二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました 作:ベリーナイスメル/靴下香
「ソナーに感! 気をつけて! もうすぐ会敵するわっ!」
「よぉっし! じゃあ作戦通りに、私と電ちゃんは海上に現れた艦を叩くよっ! 暁ちゃん、雷ちゃんは潜水艦へ爆雷っ! 響ちゃんと霞ちゃんは漁船護衛だよっ!」
鎮守府近海対潜哨戒と銘打たれた作戦。そして行われる海上護衛戦。
了解という返事が響く中、墓場鎮守府第三艦隊の面々は漁船を守るべく戦闘態勢を整える。
南一号作戦の成功により横須賀方面近海にて漁が再開された。
組織的な動きが見られなくなり、散発的に現れる程度にまで減った深海棲艦出現率だが、やはり脅威であることに変わりはない。
故にその漁業を、安全を守るべく出撃した第三艦隊。
艦娘に見守られながら、海上で行われる久しぶりの漁に漁師が感じ入っていた中、無粋にも深海棲艦は現れた。
「良いかい? 基本的に私達は相手を倒すことを考えなくていいからね?」
「わ、わかってるわよっ! こんなの全然、楽勝なんだからっ!」
漁船付近に展開する響と霞。
敵艦隊を迎え撃つべく離れていった四人の姿を見送りながら、響は霞の様子を注意深く観察していた。
第三艦隊に組み込まれた霞。
本決定ではないものの、提督はそう指示した。朝潮や軽巡洋艦の二人、川内や神通に羨ましげな視線で見送られながらあの提督の艦娘として迎えた初出撃。
威勢よく出撃したものの、時間が経つに連れて不安心が鎌首を上げ、強気な言葉がから回っていることに響は気づいている。
南一号作戦で旧横須賀第二艦隊が戦線を維持出来たのはフラワーズのおかげ。
そんな認識があった。
事実として、フラワーズの救援が間に合っていなければここに居る霞は間違いなく沈んでいた。それは霞自身も理解している。
だがそんな出撃前にあった六駆とのやり取り、それが霞の心に強く残っていて。
「借りは……しっかり返してみせるんだからっ!」
平たく言ってしまえば気負い過ぎている。
ビンタ一発に対してビンタを返すつもりは無かった、自分の力を示し、墓場鎮守府の一員として有用であると証明することで返すつもりだった。
そんな中で言い渡された仮所属先と任務。
絶好の機会だと思った、ガンガン行ってやると息巻いた。
そうすることで自分勝手な期待に報いてくれた提督に対して報いるという気持ちも強かった。
成功させてやる。
完璧には無理かもしれない、もしかしたら大きな損傷を負ってしまうかも知れない。
それでもこの漁船だけはしっかり最後まで守り通して見せる。
そう思っている所に。
「それじゃあ一生無理だと思う」
「え……? な、なんでよっ!?」
苦笑いを浮かべた響がやんわりした口調で鋭い事を言う。
「いいかい? もしも司令官に、私に暁に借りを返したいと思うのなら……無事に帰ることだけ考えるんだ」
「そ、そんな生温いこと……だったら漁船を沈めても、民間人に被害が出てもいいのっ!?」
まるで自分たちの後ろに控えている漁船をハナから見捨てているような言い草へ反射的に声を荒げてしまう。
まぁ落ち着いてと手振りを加えながら響はそんな事ないと言葉を続ける。
「もちろんそんなつもりは全く無いよ、いい訳がない。だから私達が居るんだ」
そう言って会敵し、戦い始めた皆を指差す響。
敵艦隊の構成は目に見えるだけで軽巡ホ級エリートが一隻と駆逐イ級が二隻。
暁、雷の動きを見るに後二隻海に潜んでいる深海凄艦がいると予想される。
自分で下手くそと評した那珂の砲撃はしっかりとイ級に吸い込まれ、電は遊ぶようにホ級を手玉に取っていた。
「す、ごい……」
その光景に霞は目を奪われる。
あの時はそんな余裕がなかった、初めて見る墓場鎮守府艦娘の戦い振り。
沈む光景が思い浮かばない。
仮に自分が戦う姿を誰かが見た時、こう思って貰えるのだろうか。
「失礼な言葉になるけど、多分霞じゃあこうはならないと思う」
