二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル/靴下香

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第一艦隊の任務が終わったようです

「ふぅ……」

 

 佐世保鎮守府正面海域。

 蔓延っていた深海棲艦も周囲に見当たらず、そうしてようやく天龍は一息をついた。

 

「天龍」

 

 タイミングを見計らって時雨が声をかける。

 その後ろでは天龍、時雨と共に出撃した佐世保鎮守府の艦娘が喜びをあらわにしていた。

 

 時雨に一つ頷きながら天龍は喜びに涙する艦娘達を見て微笑む。

 今頃龍田率いる別働隊も上手くやっているだろう、正面海域程度の敵戦力等今の自分達に取っては脅威にならないのだから。

 

「龍田と夕立も大丈夫だよね」

 

「あぁ、よっぽどオレ達が戦った相手よりも強いなんてことがなけりゃ大丈夫だろうよ」

 

 佐世保鎮守府の戦力、その数は多かった。しかし、誰もの練度が低かった。

 数を活用し、第一艦隊を二隊にわけてそれぞれ天龍と龍田が指揮をとる。

 そうすることで見違えるように良い動きを見せた。

 

 時雨も安心したように、身体の力を抜いた後、念の為周囲警戒に向かうねとその場を離れる。

 その姿を見送った後、改めて喜びの渦中にいる艦娘達へ視線を投げる天龍。

 

 確かに、上手くいった。

 

 舞鶴と似たような状況だった佐世保。

 ただ足りなかったのは率いるリーダーシップを取ることが出来る人材で。

 そのポジションに天龍や龍田が収まってしまえば直ぐ様機能しだした。

 

 この正面海域突破作戦はその最終確認。

 今頃この戦闘映像と今までの戦闘報告書を見て佐世保提督が改めて研究しているだろう。

 

「天龍ちゃん」

 

「お、お疲れ龍田、夕立。そっちも……あぁ、聞くまでもねぇな」

 

「ぽいっ! 夕立達もバッチリだったよ!」

 

 ニコニコと天龍に抱きつく夕立の頭を撫でる天龍。

 舞鶴を後にしたくらいからか、夕立は天龍に抱きつくようになった。

 それは提督の代わり、といえばそうなのだが、理解してなお天龍に悪い気分は生まれていない。

 

 損傷は、軽微。

 

 同じように龍田達の後ろで喜びたそうにしている艦娘達へと視線で行って来いと示した天龍。

 わぁっと歓声を上げた後、佐世保鎮守府艦娘達は集い喜びの渦を広める。

 

「これで、ようやく帰れるねー」

 

「あぁ、そうだな」

 

 指示された舞鶴、呉、佐世保の正面海域を突破し確保した。

 

 これで、第一艦隊が任された任務は終了。

 明日にでもここを発つことが出来るだろう。

 

「……天龍さん?」

 

「ん? あぁ、ワリィ。ちと考えちまってな」

 

 目処がたった事に喜ぶ夕立や龍田と違い、何処か少し浮かない顔を浮かべている天龍へと夕立が気づく。

 

「……呉、だね?」

 

「時雨……あぁ。まぁ、な」

 

 警戒から戻ってきた時雨に頷く天龍。

 舞鶴、佐世保は似たような状況だった。

 とは言え厳しい状況に変わりはないが舞鶴ほど切羽詰まったというまでもなく。

 

 特に呉鎮守府は何故これで正面海域を突破出来ないのかと疑問に思える程度にはそれなりの戦力が整っていたのだ。

 

「いや、確かに……言っちゃあ何だが、弱かった。そう、弱かったんだがな」

 

「あまりにも消極的すぎる、よね?」

 

 龍田が言葉を引き継ぎ、それに頷いた天龍と時雨。

 夕立は首を傾げているものの、静かに話を傾聴する。

 

「佐世保は……まぁ、わかるんだ。数が多くてもそれをまとめる役がいなきゃ意味ねぇって」

 

「そうだね、ここの提督が悪いってわけじゃないんだけど……やっぱり明確なリーダーは必要だよね」

 

 悪い雰囲気では無かった。

 それなりに提督と艦娘達の関係も良くて、いつかのような兵器扱いと言った厳しいあたりは見られない。

 ただ、墓場鎮守府のように深い信頼関係を築き上げられているというわけでもなく。

 

 中途半端。

 

 そんな言葉が口から出ないまでも思いとしてはあった。

 無論バリバリと兵器扱いして欲しいなんては思わないが、それでもである。

 

「そんな中呉は、積極的に前に立つわけでもなく……なんつーんだろうな、オレ達のことを観察してた気がするんだ」

 

「夕立も、なんだか嫌な感じだったっぽい」

 

 思い出したのか、珍しく浮かない顔をする夕立。

 後ろから自分を撃たれる、なんて思ったりはしないが、一緒に戦っているのにも関わらず何処か連帯感を感じられなかったそれ。

 第一艦隊の提案した訓練も受け入れられず、海域突破してしまえばすぐに出発を促されたことといい、あまり呉鎮守府に対していい思いが無いのは共通している。

 

