二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました 作:ベリーナイスメル/靴下香
舞鶴の正面海域を突破してきて欲しい。
一口で言えば日本の安全確保に奔走しろという任務が提督の口から告げられた時、夕立はすぐ頷くことが出来なかった。
天龍、龍田は一瞬考える素振りを見せたものの了承するまで然程時間は要しなかった。
天龍にしてみれば提督の命令に逆らうといった発想を持ち合わせていないから当然と言えたし、龍田だって似たようなもの。
二人共提督から発されるモノの成就というか、仮にちょっと大本営潰してきて欲しいなんて言われたとしても、出来る出来ないは別にして爛々と躊躇なく実行するだろう。
言ってしまえばその意味を考えたりすることはあっても、無条件で受け入れてからなのだ。
とにもかくにもまずはやる。
やってからその意図については考えることはある。
盲目的とは言わないが、それくらいに提督のことを信頼しているし好き、あらゆること全て叶えたいと思っていた。
では中々頷けなかった夕立と時雨はどうなのか?
言うまでもないが、天龍や龍田と同じくらい。本人たちに言わせてみればそれ以上に信頼や慕情を提督に対して持っている。
それでも違うところがあるとすれば、自身の力は提督の下でこそ振るわれるという思いがあるから。
提督と提督の大事を守ることができるならば他はどうでもいい、といえば極論すぎるか。
それに近い思考を持っている二人だから提督の下を離れることにはそれなりに反発しようとした。
それなりに、という部分は提督の言ったお願いはその大事を守ることであるということも理解していたから。
その上で、いまいち気が乗らないということに対して駄々をこねると言った程度のもの。
ただその気持ちを察している提督は言ったのだ。
頼むよ、何か一つできる範囲でなんでも言うことを聞くから。
なんて。
瞬間時雨の目は光った。言質取ったと言わんばかりに態度を翻して頷いた。
何をお願いするのかはわからないが、時折顔を緩めて危うく涎を零しそうになる姿が散見されることから欲望に忠実なものであることは疑いないだろう。
慌てた、というかすぐ頷くんじゃなかったと後悔したのは龍田で、ちょっと泣きそうになっていた程。
勿論天龍も龍田も、という言葉が後に続かなければもう少し大変なことになっていたかも知れない。
そんな第一艦隊それぞれが了承ムードの中で夕立は言ったのだ。
今から夕立と真剣勝負をして欲しい、と。
驚いたのは夕立以外の全員。
言った夕立の顔は真剣そのもので、誰よりも先に喜びの声をあげると思っていた予想に反していた。
真剣勝負。
それが夕立の提督に対する言うことを聞くという提督の言葉に対する願い。
一番先に察したのは提督だった。
つい最近自分も似たようなことをしたと。
何処か整理しきれない想いを整理しようとしたと。
だから頷いた。
そしてそれを喜ぶこともなく、ただお願いしますと一言口にして一人道場へと向かう夕立。
夕立は、強くなった。
あの作戦で改へと至った夕立。
こうして家へと帰ってきて、冷静になった時に気づいた。
これだけ強くなったのだからもしかしたらという思い。
もしかしたら提督という力の壁を乗り越えられるのかも知れないという期待。
そんな時だったのだ、大佐と提督の試合は。
自惚れていた、そう思った。
目を奪われたのは事実で、提督の勝利を心からうれしく思ったのももちろん。
だが、見た光景から理解できたのはまだまだ提督の力として至っていないという事実。
そう悟り、震えた。
「夕立、まだまだ強くならなきゃいけないっぽい」
服を着替えながら壁の縁を掴んだと思っていた手を見る。
掴んだと思っていたものはただの窪み。
目指した力は遥かに高く自身を阻む。
「そう……」
かつて願った同じ景色を見たいという想い。
見るために登る高さは如何な程か。
「それが分かるくらいには……強くなったっぽい?」
静かに瞑目した夕立。
何を思っているのか、それはわからない。
ただ、数秒後に開かれた目。
「確かめたいの、提督さん……夕立は、あなたの力になってるかしら」
