二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました 作:ベリーナイスメル
「夕立っ!!」
「わかってるっぽい!」
天龍の指示と夕立が主砲を構えたのは同時。砲塔から放たれた弾は見事に戦艦ル級に直撃した。
ル級は声をあげる間もなくいつの間にか忍び寄っていた時雨の魚雷に襲われ、大破。
「天龍ちゃん!」
「おうっ!」
トドメどころかオーバーキル。
一縷の慈悲すらなく天龍と龍田の斉射によりその姿を海に沈めた。
「す、ごいね……ね?」
「……ええ、認めざるを得ないわ」
同じ艦隊に組み込まれていた長良型軽巡洋艦四番艦、由良はそれしか口にすることができず。
また、墓場鎮守府の艦娘は常識はずれという噂の中身を知った扶桑型戦艦二番艦、山城もただの噂だと切り捨てた過去の自分を恥じた。
それは舞鶴鎮守府に所属している艦娘全ての感想でもある。
日本各地の正面海域を取り返す。
その言葉と共に派遣された墓場鎮守府第一艦隊。
まず最初に彼女たちがやってきたのは舞鶴鎮守府。
各地の戦況は厳しかった。
ある程度原因や理由の差はあれども正面海域を辛うじて守っていると言った程度で、各方面の海域へ出撃するなんて夢のような話。
中でも舞鶴は横須賀以上にギリギリだった。
建造へと臨んでも失敗続き、平たく言ってしまえばもう何処の鎮守府も一度艦娘を建造し、沈めてしまっていた。
一番容易く考えられるジリ貧、まさにその通りの道を辿ってる途中で。
どの艦娘も戦意を漲らせることが出来なかった。
先が見えていた、訪れる未来を誰もどうすることも出来ないと諦めていた。
徐々にすり減っていく戦力。
かつて仲の良かった艦娘、姉と呼び慕った艦娘を失い、出撃する度に誰かが沈む。
限界だった。
日本の崩壊は舞鶴からなんて言われる事を軍も、艦娘も覚悟した。
そんな中だった。
「あんなに、強くなれるんだね……ね」
由良の目に幾分ぶりの光が宿った。
希望が見えたのだ、その光が差し込む瞬間を見たのだ。
明るく照らされているはずの海がその通りに見えるようになったのはいつぶりだろうか。
はっきりと水平線を眺めることが出来たのはいつぶりだろうか。
見える光景を滲ませながら、忘れていた喜びを噛みしめる。
「でも……どうして……今頃っ……!」
叶うなら最愛の姉とこの水平線が見たかったと、タイミングという不幸を呪うのは山城。
喜びはある。
希望も見えた。
それなのに扶桑型戦艦一番艦、扶桑はいない。
共に喜びたかった。
共に希望へ涙したかった。
握りしめられた拳にはうっすらと血が滲む。
どうしてもっと早く来てくれなかったのかと、お門違いに八つ当たりをしたくなる。
あれほど強いのであれば掴み取れたはずだ、扶桑が隣にいる未来を。
今更に訪れた希望へと憎しみが募る。
叶うのであれば。
「私は……っ! 沈みたかったっ!」
強いと評された墓場鎮守府艦娘。
その強さを振るうための犠牲になりたかった。
そうすれば姉は褒めてくれると思った、よく頑張りましたねと褒めてくれるはずだった。
それすらも、許されなかった。
「山城さん……」
強さとは時に残酷で。
強さの一助になることすら出来ない力とは弱いという事実を偽ることなく真っ直ぐに伝えてくる。
俯き震える山城へと掛ける言葉が見当たらない由良。
由良とて思っていたのだ、犠牲になりどころだと。
だがそんな犠牲など要らないと、必要ないと。
由良と山城が何をせずとも被害なくこの戦闘は終わっていたと二人は確信している。
そんなところに。
「おーいっ! 何してんだ? おっせぇなぁ! さっさと帰るぞー!」
なんて。
あまりにも軽すぎる言葉が、いや。
自分たちを馬鹿にするように聞こえる言葉が飛んできた。
「っ! そんなに強いならっ! もっと早く来てよっ!」
言った天龍は決して馬鹿になんてしていない。
それどころか追い詰められてた舞鶴の艦娘達の様子に胸を痛め、負担をかけまいと、より一層奮戦した。
そんな天龍達へと返された言葉は恨みの声。
どうして、どうしてと諦めきれない、悔やみきれないと叫ぶ音。
「天龍ちゃん……」
気遣うような龍田の声を背に受け、天龍は山城へと向かう。
行うべきは海域拡大ではなく、日本の解放。
