二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました 作:ベリーナイスメル/靴下香
「起立、礼っ!」
「はい、ありがとうございます。今日も一日お疲れ様です、それじゃあホームルームを始めますね」
教壇に立つ古鷹へと向かって長門の号令と揃った礼が向けられる。
やけに様になっている古鷹はニコニコと笑みを絶やさずそう言った後、着席を促しながら手元の資料を捲った。
「さて、今日の体育……バレーボールはどうでしたか? そうですね、朝潮さん」
「はいっ! 最初は戸惑いましたが、やっているうちに皆さんの呼吸のようなものを理解することが出来ました!」
ビシッと敬礼しながら姿勢正しく発言する朝潮の姿はまさに優等生そのもの。
その答えにうんうんと頷くのは全員。
那珂、鳳翔に続き三人目であり、最後の教師役、古鷹。
古鷹の担当は同じ重巡洋艦である摩耶と鳥海ではあったが、前任の二人に比べて少ない。
そのため、最後のまとめというべきか、全体の調整訓練も請け負っていた。
その訓練内容は水上で行われるのはもちろん、朝潮が言ったように一見まったく海に活かせないようなものも含まれていた。
今日のバレーボールを含め、野球、バスケットボール等スポーツが必ず一日の予定に組み込まれている。
「最初は意味わからなかったけど……どうして中々、やってみると確かに皆の呼吸がよくわかったよね」
「はい。今では姉さんだけではなく、他の方がどう思ってるか、どうしたいかがわかるようになった気がします」
そう話すのは川内と神通。
古鷹が教師役として着任してから、その訓練内容は那珂と鳳翔に比べてガラリと変わった。
墓場鎮守府らしさを組み込んだ水上艦隊行動をみっちり叩き込まれていた今までとは違い、海へと出る時間は極端に減った。
そのかわりに時間を割かれている様になったのが余暇とも言える時間。
スポーツはもちろん、トランプ遊び等。
そう、遊びとも言える時間が増えた。
当然最初は困惑した面々。
実際、こういう事をやってほしいと提督から指示された古鷹でさえ少し首を傾げていたものではあったが、なんということはない。
要するに互いへの理解を深めるための時間なのだ。
霞を始めとして、多くの艦娘が懐疑的にも遊びとも言える訓練へと首を傾げていたものの、そうした時間を経て行われた水上演習は確かにいつもより不思議とスムーズに動けた。
それを実感し、自分の考えがまだまだ至っていないと自省した艦娘も多い。
古鷹自身もその姿を見て効果の程が実感でき一安心。
夜遅くまでゲームのルールブックを読んだかいがあったと胸を撫で下ろしたのはつい最近。
同時に、やっぱり提督はすごいなぁとキラキラ想いを馳せていた姿が大淀に確認されている。
「そうですね、多分、皆がここに来る前より遥かに相互理解が深まったと思います」
「あぁ、そうだな! 今なら誰にも負ける気がしないぜっ!」
「……摩耶、それ、スポーツでなら、よね?」
「うぐっ」
とは言えその通り。
それぞれ艦種としての練度は高まった、相互理解も深める事が出来て、今ここにいる面子であれば誰とでも苦を感じず行動できる。
何よりのものが築き上げられたと確信できる反面、ただそれだけとも言える。
「焦らないで? 今日はその事について話をしますね」
「む……ということは」
「もしかして?」
古鷹の顔つきが変わる。それにすばやく反応したのは長門と陸奥。
続いて弛緩していた雰囲気は再び引き締め直された、ただ、古鷹の顔つきが変わっただけで。
その事に一つ喜びを噛みしめた後、開いていた資料……第一艦隊の報告書を手に取って口を開く。
「佐世保鎮守府……要するに、第一艦隊が従事している作戦の最終目標。そこに到着したって報告が来たよ」
「えっ……!?」