宿っていたのは強い決意。
今度こそ。
今度こそ頂を覗いてやるという光に満ちていた。
「ルールはこの間と同じ……いいのが入ったら一本の三本勝負でいいかい?」
いつかと同じ光景。
違うのは墓場鎮守府の艦娘だけではなく、元横須賀鎮守府、今はもう同じ提督の下に着任した艦娘達も居るということ。
二人は同時に頷く。
提督は……。
いや、提督も分かっていた。夕立が求めているものを。
そしてそのためには本気で相手をする必要があると。
「夕立」
「はい」
いつもと違う夕立。
純粋に、天真爛漫に提督へと好意を向ける夕立はここに居ない。
ただ力を望む、一人の求道者がそこに居た。
「今回は、本気でやる」
「っ! ……はいっ!」
一瞬息を呑んでしまう。
間違いなく、提督は言葉通り本気で夕立へと向かう心構え。
自身の艦娘を傷つけることはしたくないという考え、手を抜いて怪我をしない程度になんて考えこそが夕立を深く傷つけると理解したから。
光景は、同じ。
だが、雰囲気はまるで違う。
大佐と提督の勝負の時に感じたものと同じ。
第一艦隊の艦娘達が改という一つ上のステージへ至ったように、提督もまた一つ上のステージに至った。
整理できないものを整理できた、故に一皮むけた。
だからこれはまるっきり中身が違う。
その証拠に始まってもいないのに夕立は額に汗をにじませていた。
相対しただけ、それだけで向かう気力をねじ伏せられてしまいそうになる。
折られてしまいそうな心を支えるだけで汗が浮かぶ程に力を要していた。
「一本目――」
時雨の手が、上がる。
同時に張り詰めた糸が。
「始めっ!」
切られた。
「突撃するっぽ――「ッメンっ!!」
竹刀が合わさる乾いた音。
同時にやってきた手への痺れ。
肩ではなく、面。
あの時とは違う、中途半端に気遣われた一撃ではなく、本気の一撃。
「おおおおお!!」
「――っ!!」
痺れに顔をしかめる間すら与えられず繰り広げられる怒涛の攻撃。
ただ必死に防ぐことしか出来ない夕立は。
歓喜に震えていた。
「一本っ!!」
「……」
「はぁっ! っ、はぁっ!」
これだと思った。
目指す頂は遥かに高く、霞んですらも見えないことを実感した。
前にやった勝負。
それがお遊びに感じられるほど。
綺麗に入ってしまった胴への一撃。
思わずうずくまってしまった夕立へと視線を向けることなく、提督は定位置へと向かう。
床に伝う汗、乱れる呼吸。
その全てが喜びだった。
「夕立、大丈夫?」
「へ、へーきっぽい! まだまだ、これからよっ!!」
痛みを堪えて立ち上がり、竹刀を構える夕立。
そして、確信した。
今は、どうやっても勝てないことを。
勝負になっていない、これはただ力の上下関係を衆人に示すだけの行為だと。
「はぁ……はぁ……提督、さん」
「……おう」
表情を動かさず提督は応じる。
彼とて戦っているのだ、傷つけたくない相手を傷つけなければ傷つけてしまうことへと。
その事をとてもうれしく思いながら、情けなくも思う。
「夕立……絶対、提督さんに勝ってみせるっぽい」
「あぁ、夕立。楽しみだよ」
いつか、全力を躊躇わなく出してもらえる自分へ至る。
そんな辛い戦いをせずとも、そうしなければ戦えない自分になってみせる。
「二本目――」
だからこれはスタートライン。
ようやく初めて目の辺りにした力の壁。
その線を。
「始めっ!!」
踏み出した。
「っぽい!!」
「っつ……」
そうして今、舞鶴鎮守府。
やはりと言うかあった道場。
天龍達の発案は首を傾げられながらも提督に受け入れられた。
当たり前でもあったのだ。
強くなる方法があると聞いて飛びつかない方がおかしい。
それはどれだけ士気が低い相手だろうともそう。
彼とて理解している。
今のままじゃ舞鶴は救われても日本は救われないと。
ならばどうするべきなのか、答えは単純明快そのまま強くなること。
「甘いっぽい、そんなんじゃ夕立には勝てないよっ!」
「はぁ……はぁ……そ、そんな事、言われても……」
由良が戸惑いながら膝を床に突く。
疑問はあった。
こんな事をして何になるのかと。
日中に行われる演習は理解できる。