長官からの発案に提督は頷いた。
戦果をあげることよりも先により多くの艦娘を救うほうが先だと了承した。
苦渋の決断と言うには言葉が過ぎるかも知れないが、提督も艦娘も互いに離れるのは嫌だという言葉を、気持ちを飲み込んだのだ。
だから怒っても良かった。
それがわざわざ離れたくない提督の下からやってきた自分たちへと向ける言葉なのかと。
だが。
「わりぃ……本気でそう思ってる」
「っ!?」
言ってしまった、我慢するはずだった昏い想いを口に出してしまい震える山城の目の前で。
天龍は静かに頭を下げた。
「オマエの……山城の言う通りなんだ。もっと早くに強くなって、こうして援軍に来られたなら。そんな事を言わないで済んだのかも知れねぇから」
それもまた天龍の……いや、墓場鎮守府の想いだった。
「わ、わかったこと言わないでっ! もう、遅いの……姉さまは、扶桑姉さまはっ!!」
止まらなかった。
その通りだと、自分たちの不手際だと認められたから止まらなかった。
止められない山城とは別に、由良もまたふつふつと湧き上がる気持ちがある。
天龍の謝罪はこうも言っているのだ。
お前たちじゃあ勝てないと。
「……っ!」
反論できなかった。
言いたい気持ちはあった、自分たちはここまで生き残ったと、すなわち弱い艦娘ではないと。
言えなかった、弱くないなら何故勝てないのかと言われるのが怖くて。
「わかってる、お前らは強い。オレ達なんかより遥かに強い」
「て、適当なこと……!」
それすらも否定された。
強いと思った相手は自分たちのほうが強いと言った。
強いから勝つ。強いほうが勝つ。
それは戦い全てにおいてそのはずで。
なら強いと言われた自分たちは何故負けて続けているのか。
「オレは、オレ達はただ先に救われただけだ、生きる意味と目的を見つけ出せただけだ。ずっとずっと辛い中で戦い続けて生き残ったお前らよりつえぇなんて口が裂けても言えない……だがよ、生きる意思ってのは……何よりも困難で、何よりもつえぇ」
「っ!?」
そこが違うと天龍は言う。
「死んだやつが生きてるやつの死を望むわけがねぇ、戦友が戦友の沈む姿を見たいわけがねぇ。だから強くなろうと思うんだ、だから生きるって困難に立ち向かうんだ。……オレ達はそう学び、信じることができた」
何処までも、何処までも一途に。
生きろと望まれていると信じて愚直に生へとしがみつく。
それが海に臨む全ての想いだと、信じ抜く。
「扶桑は、山城が沈むことを望んでるのか? 散っていった戦友は由良が沈むことを待っているのか? ……オレにはそうと思えねぇ。だが、ソレはお前らが見つけた答えが全てだろうよ」
天龍の言葉に俯く山城と由良。
その顔は何かに気づいたように、あるいは悔やむように。
「ゆっくり考えてみてくれよ、そのための時間ならオレ達が作ってやる、作ってみせるから」
そう言って天龍たちは帰投すべく動いた。
立ちすくむ山城と由良の肩を後に続く龍田、夕立、時雨が一撫でしていきながら。
「山城、さん」
「……えぇ、私達も、帰りましょう」
死に場所を見失った代わりに見せられたのは生きる場所。
その場所を、何処か眩しいと感じながら、ゆっくり天龍達を追いかけた。
舞鶴鎮守府、あてがわれた一室。
損傷なく帰ってこれた墓場鎮守府第一艦隊の面々は軽くシャワーを浴びた後、部屋で合流した。
「天龍っ!」
「んあっ? なんだよ……って!?」
ベッドに腰掛けた天龍へと夕立はダイブした。
驚きながらもなんとか夕立の身体を抱きとめた天龍は、目を丸くしたまま腕の中にいる笑顔の夕立を見やる。
「えへへー……天龍、ちょっと提督さんっぽい!」
「あ、うん。僕も思った。天龍最近提督に似てきたよね」
「そ、そうか? ……へへっ」
照れくさそうに、だが嬉しそうに夕立の頭を撫でる天龍。
天龍にとって何よりの褒め言葉だと、その様子を見ていた龍田は思う。
改めて、舞鶴鎮守府の状況は想像以上に悪かった。
方面各鎮守府の戦力は極めて低い、具体的な数字を挙げてしまえば十隻の艦娘がいれば大きな戦力と呼べるほどに。
統括する軍部の内輪もめでもなんでもなく、ただ純粋に艦娘の運用を失敗し続けていた。
やることなすこと全てが裏目に出た結果であり、誰が悪いという明確なモノが存在していなかった。
