二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル/靴下香

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長官が語るようです

 墓場鎮守府。

 その名称は蔑称でもなんでもないただの事実。

 

 艦娘が提督に見送られる波止場。

 先日の戦いが嘘のように穏やかな海。

 

 ここに長官が来てから、どれほどの時間が経っただろうか? 軍帽を胸に押さえ、静かに黙祷を捧げる長官の姿。

 それは本人でさえわからない、少なくとも時間を気にするという余裕はなく、彼の心にあるのはただ悼むという念だけが在った。

 

 多くの艦娘が墓場鎮守府の下に眠っている。

 その死を悼むために建てられたといえば言い訳になるのだろう。

 だがその言い訳をようやく本当へと変えることが出来た長官の胸にあるものは何か。

 

 勝利を喜んだことに嘘はない。

 紛れもなく平和への第一歩であり、日本に尽くす一人の軍人として心から良かったと思っている。

 

 それでも、今この時において一番強いのは悔やむ心。

 

 かつて自分が彼のようであったなら、こんな鎮守府は要らなかったと言うのに。

 

 そう悔やむ心。

 悔やむ心を謝罪に変えて、許されることのないだろう相手に頭を下げる。

 

「長官」

 

「……大淀、か」

 

 祈りを止める声は長官の背後から、長い黒髪を海風になびかせ訪れた。

 

 声の主は大淀。

 振り向くことなくそうであることを理解する。

 当然だ、大淀と長官の付き合いは墓場鎮守府の提督よりもまだ長い。

 

 培った絆の深さは別に、その時間だけは疑いようもなく長い。

 

「お身体に、障りますよ?」

 

「そうだね、うん……もう少ししたら戻るから気にしないでいいんだよ? それに身体に障るというならきみだって――」

 

 いいかけて、止める。

 この程度、海の上で戦う艦娘にとってはなんというものでもないことを思い出す。

 

「まだ居られるというのなら、失礼して……隣、よろしいですか?」

 

「……あぁ、もちろん」

 

 長官の横に並び立つ大淀。

 その顔には緊張が浮かんでいる、いや。その緊張を必死に抑えていつもどおりの表情を貼り付けようと必死になっている顔が浮かんでいる。

 

 それに気づけるくらいには大淀と時を重ねてきた長官。

 決して踏み入れられないようにと壁を作って幾月、死守し続けた大きな壁。

 その壁を隔てて今、二人は共に海を眺めている。

 

「提督に、言われました。話してこい、と」

 

「はは、抜け目ないね……彼は、ほんとに」

 

 提督が今ももみくちゃにされているだろう道場。

 忍んで抜け出してきたはずなのに、気づかれていた。

 

 どこまで彼は期待以上、想像以上の存在でいるのだろうかと恐怖にも似た感情を覚える。

 

 だからこそ、長官は白旗を振った。

 

 表情を変えずとも、目には強い決意の光を宿す大淀。

 それは壁を乗り越えるためか、溝を埋めるためか。

 

 それとも決別するためか。

 

「……妖精も、深海棲艦も、元艦娘だと言えば……君は信じるかい?」

 

 一興だと思った。

 どうせ自分は台本がなければ事を上手く運べない。

 今回の作戦は台本から大きく離れた展開を見せたが結果は台本の結末に描いた通り。

 描かれた展開は自身のものより遥かに素晴らしく、得難い最高の過程。

 

 ならば台本の外に飛び出すのも、いいかも知れない。

 アドリブの中にこそ生まれる、より良い何かがあるかも知れないと、長官は心を開いた。

 

「海に散って尚、提督やこの国を想い続けたものが妖精に。深い恨みや苦しみ、失意と共に沈んだものが深海棲艦になったといえば、君は信じるかい?」

 

 深海棲艦は前触れなく、発生した。

 従来の海軍兵器は意味を為さないまま沈んでいき、海を奪われていった。

 そうして日本の海を侵そうとした時、艦娘は現れた。

 

「現れた艦娘という存在、彼女が言うままに僕たちは戦いの態勢を整えた。そうしてわけがわからないまま日本を守るべく海に挑んだ」

 

 多くの艦娘が沈んだ、多くの深海棲艦を沈めた。

 犠牲を出しても勝利を刻みながら、手探りでどうすれば上手く戦えるかを考えた。

 

「それでも結局僕は(・・)敗北した。だから選んだ、二周目を」

 

