二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル/靴下香

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天覧演習最終日のようです

 天覧演習、最終日。

 

 快晴という単語がよく似合う日だった。

 演習会場で生まれる熱気は太陽に負けず、前日にも増して空へと立ち昇る。

 

 そこから外れた、工廠。

 初めて見る妖精の姿へと驚いたのもそこそこに、大井はベッドで静かに寝息を立てる伊勢達の姿をぼんやりと眺めている。

 

「……演習を見なくて、よろしいのですか?」

 

「バレたか。許可は貰ったし、あいつらも行ってこいって言ってくれたよ……ほれ、こんなもんしか作れねぇけど食ってくれ」

 

 差し出される皿に盛り付けられていたのはチャーハン。

 横目でそれを見た後視線を外し、再び戦友達の姿へと戻す大井。

 

「お心遣いは嬉しいですが……」

 

「昨日からなんも食ってねぇだろ? 看病してくれてるのはありがたいが、そんな大井が倒れたら……こいつらが目を覚ました時に悲しむぞ?」

 

 昨日の演習が終わってから。

 控室に戻った伊勢達は瞬間崩れ落ちた。

 途中で鈴谷が動けなくなったように、糸が切れたかのように。

 

 それから一時入渠ドックへと運ばれたものの、効果は見られず。

 こうして工廠へと運び直され、手術とでも言うべき行為が妖精主導のもと行われた。

 

 やはり人の手による改造は艦娘への負担が大きく、身体がそれについていっていなかったことが原因だった。

 流石の妖精でも改造前へと戻すことは叶わず、再び元に戻るためにはそれなりに長いリハビリを要するとの見立て。

 

 それは身体も、心も。

 

「……いただきます」

 

「おう」

 

 チャーハンから漂う香りに身体が敗北したわけではない。

 ただそれを引き合いに出されては食べざるを得ないと皿に手を伸ばす。

 

 彼女たちに対して、大井。

 唯一の成功例、大井。

 

 一口食べてみれば空腹を思い出したのか自然と進みは早く、あっという間にキレイになる皿。

 なんだか悔しいと頬を染める大井に提督は苦笑いを浮かべ。

 

「……北上の意思を守るため、か」

 

「……やはり知っていたのですね。私の見立ては間違っていたのやら正しかったのやら」

 

 ごちそうさまでしたと、両手を合わせテーブルに皿をおいた大井は、にらみつけるというには力が足りない目を提督へと向ける。

 

 呉鎮守府で、沈んだ北上。

 持ち前の性格から、慕われているわけではないが、何故か頼りになると評され、気づけばリーダー扱いになっていた北上。

 兵器派思想の下で運用される彼女たちの精神は摩耗していた、だが、北上がそれを支えていた。

 

 ――だったらやればいいじゃん、大丈夫だって。

 

 無茶な命令、無理を通さなければならない命令。

 だがそんな命令は確かに行うことができれば効果的なもので、必死に、死力を尽くしてと海へと向かう中、北上は気負った姿を見せることなくそう言って出撃し、達成して帰ってきた。

 

「そうやって北上さんは皆の盾になってくれていました。だから提督の命令を達成するために、北上さんを中心に纏まって……阿武隈とは、やっぱり仲があんまり良くなかったですけど」

 

 それでも幸せだったと大井は微笑む。

 

 必要なメンテナンスは的確に行われた。補給もされたし、運用もある意味正しかった。

 その関係は人間と兵器。人間に扱われる兵器というだけで。

 中々成果は上げられなかったにしても、亀の歩みだったとしても着実な一歩を刻めていた。

 

「ある日を境に、運用方法が変わりました。その境は……お察しの通りかと」

 

「墓場鎮守府建築作戦、か」

 

 頷く大井。

 

 あの日、作戦成功したあの日。

 あれから確かに変わった、より苛烈な命令が下されるようになった。

 こうすれば戦果はあがるのだと、兵器派の思想、やり方こそが正しいのだと証明を急ぐように。

 

「北上さんと……阿武隈。二人は揃って沈みました。あんなに仲が悪かったのに、示しあったかのようにそれぞれの随伴艦を逃すために」

 

「……」

 

 今思えば少し羨ましかったと言葉を続ける大井。

 一緒に沈むことを許されなかった自分と違って、許された阿武隈に今でも嫉妬していると話す。

 

「北上さんの艦隊にいた私。反対する私に北上さんは言いました」

 

 ――大井っちだけだからさ、この後を任せたいと思うの。……今まで、ありがとね。

 