そうしている内に自分たちの力ではもうどうすることも出来ない状況で。
まさに横須賀が執った南一号作戦が失敗してしまえば確実に舞鶴は崩壊していたと言える。
「それにしても……由良さんと山城さん。大丈夫かなー?」
「……わかんねぇ。けど大丈夫にするのがオレ達の仕事だ、気張らねぇとな」
二人だけではない。
舞鶴鎮守府に着任している艦娘、全ての士気が低かった。
二人と同じように絶望に沈む一歩手前で、ギリギリ生にしがみついている状態。
天龍達がやってきたことで作戦は成功した。
少なくとも戦力を整える土台は、時間は得られるようになるだろう。
だが、それだけでは足りない。
「なまじっか……簡単に勝っちゃったからね」
「むふー! 夕立達、強いっぽい!」
難しい顔を浮かべる時雨とは対照的に、撫でられるがまま胸を張る夕立。
そう、正面海域に居た深海棲艦の力は墓場鎮守府のものとそう変わりはなかった。
あの時と比べて大きく強くなったと喜ぶ気持ちはあれど、心配事ができた。
「あぁ……このままじゃ、依存されちまう」
帰ってきた天龍達を迎えたのは大きな歓声だった。
勝利という希望に誰もが喜んだ。
それ自体は良い。
だが、あまりにも天龍達ありきの勝利だった。
「私も、言われちゃった。私達がいれば、舞鶴も安泰だって」
龍田が困ったように話す。
自分たちはいずれ去る身で、舞鶴が安定する目処がつけばこの後呉や佐世保へと向かう手はずになっている。
海域自体は突破した。
残り掃討戦を幾らか行えばその目処は立つだろうが。
「このままじゃ、僕達無しじゃあ同じことになる、ね」
迎えられた歓声と同時に向けられた視線。
この人達がいれば。
という色。
「……自信、だけじゃねぇが。足りてねぇな」
「そうねー。この人にならっていうのも、圧倒的なカリスマを持つ人も……足りてないね」
かつて舞鶴にそういう人間がいたのかはわからない。
ただ現状そういった人間も艦娘もいないことはわかる。
舞鶴鎮守府の提督は、涙して自分たちを迎え入れた。
まだ戦っていないにも関わらず、噂に聞こえる墓場鎮守府の艦娘がやってきたという時点で勝利できると安堵した。
それほど追い詰められていたのだろう、艦娘と同じように。
決して意思が弱いわけでもなく、艦娘を無下にしているわけでもなかった。
ただ救われるかも知れないという可能性がやってきただけで涙するほどに追い詰められていた。
情けないと思って良いかも知れない。
それでも天龍たちはそう思わなかった。
なんとかしてみせると士気を高める事ができた。
問題なのは解決した後。
一つ解決すればまた一つ問題が出てくる。
慣れきったものではあるが、簡単に解決してしまうことが許されないという状況は初めてだった。
「提督なら……提督なら、こういう時どうする……?」
「ぽい?」
天龍がそう呟く。
こういう時に提督はどうしていたか、そう考えようとした時。
「訓練するっぽい! 提督さんなら、竹刀で訓練するっぽい!」
天龍の胸から身体を起こし、揚々と、朗らかに夕立はそういった。
「舞鶴の皆は弱いっぽい! だから鍛えないとだめっぽい! 夕立、皆を鍛えてあげるっぽい!」
「……ぷっ、あはは! 夕立、そうだね! そのとおりだね!」
そんな夕立のシンプル過ぎる言葉に時雨はお腹を抱えて笑う。
天龍は目を丸くしたまま思考を止めていたし、龍田も難しく考えすぎてそんな簡単なことに気づけなかったと苦笑いを浮かべた。
「そっか、そうだな……その通りだな夕立っ! ちっとやってみるかっ!」
「っぽい!」
自分たちがやっていた訓練。
何よりも心を鍛えることができたと思えるあの訓練。
「そうだね、ここの皆にはうってつけかも知れないね」
「ふふ、そうだねー。今度は受け止める側かー……うん、やってみせるわ」
話は決まったと勢いよく立ち上がる天龍。
そう、提督の意思は何も海に刻むだけではない。
艦娘を、戦友を、家族を守るということだって含まれている。
だからこうして来たんじゃないかと、笑みが浮かぶ。
「よっしゃあ! それじゃ行くぜっ! 墓場鎮守府第一艦隊、出撃だっ!」
「了解っ!」
笑顔のない鎮守府に笑顔を刻むため、揃って意気高々に戦場へと出撃した。