二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル/靴下香

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天覧演習初日のようです

 あー……くっそ緊張した。

 

 演習場からの帰り道、今日の日程は全部終了。

 明日の打ち合わせやらなんやらで遅くなりそうだったから、皆には先に帰ってもらって今は俺だけ。

 

 勲章授与式とかまじわけわかんねぇよ……なんで天皇さんから直接貰ってるんだよ俺、死ぬの?

 しっかしなんつーかオーラが違ったよな、うん。

 カリスマなんて言ったらちょっと安っぽいかも知れないけど、人を惹き付ける空気ってああいうことなんだろうな。

 自然とかしこまってしまったつうか……身が引き締まる思いだ。

 

 その後すぐに行われた観覧式。

 面白くないなんて少し思っちまうけど、やっぱり流石だなとも思った。

 ものすごく綺麗に、かつわかりやすく。誰もの目を釘付けに、感嘆の息を零してしまうような。

 自信満々にやらせろと言ってきただけのことはある。

 

 意外って言えばそうなんだけど、今日から三日間の天覧演習を見に来た人は多かった。

 どこかのお偉いさんから普通の一般人さんまで、報道ヘリだって飛ぶ始末。

 ここに直接来られなくても、テレビで見てる人も多いだろうって見込み。夕方、晩のニュース番組なんかでも特集が組まれるとかなんとか。

 

 反応を見るに、やっぱりただ知らなかっただけなんだなと。そんな風に思う。

 誰が、どんなやつが命をかけて戦っていることに気づけば漁師の皆さんと同じように受け入れ直してくれる。

 安直なのかも知れない。けど、ただ戦果……それも芳しくないものばかりを知ってしまえば誰だって嫌になるのは当たり前だろう。

 

 そうだと気づいたのは艦娘と触れ合おうの時間。

 見に来てくれた人には子供の姿もちらほらあった、その子供達は目をキラキラさせていて、設けられた艦娘と遊ぶ時間を満喫してくれたみたいだ。

 子供は大人と違って物怖じしない。純粋に興味って気持ちに後押しされたのか、すごく楽しそうで。

 そんな子供の姿を見て、中々踏み出せないでいた大人達も少しずつ艦娘と会話したりと。

 

 ある人は自分の子供、孫とでも考えられるような一見女の子に守ってもらって。

 ある艦娘はこんな人達を守っているのだと改めて実感できて。

 お互いがお互いのことを少しでも大事に思うためのきっかけになったことだろう。

 

 有意義……いや、この上ない最高の時間だったと思う。

 

「だけど……ククッ、あいつら面白すぎだろ」

 

 子供達との交流を請け負った艦娘の多くはうち。

 特に予定が無かったからだけど……子供相手に狼狽えていた皆は見ものだった。

 

 天龍なんか艤装を展開した時に現れる剣のせいで、思春期真っ盛りの心を疼かせた子供にチャンバラごっこを挑まれていたし。

 龍田もなんでかしらないけど泣いてる子供を泣き止ませようと戸惑いながらも、必死に抱っこしたりあやしたり。

 暁なんか小さい女の子相手にレディとはなんぞやと説いてる姿が微笑ましかったり。

 

 少しだけしか見れなかったのが残念だ。きっともっとほっこり出来る光景があっただろうに。

 

「ほんっと……幸せだな」

 

 明日からがどうなるかはわからない。

 あいつらならきっと勝利してくれる、なんて確信めいた信頼はある。

 だけどこの初日でもう十分にお腹いっぱいで。

 

 人と、艦娘はきっと手を取り合って上手くやっていける。

 

 そんな風に思えた。

 

 これから始まる過酷な作戦があろうと、未だ見ぬ脅威が誰かを脅かそうとも。

 きっと、俺達は乗り越えられる、艦娘と共に。

 

「あ、あのっ!」

 

「ん?」

 

 っと、浸ってて気づかなかった……って羽黒? どこの所属だろ……。

 

「す、すいません! えと、その……!」

 

「ふふ、慌てないでね、ね? 申し訳ありません、墓場鎮守府提督さん。私は舞鶴鎮守府所属、長良型軽巡四番艦の由良です。この度は援軍のお礼に参りました」

 