 そうして帰投した後。

 烈火の如く怒り狂う提督を尻目に、大井は一つ決意した。

 

「私が、北上さんの代わりになる」

 

 もう負けないと。

 誰よりも強くなって、皆を守ると。

 北上がしていたように、道作るものになってやると。

 

「そんな時でした、彼女たちが来てくれたのは」

 

 日々任務をこなす大井。

 その姿は鬼気迫るかのようで、強さを追い求めて身を焦がし続ける彼女たちの目の前に現れた墓場鎮守府第一艦隊。

 

「僅かな戦力で正面海域を突破した鎮守府。その力で南一号作戦成功へと導いた艦娘。……噂は嫌でも耳にしました、だから好都合だと思ったんです」

 

「強くなるため……違いを見つけるための、か」

 

 手を握りしめた大井。

 そう大井が思ったときだった、同じことを考えていたのは呉鎮守府、ひいては兵器派の人間たち。

 

「命じられました。違いを見つけろと、どうすればあのように強くなれるか考えろと。それは私と同じ想いでした、彼女たちの力を一つでも多くモノにしてやろうという部分において、ですが」

 

 僅かな時間だった。

 墓場鎮守府第一艦隊は何の苦もなく、呆気なく海域を突破した故に。

 

 それでも見つけた大きな違い。

 

 それが、装備の数。

 

「連携だなんだなんて……理解できませんでした。想像を、理解を遥かに超えていましたから。だから、装備の数が違うと、そう提督へと伝えました」

 

「……そして、それを可能にするための改造を受けた」

 

 自嘲気味に嘲笑う大井。

 後悔は先に立たなかったと、眠る伊勢達を見て話す。

 

 人工改造技術。

 墓場鎮守府建設作戦より前、兵器派が立ち上がって間もなくから進められていたこの研究。

 建設作戦の成功により、兵器派主導のこの研究は積極的に力を向けられるものになったが、この世界のルールにより進捗は芳しくなかった。

 だが、提督が改の完成形を見せてしまった。それ故に進んでしまった技術。

 

 結局成功と言えるのは大井だけ。

 しかしそれは大井にとってのみにも関わらず、改造は成功だと提督たちは喜んだ。

 

 ――これで我らの正しさを証明することが出来る。

 

 そう、光の宿らない瞳を浮かべた伊勢達の前で言った。

 

「……私には、わかりませんでした」

 

 自分がやったこと、やってきたこと。

 北上の言った言葉、その意味。

 

 何かが崩れ落ちた気がした。

 そしてその何かがわからない。

 

 それでももう負けたくないという想いだけは強く残っていて。

 

「あなたに、あなたの艦娘に勝ちたかった。それは嘘じゃありません。強さの証明にはこの上ない相手ですから……。でも何処かで……負けたかった、間違いだと言って欲しかったんでしょうね」

 

 止まることが出来なかったから、止まり方を忘れてしまったから。

 誰かに止められたかったとそう零す。

 

 大きく息を吸って、吐く大井。

 胸の内を確かめるように、言い残した真実がないか探った後静かに提督の目を見る。

 

「あなたが素晴らしい提督だとわかっています、それだけに悲しませたくないとも思っていましたが……このザマ。申し訳ありませんでした」

 

「大井……」

 

 深く、深く頭を下げる大井。

 その姿に宿るのは確かな謝意。

 

 大井は助けられたと思っている。

 何をしてもらったわけでもない、ただ演習で自分たちに勝利されて、こうして愚痴とも懺悔とも言える話を聞いてもらっただけ。

 それでも、確かに救われたのだ。

 

 崩れ落ちた破片が何か、気付くことが、出来たのだ。

 

「何も言わないで下さい。先程、辞令を頂きました。これから私達はあなたの艦娘、きっとこれから――」

 

 その言葉は最後まで音にならなかった。

 

「っ!? これはっ!?」

 

「空襲警報……!?」

 

 深海棲艦の襲来を告げる警報によってかき消されたから。

 

 

 

 騒然とする天覧演習会場。

 何事かと理解する暇なく、民間人から優先に避難誘導が行われている。

 

「まさか……っ!?」

 

「ちっ……良いところで邪魔が入るってなぁ! 工廠へ急ぐぞっ!!」

 

「駄目よ天龍ちゃん! 今横須賀鎮守府には……っ!」

 

 演習場から急ぐ天龍達。

 ペイント弾から実弾換装を行うために工廠へと向かいたいが、そこに今いるのは意識がまだ戻らず眠っている伊勢達がいる。

 

