二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました 作:ベリーナイスメル/靴下香
――那珂のことは何があっても守るから。
私に向かって私じゃない私へと向けて川内ちゃんはそう言った。
――今度こそ、守ってみせます。
神通ちゃんも川内ちゃんと同じように。
私は、何もわかっていなかった。
この世界に艦娘として生まれてから、初めてこの世界の片鱗を見たんだと思う。
フラワーズ……六駆の皆が特別ってわけじゃないって言うことを、思い知ったんだ。
とっても悲しかった。
鎮守府で見た皆の姿はいつでも幸せそうで。
お互いを大事に思っていて、慕っている提督の下で一生懸命働いて。
辛いことは当然あるけど、それでも皆で乗り越えて行くのが当然だと思っていたから。
乗り越える機会すら得られないなんて思ってもなかったんだ。
目の前にいた川内ちゃんと神通ちゃん。
二人共、ずっとずっと何かを悔いていて、今度こそって言う決意に満ちていた。
だから思わず泣いちゃった。
そんな悲しいことを言わないでって、よくわかりもせずに言っちゃった。
二人をすごく慌てさせちゃったけど、そうだよね?
自分を犠牲にしてでも守るなんて、全然嬉しくない。
一緒に頑張りたいって思ってる私は全然嬉しくないんだよ。
そう言ってみればバツの悪そうな顔をしちゃった二人。
私は、本当に何もわかっていなかった。
だから知りたいと思ったんだ。
悲しみの乗り越え方を。
「那珂さぁ……どうしたらそんなに上手く動けるの?」
川内ちゃんがすっごく真面目な顔で聞いてくるけど、上手いかなぁ?
うちでは……というか天龍さんに比べたらまだまだなんだけどな。
「那珂ちゃんすごいです。私も、当てられる気がしません……」
うーん、褒めてくれるのは嬉しいんだけどなー……。
ていうか、うぅ、なんで那珂ちゃんが先生役をしないといけないのー……? アイドルなのにぃ……こういうの苦手だよぅ。
だっておうちでは一番新顔で、練度もまだまだで。
第三艦隊の旗艦とは言うけれど、第一、第二艦隊の皆に比べたら全然なってないのになぁ、まったく提督ったら!
大体人使いが荒いんだよっ!
毎朝早くからの海上護衛作戦が落ち着いたと思ったら今度は先生になってくれなんて! もう!
「那珂ちゃん?」
「あ、ううん!? そう、だねー……」
二人に苦笑いを返した後、手に持った書類を改めて見てみる。
夜戦。
その中でも目を引く単語はこれ。
提督から貰った教導計画書、川内ちゃんと神通ちゃんを軸とした夜戦部隊を作る計画が書かれている。
川内、神通、鳥海、朝潮、霞、長門。
あくまでも予定。
結果を見て改めて考えるって書いてるけど、提督が考える夜戦艦隊のメンツはこの六人。
霞ちゃんは第三艦隊にちょっとだけ入っていたし、これからも一緒になるのかな? なんて思ってたけど違ったみたい。
じゃあなんで一緒にお仕事したのかなって思ったけど、多分うちの戦い方を見せたかったんだろうね。
そう、戦い方。
「多分、根本的な戦い方が違うんだと思うな」
「戦い方?」
ドラム缶、高速修復材の輸送任務はちょっと違うとしても護衛作戦、護衛行動。
それは相手を倒すよりも相手から守るって戦い方だもん。
守る人がそばにいて、自分が傷ついてなんていられない。
それは提督がずっと言っている沈むなって言葉もそう。
那珂ちゃん達は自分を犠牲に誰かを守るんじゃなくて、全てを守る戦い方をする。
二人にはごめんなさいだけど、相手の撃破は二の次なんだよね。
「うん。えっと上手く言えないけどー……川内ちゃんも神通ちゃんも、相手を倒すためにどうするかって考えてると思うんだ」
計画書から思えばそれで正しいのかも知れないけど、やっぱり当たり前に自分が沈まないでって言葉は頭に来ると思う。
「うん? そりゃこうやって那珂から教えてもらうのもそのためなんじゃないの?」
「それは、そうなんだけどー。多分ちょっと違うと思う」
夜戦は、危ない。
視界の悪い中で戦うなんて当然危険で、すこしの危険が轟沈に繋がっちゃう。
うちで極端に夜戦が少ないのは、意識的か無意識かはわからないけどそういうことだと思う。
それでも、あえて夜戦艦隊を作るって提督は言う。