「ま、まだ二週間と少し……ですよ!?」
戦慄とも取れる驚きの声をあげたのは瑞鶴と翔鶴。
第一艦隊が墓場鎮守府を離れてから正確には十六日、その日数で舞鶴、呉の海域を突破した。
それだけではない。
今の所、第一艦隊の訓練を受けた舞鶴鎮守府の艦娘達、その全ての練度向上が確認されている。
事実、舞鶴鎮守府から第一艦隊が出発した後すぐ、舞鶴鎮守府は正面海域から先の海域まで突破し、海域確保したという報告もあがっていた。
「すごい……いや、驚異的とも言うべきだな」
「ええ。流石提督の懐刀ね、確か舞鶴の状況は一年近く不利なままだったと聞いていたけど……それを、ね」
理由のはっきりしない震えが長門と陸奥に奔る。
いや、震えたのは二人だけではない、ここにいる全ての艦娘が震えた。
それは古鷹も同じ。報告を聞いた時、報告書を読みながら震える手を隠すことが出来なかった。
「驚いてもいられないよ? 作戦終了が近づいているってことは……わかってますよね?」
「選抜するための演習が近いってことね」
神妙な顔をしながら答えを言ったのは霞。
その顔は面白くないと書いていたが、それが皆と同じように流石だと褒め称えたい気持ちを押し殺した故に浮かび上がっているということは全員が理解している。
そして同時に。
「そんな相手と、戦う……」
誰かがつぶやいた。
その事に気づいたのだ。
正確にはまだ戦えると決まったわけではないが。
「……詳しいことを説明しよっか」
「あぁ、是非頼む」
古鷹は頷きを一つ。
そして続いて説明していく。
「三日かけるのは変わらないです。初日は観覧式。翌日に旧横須賀鎮守府艦娘、皆のことだね。その相手として別の鎮守府から選りすぐられた艦娘艦隊と演習。そしてその勝者が最終日に墓場鎮守府第一艦隊と演習を行う形になりました」
初日の観覧式は兵器派主体で行われるため墓場鎮守府にはほとんど関係がない。
天皇陛下への奏上にしても長官が行うし、それに加えて提督が南一号作戦の殊勲者として陛下より勲章を直々に与えられる位。
その事にこっそり震えている提督はさておき、出番は無い。
ここにいる面々が力を入れるべきは二日目。
元々は結果がどうあれ最終日に旧横須賀鎮守府の艦娘と墓場鎮守府の艦娘による演習が予定されていたが、少し変化した。
理由は兵器派の声。
名目的には横須賀方面最強と言われる墓場鎮守府の艦娘と演習を行い、経験を積むためというものではあったが。
やはり権威を示したいという思惑が予想されている。
「どうして今更予定が変更に?」
「……ごめんなさい、それはわからないんです。ただ、第一艦隊の皆が呉鎮守府の海域を突破した後位にそういう意見があったって聞いたけど……」
そのタイミングで何があったのかはわからない。
しかし、既に決定された事実としてそうなった。それはもう覆せない。
提督にしても、長官にしても流石に今更予定を変えることは出来ないと言ったが、それでも、である。
「……キナくさいわね」
「はい、どういう意図があるのでしょう」
目を細めるのは川内と神通。
無言ではあるが、陸奥も同じように思考を巡らせる。
「ともあれそういう形になりました。なので天覧演習に臨める人数は六人に。選抜方法はうちで演習した上で決めるってことに変わりはないです」
「あぁ、了解した」
少し残念そうに肩を落とす長門ではあるが、直ぐ様暗い気持ちを振り払う。
そう、自分たちの役目。いや、願いは天皇陛下に力を示すことではない。
提督だ。
墓場鎮守府の提督に力を示し、捧げられるに足ると認めてもらうこと。
その思いを宿し、古鷹を見つめる。
「流石ですね……」
聞こえないだろう声で小さく呟く古鷹。
純粋に、真っ直ぐ向けられる視線を少し羨ましく思ってしまうのは何故か。
それでも自分は彼女たちにとっては先達。
