二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました 作:ベリーナイスメル/靴下香
大きな歓声に包まれた。
皆、泣いていた。
それはもちろん、俺も。
「お姉さま……お姉さま……っ!」
「……ゴメン、ネ」
びちゃびちゃの軍服はもうまるっきり気にならなかった。
お互いの体温を確かめ合うように、無事を喜ぶことが出来る。
当たり前じゃなかった、この光景。きっと、それはこの世界にとって。
結局の所、俺は何もしていない。
深海棲艦を倒した訳でもなければ、ただ皆の危険を高めて、自己満足を貫こうとしただけなのかも知れない。
天龍と龍田の肩を借りて、この集積所に帰ってくるまではそう思っていた。
それでも……。
「……負けたわ」
「妖精……?」
肩に煤まみれの羅針盤妖精が乗ってきた。
俺と一緒にあの時海へと飛び出してたから大丈夫だとは思ってたけど、なんだか安心する。
「アンタは私の描いていた理想の司令官像を軽く乗り越えた。……ううん、ちょっと違うかしら? 多分、思い描けなかった理想の司令官になった」
叢雲に似ているこの妖精。
静かに、だけど何処か少し悲しそうに笑いながらそういってくる。
「わかんねぇよ……そんなの。何が理想かなんて、まったくわかんねぇ。だけどさ」
「……うん」
こうして誰一人沈むことなく、帰ってこれた。
それだけは間違いなく思い描いた理想そのもので。
「この光景が見られるなら、俺は何度だって同じことをする。そうしていつの日か、理想が当たり前になって、そんな当たり前の中で生きることができればと思う」
お互いの無事を涙して喜ぶよりも、気軽にお帰りと言えるように。
成功も、失敗も。
笑顔で話せる、そんな世界に。
その第一歩を踏みしめた、そう思いたい。
「そう、ね。そんな世界が、未来があるのなら……あの子達も、戦わずにいられたのかも知れないわね」
「……」
今までいた海を眺めて言う妖精の横顔は儚げで。
艦娘は誰も沈んでいないというのに、何かを悼むかのようで。
「深海棲艦、か」
「っ!」
妖精が少し震える。肩から伝わってくるその小さな振動。
もし。
もしも、艦これで言われていたように、深海棲艦は沈んだ艦娘の成れの果てだと言うのなら。
「……何やってるの?」
「お前に倣ってるんだよ」
手を合わせる。
一度だけ、したことがある死者を悼むこの行為。
あの時はただ呆然とやらなければならないとやっただけだったけど。
今は、言える。
「ありがとう、ゆっくり休んでくれ」
「――っ!!」
妖精が勢いよく飛び立った。離れ際に感じたのは水の感触。
どういう理屈か現象か。
それはわからない。
だけども、深海棲艦も、妖精も。
元は艦娘だった、なんとなく思う。
そうなっても、成り果ててなお戦い続けている。
「誰も沈めない、か」
ただ単なるちっぽけな俺のプライドから始まった約束。
それはもしかしたら、この世界へするべき約束になるのかも知れない。
「よく、生きて帰ってきてくれた。これも――」
長官が皆の前に立って言う。俺もまた、その隣で長官の言葉を耳に流しながら皆の顔を見渡している。
不思議と、出撃前の時とは違って見えた。
勝利したからってのもあると思うけど、もっと別の何かが変わったと思う。
いや、変わったのは俺なのかも知れない。
ただ単なる艦これ好きで、お前たち皆俺の嫁だなんて思っているのは変わらない。
けど、一つ。自分で言った言葉を今更に実感している。
戦友。
そう、艦娘全員家族であり、嫁であり、戦友。共に海へと挑む者だと。
そうなりたいと思っていたことが、叶った。なんて自惚れている。
「――はぁ……うん。そうだね、わかってる、わかってたさ」
「――え?」
不意に長官の声色が変わった。
横を見てみれば、苦笑いを浮かべて肩を竦めている長官。
「喋るべきは、労うべきは僕じゃない。……うん、無粋な真似をして悪かったよ」
「え、は?」
そのままちょいちょいと、こっちに来いと手招きしてくる? え? 何?