それはつまり。
「自分を守るためにどうするか。それを考えて欲しいんだよ」
「自分を、守るために?」
那珂ちゃんを教師役に選んだ理由。
それはその術を教えるため、だと思う。
危険いっぱいの夜戦でも生き抜けるために。
「うん。敵を倒して皆を守るんじゃないんだよ、皆を守った結果敵が倒れる、なんだよ」
「……よく、わかりません」
だよねー、言ってる那珂ちゃんもよくわかりません。
ただ、その違いを二人からは強く感じるんだ。
さっきまでやってた演習でもそう。
敵の砲弾から味方を庇うって行動はおんなじだけど中身が全然違ったんだ。
川内ちゃんを狙った一撃。それから身を挺して庇った神通ちゃん。
その庇うって目的はしっかり達成できたけど神通ちゃんは中破判定。
「神通ちゃんが川内ちゃんを庇ったの、ね。もし、あれが雷ちゃんなら川内ちゃんも雷ちゃんもきっと無傷だったと思うんだ」
「それは……単純に練度の問題なんじゃないの?」
ううん、違うよ川内ちゃん。
フラワーズなら、どっちも無傷。
そう言っちゃえば出来すぎかも知れないけど、少なくとも庇った側は小破以下で済んでいたと思う。
目的さえ達成できれば、自分の身なんて。
そんな風に言えば悪く聞こえちゃうかも知れないけど、そういうことなんだよ。
「一歩目が遅いんだ。自分の損傷を、庇うって行為にカウントしてないように思えるよ」
「っ」
あ、図星……かな? ごめんね、神通ちゃん。
図星……違うか。
そう、それが普通で当たり前、なんだろうね。
やっぱり私はまだまだ何も知らないんだなぁ……。
「二人共、さ。南一号作戦の前お話した事、覚えてる?」
悲壮、なんて言うのかな? そんな決意、覚悟を伝えてもらったときのこと。
世界には私の知らない当たり前って言う名前の、悲しいことがたくさんあるって知ったときのこと。
「もしも、ね。今の二人に庇われたら……私、また泣いちゃうと思う」
あの時も泣いちゃったけど、今度は泣くだけじゃ済まないかも知れないね。
だってそうだよね? 私のせいで誰かが、二人が傷つくってことだもん。
そんなの、私も……那珂も許せないと思う。
私は、那珂はアイドルだ。
皆の笑顔になるアイドル。
「私は皆を笑顔にするために笑顔を浮かべるけど、その笑顔は皆のおかげで浮かべられるんだよ」
我が身を賭してなんて嫌だ。
危ないでしょ、しっかりしてよね。なんて、笑って言い合いたいの。
「私を、那珂を大事に想ってくれるのは嬉しいんだ。沈んじゃった那珂とどんな風に過ごしてきたのかはわからないけど……そんな風に想って貰えるなんて、きっと嬉しかったと思う」
だからごめんね那珂ちゃん。
私はあなたを許せない、悲しさから来る決意を二人にさせたことを、許さない。
笑顔で笑顔を奪ったあなたを、きっとずっと許さない。
誇りには思うよ? もちろんだよ。
自分を犠牲に誰かを守るっていうのは、きっと尊いこと。
だけどそんな当たり前を知らない私には関係のないこと。
「それでも那珂も、私も。二人が傷つくのが嫌だって言う気持ちは一緒。あの時はただ嬉しくないって喚いちゃっただけだけど……今ならはっきり言えるよ」
二人がじっと私を見てる。
あの時、もう一度お話したいから絶対沈まないでと言う約束を守ってくれた二人が。
私の答えを聞くために、目の前にいる。
「私は……那珂はもう大丈夫。絶対に沈まない。だから、二人も沈まないで? 一緒にずっと、ずぅっと笑って生きよう?」
那珂ができなくて、私ができること。
私にはできそうにもないことをやった、那珂への弔い。
それが、笑って生きること。
「……那珂、なかぁ……!」
「ごめん、ごめんなさいぃ……」
……あぁ、やっぱり提督はすごいな。
私はこうして遠回りして、ようやくできたこと。
なのに提督はずっと……きっと、提督になってからずっとこうやってきたんだ。
悲しみも、涙も受け止めて。
皆が笑顔になれる未来を探して前を向いて。
そんな人のファンになれて、とっても嬉しいよ。
「も、もー! 泣かないでってばっ! 那珂ちゃん笑顔にしたいんだよ!? 泣いてもらいたいわけじゃないんだってばっ!」
川内ちゃんも神通ちゃんもお姉ちゃんでしょ!? あーもう! 困っちゃうなぁ!
