二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル/靴下香

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天覧演習二日目のようです

 天覧演習。

 一日目より多くの一般人が集う演習場。

 

 艦娘は一人ずつ海上に登場し、自身の姿を見せるために海上を一走り。

 共に流れる自身の名前。

 アナウンスが響けばそれをかき消すような歓声が沸き、今最後に登場した長門の頬を引きつらせる。

 

 演出過剰ではないかと、天皇陛下の前で行うには些か低俗にすぎるのではないかと。

 そんな心配を余所に盛り上がる会場。

 

『長門型戦艦、一番艦長門っ!!』

 

 声に従って片手をあげればまさに興奮の坩堝。

 一日目と二日目にしてこの違いはどうだと苦笑いが自然と浮かぶ。

 

 決して不快ではない。

 

 昨日行われた民間人との交流。

 そこで改めて守りたいと心に期することが出来た。

 この国にいる全ての人間を守る。

 それも自身達が敬愛してやまない提督のもとで。

 

 それは何よりの幸福だと、長門だけに限らず墓場鎮守府に所属している艦娘全員が思っている。

 

「長門」

 

「あぁ」

 

 陸奥が戦意を漲らせた目で長門を見つめる。

 続いたのは瑞鶴、摩耶、川内、朝潮。

 全員が、必ず勝つぞと長門へ訴えていた。

 

 ――これほど胸が熱くなるものか。

 

 長門は心でそう呟く。

 

 この舞台に立てたのも、今こうして熱い気持ちを持ち続けられることも。

 全て提督のおかげであり、共に歩んだ仲間、家族が居てこそ。

 

 長門の目が滲む。

 まだこれからだと言うのに。

 

 一体いつからこんなに涙もろくなってしまったのかと自問する長門だが、その答えは既に出ていた。

 そしてそれもやっぱり提督のせいでありおかげ。

 

 どれだけ心酔しているのかと冷めた言葉をかける者がもしかしたらいるのかも知れない。

 

 だがそれでいい。

 たとえ愚か者と言われようとも愚直に提督を信じて前を征く。

 

 南一号作戦、艦学、演習を経てここに立った長門達の答えだった。

 

「だからこそ――」

 

「わかってるわ」

 

 目の前に立つ相手を認めない。

 ただただ冷たい機械のような瞳で長門達を見つめるモノを許さない。

 

「伊勢、飛龍、蒼龍、鈴谷、熊野、大井……」

 

 何があったのかはわからない。

 記憶で知る彼女たちではあるが、きっと本来はこうじゃないと確信めいた何かがある。

 

 故に決断した、提督の力である自分たちは覚悟した。

 

「絶対に……救ってみせるぞっ!!」

 

「了解っ!!」

 

 

『天覧演習――始めっ!!』

 

 

 開始の合図、それと同時に長門は手を振り被る。

 

「行くぞ陸奥っ! 一斉――」

 

「っ!! 艦載機来ますっ!!」

 

 ――一斉射。

 その言葉と砲撃は長門達に向けて飛んでくる艦載機によって遮られた。

 

 戦闘機、攻撃機、爆撃機……そして、瑞雲と――

 

「危ないですっ!!」

 

 ――魚雷。

 

 大井によって発射された先制魚雷は陸奥に向かい、その脅威を朝潮が防ぐ。

 

「あぶなっ……ありがとうっ! 朝潮!」

 

「いえっ! ……っ!? まだです! 瑞鶴さん! 摩耶さん!!」

 

「おうっ! まっかせときなぁ!!」

 

「ええっ! まっかせて!!」

 

 当然続く相手の艦載機による攻撃。

 

 多すぎる数に泣き言は生まれない。

 ただ向かってくる攻撃へと摩耶を筆頭に対空迎撃を試みる艦隊。

 歯を食いしばり艦載機の群れへと臨む。

 

『摩耶、朝潮中破。陸奥、長門小破』

 

 この程度で済んだと思うべきだろう。

 観客が目を丸くし、アナウンスの後に大きな歓声があがったことからわかるように、派手。そして美しく、苛烈すぎる先制攻撃だった。

 