「二周、目?」

 

 聞くことに徹していた大淀が首を傾げる。

 だが、その意味を聞く前に、遮るように一つ笑みが挟まれ聞くことは叶わず。

 

「少しはマシになった僕。だからすいすいと階段を駆け登られて今は司令長官なんて呼ばれている。全ては深海棲艦をこの海から排除するため、それだけに向かって振り返らず駆けていた」

 

 艦娘の知識を、戦いの知識を。

 新しい世界で存分に奮った。

 もとより、立場の力もあった、大佐の養子である彼は七光すらも利用した。

 

「それでもある時疑問に思った。どうして戦えば戦うほど深海棲艦は強くなっていくのかと」

 

 戦いに明け暮れて、海域を取り戻して先に進む度強くなる敵戦力。

 それは何故だと疑問に思った。

 

「ある深海棲艦と相対した。彼女は言ったんだ、何度でも繰り返すと、変わらない限りと」

 

 戦果だけを見れば極めて順調だった。

 重ねる損失、散っていった艦娘や提督。

 その犠牲に見合うだけの戦果、いやそれ以上の戦果をあげた。

 

 多くの深海棲艦を打ち破り歩み続けてきた長官は、ただの一言で足を止められた。

 

「ふと思った。振り返れば失った命は多く、雑に扱った命も多かった。勝利することに必死で、省みなかった僕は、もしかしたらただ徒に戦いを激化させてしまっただけなのではないかと」

 

 多くの人間はそんな長官を褒め称えた。

 護国の意思は彼こそが体現せしものだと。

 

 だが、その考えが過ってから動けなくなる。

 犠牲が悲劇を生むのなら、深海棲艦を生むのならどうすればいいのか。

 

 結局艦娘を犠牲にしないで勝つ方法を彼は見出せなかった。

 足を止めて考えた、今更だとなじられつつも艦娘と相談した。

 かつてあったかも知れない道を辿り直すかのように、取り戻そうとするかのように。

 

 今までの快進撃は嘘のように、再び奪われていく海。

 足を止めている間に今度は海が犠牲になった。

 

「ある日、僕の相棒とも言える艦娘が散った。……悲しかった、ずっと二人三脚で戦ってきた艦娘だったから」

 

「相、棒……」

 

 心に小さなトゲの感触。

 しくしくと痛みだす大淀の心は何故だろう。

 

「でもある時再会できた……その姿を変えて、妖精として」

 

 そして知ったのだ、教えられた、世界の仕組みを理を。

 深海棲艦はあらゆる負の感情を元に艦娘が姿を変えたもの、妖精は沈んで尚人と共に戦いたいと願ったものだと。

 

 だから新たに模索した。艦娘を深海棲艦にしないためにはどうすればいいか。

 沈んでも人の力になってもらえるほど強い絆を結ぶためにはどうすればいいのかを。

 

 だが……。

 

「遅すぎた。共に戦った艦娘は海に散り、ただ提督を纏める立場だけが残った。気づけば、僕が新たに訴えた思想を間違いだと声高に叫ぶ兵器派なんて呼ばれる派閥ができて、何が正しいのかわからなくなっていた」

 

 かつて栄光の道を進んだ人間の失墜と変化、かわりに掲げられた新たな思想。

 混迷極まる軍部を余所に、戦い続ける鎮守府提督と艦娘達。

 艦娘と協力することが大切であると示すように大淀を長官の秘書官として抜擢するも、小さな抵抗虚しく深まっていく各部との溝。

 

 そんな中追いつめられたように発令された南一号作戦。

 

「結果は知っての通り。作戦責任者である僕の思惑を余所に発令された墓場鎮守府建造作戦の成功。対外的には認めざるを得なかった、かつて僕が進んだ道は正しかったのだと」

 

 戦果に犠牲は必要で、命散らしてこその勝利だと。

 兵器は兵器らしく、兵は兵らしく。

 それこそが勝利へ続く唯一の道だと。

 

 事実、兵器派の人間は長官が収めた成功を元に作戦を立てていた。

 彼らは元長官の信奉者とも言える存在で。急に失敗し続けた長官の姿を認められない存在でもあった。

 今はもう見る影もないが、かつては長官がやってきたことこそが正しかったと証明してやると息巻いていたのだ。

 

 そうすれば再び長官は立ち上がる。

 今の生温い艦娘との共存、共生という思想が間違いだったと気付く事が出来ると。

 