「……っ」
響が言った言葉へ反論できず悔しげに唇を噛む霞。
その通りだと思った、今の自分じゃあ無理だと答えが出ていた。
「多分、司令官は一番最初にこれを見せたかったんだと思うよ? 霞と私達に大きな力の差はない。でも決定的に違うものがある」
「違う、もの?」
聞き返そうと振り向いた霞を置いて、不意に響が前へと出て。
「響っ!!」
「わかってるさ」
主砲を構えてみれば、戦っていた深海棲艦、駆逐イ級がこちらに向かってきている。
前衛の包囲を無理やり抜けて来たのか、中破姿のイ級は。
「ウラー!!」
あっさりと響の主砲に沈んだ。
「……」
霞は気づかなかった、想いに惑う最中に居たから。
しかし響は気づいた。惑う想いを持ち合わせていなかったから。
「これがその差、だと思う」
「そう……」
邪魔をした。
それは何だと聞きたい気持ちを、霞の何かが邪魔をする。
ちっぽけなプライドなのかも知れないが、それは霞にとって譲れないものでもあり、大事なものでもあった。
だから。
「ふんっ! いつか返してやるんだからっ!」
これはきっかけ。
借りの返し方、それはまだ見つからない。
しかし、その方法を見つけるためこの光景をしっかりと目に焼き付けようとする霞に、響は目を細めた。
「ええぞ! ええぞ!」
「ひゅー! 暁ちゃんマジレディ!!」
「とうぜんよっ!」
深海棲艦の邪魔ははいったものの、久しぶりの大漁に涙を流しながら喜んでいた漁師達。
「かみなりちゃあああん!!」
「いかずちよっ! かみなりじゃないわっ!!」
その漁師たちは今、輪の中で踊るフラワーズの面々へと歓声を贈っていた。
今まで何の成果も上げられなかった軍。その軍への印象は極めて悪かった。
自慢の船は海を走ることなく、海風に錆を付けられていく。
いつか海へ出ることを夢見ながら道具の手入れをする日々。
仕事ができない状態で、日々困窮を感じる中、何度も手を罪に汚そうと思った。
何故こんな思いをしているのに、吉報は世に出回らないのかと鬱憤は溜まるばかりで。
限界だった、限界が見えた時にようやく待ち望んだ報せが舞い込んだ。
「那珂ちゃあああああああん!!」
「きゃはっ! 皆ー! ありがとー!!」
それは謝罪からだった。
知らせた男はまっすぐに頭を下げた。
今までつらい思いをさせて済まないと。
そして感謝を贈られた。
すぐに再開できるのも耐え忍びこの時を待っていてくれたおかげだと。
そう言った男の隣から、緊張混じりに言われた言葉。
艦娘と共に漁をしてもらうという内容。
「電ちゃんマジ天使」
「はわわっ!? て、天使じゃないのですっ!」
そうして今、最高の結果が待っていた。
国を、人を守る艦娘と言われていたその存在を見て。
必死に自分たちを守ろうと戦う姿を見て。
戦っていたのが自分たちだけではない事を理解した、実感した。
「かすみんは踊らないのん?」
「か、かすみんっ!?」
それがこの状態。
獲れたての魚料理に舌鼓をうちながら、歌い踊る艦娘に声をあげるこの光景。
全ての苦労が実った光景だった。
「あはは、すいません。まだアイドル修行不足なんすよ、霞は」
「おっ! 提督さんじゃねぇかっ! 今回はありがとよっ! おかげで見てくれよ! こんなに獲れたんだっ!」
民衆にとって最高の戦果とも言える幸せの渦へと提督が現れた。
目の下に深い隈を拵えながらも、眩しそうにフラワーズが踊る姿へと目を細める。
そんな提督へと獲れたての魚を誇るように、感謝するように見せる漁師。
「あっ! 司令官っ!」
「えっ!? 提督っ!?」
やってきた提督を見つけたフラワーズは霞を残して向かう。
南一号作戦の成功後、任命された横須賀提督の兼任。
間もなく様々な手続きや作業へと向かった提督へ作戦の成功を伝えるために笑顔で足早に。
「司令官っ! どうっ!? 私達、ちゃんとやったわっ!」
「あぁっ! 流石は最高のレディ、御見逸れしたぜ」
むふーと胸を張る暁の頭を撫でる提督。
