二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル/靴下香

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元横須賀艦娘がアップし始めたようです

「ちょっと、長門、落ち着きなさいってば」

 

「あ、あぁ……すまない。だ、だがしかしだな……」

 

 墓場鎮守府作戦会議室。

 集まった艦娘は元横須賀鎮守府に所属していた艦娘達。

 そわそわと落ち着かない長門に呆れた様子で注意するのは陸奥。

 

 注意したのはいいものの、自分でも何処か浮ついた気持ちを隠せない。

 それはここにいる艦娘全てがそうであるため、内心仕方ないかとも思っている。

 

 墓場鎮守府に所属、と言うよりは墓場鎮守府提督の下に着任してから。

 霞を除く艦娘がまだ正式に提督へと挨拶が出来ていなかった。

 

「や、ヤバイぞ鳥海……なんだか震える」

 

「そ、そんな事言われても……私だってそうだし」

 

 というのも仕方がないと言えば仕方ないことで。

 

 提督への辞令が発せられてすぐに提督は手続きや会議のために墓場鎮守府から離れなければならなかった。

 海上護衛作戦や第一艦隊への指示をするために一時的に帰ってきたことはあるものの、中々そういった時間をしっかりとれないでいたのだ。

 

「霞が羨ましい」

 

「ちょっ!? や、やめてよ朝潮! わ、私別に……そんなんじゃないってば!」

 

 霞は第三艦隊と共に海上護衛作戦へ出撃する際に挨拶も行えているせいか、羨ましいというか妬むような視線で見られることもしばしば。

 ただ、皆に先んじて挨拶が出来たという点は少しうれしいことには変わらないようで、そういった視線も理解の上仕方ないかとも思っているが、やはり早く挨拶して欲しいと思っている。

 

 提督自身も挨拶がまだちゃんとできていないことに胸を痛めているのは勿論だが、ちゃんと迎えるための手続きと言われてしまえばそちらを優先しなくてはならないわけで。

 

「だけど、ようやくだね」

 

「はい……失礼をしないかだけが心配です」

 

 川内が少し嬉しそうに、神通が心配気にそう言う。

 

 そんな何処か足が地面につかない中、元横須賀鎮守府艦娘だけの呼び出し。

 ようやくちゃんと顔を合わせることが出来ると期待してしまうもので。

 

「まぁまぁ皆落ち着いてってば! 提督さん、いい人だから大丈夫だって!」

 

「こ、こら瑞鶴! て、提督がいい人なのは間違いないけど……そんな知ったように言わないの」

 

 何故か胸を張りながら言う瑞鶴を翔鶴が嗜めるが、何処か自慢気なのは否めない。

 やっぱり摩耶がイラッとしてしまい、声を出そうとした所で。

 

「失礼します」

 

「っ!?」

 

 会議室のドアが開く音に全員がビクリと肩を震わせた。

 振り向きたい気持ちを堪えて一斉に気をつけの姿勢を取り、正面を向けば。

 

「皆さん、お疲れ様です。急な集合申し訳ありません」

 

「……」

 

 そこに提督の姿は見えず、大淀が柔らかく微笑みながら立っていた。

 

 居ると思っていた提督の姿を目線で探そうとする一同の姿に大淀は笑みの種類を変えて。

 

「あ、あはは……えっと、申し訳ありませんが提督は今日こちらに来られませんよ」

 

「――」

 

 その一言に全員が肩を落とした。

 いや、一部の艦娘は肩を落とすどころかガクリとイスへ座り込む者もいる。

 

 まぁそれも仕方ないかと大淀は理解を示す。

 

 自分でも彼女たちと同じ立場にあればそわそわと落ち着かない毎日を送っていただろうことは簡単に想像が付く。

 何より平たく言ってしまえば憧れの人とでも言うか、そういう人に会えるかもしれないなんて思えば尚更。

 

「こほん。お気持ちは察しますが、そうも言ってられません。傾聴、願います」

 

 だがそれはそれ。

 大淀はここにいる艦娘達の気持ちも理解しているが、その彼女たちのためにと奔走している提督の姿も知っている。

 中間管理なんて胃が痛むことこの上なしではあるが、両方へと介入できる自分が踏ん張らねばと眼鏡を光らせた。

 