「南一号作戦がこうして最高の戦果を得られたのは、艦娘はもちろん君のおかげだ。僕は何もしていないからね」
「え? いや!?」
いやいやいや!? 俺なんて場違いもいいところだからねっ!?
こうして前に立ってるのだけで精一杯だからねっ!?
「いいから行け、小僧!」
「ぬわっ!?」
背中から押される感触。
く、くそう! 爺さんなんてことしやがるっ!?
そうして崩れた体勢を戻して顔を上げてみれば。
「敬礼っ!!」
「ちょっ!?」
天龍がいたずらっぽい顔しながら号令をかけた。
そうして、一斉に向けられる敬礼。
長官には敬礼の号令なんてしてなかったじゃねぇか!
何で今するんだよっ!
「はは、やっぱり慕われているねぇ?」
「あ、あは、あはははは……」
あ、あかんこれ。
逃げられへんやつや。
あぁもう! わかったよ! 腹くくってやるよ!
「……楽にしてくれ、あぁ、大破者や傷が辛いやつは座って……いや、何なら寝転がってくれ。後、天龍は後で説教な」
「んなっ!?」
そう言ってみればところどころから上がる小さな笑い声。
はいはい、ダシにするくらいはさせてもらうからな。
「えーと……本日はお日柄もよく……」
「提督ー! お見合いなら一対一でお願いするよー!」
加古てめぇ!?
あぁ! だから笑ってんじゃないってばよ!
「加古、お前は一週間飲酒禁止」
「そ、そんなっ!?」
あーもう無茶苦茶だよ! くっそ覚えてろよー。
「はぁ……全く。すまないな、身内ネタなんて披露してしまって。ともあれ、だ」
話し始めてみればすぐに笑い声は収まって。
俺の言葉へと耳を傾けてくれるのがわかった。
だから最初に一番いいたいことを言おう。
「ありがとう、そしておかえり。皆無事で、本当に嬉しい」
「――」
瞬間、何人からの目から、涙が零れた。
「うちの鎮守府では、ルールが一つある。それが沈まない、だ」
それは約束。
最初は時雨に対して、そしていつからか艦娘に対してした初めての約束。
「怒られると思うけど、俺は沈まないためなら逃げてもいいと思ってるし、なんなら敵前逃亡して漁師にでもなんでもなればいいと思ってる」
戦うから沈む。なら戦わなくていい。
ずっとずっと俺の隣で笑ってくれればそれで良い。
それは間違いない本音。
「だけど、誰かのそばで笑うためにはこの戦争を終わらせなければならない。だから戦う。……皆、そうだと思う。いや、もしかしたら艦娘だから戦わなければならないなんて思ってるかも知れない」
笑い続けるために、幸せで居続けるために、それら全てを守るために戦う。
そう、戦いは仕方のないことだ。
何故始まった戦いなのか、いつから戦いが定められたのか。
そんなことはわからない。
「どうしても逃げられない、避けられない戦いという定め。それは大事なものが一つ増える度に大きく、強くなっていく。そうして戦えば、大事なものがまた一つ増えていって……そんな終わらない輪の中に俺達はいる」
誰かを助けて、何かのために戦って。
そうして大事なモノが手に入って、大事なモノの大事も守りたくなって。
ずっとずっと続いていく戦いと、増え続ける大事なモノ。
「だから、言いたい。生きていれば、また戦えるって」
「っ!」
かつて何処かの偉い人が言った言葉。
言ったことで非難を浴び続けたその人。
「非難してくれてもいい……どのみち戦えと言ってるじゃないかと呆れてくれてもいい。それが間違いだとも、正解だとも言わない」
辛いさ、苦しいさ。
戦うことも、戦いへと送り出すことも。
だけどそれが幸せにたどり着くための道筋なら。
「それは歴史家にでも聞いてくれ。遥か未来で、この戦いについて考えるヤツへと押し付ける」
「――ぁ」
正しい道が幸せな未来にたどり着くとも、間違った道が悲しい未来にたどり着くとも限らない。
