二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル/靴下香

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引き続き三人称視点


思い通りには中々いかないようです

「見つけたよ」

 

 遠くに見えるのは深海棲艦。

 軽巡ホ級フラグシップが旗艦。引き連れているのは駆逐イ級エリート二隻に、ロ級が二隻。

 

 こんな鎮守府近海で見られる編成では無い。もしも、時雨が今の鎮守府に来る前に会敵したのであれば柄にもなく取り乱していただろう。

 

 そんな事を考え、それを笑った。

 

 勝たなくてもいい、逃げてもいい。

 その言葉は軍人としてあるまじき言葉なのはわかっている。ただ、だからこそこの時雨の胸に響いた。

 

 生きてくれ。

 

 そう言われたと、時雨は思っている。

 

 戦いだけに必要とされている訳じゃない。時雨は自分が必要だと思われていると実感できた。

 

 だから戦う。この海から帰る為に戦う。必要とされる場所に戻る為に。

 

「ここは譲れない」

 

 沈むな、沈ませないと言われた。

 

 ならそれを信じよう。約束を守ろうとしてくれる人を自分から裏切るなんてあってはならないことだ。

 

 信頼に応える。だから信頼する。

 

 必ず、あの鎮守府に帰る。

 

 その思いと共に、時雨は静かに海上を深海棲艦に向けて走るスピードを上げた。

 

 時雨がスピードをあげると同時に、相手も時雨を認識した。

 距離はどちらもまだ射程圏外。相手の軽巡ホ級の射程範囲ギリギリの位置と思われる距離を時雨は見定めようとする。

 

 傍から見ればかなりの速度。

 時雨は全速で走り、相手との距離が縮まるにつれて集中力を高めていく。

 あとどれ位で射程範囲だろうか。極まった集中力は全速の世界に居る時雨の目に見える景色を酷くゆっくりに感じさせた。

 

 だから、軽巡の射程距離に入った時。相手の砲撃が来ると感じた時。

 

 時雨は急制動。

 

 反航戦。

 目の前を砲弾が通り過ぎる。

 それを確認した後、一気に駆け抜ける時雨。

 相手の隊列を見流しながら通り抜け、反転。相手艦隊は隊列を組んでいるため大きく半円を描くように時雨に向かい直す。

 

 反航戦を徹底して回避に専念。

 確かにすれ違いざまの砲撃戦は極めて命中率が落ちる。

 遠くで見れば大して速度を感じないが、間近でのやり取りとなればまた変わる。34ノットのすれ違いは想像しているより遥かに早い。

 

 そんな中行われた急制動。

 当然相手のタイミングは狂い、走っていたであろう時雨の目の前を通り過ぎる。軽巡に続き駆逐艦が止まっている時雨に砲撃を放とうとすれば急発進。

 この繰り返しで、時雨は被弾すること無く戦闘を続行できている。

 

 時に一速から全速へ、全速から三速へ。

 自身の速度に緩急をつけることで、時雨は一発の砲撃もすること無く自身の動作制御のみで相手深海棲艦を手玉に取っていた。

 

 一週間の提督との訓練。

 夕立とは対象的に、時雨は結局ただの一太刀も提督にあてることが出来なかった。

 パシンパシンと竹刀をぶつけ合う夕立の様に、時雨は一度も提督の竹刀に自らあてに行くことが出来なかったのだ。

 あたるときは提督の竹刀が自分の竹刀を巻き上げる時だけ。

 

 時雨は考えた。

 どうすれば打ち合えるかを。だが、そんな悩んでいる時雨に提督は言った。

 

「別に交える必要はないんだ。相手の身体に届かせる技術と、竹刀をぶつけ合う技術は違うんだぞ」

 

 その言葉で気づいた。

 提督が竹刀を空振った後は必ず隙が出来る。ならそこを打てばいいと。どうすれば提督の竹刀を空振らせればいいのかに注力すればいいと。

 

 そうして出た結論が、急制動、急発進だ。

 あえて隙を作りそこを狙わせる為に急制動し、空振らせた後急発進、竹刀を振るう。

 

 毎日訓練した。そして、ようやく昨日提督は時雨の振るった竹刀を、自分の竹刀で受け止めた。

 