「くぅっ……! 長門っ!!」

 

「わかっているっ! 行くぞっ! 一斉射っ!!」

 

 この判断は少し裏目。

 一斉射のために足を止めていた長門達に対して、伊勢達は既に動き出していて。

 一斉射自体は行えたものの、有効な攻撃とはならなかった。

 

『鈴谷、熊野小破』

 

 一斉射の迫力に再度上げられる歓声。

 だがその歓声に成果はついていかず。

 

「くそっ……!」

 

「まだよっ! 長門! 砲雷撃戦、用意っ!!」

 

 冷静でなかったことは認められる。

 やられたからやり返した、そんな意地の張り合い程度であったことも認める。

 

 そして。

 

 不利な状況から始まった戦闘に覚悟を決めた。

 

 

 

「陛下、ご覧くださいましたか? これが我が艦隊の力です」

 

 観覧席。

 天皇陛下を真ん中に、その隣に立つは長官。

 左右に座っている提督と。

 

 にやけ面を必死に抑えた顔。

 そんな顔を天皇陛下へと向けて力を誇示する中将。

 

 それを背に提督は。

 

「ぐっ……」

 

 振り上げたくなる腕を、殴りつけたくなりそうな拳を抑えることに必死だった。

 

 長門達は気づいているだろうか、伊勢達の表情に。

 苦痛を必死に押さえつけようと唇を噛み締めているそれ。

 

 改。

 

 伊勢は戦艦から航空戦艦へ。鈴谷、熊野は改造することによって重巡洋艦から航空巡洋艦へと艦種が変わる。

 だからこそ蒼龍、飛龍達の先制航空攻撃に参加出来る瑞雲の発艦が行えた。

 大井にしても同じく、改造によって重雷装巡洋艦へとなり、先制雷撃を行うことが出来る。

 

「素晴らしいですね。ですがまだまだわかりませんよ」

 

「その通りでございますな! ですがこの勝負……我が艦隊の勝利として、陛下に捧げましょう!」

 

 揚々と言葉を連ねる中将。

 

 固く震えながらも結ばれた提督の手のひらから、一滴の赤が伝う。

 

 艦娘は海へと認められ、海から力を得て改へと至る。

 艦娘として形になる前の力、あるいは艦娘が海へと落とした力。

 それを取り戻し、改というステージに立つ。それがこの世界の理だと理解できた提督。

 

 ならば今演習場で戦っている兵器派艦隊の艦娘もまたその道を歩んだのか。

 

「んなわけねぇ……!」

 

 小さく呟かれた答え。

 

 それは正しい。

 

 彼女たちは人為的に改へと昇らされた(・・・・・・・・・・・)

 

 呉鎮守府で観察された第一艦隊。

 それは改であるものとそうでないものの違い。

 

 決して、どうすればあぁも上手く動けるのかと研究されたわけではない。

 ただどうすれば改と同等の力を得ることが出来るかということを研究され……実践されたのだ。

 

「あんなに苦しそうに……! なるわけがねぇ……!」

 

 辛いよ、苦しいよ。

 

 提督の目には、伊勢が砲撃する度に、鈴谷が、熊野が瑞雲を発艦させる度にそう言っているように見えた。

 

 助けてよ。

 

 飛龍が、蒼龍が艦載機を発艦させる度にそう訴えられているように聞こえた。

 

 未だ提督のポケットにあるくしゃくしゃになった紙。 

 簡単に、簡潔に。

 

『あなたを悲しませたいと思いません。ですが、私達は整備されました。兵器らしく人の手によって』

 

 そう書かれたメモ。

 

 こっそりと、いじらしく。

 遠回りに何かを求めた文章。

 

 大井は負けてほしいと言った。

 それは何故だろうか。

 

 勝てば満足して無理な改造を止めると思ったのかも知れない、もしくはこれこそが正しい形だと思ったのかも知れない。

 

 あるいは……提督へと答えを委ねようとしたのかも知れない。

 