 観察。

 

 天龍が言ったように、夕立が感じたように。

 呉鎮守府所属の艦娘はその通り天龍達を観察していた。

 共に出撃して深海棲艦を打倒する、それは確かに行動として行った。

 一斉砲撃の号令にも従うし、行動、指示にも従われる。

 

 一見何の問題も無いかのように見える光景ではあったが、何よりも。

 

「あそこの提督も、そんな感じだったねー?」

 

「うん……僕、あの提督は好きになれそうにないかな」

 

 艦娘をまとめる提督すらもそういった様子だった。

 戦闘そのものに集中せず、天龍たちを観察していた。まるで、天龍達との違いを見つけ出そうとしているかのように。

 

 それは、何のためだろうか。

 

「あ、あの……天龍さん」

 

 そこにおずおずと声をかけ、思考を打ち切らせたのは妙高型重巡洋艦、羽黒。

 

「ん? あぁ、すまねぇ。帰るまでが出撃、だわな」

 

「は、はい。えと、そのすみません、お話の邪魔をしてしまって……」

 

 自信なさげに、申し訳なさそうに告げる羽黒。

 

 さっきまでの戦い振りが嘘のよう。

 

「何いってんだ、んなことねぇよ。つか、さっきの威勢はどうした? 倍の相手にでも艦隊を支えるつってたじゃねぇか」

 

「い、いえいえ!? あれは、その……! 言葉の綾って言いますか……!」

 

 小さくなりながら慌てる素振りを見せる羽黒の頭をくしゃっと一撫で。

 

「お前ならやれるよ、間違いねぇ。天龍様が保証する。……ここを支えるんだろ? それくらいやってやりゃ、随分助かるさ」

 

「天龍さん……はいっ! 私、がんばりますね!」

 

「っし! じゃあ帰投すっか! 羽黒はあいつら率いてくれや、オレ達もすぐに行くからよ」

 

「はいっ!」

 

 そう言って駆けていく羽黒。

 その姿を見送る天龍の背中に。

 

「……そういうところまで似なくてもいいんだよ? 天龍」

 

「っぽい」

 

「天龍ちゃんも艦娘たらしの道を歩むのね……」

 

 そんな言葉が刺さった。

 

 

 

 佐世保鎮守府を後にして、現在は車の中。

 天龍たちが少しでもくつろげるようにと出された車は大きい。

 運転席からは完全に隔離され、小さな窓を開けなければ会話は出来ないし、座席も向かい合って座れるくせ足をどれだけ伸ばしても、背もたれをいくら倒しても遮るものがない。

 

 そんな車にようやくなれたのは墓場鎮守府に帰る今。

 

 実感はなかったが、どうやら重要な任務であるという事実は思った以上に身体を、精神を摩耗していたらしい。

 天龍、龍田、夕立、時雨はそんな疲れを落とすように寛いでいる。

 

「そういえばさ」

 

「んあ?」

 

 時雨が思い出したように口を開く。

 うとうとと舟を漕ぎ出しそうになっていた天龍と夕立がその声に反応して目を開ける。

 

「提督の何でも言うこと聞くって約束……皆はどうするの?」

 

「あう、夕立はもう使っちゃったっぽいぃ……」

 

 そう言えばそんなのもあったなと思い出すのは天龍。

 一瞬ピクリと反応した後顔を赤らめて俯くのは龍田。

 しゅんと落ち込む夕立。

 

 天龍にしてみれば、そういったご褒美がなくとも提督の命令、お願いならば二つ返事のため、もしかすると言われなかったら忘れ去っていたかも知れない。

 

 そして龍田。

 実は任務が終わりに近づくにつれ落ち着きを失っていったのはその約束のせい。

 もちろん戦闘中にそれを出すようなヘマはしないが、出撃後の休息時間中、一人ベッドで悶えているところを発見されたりしていたのはご愛嬌というべきか。

 

 夕立は出発の際提督と真剣勝負という形でそれを使ってしまったが故にもう何もお願いできない。

 有意義だったし、自分に必要だったと今でも思っているのは間違いないが、少し羨ましそうに指を咥える。

 

「そういう時雨はどうするんだ? そんな事聞くってこたぁ、何か考えついてるんだろ?」

 

「もちろんだよ。でも他の人と一緒のお願いになってもあれだしね。聞きたいなぁって思って」

 

 なるほどと天龍は頷く。

 

 とは言えお願い、言うことを聞くと言われても何も思いつかない天龍。

 改めて頭を捻ってみてもこれというものがない。

 あえて言うのならばオレを使い続けてくれなんてモノではあるが、自身への約束と、言わずもがななんて思ったりしてしまう。

 

「……何にやけてるのさ?」

 

「んお!? に、にやけてたか!?」

 