「結論から言いましょう。ここにいる皆さんには、天覧演習へと臨んで頂きます」

 

 

 

 さて、大淀が言った言葉に目を丸くして理解できないまま続けられた話。

 

「霞さん、あなたは海上護衛作戦に参加して頂きましたが……作戦開始前、漁師の方々はどんな御様子でしたか?」

 

「そうね……気分のいい視線を受け取れたとは言えないわね」

 

 海上護衛作戦終了後の様子、艦娘や提督に対して涙を流しながら感謝の言葉を述べる姿からは想像も出来ない視線。

 言ってしまえば、何の成果も挙げられないモノに対して血税を絞られている。そういった気持ちから向けられた憎しみとも取れるものだった。

 

 こいつらが役に立たないから、俺たちは苦労している。

 

 そんな認識が海で仕事をする人間だけに関わらず、多くの国民の胸に宿っていた。

 

「はい、我々艦娘に対して……というよりは軍に対して、ですが。国民の皆様は良い感情を持っていないのは事実です」

 

 艦娘の数は、多い。

 確かに一つの鎮守府を見ればそう多くないのかも知れないが、各地に点在する艦娘の総数を考えるとやはり多いのだ。

 

 維持コスト。

 

 そんな艦娘一人にかかるコストは国民一人より遥かに高い。

 長いスパンで見ればそう人間と変わらないのかも知れないが、短期間で多くの糧を消費する。

 出撃に消費する燃料、弾薬。傷ついた身体を癒やすための鋼材、ボーキサイト。加えて日常生活を送るための場所、食事等。

 それらは当たり前のように国民の生活を圧迫する。

 

「ですが、南一号作戦の成功により少しだけ風向きが変わりました。国民にすればようやく生活が元通りになるかも知れないという期待を持てる位には」

 

「ふむ、だがそれがどう天覧演習に結びつく? いや、確かに天皇陛下に我が力をご覧頂けるのはこの上ない名誉だが……はっきり言って、それは第一艦隊や第二艦隊の者がするべきだろう」

 

 天覧演習。

 天皇陛下の御前で行われる演習に力及ばない自分たちが出る。

 名誉なことではあるが、あの作戦で戦果をあげた者が行うのが筋だろうと長門は言う。

 

 他の艦娘も同じ意見のようで、天覧演習の言葉に一瞬目を輝かせていたものの、すぐそこに行き着く。

 

「はい。失礼を承知で言えば仰る通り。金剛型の方々を除いて、皆さんの練度は第一、第二艦隊の方々から見れば頼りないものです」

 

 すっぱりと言い切った大淀の言葉に何人かの目が伏せられる。

 

 とはいえこれは事実だ。

 

 南一号作戦前、詰め込むように行われた演習ではあったが、そのどれも墓場鎮守府所属の艦隊に敗北を重ねている。

 よほど特殊な状況設定ではない限り、勝ち筋すら見つけられなかった。

 

 実戦経験で言えば金剛姉妹が抜きん出て高く、大きく差が開き川内、神通と続く。

 その他は似たり寄ったりの経験で、長門、陸奥に限って言えば超長距離からの狙撃練習ばかり行っていたため艦隊行動の経験はほぼ無いに等しい。

 

「ですので皆さんには艦娘養成訓練学校、略して艦学へと入学して頂きます」

 

「……はい?」

 

 どやぁ……なんて効果音が聞こえてきそうな大淀の顔。

 陸奥が言葉を理解できず首を傾げるのに全員が続いた。

 

「え、えっと……艦学? ですか、養成訓練とは一体……?」

 

「順を追って説明しますね」

 

 眼鏡の位置を直す素振りを見せながら大淀は手元の資料を捲り口を開き説明を始める。

 

 現在、日本の戦力は著しく低い。また、深海棲艦の戦力が高いこともあり、各鎮守府で艦娘を育成する余裕を生み出すことが難しい。

 そのため何処かで基本的な艦娘としての動きを学び、最低限の練度へと至らせるための機関を作る動きがあり、横須賀鎮守府をそのまま機関施設へとするという話が決定されたということ。