 艦隊の中、唯一平然とした顔で戦闘行動を取る大井。

 

 彼女はあの中で唯一の成功例。

 他の者は練度が足りない、改造自体の失敗。あるいは別の何かで無理な改というステージに苦しんでいる。

 

 それに加えて人の手によって作られた装備。

 本来妖精と艦娘が共同で作られるそれ、妖精がいないため人の手のみで作られたそれも苦しみの原因だろう。

 

 提督はそれを正しいと思わない。間違っていると今すぐに断罪したい。

 

 だが、戦力の増強。

 その一点にのみにおいては正しい。

 

 改というステージ。

 それはあまりにも険しい道。

 墓場鎮守府の面々が軽々と歩んだ道は、他の艦娘にとって険しい道だった。

 

 だから、正しい。

 艦娘を兵器と見るならば、持ち主である人がその力を整備し、性能を向上させることは普通で、当然の行為だ。

 

 この改造方法が確立されて、より安全に失敗なく改へと至ることが出来るのなら。

 それは多くの艦娘を強くさせるだろう、艦娘本人の意思を無関係に、間違いなく。

 結果、人類は深海棲艦に対して持つ戦力を向上させることが出来る。

 

「わかってる……わかってる……!」

 

 理屈ではわかる。

 彼女たちは謂わばその輝かしいだろう未来への踏み台であり礎だと。

 

 だとしても、認められない。

 唯少しの犠牲も認めない、兵器ではなく艦娘の幸せを願う彼には、決して認められないのだ。

 

「長門、陸奥、瑞鶴、摩耶、川内、朝潮……」

 

 今戦っている彼女たちの名前を呼んだのは何故か。

 

 初めての対外演習。

 鎮守府内の仲間同士以外で行っている、ありふれた、普通の演習。

 天覧演習とは言え、やっていること自体に変わりはないそれ。

 

 初めてにして、あまりにも大きく、大切なものが賭けられた演習だった。

 

 

 

「はぁ、はぁ……長門……大丈夫?」

 

「っぐ、あぁ! 問題ない!」

 

 戦況は、墓場鎮守府にとって悪い。

 轟沈判定を受けたものこそいないものの、それぞれが中破以上の損傷判定を受けている。

 

 対する兵器派艦隊は熊野が轟沈判定だが、他は小破程度とまだまだ動きに陰りはない。

 一挙一動に歓声はあがるものの、その観衆自体兵器派の勝利を薄々と察している状況。

 

「どうしたらいいっ!?」

 

「長門さんっ!」

 

 蒼龍が発艦した艦載機を撃ち落としながら摩耶が。

 飛龍が発艦した艦載機に向かって戦闘機を飛ばした瑞鶴が、旗艦である長門に問う。

 

 思考を巡らせ続けながらも戦況に対応している長門。

 問いかけられたものへの答え、それは用意されている。

 

 だが。

 

「もう少し……踏ん張ってくれっ!」

 

「っ! 了解っ!!」

 

 その言葉を受けて、撹乱するため再突撃するのは川内と朝潮。

 続く砲雷撃戦の中、少しでも長門が落ち着いて考えられるように、その時間を作れるようにと身体に鞭を打つ。

 

 長門の頭に浮かんでいる答え。

 その手段は取れない、取ってはいけない。

 今はもう誇りとした墓場鎮守府の一員、誰かを犠牲に勝利を目指すなど許されないし、許さない。

 

 故に模索する。

 誇りを失いたくないと必死で思考を巡らせる。

 

 このメンバーが選抜された理由。

 やはり長門、陸奥による一斉射が主眼におかれているだろう。

 それを活かすためにはまず長門と陸奥が一斉射に向けて行う準備をするための時間の確保。

 準備中の二人を守る護衛と、相手の足を止めるための攻撃。

 

 ――今、誰がそれを出来る?

