む。

 

「強くなりたい?」

 

「うんっ!」

 

「勝ちたい?」

 

「うんっ!」

 

 ――じゃあ一緒に戦ってあげるっぽい。

 

 ニッコリと笑いながら妖精は言って。

 

「うんっ! 一緒に素敵なパーティしましょっ!」

 

 やっぱり夕立も笑顔で返事をした。

 

「夕立が出来なかったこと……あなたにお願いするっぽい」

 

 

 

「何処に行くんだい?」

 

「戦いに」

 

 妖精に背を向け暗闇の中を歩く時雨。

 その背を飛び追う妖精。

 

「キミも僕ならわかるでしょ? もう戦いは終わったんだよ?」

 

「そうだね、僕は負けたんだろうね」

 

 ここが何処かはわからない。

 だが、敗北した結果ここにいることはわかる。

 

 故にここはそういう(・・・・)場所なんだろうと時雨は思う。

 

 ならばこそ一刻も早く戻らなければならない。

 

 時雨が沈む。

 提督の命であると定めた自分の死とは、提督が提督であることの死に相違ないのだから。

 

「僕が負けても提督は負けない。だから僕は戻るんだよ」

 

「……意味がよく、わからないな」

 

 頭を抱える妖精へと背中越しに笑う時雨。

 

 何よりも。

 

「提督を嘘つきにさせたくないから……そう言えばわかるかな?」

 

「あぁ、うん。そういうのならわかる、かな」

 

 提督と結んだ約束。

 

 沈めない、沈まない。

 

 今辛うじてそうなっていないと時雨は理解している。

 ならば浮かばなければならない。

 

 その約束は何よりも重く、大切で愛しいものだから。

 

「そうしてまた負けるのかい?」

 

「っ……」

 

 浮かぼうとする足を止める一言。

 

 それも、分かっていた。

 

 一手足りない。

 

 あの時感じたその思い、時雨だけではなく全員がそう感じた思い。

 蓋をして意思だけで進もうとした時雨が立ち止まる。

 

「……なら、どうすれば良いのさ」

 

「見送ろうよ、かつてから今までそうしたように。多くの艦を艦娘を見送ったよね? ここに来たってことはそういうことだよ?」

 

 時雨の記憶。

 艦としての記憶、艦娘としての記憶。

 脳裏に浮かんだ、無念を心に抱いて沈んでいった仲間たち。

 

「後を託すことができるって幸せだよ? そう思わないかな? 思ってなかった?」

 

「……」

 

 時雨は目を閉じて想う。

 それは果たして思ったことだろうか。

 

「少し違うし、今はもっと違うかな」

 

「違う?」

 

 とても強い何かが現れて、それに託したいとは思っていた。

 そうすれば見送ることも、見送られることもないだろうと。

 

 だが。

 

「僕はそうなりたいと思ったんだよ。託されることも託すこともない存在になりたいって」

 

「……」

 

 それはどういった存在か。

 

「誰も沈む必要がないくらい強く。重い約束を軽く、当たり前に出来るほど強い存在に」

 

 嘘を誠になんかじゃあない。

 誠を当たり前にする。

 

 沈まない、沈めないというのは約束である必要は無いと。

 生きることが当たり前で、出撃すれば必ず帰ってくるのが当たり前。

 

「僕は、提督の命になりたい。提督が提督の思う当たり前通りに生きていられるように」

 

「……なるほど、ね」

 

「あっ! もちろん提督の命っていうか、提督命も当たり前なんだけどね? もうさ、提督無しだなんてありえないっていうか――」

 

 急に妖精へと振り向き頬に手をあて身を悶えさせ始める時雨に、冷たい目を向ける妖精。

 

 目とは裏腹に宿った思いは。

 

「はぁ、わかった、わかったよ。僕の負け、だからそのクネクネするのをやめてよ。かつて知った身体でそういう事されるとなんだか辛いから」

 

「――へっ!? あ、あぁうん。ごめんね?」

 

 我に返った時雨にため息を一つ。

 

 そうして妖精は表情を引き締め、最後の確認をする。

 

「見送りたい?」

 

「ううん」

 

「見送られたい?」

 

「ううん」

 

 ――じゃあ、生きようか。

 

 呆れたように妖精は笑う。

 

「うんっ!」

 

 知ったことか、当たり前だと時雨も笑う。

 

「全く、僕は惚気を聞きに来たわけじゃないのにね」

 

 

 

 守りたいと思ったのはいつだったか。

 