 その機関の効果確認、テスト、モデルケースとして旧横須賀鎮守府に着任していた艦娘が選ばれたと。

 

「……んだよ、それってつまり、アタシ達はここに着任出来ないってことか?」

 

 摩耶が極めて不機嫌そうにそういう。

 似たような気持ちなのか、それに続くように少し険しい目が大淀に送られる。

 

「いいえ、そうではありません。みなさんは間違いなく墓場鎮守府……いえ、提督の下に着任した艦娘です」

 

「だったらっ! ……なんで、なのかな?」

 

 一瞬声を荒げそうになる川内だが、大淀の安心させるような笑みを見て語尾を緩める。

 

 その顔は嬉しそうで。

 ここにいる艦娘、全員が提督の力になってやると意気込んでいると確信できたようで。

 

「この話は提督があげた話です。背景に軍部の思惑もありますが、皆さんが海で生き残るために必要だと思って出した話なのです」

 

「司令官が、ですか?」

 

 意図を掴みあぐねるかのように朝潮は首を傾げる。

 神通、霞はその言葉を深く考え込むように目を閉じた。

 

 生きていれば、また戦えるから。

 

 そう彼は言った。

 自分の知らない記憶にある、帰ればまた来られるという言葉。

 それを彼なりに変えて口から出たもの。

 強く、強く艦娘の生還を望むもの。

 

「提督は、沈めない戦いを展開したいと言っていました。沈めない、沈まないとは、この鎮守府絶対のルールです」

 

 中に込められた意味は違うのかも知れない。

 提督自身が言ったように、また戦えるようになるため、戦力を無意味に削ることを良しとしないためなのかも知れない。

 

「そのルールを、広めたい。絶対のものにしたいと提督は言いました。そのための皆さんなのです」

 

 だがそれもまた、提督の力になる術なのだろう。

 彼の信念は勿論、多くの艦娘が力を付けながら生き抜くことは間違いなくこの日本を守ることになるのだから。

 

「それに皆さんの養成期間中、海上訓練等はともかく、座学の教師は提督ですよ?」

 

「皆っ! 行くぞっ!」

 

「了解っ!!」

 

 呆気ないくらいその一言で簡単に全員が頷いた。

 そして大淀はコントよろしくその場で滑った。

 

「……いえ、わかってた。わかってましたけど……! 私だって入学したいくらいですけどっ!」

 

 実はこの話、大淀だけではなく第二艦隊や第三艦隊、金剛型の面々は事前に知っていた。

 海上訓練でそれぞれ誰が教師役になるかという部分を相談するためにだが、口を揃えて彼女たちも生徒として行きたいなんて言った経緯がある。

 

 ちなみにその時も大淀は滑った。

 

「とは言え、さっきも言ったが。それが何故天覧演習へと結びつく?」

 

「はい。先程も言った国民感情への配慮と、軍部の思惑です」

 

 なんとか立ち上がった大淀はお尻を払いながら口を開く。

 

 国民感情への配慮。

 簡単に言ってしまえば、力を宣伝し感情の安定を促すというもの。

 この力で日本の安定がこれから進んでいくと、もう心配はないと知ってもらうため。

 

「勿論長門さんが言われた通り力を示すものですから、第一艦隊と第二艦隊、第三艦隊から選抜し一つの艦隊として演習に参加します。そして……その選りすぐりの艦隊と戦うのが皆さんです」

 

「なん、ですって?」

 

 陸奥が驚き、長門は絶句した。

 

「吉報が一つ、第一艦隊の皆さんが舞鶴方面海域を突破しました。この調子で行けば、およそ一ヶ月もしない内に戻ってこられるでしょう。その一ヶ月で、皆さんには墓場鎮守府と戦える力へと至って頂きます」

 

「――」

 

 そしてその絶句は会議室で共有された。

 

 軍部の思惑。

 要するに効果があるのかどうか、という部分。

 

「天覧演習は三日にかけて行われます。どれだけ強くなったかによって変わりますが、一隊は墓場鎮守府と、もう一隊は横須賀、他の鎮守府から選りすぐった艦娘艦隊と演習を行って頂きます」

 