 

 川内、朝潮に撹乱目的ではなく轟沈を視野に入れた突貫を命じればその時間は取れるだろう。

 かつて、金剛ごと敵を撃ち抜こうとしたようにすれば戦況は五分、いや有利へと持ちなおせるかも知れない。

 

「だが……っ!」

 

 それは選ばない。決して選ばない。

 選んでしまえばかつての自分へと逆戻りして、もう二度と墓場鎮守府で胸を張れないと理解している。

 

 だから。

 

「長門……時間切れだぜ? 言ってくれよ、突っ込んでこいって」

 

「だめだっ! それだけは絶対にしないっ!」

 

 摩耶が言う、言ってすぐに長門に拒否される。

 同時に川内と朝潮が大破判定を受けて戻ってきた。

 

「はぁ、ふぅ……長門、そう(・・)じゃ、ないと思う」

 

「ふ、ふ……ふぅ……はい、私も、そう(・・)思います」

 

「なんだと?」

 

 勝利への道が暗くなってきたことを理解していた。

 だがそれでもなお照らしてみせると目で語る。 

 

 

 ――墓場鎮守府の皆は、こういう場面で必ず行って必ず無事に帰ってくるんじゃないか。

 

 

 一瞬の沈黙が降りた。

 長門の目から鱗が落ちた。

 

 そして。

 

 ようやく理解した。

 

「摩耶っ! 川内っ! 朝潮っ! 突撃準備っ! 遠慮するなよ? 好きなだけ食べてこいっ!!」

 

「了解っ!!」

 

「瑞鶴っ! 私達の護衛を頼むっ!」

 

「まっかせて! 絶対邪魔はさせないからっ!」

 

「陸奥!」

 

「えぇ!」

 

 ――一斉射、準備。

 

 自分たちが、真に墓場鎮守府の一員だとするなら。

 

 その通りだと思った。

 確かに、こんな絶対的敗北を前にしてなお沈まなかった。

 

 だから。

 

「胸が……熱くなるなっ!」

 

 今から行うのはその証明。

 元よりそれが目的、それこそここで捧げるはずだった提督への証。

 

 我らは墓場鎮守府の艦娘である。

 

「頼むぞ……いや、信じてるっ!!」

 

 無事を勝ち取る姿を信じ合い応え合うこと。

 それこそが墓場鎮守府最大の武器なのだから。

 

 

 

「いっくぜぇー!!」

 

 中破判定の摩耶。

 その足は鈍く、まさに格好の的。

 だから静かに、鈴谷は狙いをつけた。心を軋ませながら、流れない涙に苛立ちながら。

 

 砲撃。

 

「甘いねっ!」

 

「!?」

 

 その的が急に鈴谷の視界から消える。

 川内がその視界から奪った、誰よりも早く判断し、摩耶の身体を攫った。

 まるでフラワーズの護衛技術を彷彿とさせるように。

 

「サンキュー! 川内!」

 

「何のこれしきってね! 行くよっ!」

 

 鈴谷の砲撃は空を切り、誰も居ない場所へと線を描く。

 体勢を再び整える摩耶と川内、その二人に向かって砲撃しようとするのは伊勢。

 

「知っていますか? 小さな損傷でも命に関わることを……!」

 

 唯一動く足。

 砲塔は損傷判定、魚雷だって発射不具合判定。ろくに使えたものではない。

 だからこそ脅威ではないと見逃された、だからこそこうして肉薄叶うことが出来た。

 

「これなら戦えますっ!!」

 

 むき出しの魚雷を伊勢に叩きつける。

 その姿は夕立に少し似ていて。

 

『伊勢、大破。轟沈には至らず。朝潮、ごうち……し、失礼しました! 朝潮に損傷はありません!』

 

 一際大きな歓声。

 少しではなく、夕立と同じ。相手に至近距離で損傷を与えながらも自身は無傷でいる技術。それをもって悠々と再び駆け出す。

 

「っ! このっ!」

 

 慌てて主砲を構えるのは大井。

 だが。

 

「っく!?」

 

 撃てない。

 まるで伊勢を盾にするかのようにして動き続ける朝潮へと狙いをつけられない。

 撃てば必ず伊勢を巻き込む、そんな位置で朝潮は舞う。

 