でも……うん。
きっともう大丈夫。
これからは、笑顔で前を進むだけだから。
─────
提督が鎮守府へと帰ってしまった。
あぁ、いえ。
当然のことでここにずっといるわけにもいかないのですけど……やっぱり寂しい。
……はっ!?
何を言っているのですか大淀! 私を信頼して養成校を任せて頂いたのですよ! 寂しがっている場合ではありません!
それに。
「……やはり、すごいですね」
残していってくれた各艦娘のデータ。
提督の私見を交えたそれの完成度は極めて高い。
それぞれをどういった形で運用する予定かといったところまで含めて、思わず舌を巻いてしまいます。
予定と言ってもどちらかと言えば指針みたいなもので。
まずは天覧演習に勝利することが最初の目標ではあるのですが、それでも、です。
第一艦隊へは翔鶴さんと瑞鶴さんを。
第二艦隊へは陸奥さんと摩耶さんを。
そして残りの方は夜戦を主目的とした艦隊に。
第一艦隊へ正規空母のお二人を入れた理由は恐らく天龍さんたちがある程度自由に動けるためにでしょう。
鳳翔さんのように、合間を正確に縫った艦載機の攻撃はまだまだできないでしょうけど、アウトレンジからの攻撃は目を見張るものがありますし。
何よりお二人の呼吸。
独立して二人だけを見ればあの阿吽の呼吸は得難いものです。
第一艦隊の大きな力になるでしょう。
第二艦隊は少し重い編成……とでもいいますか。
駆逐艦のいない編成で、少し護衛能力に欠けるようにも思えますが……鳳翔さんを活かすため防空能力の高い摩耶さん。
そして戦況を広く見ることが出来る私が陸奥さんの護衛に、加古さんと古鷹さんは変わらず。
これはこれでいい形のように思えます。
資材の心配が無くなったからこその編成とも言えますね。
そして金剛型の皆さん。
榛名さんは第三艦隊が護衛戦以外の時に編入する形を取るようですね。
金剛さん、比叡さんは目的によって翔鶴さん瑞鶴さんと入れ替えていくみたいですし、陸奥さんの代わりに霧島さんが控えている形。
練度だけで言えばこの養成校の皆さんよりも遥かに高いものを持っているでしょうし、決戦や大きな作戦の時は金剛型の皆さんがメインになるでしょうか。
もちろん状況によって第四の艦隊を編成するという考えもあるとは仰っていましたが……さて、どうなることでしょうか。
「改めて……大きくなりましたね」
感動すらしてしまう。
私が着任した時を思えば急変とも言っていい戦力の拡大ぶりだ。
急激な変化はやはり我々艦娘ももちろんそうだけど、提督の負担も大きいでしょう。
それだけに、この僅かな期間で各艦娘の特徴を把握して将来図まで思い浮かべられる提督の凄まじさが感じられます。
一般人。
そう、彼は一般人だったはず。
なのにも関わらずどうしてここまでの能力を持っているのかが不思議で仕方ない。
はっきり言って、提督養成校で主席を取っていてもおかしくないレベルでしょう。
確かに日夜努力している姿は知っています。
ですが、言葉は悪いですが異常とも言えるでしょう。
顕著なのは摩耶さんの防空能力を見越していたこと。
確かに彼女は防空巡洋艦という名前を持っている、だからそれに足る能力を持っていておかしくないと思えますが。
本人ですら半信半疑だったその力を実感させる等、並大抵のことではありません。
「一体、あの方は何者なのでしょう……」
そんな風にも思う。
いえ、もちろん親愛なる家族、最愛の提督であることに間違いないのですが……。
「はぁ……提督……」
勝手に口から出てきてしまう。
それも仕方ないのです。
南一号作戦で見せていただいた姿はもう言葉にできません……格好良すぎます……。
普段なら、普通ならあんな危険なこと絶対に止めるべきなのに、あの凛々しい顔で命令されてしまったら……もう……。
「って何を思ってるのですか私はっ!?」
「ほう? この長門にすら気づかず何を考えていたのか、是非教えてもらいたいな」
「ひゃい!?」
びびび、びっくりしましたよぅ!? いつからそこに長門さん!?