 やっぱ可愛いなぁ……柔らかボイスに笑顔……あぁ、癒やされるぅ。

 

 そうじゃなくて、舞鶴? ってことは。

 

「じゃあもしかして……羽黒は佐世保の?」

 

「は、はいっ! 噂はかねがね! 光栄ですっ!」

 

 おどおどしつつもやっぱ様になってる敬礼姿。続くように由良も向けてくれる。

 

「はぁ……不幸だわ、まだまだ出撃に忙しいっていうのに……」

 

 おうおう、そこにいるのは山城さんじゃねぇですか。

 相変わらず不幸を満喫してますねぇ! 美人!

 

 そして……。

 

「光栄です、お疲れ様です」

 

「……あぁ、ありがとう」

 

 呉鎮守府の、球磨型軽巡洋艦四番艦、大井。

 

 ……。

 

 とりあえず、答礼して、だ。

 

「遠くから皆もお疲れ様。活躍は聞いているよ、うちの艦娘がいなくなった後も頑張ってるみたいだな」

 

「ありがとうございます。でも、天龍さん達のおかげですから……」

 

 よせやい、謙遜なんか要らねぇっすよ。

 

 舞鶴の逆襲。

 なんて言われてるくらい快進撃を続けている舞鶴鎮守府。

 佐世保の躍進。

 とか言われるくらい見違えた佐世保鎮守府。

 

 そして。

 

「申し訳ありません、中々良い報せを届けられず」

 

「いや、正面海域の維持も大切だからな。おたくの提督はどう思ってるかわからんが、俺としては十分じゃねぇかと思ってるぞ」

 

 特に何も情報が届かない、呉鎮守府。

 

 さっきから、会話こそすれ視線を交わすことが出来ない大井。

 何処か居心地悪そうに、必死に礼儀としてを支えにこの場へ留まっている。

 

「恐縮です」

 

 その姿勢を崩さず、形だけで畏まってくれた。

 

 由良達も気づいているのだろう、少し訝しげに首を傾げながらも言葉を続けてくれる。

 

「えっと……明日の演習は艦娘養成訓練学校、でしたか? その方々が出るのですよね、ね。私、楽しみにしています」

 

「そうね……私も、折角来たのだから勉強させて頂くわ」

 

「はい、私もしっかり得られるものがあるよう精一杯勉強させてもらいますね!」

 

 だからこの空気を打ち払おうとしてくれるかのように明るく言ってくれた。

 ありがたい……ってか、艦娘に気を使わせてどうすんだって。

 

「あぁ! 是非明日だけに限らず最終日まで見ていってくれ! うちの自慢をしっかりさせてもらうからさ!」

 

 そう言ってみれば大井以外の皆は一瞬目を丸くした後。

 

「ふふっ、なんとなく、天龍さん達が提督のことを慕ってる理由がわかります」

 

「惚気……コレは惚気よ……何故横須賀まで来て惚気を……不幸だわ」

 

「いいじゃないですか。幸せそうで何よりね、ね」

 

 惚気たつもりは全然ないんだけど……うぅむ。

 ともあれ笑ってくれたし良しとしようか。

 

「あんまり引き止めてもご迷惑ですね、最終日まで楽しみにしています!」

 

「あぁ、ありがとう。期待に応えられるよう頑張るよ」

 

 まぁ俺が戦うわけじゃないけど、気持ちはな。

 

 一礼のあと離れていく由良達に手を振って見送れば……残るは。

 

「で、だ……大井」

 

「はい」

 

 その場に残ったのは大井。

 一瞬由良が振り返ってこっちを見た気がするけど……心配すんな、大丈夫だ。

 

「コーヒーと紅茶、どっちが好きだ?」

 

「……は?」

 

 

 

 波止場から見える海は赤い。

 やがて黒くなって、今はまだうっすらと見える墓場鎮守府も、やがて夜の帳に塗りつぶされて見えなくなってしまうだろう。

 その事に柄でもなくセンチメンタルな気持ちを抱えながら、手に持った缶コーヒーを一口。

 

「不味いな」

 

「……なら、飲まなければ良いのでは?」

 

 少し離れて同じように海を眺める大井。

 手に持ったお茶のプルタブは開けられていない。

 

「いやな、うちではコーヒーなら時雨が、紅茶なら金剛が、お茶なら皆が淹れてくれるんだけど……それと比べればって、当たり前か」

 

「……そうですか」

 

 やれやれ、冷たいね。

 それでこそ大井ってなもんかも知れねぇけど、どうせならもっと切れ味良く突っ込んでもらいたいもんだけどな。

 自慢ですか? 魚雷の的になりたいんですか?