 選りすぐったといえば聞こえはいいが、実のところ兵器派の息がかかった鎮守府艦娘。

 南一号作戦時、戦力温存という名目のもと両翼から撤退していった艦隊で、墓場鎮守府が倒れればそれに成り代わろうとしていた戦力。

 

 その戦力は、少なくともここに居る元横須賀鎮守府の艦娘よりは強いと断言できるほど。

 仮にその艦娘達が南一号作戦で戦力温存という命令がなければ、もう少しあの作戦は楽に展開されていたかも知れない。

 

 とは言えそういった戦力の中から兵器派は間違いなく選りすぐりの艦隊を率いてくる。

 天覧演習で負けてしまえば、自身らの思想に基づく運用が非効果的だと知らしめてしまう事になってしまうから。

 故に、必勝の構えを築いてやってくる。

 

 墓場鎮守府の艦娘だって手は抜かないだろう。

 勝ちを譲るなんて真似をすればそれは軽率な侮辱だと理解しているし、何よりも。

 

「私達は全力を出します。提督の力は、ぽっと出に負けるなんてあってはなりませんから」

 

 それほど安っぽい絆ではないと不敵に笑う大淀。

 そう、最高の見せ場で提督にここまで強くなったと示す舞台でもある時に手を抜くという発想はない。

 

「……それに勝て、というのか。勝てると思っているのか、私達が」

 

 長門は声を震わせる。

 作戦中に見た光景、あの力に挑み勝つ。

 

 それはどんなに困難な任務なのか。

 

「勝て、とは言いません。皆さんは力を示すだけでいいのです……少なくとも、ここで戦えると納得できるだけの力を」

 

 不敵な笑みを崩さず、大淀は内心で皆に謝罪する。

 

 提督も、大淀も……もっと言えば長官でさえ、こういう形は取りたくなかった。

 何の障害もなく受け入れ、共に過ごし戦いたかった。

 だがそれは許されなかった。日本が、軍が、あらゆるモノが許すと言わなかった。

 

 やはり、提督の下で共に在るためには、すでに着任している艦娘達のように、何かの壁を乗り越えなければならなかった。

 

「ふ、ふふ……」

 

「長門、さん?」

 

 俯き肩を震わせる長門。

 見れば他の全員もそう、肩を震わせていた。

 

 その光景に大淀は申し訳なさを加速させる。

 

 試すような形にして申し訳ない。

 簡単に受け入れられなくてごめんなさいと。

 

 その想いを口から出そうとした時。

 

「胸が、熱くなるなっ!!」

 

「おうっ! やってやるっ!」

 

「え……?」

 

 勢いよく顔を上げたのは長門と摩耶。

 

「はい……元々、あの方にふさわしい自分になりたいと思っていたところでした」

 

「ええ、その通り。守られるだけの存在になんて、なりたくありませんから」

 

 胸に手をあてて静かに力を漲らせる神通に続く鳥海。

 

「翔鶴姉ぇっ!」

 

「そうね、瑞鶴。やる気出てきたわね!」

 

 やる気を漲らせるのは翔鶴型姉妹。

 

「ふんっ! 私は別にクズのことなんてどうでもいいけど……弱いって思われるのは認められないわっ!」

 

「こ、こら霞っ! ですが……はい、私も強くなりたいですっ!」

 

「そうだね、強くなるためなら……何だってやるよ!」

 

 提督のために、力を。

 そう望むのは霞、朝潮、川内。

 

「あらあら。皆やる気になっちゃって……ねぇ、大淀?」

 

「は、はい?」

 

 頬に手をあてて笑う陸奥は、不意に大淀へと声を掛ける。

 

 その目は挑発的に、あるいは挑むように。

 

「私達、火がついちゃったわ。……こんな火遊びなら、いくらでもして頂戴? 必ず望んだ……ううん、望み以上の結果を出してあげるから」

 

「は、はは……そうですね」

 

 浮かぶ炎の煌きにたじろく大淀。

 

 ――これは、私達もうかうかしてられないわ。

 

 口々にやってやると気炎を上げる面々。

 その姿に頼もしさを覚えると共に、冷や汗を流さずにはいられないのだった。


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