墓場鎮守府へと先に着任した先輩なのだ、情けない姿を見せるわけにはいかないと頭を軽く振って視線を見つめ返す。
「ふっ……それはこちらの台詞だよ、古鷹
「ふふっ、ありがとうございます。……話を戻しますけど、墓場鎮守府での演習、天覧演習、そのどちらも全力を尽くしてもらうことに変わりはありません」
その通りだと頷くのは全員。
しかとその意思を目に、心に宿している。
「本日付けで、私からの教導は終わりになります。このホームルームの後、皆さんで墓場鎮守府演習に望むメンバーを検討して下さい。私に報告する必要はありません、私もこの後墓場鎮守府へ戻りますから」
「……了解した、ならば次に会う時は――」
敵だな。
続けられるはずの言葉は古鷹の笑顔で止められた。
「違います、味方ですよ。仲間です、家族です。これから更に強くなった皆の姿、楽しみに待ってますね」
「……あぁ! 楽しみにしていてくれ!」
握手と笑顔。
共に宿る意思は同じ、提督の、家族の、仲間の、友のために。
「さて、それでは早速だが」
古鷹が後にした部屋。
元は作戦会議室だったのにも関わらず、今不思議とその言葉に違和感を覚える場所。
そんな教室の教壇にたったのは長門。
ここで過ごしているうちに持ち前の性格も理由だろうが、まとめ役となっていた。
その隣ではチョークを持って朝潮が姿勢正しく気をつけの姿勢を取っている。
委員長、そんな言葉が思い浮かぶ姿。
更にノートを広げ鉛筆を片手にしているのは鳥海。
議事録を取る目的だろうが、やけに様になっているのは何故だろうか。
「……いや、改めて皆。お疲れ様、だな。共にここまで邁進出来たことを誇りに思う」
「いやちょっと長門? まだ全然途中だからシメみたいな事言い出すのやめてくれない?」
「おっと、すまない。なんだか胸が熱くなってしまってな」
お別れ会でも始まるのかと焦った陸奥によって止められるが、気持ちはわからなくもないと理解がある。
僅かな時間ではあったが、不思議な連帯感とも言えるような絆を築き上げることが出来たと確信しているからだろう。
他のものにしても、陸奥と同じ気持ちなのか苦笑いを浮かべながらも何処か頷きそうな雰囲気を放っている。
「陸奥の言うようにまだまだ途中だ。教導が終わった今からこそが、我々の踏ん張りどころだろう。墓場鎮守府演習……古鷹を始めとして、鳳翔や那珂が言う第一艦隊ほどじゃ無いという言葉。それは全くあてにならないのだから」
「そ、そうだよねっ! あの人達絶対謙遜が過ぎるよ……十分おかしいよ……」
「ず、瑞鶴……」
鳳翔の教導を思い出したのか顔を青くして震える瑞鶴。
困ったような顔を向ける、同じく鳳翔から教導を受けた翔鶴と陸奥だったが、そんな中長門はうんうんと大きく頷き同意を示す。
想像してみて欲しい。
艦載機射出訓練や砲撃練習。その隣で実戦さながらのプレッシャーを受け続け、ひたすらに成果を出すまで同じことを繰り返させられる光景を。
鳳翔はひたすら無言で見ていた。
やってみなさいと、出来なければ誰かが損傷するのだと。そう、ここは練習場じゃない、実戦の場と認識しなさいと。
できるできないではない、平たく言えばやれ。
そういう圧力を笑顔の裏から飛ばしていた。
「いや、まさにその通りだ。はっきり言って鳳翔は怖かった。那珂の教導を受けていたもの達が羨ましく思えたくらいにはな」
「いやいやいや! 那珂も十分アレだったからね!?」
「あ、あはは……」
「あんたも一回受けてみたら良かったのよ……」
「……はぅ」
慌てて言うのは川内、遠い目をするのは神通と霞。長門の隣で小動物を彷彿とさせるかのように震えるのは朝潮。
那珂は、一言で言うなら容赦がなかった。
本人の明るさもあり、開始の雰囲気はすこぶる良かった。
だがアイドルという名の通り輝くような笑顔を振りまきながら言うのだ。
――うん、それは駄目だね!
