二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました 作:ベリーナイスメル
二人が見えなくなる。かつてブラウザ上でこんな光景は見たことが無かったからかなんだか不思議な感覚だ。
それと同時にわけもなく不安な気持ちが込み上げてくる。
秘策……なんて言うほどのものじゃないけど、もしも艦これならばきっと二人は無事に帰ってこられるとは思っているが。それでも不安を感じるのはやっぱり俺が未だこの世界を何処か理解できていなからだろう。
鎮守府近海に戦艦を見ゆ。
正直ありえない話だ。この世界にいる鎮守府、いや提督達は皆これを当たり前だと思っているんだろうか。
深海棲艦の勢力が拡大し、回せる資源に限りがある。建造は失敗のリスクがある。任務達成の報奨はない。
そんな中で数少ない……いや、絶無と言ってもいいかも知れないチャンスをモノにしてこの海を護ってるのだろうか。
だというのなら、俺のちょっとした自信なんてものはなんて頼りないことか。
それなりに艦これについては色々調べたさ。
Wikiだって読み漁ったし、SNSを利用して情報交換に精を出した。
その結果が常に戦果ランキング一位という結果を出せるほどには。
だけどここに着任して、二人を見送るまでのこの一週間。
そんな知識や経験はまるで役にたってない。たっていないように思えた。
唯一役にたったかも知れない事なんて、逃げた剣道の腕だけだ。それも、本当に役に立ったのか、立っているのか未だわからないでいる。
だからこそ、僅かな期間だって自覚しているが必死で勉強したつもりだ。
それで全てを理解出来たなんてとても言えないが……。
「ていとくー」
「ん?」
ふと声が聞こえた。
その声に顔を上げて振り返ると。
「げんきだせー」「そうだーげんきだせー」「わたしたちはおうえんするぞー」
「え……妖、精?」
俺の方へ向かってふよふよと飛んでくる。何か。
覚えがある。こいつらは……。
「ら、羅針盤の邪神……!!」
「じゃしんー?」「じゃしんってなんだ?」「じゃしんじゃしん!」
俺を含む数多の提督に悲鳴を上げさせ涙を流させた羅針盤にひっついていた妖精じゃねぇか!
まわれー! じゃねぇぞ! この野郎! ちゃんとボスにたどり着かせろ! えー回すのー? じゃない! やる気出せ! くおおおおおお!!
ま、まぁいい。
と言うか、こっちに来てから始めてみたなそう言えば。
建造、入渠ドックでも見なかったしてっきり居ないもんだって思ってたんだが。
って、入渠?
「そうだ、二人が帰投したら入渠出来るように準備しないと」
そうだよ、クリックポチポチーじゃねぇんだ。準備しなくちゃな。でもどうすりゃいいんだろ。
「まかせてー」「にゅうきょはまかせろー」「ばりばりー」
やめて!
じゃなくて。
「ん? わかるのか? ……じゃあすまんが頼んでいいか? 二隻分だ」
そう言うと可愛らしく敬礼してくれたのでなんとか様になってきたと信じたい答礼で見送った。
信じていいのかわからんが、妖精に裏切られるのは羅針盤だけで十分だ。信じたい。
「ていとく」
「ん? お前は行かなくていいのか?」
一匹だけその場に残ってた。
その妖精はうんうんと頷きながら俺の肩に腰を下ろす。
「こわい?」
「……お前たち妖精がか? それならそんな事ねぇよ。可愛いさ」
「ちがう。このせかい」
怖いか、か。
どうなんだろう。よくわからない。
俺の知ってる世界とは違う場所に今居るってことはわかってる。そしてここには艦これのキャラクター達が存在していて深海棲艦と戦争してるってのも。
ただ、そう。
あまりにも艦これで。ゲームで。現実感を何処か置き去りにしていて。
今でも目をつぶれば、パソコンの前でマウスクリックしている場面に移り変わるような気がして。
「あぁ。怖いな」
でも確かに目の前に命が存在していた。
よく知っている艦娘の格好で、よく知っている口調で。僅か一週間だけど一緒に過ごして。
人じゃないのかも知れない。兵器でもないのかも知れない。
ただ、命が存在していた。
「やっぱ関わっちまったら……情だって移るさ。ヒキニートの俺でもな、失いたくないって思うさ」
ましてや大好きな艦これ。効率度外視で一隻も轟沈させ無かったのは単純に失いたくないってのより、手に入れたモノを何かに奪われたくなかったからだ。
それがシステムである敵であろうと、リアルであろうと。奪われたくないんだ。