 なんてな。

 

 まぁいいさ。

 大井が何かを話したいんだろうことはわかる。

 当たり前だけど、何もなきゃ由良達と戻っていくわけで。

 

 それが何なのかって話だけど……。

 

「……負けて下さい」

 

 やっぱそれか。

 

「……大井の口から聞きたいって言葉じゃねぇな? 北上さん自慢のが聞きたいぞ、俺は」

 

「っ! き……っ! ……ぐ、あ、あなたは知っておられるのでは?」

 

 ……少し、安心。

 沈んだ北上のことを話題に出したのはすまないと思うけど、やっぱり北上のことを好きだってのが確認出来て何より。

 だったら大丈夫。

 

「悪かったな。それで? 負けて欲しいってのは?」

 

「呉鎮守府が、どういう場所なのかはご存知のはず。なら、先程の言葉で十分御理解いただけると思っていたのですが」

 

 まぁ、な。

 

 呉鎮守府。

 兵器派軍人達の影響が強くある場所。

 

 予め知っていたわけじゃないが、実際に第一艦隊を派遣して、報告書が届いて。

 そして長官の意見を聞いて、ようやくそうだと気づけた実態。

 

「それはうちの戦力分析をして、勝てないと悟ったからそう言うのか?」

 

「お答えできません。ですが、もしもここで敗北の約束を頂けるなら……」

 

 大井の手が服のボタンに……って!?

 

「ちょっと待てい!」

 

「私ではご不満でしょうか? あぁ……初物がお好き、とかでしょうか? それでしたらご心配なく、未だ誰も知りませんので。もしも熟練の手管をご所望でしたら……お好きに染めて頂ければと思います」

 

 そうじゃなくてだな!?

 大井のおっぱいたまんねぇなんて昔言ってたけどだな!

 

「そうじゃない……答えられないと言っていたな? ならこれは上の指示か?」

 

「いいえ、私の意思です」

 

 ……へぇ?

 随分ときっぱり言うね、予想してたんだろうか。

 上官を庇う、そうとも取れるけど……。

 

「そうか、なら頂こう」

 

「っ! せ、節操がありませんね、ですが……構いません。お、お好きにどうぞ」

 

 ぐいっと引き寄せてみれば少し震えている大井。

 やっぱり目線は合わずにそっぽを向かれている。

 

「大井、顔をこっちに向けてくれないとキスが出来ない」

 

「し、しなくても、で、出来ることは……出来るのではありませんか?」

 

 ……やれやれ。

 いやまぁ自分のこと棚に上げきれないで心臓バックバクだけどさ……はぁ。

 

「じゃ、コレ。脱がすぞ?」

 

「ど、どうぞ……って」

 

 はい、ばきっとな。

 

「ったく。こういうのマジであるんだな……」

 

「……」

 

 小型マイク、ねぇ。なんと言うか……なんと言うかだなぁ……。

 

 あ、大井ごめんな。すぐに離してやるから、もうちょっとだけ待ってくれ?

 

「改めて聞くぞ? 何故こんなことをしようとした? お前の意思じゃねぇってことはわかるが」

 

「ち、違います! これは……私の意思です!!」

 

 んー? いや、もう強がんなくてもいい……うん、他には何もないよな。

 大丈夫、うん。

 あ、ごめんごめん、ちょっと下がるな?

 

「もう何もないと思うけど……好きに喋って大丈夫だぞ?」

 

「違います! 私は……あなたが後悔すると――!!」

 

 後悔? 何のことだ? 

 あ、もしかして大井にお手つきできなかったこと?