 兵器派の思想に賛同しているなら撃てていたはずの魚雷。

 それが撃てない。

 

「安心したよ」

 

「なっ!?」

 

 朝潮に気を取られているうちに詰められた距離。

 照準をつけられなくなった主砲を大井へ突きつけるは川内。

 

「気づかなかった? ふふ、これなら夜戦でも使えそうだね」

 

 いくら気を取られていたと言えど、ここまでどうして距離を詰められようか。

 川内が磨いたのは護衛技術だけではないと、海上走行技術も磨いたのだと大井の驚きにより証明させた。

 

「このっ!」

 

「遅いねっ!」

 

 振り向きざま大井は主砲を川内に放とうとする。

 この距離だ、撃てば自身も損傷するだろう砲撃。だが、相手は瀕死も良いところ。

 多少の損傷が見込まれど、轟沈判定は奪えるだろうと。

 

 そう川内へと意識を囚われてしまった。

 

「摩耶様の攻撃っ! 忘れんじゃねぇぞっ!!」

 

「きゃあっ!?」

 

 そんな大井の背中を穿つは摩耶の砲撃。

 未だその距離は遠い、しかしまるで古鷹や加古を思わせるような正確な一撃。

 

『大井、轟沈判定。川内、ごう……ま、またですか!? 失礼しました! 川内、損傷なし!!』

 

「うそ……」

 

 驚きに固まるのは大井。

 ついさっき、目の前にいたはずの川内は、既に爆風に巻き込まれない位置。

 

 川内の技術。

 それは時雨の急制動急発進を川内なりに昇華させたもの。

 緩急によって相手の誤認を誘う技術だった。

 

 川内の損傷は脚部にもある。

 それであっても失われない、惑わせる技術。

 

「たい、くうみはりも……げんとし……っ!!」

 

「やらせないよっ!」

 

 だがこれで孤立したのも確か。

 すかさず蒼龍の艦載機が川内へと向けて発艦されるが、それを見越した瑞鶴の艦載機が現れそれを撃墜。

 残った艦載機の攻撃は川内の姿を捉えられず。

 

「だいにじ、こうげきの……ようを……!」

 

 ならば一斉射の準備をする戦艦二人の護衛はない。

 それを理解していた飛龍が艦載機を飛ばすが。

 

「はっ! あたしの後ろへは抜かせねぇ!! どうだっ!!」

 

 その進路上に構え、必死にこれだけはと守っていた対空砲を斉射する摩耶によって大幅にその数を減らす。

 

 辛うじて長門達の下へと辿り着き、爆撃を敢行するも。

 

「……へへっ!」

 

「ありがとう……っ!」

 

「よくやってくれた……っ!」

 

『瑞鶴、大破。轟沈には至らず!』

 

 瑞鶴がその身を呈して守護する。

 

「すず、やに、おま、かせ……!」

 

 瑞鶴に向けられる鈴谷の砲塔。

 だが。

 

「あ……れ……?」

 

 限界。

 

 何の脈絡もなく膝から崩れ落ちる鈴谷。

 不思議そうに、自分の手を、足を眺める。

 

 改というステージに練度の足りない身体が、限界を迎えた。

 

「……よく、がんばったね」

 

 そんな鈴谷に、川内の砲塔が突きつけられる。

 

 何が起こったのかわからないまま、その砲塔をぼうっと見る鈴谷は。

 

「えへ、へ……すずや、ほめられ、て、のびるたいぷ、じゃん?」

 

「うん、いっぱい褒めてあげる」

 

 僅かに笑って、川内の砲撃を受け入れた。

 

『鈴谷、大破。轟沈判定』

 

 

 

「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿なっ!!」

 

 テーブルに拳を叩きつけるのは中将。

 かつての誰かのように、目の前の光景を信じられずに喚く。

 

「艦娘の戦いとは……こうも、すごいものなのですね」

 

 感じ入るように光景へ釘付けになっているのは天皇陛下。

 興奮を抑えられないと言うように身体を震わせている。

 