 身体にあてることは出来なかった。だが、それでも確実に成長した。

 

 そしてそれは、海上での動きにこうして活かされた。

 

 相手が狙うタイミングを自分で作り、そこを狙わせる。

 敵の攻撃を自分がコントロールする。誘導する。それにより、こうして反航戦ですれ違うのは遂に五回目になった。

 

「君達には失望したよ」

 

 辛辣な言葉。

 こんなに簡単だったのか。こうまで簡単に誘導できるのか。

 これならば、提督と竹刀を交えていたほうが遥かに困難だったと時雨は感じている。

 

 同時に失望の言葉は自分に対しても感じていた。

 

 沈まされる相手だと怯えていた相手は、心の持ちようと技術でこうにまでなるのかと。

 簡単だと感じた相手に怯えていた自分に失望した。

 

 だが、それは緩みでもあった。

 

 ――これなら、自分も攻撃をしても。

 

 そんな思いが胸に過った。

 手にある砲を一撫ですると、その砲の冷たさが俺を使えと囁いてるかのように感じる。

 

 撃つか、撃つまいか。

 

 それははじめて相手の砲撃を回避することだけを考えていた思考に混じったノイズだった。

 

「!? 当たった……っ?」

 

 すれ違いざま、駆逐ロ級の砲撃が自身の肩を掠める。

 損傷は極めて軽微。小破にすらならない程度のかすり傷。

 

 だが、その痛みと事実は時雨の混乱を強く招いた。

 

 回避に専念しろって言われていたのに。

 砲撃を考えなくていいと言われたのに。

 僕はバカだ。しなくていい傷を負った。

 こんな事を考えてしまったから……。

 

 自身を叱責するという、戦場に置いては更に余計なノイズを思考に宿らせ。

 

「くぅっ!?」

 

 さらなる砲撃を浴びた。

 

 五度目の反航戦。

 そこで、時雨は中破にまで陥った。

 

 被弾箇所は何れも艤装。

 主に、脚部の損傷が目立ち、思うように速度が出ない。

 

 相手艦隊が折り返して来るのが時雨の目で確認できた。

 

 ――危険だと判断したなら撤退。

 

 提督の指示を思い出す。

 だがそれも、この損傷した脚部では……不可能に近い。

 

「……僕は、ほんとにバカだなぁ……」

 

 俯き、呟く。

 確かに提督の言う通り、遂行できるはずだった。それでも、自分の愚かさでそれも無理になってしまった。

 

「この僕をここまで追い詰めるとはね。まあいいさ」

 

 ならば後はやることは一つしか無い。

 

 轟沈覚悟の上での突撃。

 

 その覚悟を決めて、力の入らない足を無理やり動かそうとした時。

 

「おまたせっぽーいっ!!」

 

 大きな砲撃音と共に、駆逐ロ級一隻の轟沈を時雨は確認した。

 

 

 

「まず何から撃とうかしら?」

 

 落ちきっていない陽が照らす海上。

 余裕ぶった言葉とは裏腹に、獰猛な笑顔を浮かべながら夕立は全速で文字通り敵艦隊に突っ込んだ。

 

 その動きは時雨のような洗練されたものではなく、ただ力任せ、考えなしのそれ。

 

 だが、敵艦隊は急な砲撃による動揺、加えて目標が二隻に増えどちらを狙うべきかという思考に邪魔され向かってくる夕立に対して有効な行動を取ることが出来なかった。

 

 単縦陣の最後尾にいた駆逐ロ級に続いていたもう一隻のロ級に夕立の照準があわされ、間もなく撃破。その距離僅か三十メートル。

 

「あはっ! 提督さんの言った通りっぽい!」

 

 これならあたる、あてられる。

 先に撃破したロ級に砲撃をあてられたのはまぐれだと夕立は自覚していた。だからこそ、距離を詰めた。あてるために。

 

 何よりも、中破している時雨の下に一刻も早く合流するために。

 

 駆逐ロ級が二隻撃破されたことでようやく敵艦隊は迫る驚異を撃破する為に意識を傾けることが出来た。

 二隻轟沈させられた事は確かに痛手ではあるが、もしこの深海棲艦に表情を浮かべる事が出来たなら確かに笑っていただろう。

 夕立は単縦陣を取っているこちらに向かってきている。ならば反転様にはT字有利の状態で向かえ撃てる。その事を理解していたからだ。

 