 そりゃむっちゃ勿体無いけど……こんなところで、こんな形はなぁ?

 

「ほう? 流石に勲章持ちにもなれば余裕が違うようだな?」

 

「――お疲れ様です、中将殿」

 

 そんな時に現れたのは中将、兵器派の筆頭さん。

 少し息を切らせているのは多分マイクが潰れて慌てて来たからだろうな。

 俺が民間人だからって舐めてたか? いや、まぁ偶然だけど。大井を母港画面で舐めるように見てた俺だからこそなんだろうけど。

 

「――」

 

 一瞬大井の顔に浮かべられた嫌悪感。

 すぐにさっきまでと同じ仮面を被り、中将の下へと歩いていく。

 

 離れ際聞こえた謝罪の言葉は……何に対してだろうな。

 

「南一号作戦殊勲者ともなればさぞ見目麗しい女性に声をかけられたと思うが……そんな中から艦娘を選ぶとは、やはり変わり者にも程があるようだ」

 

「はは、申し訳ありません。やはり、私は艦娘に傾倒し過ぎなのかも知れません」

 

 空々しいにも程があるな、面の皮が厚いっつうか。

 良いよ別に、むしろ褒め言葉だし。

 あんたの舞台で話そうじゃねぇか。

 

「まぁ良い、幸い寸前止まりだったようだ。この手でしょっぴけなくて済んだことを嬉しく思うとしよう」

 

「そうですね。今営倉にでもぶちこまれてしまったら、作戦にも参加できませんでしたから……おかげさまで、助かりましたよ」

 

 皮肉には皮肉を。

 なんてガキの喧嘩じゃないんだからとも思うけど。もう随分と繰り返したやり取りだし、いいだろう。

 

 お互い、本気でそうしたいわけじゃないってのはわかってる。じゃれ合いみたいなもんだ。

 まぁそれにしては小型マイクなんざ持ち出してやりすぎ感はあるけどな。

 

 ……あれ? もしかして今回はマジだった?

 

「ともあれ改めて、南一号作戦の成功に、各方面への援軍派遣。今回観覧式を任せて貰ったことも含めて賛辞と感謝を贈ろう」

 

「光栄です」

 

 ……ふぅ、このタイミング言うかね。

 やれやれ、追及すんなってことですねわかりますっと。

 

「それにしてもこんなところで艦娘遊びとは随分と余裕だな? それで明日は大丈夫なのかね?」

 

「明日? 何かありましたか?」

 

 これくらい刺していてもいいだろ。うん、効果覿面。

 あんたが言うように、俺だってうぜぇおっさんの顔なんざ見たくないんだよ。

 

「減らず口を……だが、そのおかげで我々にも勝利の目がありそうだ。楽しみだよ、貴様の目が凍りつくその瞬間が」

 

「……ええ、全く楽しみではありませんが。良い演習になることを期待しています」

 

 面白くなさそうな顔を期待してたけど……どうやらほんとに自信があるようだ。

 不敵な笑顔を浮かべて踵を返す中将と。

 

「おい」

 

「はっ!」

 

 それに続く大井。

 ちらっと一瞬悲しそうな顔を向けて来てくれたその目へとようやく視線を交わせる事が出来た。

 

 そしてその目が。

 

「……ポケット?」

 

 上着のポケットへと流れた。

 意図を問い返そうとしたけど既に見えるのは背中だけで。

 

 その示した中には……紙が一枚。

 

「……そっか、そういうこと、か」

 

 ぐしゃりと音を立てるメモ。

 そこに書かれていた言葉。

 

「あぁ、大井……やっぱりお前は良い女なんだな」

 

 そのことを嬉しく思う。

 

 そしてそれ以上に。

 

「兵器扱い、か……」

 

 ある意味、その観点からは正しいんだろう。

 明日は苦しい戦いになる、それが確信出来た。

 

 だけど……。

 

「認めねぇ……そんなの絶対認められるわけがねぇ……!」

 

 わかったよ、全力でかかってこい。

 その上を行って、認めさせてやるさ。

 

 そして必ず。

 

「後悔させてやる……っ!」

 


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