「そうして、そんな中現れたのが……提督」

 

「その通り。当時は……いや、今も、か。僕は一旦諦めた、態勢を整えもう一度挑み直そうと考えた。提督適性測定器を言い訳に、彼を、艦娘を犠牲にその時間を得ようとした」

 

 文字通り提督を捧げて、使えない艦娘を別の鎮守府で処理し、再度同じ艦娘を同じ鎮守府で建造できるという可能性を残そうとした。

 今度は間違えないと、三度目の正直に賭けた。

 その結果。

 

「目を疑ったさ、報告書を持つ手が震えた。軽巡洋艦二隻、駆逐艦二隻であの正面海域を突破したなんて信じられなかった」

 

「……」

 

 結局それは二度あることは三度の道だった。

 戦意が目に見えて低い艦娘、提督から傷を与えられた艦娘。そんな者を送って沈めば深海棲艦となる可能性は極めて高いというのに。

 それを何処か理解しつつも、止められない程追い詰められていたなんて、言い訳に過ぎないだろう。

 

 完全なる日本の崩壊へと続く道、新たな深海棲艦を生み出そうとしていた一歩を提督が止めたのだ。

 

「希望が見えた、僕はそれに縋るしかなかった。兵器派の思想を認めた上でそれを覆せる程の実績を彼に上げてもらう方法を考えた。だから……君に行ってもらった、大本営内でも極めて練度の高い君に」

 

 多くのことを長官から学んだ大淀。

 指揮、運営、実戦。

 かつて英雄と呼ばれていた彼の教えは確かに素晴らしいものであった、大淀が自己に対して下していた評価を遥かに超えるほど。

 

 長官の、英雄の懐刀と呼ばれていたことはそのまま真実であった。

 

「後は知っての通りだ。僕の用意した筋書きの結末とは少し違ったけど、南一号作戦を完遂させ、その実績を元に彼を横須賀鎮守府提督に据える……流石にこの結果を見たら、反対する者も黙らざるを得ないだろう、なにせ彼らにすら出来なかったことだから」

 

 その言葉こそが信じられないと大淀は目を丸くする。

 自身の記憶にある長官は、自分を役に立たないと切り捨てたはずの人物で。

 

 実はこうでした。

 なんて言われても、嬉しいと思う気持ちよりも疑いの気持ちが先に出てきてしまう。

 

「うん、その気持ちは理解できるさ。だからこれが僕の本心だとも言わない。恨むなら恨み続けて欲しい、いや、そのほうがいい」

 

 苦笑いを浮かべながら長官は言う。

 分かっているのだ。理解もしているし、そう仕向けたのは何よりも自分だからこそ。

 

 この事を直接伝える気は欠片もなかったし、聞かれても答えないつもりだった。

 

「だけど、言わせて欲しい。無責任で、無能で……台本の無い僕がこんな事を言って良いのかもわからないけど」

 

 ――強く、なったね。

 

 その言葉に、大淀の目から一つ雫が落ちた。

 

「はい……はいっ! 了解しましたっ! 私は……大淀は長官を一生恨むことにします!」

 

「くっ……あははははっ! うん、そうだ、そうだね。流石は元、僕の片腕だ」

 

 満足そうに頷く長官。

 

 大淀も同じように理解している。

 それに気づけるくらいには長官と時を重ねてきた大淀だからこそ。

 

 許さないで欲しい。

 

 その事を。

 

 そして言っているのだ、あの提督と共に暁の水平線を目指し勝利を刻めと。

 長官が逃した魚は大きいと、判断が間違っていたと後悔させ続けて欲しいと。

 

「ここは……良いところだね、大淀」

 

「はいっ! 自慢の家です!」

 

 恨むと言ったわりに綺麗な笑顔を長官に向ける大淀。

 そんな顔に苦笑いを浮かべる長官。

 

 傷は、つけたものにしか治せない。

 

 真実そうなのであれば、今大淀の傷は癒えたのだろう。

 

 互いに謝りも、許しもない。

 だが、胸にあった小さなトゲは消えその傷口を塞いだ。

 

 大淀も、長官も。

 

 溝は確かに今も存在し続けて二人を別つ。

 だがそれは別れではない。

 

 長官は、過去を乗り越えるがために。大淀は未来を征くために。

 

 南一号作戦で二人が得た最大の戦果とは、この門出なのかも知れない。


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