レディと言うには少しだらしない笑顔でなでなでを迎え入れた暁。
「司令官」
「おう、響もおつかれさん」
ぽふっと胸に収まった響と笑顔を交わし合う提督。
「司令官さん、えっと……こ、これ! 美味しいから食べてほしいのです!」
「おっ! うまそうじゃねぇかっ! ありがとな。いなず、まっ!?」
電が足を躓け、提督に食べてもらおうと持っていた焼き魚を顔にぶつけ。
「し、司令官っ!? だ、大丈夫!?」
「大丈夫大丈夫、ありがとな雷」
慌ててハンカチを手に持って提督の顔を拭く雷。
もみくちゃ一歩手前であっても提督の笑顔は変わらないままで。
「提督? 大丈夫?」
「あぁ……うん。ちょっと休んでこいって言われてな? いやぁ、流石にきっついわ……けど」
目の隈に気づいた那珂は気遣うように言う。
意味を間違えることなく受け取った提督は笑顔を深めながら言葉を返し。
「やっぱ皆と会えるのが一番元気になれるわ……那珂、作戦お疲れ様。ありがとうな」
「あ、えへへ。……うんっ!」
空いている手を那珂へと伸ばし、その柔らかい髪を撫でながら労った。
そうすることで提督自身も労われた。
慣れない作業、会議、そういった疲れが抜けていくと実感できる。
「ちょっとっ! このクズっ! いい加減そのだらしない顔をひっこめなさいっ! 他の人も見てるのよ!? だらしないったらっ!」
「おっと、すまんすまん。霞も忘れていたな?」
出遅れた霞が肩を怒らせながらやってきてそう言った。
だが疲れからか、民間人の前でだらしない顔をしないで。という言葉の意味を解釈しそこなった提督は、なんだ寂しがりやさんめと霞の頭に手を伸ばし。
「ちょっ!? ちょっとっ!?」
「霞もお疲れ様、うちとしては初出撃で大変だっただろう? これからも一緒に頑張ろうな」
撫でると共に労う、その手を何故か。
そう、何故か。
「あのねっ! 私はそういうのを求めてたわけじゃ、なくて……その……」
振りほどけなかった。
そんな霞に電は白けた視線を向けていたし、那珂は笑うのを必死で堪えているのか肩を震わせ。
「ツンデレ乙」
「ちっ!? ちがっ!?」
漁師に突っ込まれた。
顔を真赤に霞は漁師たちへと足を急がせ弁解に向かう。
「なんか悪い事したな?」
「ふふっ! いいんじゃないかな? 間違いじゃないよ」
照れてるだけだよと那珂は笑いながら言った。
霞が何かその勢いでやらかさないかと心配した六駆が追いかけて、この場に残るは那珂と提督。
二人の間に少しだけ訪れた沈黙。
居心地の悪さは感じない、ただ穏やかな雰囲気を海風が包み込む。
「方針は決まった?」
「……あぁ、やっぱまずは日本そのものの安全確保が優先になりそうだ」
少し寂しそうな顔を浮かべる提督。
その内容に那珂は察しを付ける。
「そっかぁ……しばらく、寂しくなるね?」
「まぁな、だけどそうも言ってられねぇや。横須賀鎮守府の運営をどうするかも考えなくちゃならねぇし……まったく、長官も無茶言うよ」
困ったと目尻を下げながら那珂へと愚痴るその姿。
それを那珂は嬉しく思う。
この人の弱音を聞けるようになれた自分を誇らしく思う。
「でも、頑張っちゃうんでしょ?」
「さてな。俺は頑張ってるつもりはねぇよ」
当たり前のことをやってるだけだと提督は笑う。
目の前で繰り広げられている暁と霞のやり取り、内容はわからないが周りの笑顔を見るに大事ではないだろうと顔を綻ばせる。
「私も……皆も。提督の力になるのは、当たり前。なんだからね?」
「那珂……」
驚くように那珂へと視線を向ける提督。
迎えたのはとびきり優しい那珂の笑顔。
「やれやれ……那珂ちゃんのファンはもうやめられそうもないな」
「あっ! まぁたそんな事言ってー! ダメなんだからねー!」
笑い合う二人。
笑いが絶えないこの光景。
「あぁ、まだまだこれから、だな」
「うんっ!」
守りたい、広げたい。
気持ちを強く再び心で結び、しばしの休息に身を任せた。