いや、第一艦隊の動きはさっぱり理解出来ないものの、確かにこんな相手へと勝つことが出来れば強さの証明には十分だ。
勝つためにあれこれ作戦を考え実行する、それだけでも十分な経験であり鍛錬。
だが、このなんちゃって剣道は一体なんなのか。
「ふーん……演習で私達に勝てない上に、こんなことでも勝てないんだ?」
「なっ!?」
近くで龍田が山城を煽る。
心底バカにしたように、姉を失って当然だと言わんばかりに。
「ばっ、バカにしてっ!!」
「そうそう、そうやって向かってきて? 私が悪いんだよ? 遅くなった私が」
吐き出してしまえと、我慢するなと龍田は誘う。
出鱈目に振るわれた竹刀を確かめるように受け止める。
かつてやり場の無かった想いを提督に受け止めてもらえたように。
繰り広げられる光景を見守るは天龍。
不思議に思う。
これが舞鶴鎮守府の艦娘を救う手段になるかはわからない、だけど妙な確信があることに。
今、舞鶴の時間は動き出した。
そんな確信が。
やっていることは提督の二番煎じで、ただの流用と言えばそうなのかも知れない。
だが。
「てーい!!」
「まだまだっぽい!!」
由良が竹刀を一振りする度に。
「私はっ……私はぁっ!!」
「うん……それでっ!?」
山城の竹刀が龍田の竹刀を打つ度に。
「天龍」
「ん? あぁ、大丈夫そうか?」
鍛錬で怪我をした艦娘の手当をしていた時雨。コクリと頷いた後、天龍と同じように光景を眺める。
何処か懐かしげに見守る時雨は、今竹刀を握っている二人の気持ちが少しずつ前向きになっている事を確信した。
「こうして傍から見ているとさ……思うんだ」
「何をだ?」
感じ入るように胸に手をあてる時雨に、なんとなく言いたいことを察しながらも聞き返すのは天龍。
「僕たちに必要だったのは、きっかけ。戦ってもいいって思えるきっかけで、前を向いてそれを信じられる強さだったんだって」
「あぁ……そうだな」
片や出撃拒否した艦娘。
片や役立たずと断じられた艦娘。
昏い想いに囚われて、前を向けなかった艦娘。
それは今、誰よりも前を向いて戦い、生き抜く覚悟を決めた強い艦娘になった。
その強さを与えてくれたのは提督。
誰よりも憧れ、慕い、共に生きたいと思っている彼の力によって。
「思えば、夕立は誰よりも早くそう気づいたのかも知れないね」
「夕立が? ……あぁ、そうなのかも知れない、な」
戦いたいと最初から思っていたのは夕立。
強くなりたいと最初から願っていたのも夕立。
沈みたいとも、沈みたくないとも思っていなかった。
ただ真っ直ぐに出来ることを、なりたいものへと向かっている。
「提督の力そのものになりたいって夕立は言ってたけど……もしかしたら、そんなきっかけを与える力にも夕立はなりつつあるのかも知れない。って、最近思うんだ」
「……なるほどな。本人に自覚がねぇのも、似てるっちゃあそうかもしれねぇな?」
「あったらそれはそれで嫌だなぁ、たらしみたいじゃないか」
二人は笑い合い、夕立を見やる。
そこには相変わらずビシバシと由良に竹刀を振るう姿。
由良は涙目になってはいるが、何処となく楽しげで。
今までは色々な事を考えていた、考えすぎていた。
仲間を守りたいと思っても力が足りず、力をつけるためにどうすればいいか。
そんな答えの出ない悩みに迷い込んだまま戦いへと赴いて。
苦しいと思っていた。だから常に模索していた、楽になる方法。
こうして余計なことを考える余裕を奪われる機会こそ、由良には必要だったのかも知れない。
そんな機会とは山城にも必要で。
抱え込んだままの思いをこうしてぶつける相手が必要だった。
同じく苦しんでいる仲間にぶつけるなんて出来ない山城だったから。
そして、そんなきっかけを生み出したのは夕立。
「まだまだ……足りないっぽい!!」
夕立自身の成長にも必要だから、なんて打算で考え出したことではない。
ただこうして力を与える側としても、力を付けることでより提督に近づける。
そんな事を、時雨は思った。
「ともあれ……この調子なら」
「……うん、お役御免は早いかもね? 早く帰って提督と……くふふ」
急にクネクネしだした時雨にヒキながらも天龍は。
「そうだな。……あぁ、早く帰りてぇよ」
今頃何をしているのかと、