と。
素晴らしく的確に、容赦なく行動のダメ出しをする。笑顔で。
第三艦隊のまとめ役は伊達じゃなかった、もっと言うのならば天龍や龍田の影響だろうか、本当に言葉で抉ってくるのだ。笑顔で。
まさにギャップ殺し。
笑顔で簡単に誰かを凍りつかせた。しかも本人にその自覚が無かった。
そんな中、ある日朝潮は言った。
――那珂さんのファンやめます。
「……すまない」
「ううん、きっとどこも一緒だったろうから……ねぇ? 摩耶さん」
「……触れないでくれ」
そう言ってやっぱり遠い目をする摩耶と鉛筆の芯を折る鳥海。
古鷹は……すごかった。
経験と知識を融合させ、かつわかりやすく丁寧に摩耶達へと教えた。
そう、ひたすら、丁寧に。
それは少し那珂と似ているかも知れない。
だが決定的に違うのは。
「ごめんなさいごめんなさい、古鷹さんが悪いんじゃないです、私が悪いんです。ごめんなさいごめんなさい……」
「ちょ、鳥海!? しっかりしろ!」
摩耶が、鳥海が上手く出来ないと古鷹が落ち込むのだ。私の教え方が悪かったと。
そうしてもっとわかりやすく、丁寧に再度伝えられる内容。
その繰り返し。
平たく言ってしまえば良心がズタボロにされた、自分の下手さを恨むどころの話ではないくらいに。
「……そこまでにしよう。いや、本当に悪かった」
「ええ、そうしましょう」
墓場鎮守府の常識、いや、最低限のレベルが高すぎて辛い。
それは間違いなく生徒達、心からの悲鳴という訴え。
先に言った長門のシメの言葉は、ある意味そんな気持ちから来たものなのかも知れない。
「ともあれ編成だ! 編成の話をしようじゃないか!」
強引に話を変えた長門の目端に光るもの。
その輝きによって全員の目に光が戻る。
「今までの訓練で、恐らく我々は誰と組んでも一定以上の行動は出来ると思われる。だから問題は――」
「やっぱり相手の想定ね」
長門の言葉を引き継いだ陸奥。
艦種から見るオーソドックスな編成という面は当てはまらない事をよく理解している彼女たち。
故に、戦艦が、空母がではなく、誰が相手になるかという問題が一番大きい。
たとえば大淀。
遠距離からの攻撃を無効化してくる大淀に対して戦艦や重巡洋艦は非効果的だろう。
一気に近づいて、その余裕を奪う必要がある。
たとえば加古。
古鷹とセットで編成されることは予想に難しくない、そしてその二人を相手にするためには、すばやくどちらかを無力化することが求められる。
「……改めて思うけど、墓場鎮守府強すぎないか?」
「肯定する言葉以外が思い浮かばないです……」
ポツリと零れた摩耶の言葉に翔鶴が頷く。
確かにそれぞれを見ればまだ弱点が見られる、つけ入るところが想像できる。
だが、何よりそれを埋め合う力が強すぎた。
旧横須賀艦娘の考えることなどお見通しも良いところだろう。
必ずそれをカバーする編成が組まれる。
「となると、やはり……」
「想像を超える、しかないわね」
それは何よりも墓場鎮守府らしい発想。
セオリーに左右されず、常識を打ち破る能力。
ここまで考え、全員が理解した。
「なるほど、最初からこれを求められていたのか」
何のために仲良くスポーツで汗を流したのか、水上訓練の時間を削ってまで。
要するに。
「私達でしか出来ない戦法……それを見つけなきゃ、ね」
そういうことだった。
第一艦隊が戻ってくるまで、ペースで考えれば残り一週間というところ。
その時点で教導が終了した、それはつまりここから先は自分たちで考え、導き出せということ。
提督自身は導き手、その役目になりたかったと思っているそれ。
しかし、ここは学校で。
学びから答えを見つけ出すのは生徒自身他ならない。
「案ずるより産むが易し、か」
瞑目したまま長門は言う。
その言葉に立ち上がったのは、やはり全員。
「大淀さんに演習場の使用許可もらってきます!」
「あぁ、頼んだ! 先に行って準備をしておく!」
朝潮が駆ける。
開かれた教室のドア、続いてくぐる艦娘。
その全ての瞳には希望。
ただただ前を見据えるための武器が宿っていた。