「でも、あのふたり……あぶないよ」
「どういう事だ?」
声色を変えず、淡々と事実を述べるように肩に乗った妖精はそう告げた。
「わかってるんじゃない?」
……わかってる。いや、わかりたくなかったんだろう。
それでも強くなれば先を見てくれると思った。出来ないことが出来るようになれば、見据える先にも希望を感じてくれると思ったんだ。
時雨は、大丈夫だと思う。あの時確かに沈みたがっていた時雨は、前を向いてくれたと思うから。
だけど夕立。
夕立は……。
「きっとしずむよ」
どくんと自分の心臓が跳ねた。
あいつは少しだけ目の色が違った。
俺と鍛錬していた時も、ただただ攻撃を当てることのみに注力していた。自分に何度竹刀を打たれようとも。
間違いなく、夕立は自分の身を顧みていない。
自分がどれだけボロボロになろうとも、攻撃を止めない。俺がどれだけあしらっても、竹刀を振り払おうとも手で足で、噛み付いて来てでも俺を打倒しようとしてきた。
それはまるで、相手さえ倒すことが出来れば沈んでも構わないと言っているようで。
俺は最後までそれを諌める事が出来なかった。
「まもりたい?」
守りたいさ。あいつら艦娘を守るのが提督で、守りたいと思うのが俺だ。そんな事は当たり前だ。
だけど海を征く力もなく、深海棲艦を撃破出来るわけでもない俺に何が出来るっていうんだ。
指揮だって出来ない、出撃の際に言い渡した作戦なんて作戦と呼べるものですらないだろう。
わかってる。わかっているけど何も出来ないんだ。
言い訳だってしたい。
時間があれば、資源があれば。
でもそれを言ってどうなるんだ。
深海棲艦は襲ってこないのか? 準備が出来るまで待ってくれるとでも?
これは――ここはゲームじゃない。そんなのわかっていたはずなのに。こちらが出撃しなければ襲ってこないなんてこと、あるはずがないのに。
「わかった。なら、ついてきて」
「え? あ、おい!」
そう言うやいなや、妖精は俺の肩から飛び立った。
「はやく。そんなにじかんない」
訳わかんねぇ。
でも、何だろう。他に出来ることも無い、なら言うとおりにする……か?
「何だこれ?」
「ふね」
波止場から妖精の後を走って追うこと少し。
そこには漁師が海で使うような船が一隻。
「のって」
「え、あ、おい! これうちのなのか!? 漁師の人のじゃねぇのか!?」
「このかいいきでりょうなんてするひといないから」
そう言ってフヨフヨと船に入っていく妖精。
ったく、怒られても知らねぇぞ。俺は言うからな、おまわりさんコイツですって。
乗り込むとユラユラと不安定な足元。そういや船なんてはじめて乗ったな。なんだか変な感じだ。
んで、あの妖精は何処行った?
「こっちこっち」
「んー? 何処だよ……って、これ……!」
声の方へ進んでいけば、そこは操舵室と思われる所。
ただ、舵は無く。そのかわりにあったのが。
「羅針盤……? もしかして、これ、お前か?」
「そうだよ」
羅針盤が喋る。いや、なんでもありだなまじで。妖精が羅針盤に姿を変えるなんて。
そっと羅針盤に触れてみる。
「……えっち」
「うぉい! 神秘だなぁって思ってな!? 俺は女体の神秘に触ったつもりは無くてだな!?」
「じょうだん。それより……いくよ!」
言葉の終わりと共に船のエンジンがかかる。身体に響く振動に少し慌ててしまう。
「行くって……何処に?」
「せんじょうに」
戦場? まさかあの二人が戦ってるところに行くってのか!?
いやいや、俺が行った所で何になるって……!
「うそなの?」
「何が!?」
「まもりたいの」
……。
「嘘じゃない」
「なら、いこう。まもるなんてくちならかんたん。そのいのちくらい、かけて」
……簡単に命を賭けさせてくれる。
無事に二人の所までたどり着けるのか? 辿り着いた所で邪魔になるだけじゃないのか?
そんな思いはある。でも。
「あー!! もう!! わかったよ! 命でもなんでも賭けてやらぁ! 羅針盤! ちゃんと仕事しろよ!!」
わかった、わかったさ! よかろう本懐だ! 好きなもんに命を賭けるなんざオタク業界では当たり前の事だ! それがリアルになっただけ! それだけだ!
その思いで、羅針盤を勢いよく回す。
勢いよく回された羅針盤が不自然にピタリと止まり方位を示す。
そしてその方角へ勢いよく船は発進した。
「だいじょうぶ。こんどはうらぎらないから!」