 提督に八つ当たりをした時か、それともバケツを掲げて海に出てきた時か。

 

 大きな時を経た訳ではないのにも関わらず、その立脚点を懐かしむ龍田。

 

「何でかなぁ? どう思う?」

 

「知らないわ~。頭に爆撃が直撃しちゃったからじゃない?」

 

 その答えは既に出ている。

 

 だが、龍田は妖精に問う。

 あててみて欲しいと笑って問う。

 

「はい、間違いです。あなた、私なのにわからないんだ?」

 

「……どうしよう。とっても腹が立つなー?」

 

 妖精も気づいた。

 

 そう、これは惚気だ。

 何が悲しくて自分の惚気を聞かなければならないのか。

 

 目の前に居る龍田は……いや、龍田も負けてなお提督を想う艦娘だ。

 だからこれから自分と同じように妖精となり、鎮守府の力になろうとしている存在だ。

 

 だと言うのに。

 

「答えはねぇ?」

 

「……好きになったきっかけなんて聞きたくないわー……」

 

 まるっきりそうなる気配がない。

 

 どういう事だと妖精は頭を抱える。

 この艦娘は負けた、すなわち沈みつつある者だ。

 だと言うのに、沈まない。

 沈む寸前にも関わらず、まだ当たり前のように生きている。

 

「あなた、負けたのわかってるー? 沈んでるのよー?」

 

「知ってるよー? だけど、私が提督の前で沈むわけないじゃない」

 

 あっけらかんと龍田は言う。

 

 本当に爆撃で頭がおかしくなったのだろうかと少し心配になりつつある妖精。

 その小さな手を龍田の額に添える。

 

「熱は……無いわねー?」

 

「失礼しちゃいます」

 

 可愛らしく怒る振りをする龍田へとため息をつく妖精。

 同じ龍田であったはずなのに、目の前にいる龍田の事が全く理解できない。 

 

「きっかけは、大事だよ? でもねー?」

 

「あ、はぁ……」

 

 三白眼で言葉の続きを待つことにした妖精。

 諦めた、こいつはもう何があっても言わなきゃ話が進まないと。

 

「それが当たり前過ぎて、その当たり前を守るためなら、なんでもできちゃうって思えるの」

 

「……」

 

 至極、真面目な顔をして龍田は言い切った。

 

 言っている。仮に沈んでいる最中であっても這い上がることが出来ると。

 

「あの人にとって、私達が生きているのが当たり前。無事に帰ってくるのが当たり前。ならそれを守るわ」

 

「っ! それが出来なかったから今こうしているのでしょう!?」

 

 激昂するは妖精。

 かつての自分でさえ思っていた、提督や仲間のため。そのためなら沈んでも沈んでやらないと。

 

 そしてそれが叶わなかったからこそこうして妖精になった。

 故に目の前の龍田を受け入れられない。

 

「守るって言うなら負けないでよっ! 沈みそうにならないでよっ! 私に……出来なかった私にそんな姿でそんな言葉を言わないでっ!」

 

 妖精は吠える。

 

 その姿はかつて龍田が提督に八つ当たりしたときのものに似ている。

 

 だから気づいた。

 龍田が今するべきことに気づいた。

 

「だったら、ね?」

 

「何よっ!?」

 

 ――アイツ、一緒に倒さない?

 

 暗闇に包まれている世界の先を指差す龍田。

 

 その怒りも、悔しさも。

 共にぶつけよう、八つ当たりをしようと誘う。

 

「それとも……自信、ないかなー? 負けちゃったあなたじゃ、無理かなぁ?」

 

「なっ――」

 

 あまりに拙い煽りの言葉。

 されども必死に考えて言う言葉。

 

 提督のように上手く煽れたわけじゃないのは理解している。

 それでも、この言葉が妖精に必要だと理解できた。

 

 かつての自分がそうだったように。

 

「ふざけないで……」

 

「ふざけてないよー?」

 

「あなたも沈んだくせに……」

 

「沈まないよー?」

 

 ――だったら、証明して見せて。

 

 浮かべた涙の理由は何だろう。

 

「もちろん。……一緒に、ね?」

 

 龍田は妖精の涙を拭い笑う。

 

「見せてみなさい、あなたが当たり前に守る姿を」

 

 

 

 負けた事を理解した。

 だが全員が負けてなお沈むことを認めず拒否し、這い立ち上がった。

 

 そして揃って口にする。

 

「天龍――」

 

「夕立――」

 

「時雨――」

 

「龍田――」

 

 

 

「――改」

 


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