 残るは、伊勢、蒼龍、飛龍のみ。

 

 あれだけ賑やかだった会場。

 今はまるで水を打ったような静寂に包まれている。

 

「……皆」

 

 光景に釘付けになっているのは提督もまた同じ。

 

 絶望的とも言ってよかった展開。

 だというのにも関わらず、最後の突撃を見た瞬間に何故か勝利を確信できた。

 

 そしてその確信は。

 

「いくぞ陸奥っ! 一斉射!!」

 

 長門の凛とした声が響く。

 中破した姿からは想像もつかない程正確に、その砲撃は――

 

『……伊勢、蒼龍、飛龍。轟沈判定』

 

 ――願いの先へと吸い込まれた。

 

 瞬間、今までで一番大きな歓声が沸き起こる。

 

 信じられない、すごい、感動した。

 そんな言葉が次々に口にされている。

 

「やったね」

 

「長官……はい、やってくれましたよ、流石自慢の家族です」

 

 提督の肩を叩いたのは長官。

 その顔には安心したような笑顔が浮かべられている。

 

「き、きさまぁ!? 一体、何をしたっ!?」

 

「……どっかで聞いたセリフ言ってんじゃねぇよ……」

 

 そこへ詰め寄ったのは中将。

 天皇陛下の前だということをすっかり忘れてしまっているかのように顔を赤らめている。

 

「御前です、控えましょう」

 

「ぬ、ぐ……し、しかし!」

 

 長官がしょうがないなと間に入り、天皇陛下へと頭を下げる。

 その姿を一笑みした後。

 

「どちらも、素晴らしい健闘ぶりでした。それほど艦娘を信じていたのでしょう、私はそれを嬉しく思いこそすれ不快には感じませんよ」

 

「有り難く……」

 

 そんな台詞で許された。

 

「中将」

 

「ぐ……なんだっ!?」

 

 しっかりと中将の顔を見据えて、提督は口を開く。

 

「良い、演習でした。いい経験を積ませてもらいました。ありがとうございます」

 

 握手を求めながらそういった。

 御前故、逃れられぬとその手を取った中将の身体が提督にぐっと引かれ。

 

「あんたのやり方はある意味正しい。だが次にソレをやってみろ……」

 

「ひっ……」

 

 提督は耳へと寄せた口を離し、至近距離から眼光鋭く中将の目を穿ち。

 

「たとえ地の果てまででも追いかけて……二度とふざけた真似が出来ないようにしてやる」

 

「――」

 

 越えてはならない一線がある。

 お前がそれを越えるのなら、自分も越えることに躊躇はない。

 

「正しいさ、戦力向上のため必死になることは……それだけは認める。そんために俺を馬鹿にしてもいい、目の敵(だし)にしたっていい……だが」

 

 ――艦娘を傷つけるのだけは許さねぇ。

 

 腰から下げた大佐譲りの軍刀。

 頭金が、無意識に再度距離を詰められた中将の腹部へ冷たく擦れ。

 その感触と言葉に中将の腰は砕け、へたり込んでしまい頭を俯かせる。

 

「長官、艦娘異動の手配……頼みます」

 

「やれやれ、この場だけに限らず……だけど、いいさ。喜んでそうしよう」

 

 肩を竦める長官に軽く頭を下げた後、陛下に歩み寄る提督。

 

「陛下」

 

「流石ですね。素晴らしい演習をありがとう」

 

 握手を求められ、それに応える。

 だが、それじゃあないと切り上げたい提督。

 

「……ふふ、そうですね。行っておやりなさい」

 

「ありがとうございますっ!」

 

 そう、それだと敬礼を一つした提督は直ぐ様その場を後にする。

 

「長官」

 

「はっ」

 

 その姿を笑顔で見送った天皇陛下はそのままの顔で、嬉しそうに長官へと。

 

「日本の未来は、明るいと信じて良いのですか?」

 

「もちろんです。その未来、確かに手繰り寄せること、ここに誓いましょう」

 

 既に消えた背中。

 その背中を想い、未来へと馳せることが出来た。


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