 そう、墓場鎮守府艦娘筆頭、天龍。

 何もそんな事を言うまでもなく、提督は自分を使ってくれるという信頼と確信。それに満たされている事を実感して頬を緩めてしまった。

 

「天龍ちゃん?」

 

「い、いやいや! 何も変なことなんて考えてねぇって! そういう龍田はどうなんだよ!?」

 

「ふぇっ!?」

 

 はたして墓場鎮守府艦娘、むっつり担当龍田は何を考えていたのか。

 

 実のところ時雨が一番気にしているのは龍田である。

 もし願いが被るとしたら龍田だろうし、時雨の心にある龍田への対抗心から、より提督への効果的なアプローチを模索していた。

 

 水を向けられ、赤い顔をさらに赤らめ、慌てながら何か言おうとする龍田へと鋭い視線を向ける時雨。

 

「え、えっと……そのー……」

 

「何だよ、別に何言おうと驚かねぇって、龍田だし」

 

「そうだね龍田だし」

 

「ぽいぽい!」

 

「……その扱いは不服だわぁ……うぅ」

 

 ほらゆー言っちゃいなよ! なんて雰囲気に縮こまる龍田だが、それはまだ決めかねていた。

 

 理由は簡単。

 自分たちがこうして忙しい日々を送っていたと同じかそれ以上に提督も忙殺されていただろうと予想していたから。

 帰って、落ち着いて。

 そうやって生まれたゆとりとも言える時間を自分のために使ってもらうなんてと、少し気が引けているのだ。

 

 もちろんあれやこれやと願望自体はある。

 一緒にゆっくり縁側でおしゃべりしながらお茶を飲みたいなんても思う。

 

 だから。

 

「提督に、ゆっくり休んで欲しいかな。なんてー……」

 

「うぐっ!?」

 

 そんな龍田の台詞に胸を押さえたのは時雨。

 

「うぅ……龍田の乙女力は化物……?」

 

「おとめぢから……? 時雨? 意味わからないっぽい」

 

 首を傾げる夕立の純心な視線も合わさり、力なく崩れる時雨。

 

「お前は何を考えていたんだよ……」

 

「……聞かないで。僕、自分がどれだけ欲に塗れていたか実感しているところだから……」

 

 時雨の頭を夕立が撫でる。

 意味はよくわかっていないものの、時雨は何かと戦っているのだ、それを応援しない夕立ではない。

 

 そんな時雨は実に欲望へ一直線だった。

 一日提督の膝上で過ごすとか、ハグから頭撫で撫で一時間コースだとか。

 

 ちなみにそれ以上過激なことを考えもしたが、時雨の鼻から流れた赤い雫によって塗りつぶされた。

 

「まぁ、時雨はさておき、だ。とりあえず帰って休む時間はあるだろうけど、鎮守府演習に天覧演習だ。まだまだ気が抜けねぇな」

 

 運転手から手渡された書類を開くとそこには墓場鎮守府の現状などが記されている。

 

 既に全員が目を通したそれ。

 艦娘の学校とは面白いことを考えたなぁなんて全員で頷きあったりもした。

 

「横須賀鎮守府の子達は……どれくらい強くなったのかなー?」

 

「わからないっぽい! けど、絶対強くなってるっぽい!」

 

 根拠なく言う夕立に、そのとおりだねと笑って頷く龍田。

 龍田自身もその確信はある。

 自分を含めて、極めて短期間に練度向上した各々の艦娘のことを考えれば間違いないだろう。

 

 実際、提督の訓練をもとにした訓練を施した舞鶴鎮守府の艦娘達、その練度向上速度には目を見張るものがあった。

 第三者、ではないが。外から見ることで実感できることもある。

 結果自分たちが離れてすぐに正面海域の次すらも確保したとの報せも耳に届いた。

 

「頼もしい限りだな。肩を並べるのが楽しみだ」

 

「あらー? いいのー? すっごく強くなって天龍ちゃんなんか抜かされちゃうかもよー? 筆頭の座も奪われちゃったりしてー?」

 

 意地の悪いことを言う龍田。

 それでも雰囲気が悪くならず笑い合えるのは。

 

「上等だよ、上等。それで提督の力になれるんなら喜んで抜かされてやるよ」

 

 そういうことだろう。

 

 そしてそれでも自分が、自分たちが提督の力であることに違いはない。

 

 それで十分。

 

 提督の力が大きく、強くなることは大歓迎で、その結果提督が成したいと思えることが成し遂げられるならそれ以上の喜びはない。

 

 ドヤ顔でそう言う天龍も。

 悪戯顔に幸せを含めた笑顔を浮かべた龍田も。

 未だ落ち込んでいる時雨も。

 よく分かってないが眩しい笑顔を浮かべ続ける夕立も。

 

 全員、そう思っている。

 

「……早く、着かないかな」

 

 誰が言った呟きか。

 車内に浮かんだ言葉は、それぞれの胸に溶けていった。

 


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