 夕立に対して砲撃を行うため、艦列反転を試み……浮かべていたかも知れない笑みを凍らせた。

 

 三十メートル先で砲をこちらに向けているはずだったそれは。何の恐れもなく、駆逐イ級エリートの真後ろに張り付いていた夕立の姿を見た故に。

 

「どうしたの? 撃ってこないっぽい? 私の装填、終わっちゃうよ?」

 

 撃てるわけがない、よしんば撃てたとしても駆逐イ級は必ず巻き込まれる。

 イ級を盾にするかの如くピッタリと張り付いている夕立は、変わらぬ笑顔で続けた。

 

「次発、装填出来たっぽい」

 

 そして、何の躊躇いもなく……イ級にゼロ距離射撃を行った。

 

 砲撃音と言葉にならないイ級の断末魔、爆音が重なり響く。

 

 瞬間間違いなく、全ての色をこそぎ落とし、敵艦隊は呆気に取られた。

 自らの砲撃でも無く、敵は自ら自爆に近い形でイ級を落としたのだ。

 

 その事を理解した時、軽巡ホ級は人為らざる声で笑った。

 

 これが喜劇でなくて何だというのか。中破しているとは言え大人しく時雨と共に挟撃を行えば良かったはずだ。それを警戒したからこそ夕立を先に排除すべき敵と認識したのだ。

 それがどうだ。確かにこちらの被害は大きくなった。僅かこの数瞬の間に駆逐艦とは言え三隻を落とした。驚愕、そして称賛されるべき事だ。だが、その代償に自らと仲間の艦を救えなくなったのだ。

 

 何が救援か、作戦か。

 

 まるでカミカゼ。バカバカしいにも程がある。

 

「夕立っ!!」

 

 遠くで時雨が名前を叫ぶ。

 爆煙でその姿は見えないが、自分と同じ様に呆気に取られた後泣いているのだろうか。それとも救われたと思った瞬間やってきた喜劇に絶望しているのだろうか。

 

 早く爆煙が収まらないだろうか。そうすればきっとより愉快な光景が待っているはずだ。

 

 そう期待し、時雨の方へ向かうわけでもなくその場で静かに待っていた。

 

 待っていて、しまった。

 

「時雨、大丈夫?」

 

「それはこっちの台詞だよ! あんな無茶して……!」

 

 煙の向こうに見えたのは、中破した時雨を庇うかのように前に立つ艤装の所々を軽微な損傷が確認できる――小破した夕立の姿。

 

 ――アリエナイ。

 

 ホ級は目の前の光景を理解できない。

 笑うはずだった口元は開かれたまま、発するはずだった声は一向に音にならない。

 

「時雨。時雨は撤退するっぽい」

 

「なっ!? 何を馬鹿な事言ってるのさ! 今なら二人で撤退出来るよ!」

 

「それじゃあだめっぽい」

 

 夕立はすっと時雨の破損した脚部艤装に目を向け、時雨の提案を潰した。

 

「そんなの! やってみなくちゃ……!」

 

「時雨、自分でもわかってるっぽい。無理だと思ってるのに出来るって言うなんて時雨らしくないっぽい」

 

 夕立の冷静な言葉に、下唇を噛み俯く時雨。

 

 そう、わかってる。

 

 この状況で撤退を敢行しても、まず間違いなく自分は追いつかれる。撤退できたとしてもそれは夕立だけだということを。

 

「ねぇ、時雨」

 

「……なんだい?」

 

「もし、ここで時雨を守れたら……白露は許してくれるかしら?」

 

 白露型一番艦、白露の名前を口にする。

 かつて一緒に居た、白露の名前を口にする。

 

 自分が沈めてしまった、白露の名前を口にした。

 

「!! 夕立……まさか……!」

 

「わからないけど……そうだったらいいな」

 

 願いが叶いますようにと夕立は瞑目し祈る。しかしその祈りは一瞬で終わり。

 

 ――夕立、突撃するっぽい!

 

 その言葉を時雨に残し、未だ呆然としている敵艦隊に向かって、夕立は再度突撃(カミカゼ)を敢行した。

 

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