もしかしたら信じる正しいに向かって悲しみへとぶち当たる結果になるかも知れない。
もしかしたら間違った道こそが幸せな結末へと続いているかも知れない。
「隣にいる艦娘を見てくれ」
言葉に従って隣を見合う皆。
「信じるモノがそこにある、信じたいモノがそこにある……信じるべき戦友が、そこにいる」
正しさも、間違いも。
そんなものは信じなくていい、意識しなくていい。
「そして、俺を見てくれ」
不格好な俺。無様な俺。
自己満足を貫いただけの、俺。
「俺は、皆の戦友になりたい」
それでも共に征きたい。
この海を、幸せに向かって。
「命を預け合い、守り合い、生きることを信じ合う……そんな戦友に、なりたい。そしていつの日か一緒に……」
――暁の水平線に勝利を刻みたい。
……。
「今日の勝利はその第一歩だ。そして俺が皆に戦友として認められるための第一歩でありたい。……皆、お疲れ様。俺達の……勝利だ!!」
瞬間。
「――!!」
鬨の声が湧き上がった。
さっきとは違う喜びを爆発させた。
笑いながら泣いて、勝利を喜んだ。
「小僧」
「……はい」
不意に声をかけられた。
どうしてだろうか、そっちへ顔を向けることが出来ない。
「提督」
「はい」
逆からも。
俺は、皆が喜んでいる光景から目を離すことが出来ない。
「良い、言葉だった。軍人としてではなく、ただのジジイとしてそう思う」
「僕も……そうだね。目からウロコが落ちる思いだよ」
そうかな?
ただ感じた想いを言葉に変えただけで、めちゃくちゃな話だったと思う。
「これで、わしも心置きなく引退できるというものだ」
「力不足で申し訳ありませんね? 大佐」
俺を挟んで笑ってるんじゃないってばさ。
というかそうか、大佐は引退か。
「引退する時には決まってやることがある……小僧、約束、楽しみにしているぞ」
「……お手柔らかに」
引退試合、か。
部活じゃないんだからさ……ったく。
離れていく長官と大佐、二人の背へとようやく視線を向けることができた。
そうだ。
大佐が引退試合って話なら。
「俺は、歓迎試合ってか?」
あぁ、そうだな。
そうなのかも知れない。
「なぁにしてんだよっ! 提督!!」
「ぬおっ!?」
ててて、天龍さん!? おむ、お胸が気持ちよろしくよっ!?
「提督さんっ! 褒めて褒めてっ!」
「ぐおっ!?」
はらっ! はらがぁ!?
ていうかダメ! お胸に反応した砲塔が!?
「もー、だめよー? 提督だって疲れて……きゃっ!?」
「龍田は美味しそうな所を取らないの」
ちょまっ!? 時雨さん!? 龍田の足をそこで引っ掛けたらっ!?
「あふん……」
「あ、あ……」
おう、いえ~す……わんだほー……。
「ごごごご!? ごめんにゃひゃ!?」
「いえおれのほうこそごめんなさい」
あーもうむちゃくちゃだよ……二回目じゃん。
役得ありがとうございます。
「あらあら、もう、提督を独占しないでくださいな。ささっ、提督、こちらへ……」
「ほ、鳳翔さんは抜け目ないと思うなっ!?」
鳳翔に片腕を取られて、もう片方の腕を古鷹に取られて。気持ちよくて。
「にししっ! 両手に花だねぇ! 提督っ!」
「ふ、ふけつなのですっ!」
加古にからかわれて、電に軽蔑されて。
「響? 私達レディーも行ったほうがいいのかしら?」
「そうだね、ここは行く所だと思うな」
「そうよっ! お疲れの司令官を助けなきゃっ!」
突撃準備をしてる暁と響に雷が見えて。
「はいはーい! 那珂ちゃん今から歌いまーす! 提督っ! 一緒にデュエットするよっ!」
「ちょまっ!? 那珂ちゃん!? 先に助けて欲しいかな!?」
盛り上がりどころを逃さない那珂ちゃんに文句を言って。
「あーもうっ!! 幸せだよこんちくしょうっ!!」
幸せを、勝利を、噛み締めた。
第三章完っ!!
今後のことは活動報告に書いておきますねっ!