「あらあら……ほんとに気づいていなかったのね」
「やれやれ、あの提督の右腕とは思えないな」
み、右腕っ!? 私がっ!?
て、提督の……右腕……。
「ふへへ……」
「……今なら簡単にその腕になりかわれそうだが。陸奥、どう思う?」
「そうね、このまま放って置いてそうしちゃいましょうか?」
はっ!? い、いけない! そんなこと許しませんよ!?
「申し訳ありません。それで、どうされましたか?」
「急に戻らないでくれ……」
「うふふ。これもあの方のせいなんでしょうね? まったく罪な方……それはさておき、大淀? これからについてちょっと聞きたいんだけど、天覧演習には私達の中から六人選ばれるでしょう? その六人はどうやって選ぶのかしら?」
あ、そうですねその事をお話していませんでしたね。
実のところ墓場鎮守府から天覧演習に臨むメンバーは決まっている。
第一艦隊のメンバーに加えて、鳳翔さんと……金剛さん。
私や古鷹さん、加古さんが選ばれなかった理由は練度が足りないとかそういう意味じゃなくて、余所から合流した艦娘であってもうちなら上手くやれるというアピールなんて意味合いが強い。
だから今頃金剛さんは第一艦隊の動き方を必死で学んでいるはず……きっと提督から。……羨ましい、じゃなくて頑張ってもらいたいです、私達の分も。
「こちらのメンバーと墓場鎮守府の艦隊で演習を行ってもらい、その結果で選抜する形になります」
「ほう?」
「墓場鎮守府の艦隊って……具体的には?」
つまり残るは私と古鷹さん、加古さんに加えてフラワーズの皆さんに金剛さんを除く金剛型の方々、計十一人。
内訳はまだ決まってないですが、五隻の艦隊と六隻艦隊になると思われる。
もちろん決まっていてもそれを教えるわけにはいきませんが。
「それは秘密です。ともあれその演習内容で選抜します、こちらがどう艦隊を編成するかは……自分たちで考えてみてくれと仰せつかっています」
「へぇ、私達で決めるのね」
「なるほど。確かに相互理解に努めろとも提督は言っておられたからな、頷ける」
うんうんと頷く二人。
と言うかなんだか提督への信頼が厚すぎないかしら? そこはちょっと何かあるのではないでしょうか? ほら、決めるのは提督の仕事だろうとかなんとか。
「あ、あの? よろしいのですか? 責任放棄とか思ったりしていませんか?」
「何を言う! あの方がそう言ったのなら、この長門っ! 全身全霊で応えるのみだっ!」
「ええそうよ、きっとそういったことにも意味があるのでしょう? ならそれをしっかり探さないと」
あ、ダメです。これはダメだ。
二人共すっごく目がキラキラしています。提督の言葉を借りればあかんこれです。
というかお二人に何があったのですか。
尋常じゃないくらい信頼されてますけど提督? ほんとに何したんです?
「あ、あはは……」
「だとするなら早速皆で話し合わないとなっ! ふふ、胸が熱くなってきたぞっ!」
「ええそうね、三番砲塔が気になっちゃうくらい」
うわぁ……すっごく燃えてるなぁ……。
あ、いってらっしゃいませー……。
「提督……大淀は、ちょっとどうかと思います」
罪作りにも程がありますよ?
きっとあの二人、提督が言うことならなんでも素直に聞いちゃいますよ?
あぁ、そう言えば他の方もそんな感じだった気もします……。
唯一の救いは霞さん……いや、あの子も大概……うぅん。
「あ、頭が痛い……」
どうしてこうなったのですか……。
ま、まぁ悪いことではない、無いですよね? もう私にはわかりませんよ……これ。
と、ともかく。
「順調……えぇ、そうですね。順調と言っていいでしょう」
皆さんの練度も、気持ちも。
随分と整ってきた。
ならばあとは。
「前を向いて進むだけ。そうですよね? 提督」
ふふ、私も人のこと言えませんね。
あの人のためなら何でもできる。それはきっと、皆一緒でしょうから。