「くそっ! どうすりゃいい……!? 空襲警報だ、あんまり時間はねぇぞ……!」

 

 南一号作戦防衛ライン。

 そこに作られたセンサーが反応し、鎮守府の警報を鳴らすのは空襲を示すもの。

 深海棲艦の進軍よりも遥かに早くここへとたどり着くだろう。

 

「どっちにしても提督はあそこにいるっ! 指示を仰ぐしかねぇ!」

 

「っ! そうね! 急ぎましょう!」

 

 海を後にして、工廠へと走る。

 その途中。

 

「居たっ! 天龍君っ!!」

 

「長官っ!? 避難誘導はっ!?」

 

「大丈夫だ! 順調に進んでいる! 君たちは出撃することになるだろう! だが今横須賀鎮守府に弾薬の備蓄は無いっ!」

 

 昨日の伊勢達の修理。

 それは通常修復に使われるよりも遥かに多くの資材を消費した。

 仮にあったとしても、換装を行うための設備は今伊勢たちによって使用されている。

 

「ならっ!」

 

「ここからなら大本営が近いっ! 換装設備もある! そこで準備を!」

 

 ――瞬間。

 

 嫌な予感が天龍に走った。

 

「わかったっ! 聞いたな!? 急ぐぞ!!」

 

「了解っ!!」

 

 だが、それに従えるほど余裕はなくて。

 

「すぐに車を回す!! 門の前で待機していてくれ! 僕は彼にこのことを伝えて一緒に後を追うっ!!」

 

 駆け出す長官、言葉通り、工廠へと向かう道を変え、門へと急ぐ天龍達。

 

「お待たせしましたっ!」

 

「大丈夫だっ! 急いでくれっ!」

 

 墓場鎮守府所属の艦娘がそれぞれ車に乗り込み、慌ただしく大本営へと出発し。

 

「お待ちしておりましたっ! 準備は出来ています! こちらへっ!」

 

「おうっ!!」

 

 大本営で換装、装備を整える。

 

 素早く、誰もミスなく的確に。

 まさに緊急出撃(スクランブル)、そうだと言うのに一切の無駄がなく。

 

「よしっ! 後は波止場で待機するぞ!」

 

「お待ち下さいっ! 長官より連絡です!」

 

 緊急事態とは言え、完璧。

 後は提督だけ、提督さえいればいつものように出撃し、いつものように戦って、いつものように帰投する。

 

 全員が、そう思っていた。

 

 ――彼が、伊勢達が、いない。

 

 その言葉を、聞くまでは。

 

 

 

「あ、あ……」

 

 広がる光景。

 

 伊勢は海上に身を伏せ、熊野と鈴谷は両手をついて。

 蒼龍、飛龍が力なく膝立ちに。

 

 大井も大破してなお、何かを追いかけようと足を引きずりながら前に進もうとしている。

 

 そんな、光景。

 

「何が……あった……?」

 

 一目見て何かに敗北したとわかる。

 だが、それでも理解したくない何かがあった。

 

「提督さん、は?」

 

 分かっている。

 そう呟いた夕立も分かっている。

 

 大破しているのは艦娘だけではない。

 

 見慣れた、いつだって戦場で見るには不釣り合いなお世辞にも立派と言えない舟。

 

 それが大破し、沈みつつあることで。

 

「てい、とくー?」

 

 声を張っているつもりだった。

 呼びかければ必ず、いつものように柔らかい笑顔で返事をしてくれるその声。

 だから呼べば返事があるはず。

 

 でも、何も返ってこなくて。

 

「うそ、だよね……?」

 

 だから分かっている。

 

 提督に何かがあったなんてことは分かっている。

 

「大井っ!!」

 

 前を征こうとしている大井の身体が、倒れる。

 それでようやく天龍は再び走ることができた。

 

「てん、りゅう……さん?」

 

「何が……何があった……? どうして大破なんてしているんだ……? 提督は、提督は何処にいる?」

 

 震える声を自覚できないまま天龍は大井に問う。

 大井の身体を支える腕も、何かを認めたくないように震えている。

 

 だから。

 

「申し訳、ありません……」

 

「なんだよ……っ! なんで謝ってんだよ! 大井っ!!」

 

 悲痛な表情を見ていられなくて。

 そんな天龍にここで起きたことを伝えるのが、大破した身に走る痛みより辛くて。

 

「提督が……深海棲艦に、拉致、されました」

 

「っ!?」

 

 それでも。

 この事態を防げなかった者の責任を果たした。




閑章完結!
これ以降の予定についてはまた活動報告を投稿してますので気になる方はそちらを。

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