二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル

9 / 114
三人称視点注意


ひゃっはー!戦場は地獄のようです

 夕立は諦めていた。

 自分が無傷で相手を打倒することを。そしてこの場では自分の命を。

 

 代わりに決意していた。

 必ず敵艦隊を撃滅させるということを。

 

 あの提督との訓練で得たモノ。それは間違いなく相手に食らいつく力という部分に尽きる。

 夕立は諦めなかった。なんとしてでも一太刀、一撃を提督に浴びせる事を。

 

「別に交える必要はないんだ。相手の身体に届かせる技術と、竹刀をぶつけ合う技術は違うんだぞ」

 

 その言葉で思いついた。何も竹刀だけで攻撃する必要は無いんだと。

 極端に言えば竹刀を投げつけてもいい、それで相手の気を取り、その間に自分の拳でも足でも振るえばいいと。

 そうして臨み気づいた。攻撃と防御は同時には行えないという事に。

 

 ならばあえてダメージを受けつつ攻撃すればいい。

 防御を捨てて攻撃することで、ずっと攻撃することが出来る。

 

 それが夕立の出した結論だった。

 

 相手の攻撃を避ける技術を磨く時雨とは対象的に、夕立は攻撃を受ける技術を磨いた。

 

 訓練を行う度に身体には傷がつく。

 だが夕立はその傷が日々軽傷になっていくことに喜びを感じていた。

 

 確実に上手く攻撃を受ける技術を身に着け始めていたそのことに。

 

 そして前日。

 ついに夕立は提督と相打ちするに至った。

 

 時雨の夕立を呼ぶ声を振り切り、自身を厭わず突撃する姿はまさにカミカゼ。

 我に返った敵の砲撃を躱しながら海上を滑るその光景は、まるで氷上を舞うフィギュアスケート選手の様。

 

 時にステップを踏み、時に海上を跳び、確実に開いた深海棲艦との距離を縮めた。

 

 もしもこれが演習で。傷つく恐れのない一種の演舞の様なものであれば、この光景を見て思わず立ち上がり万雷の拍手と共に称賛の言葉を贈っていたであろう。

 そう確信できるほどの懸命さがあった。

 

 その懸命さを美しいと感じるのは何故だろう?

 それは自身の命を燃やした煌めきであったからに相違ない。

 

 この場に飛び交うのはまさしく実弾。相手を破壊し、沈めるためのもの。

 相手の砲撃が夕立の直ぐ側で水面を叩く度に、頬を、身体を掠める度に。夕立の損傷は確実に増えていった。

 

 夕立はまだ砲撃を行っていない。

 何処までも言われた通り、超至近距離からの砲撃を狙い、愚直に距離を詰める。

 

 全速で距離を詰める夕立に決定打を浴びせる事が出来ず苛立つ軽巡ホ級。

 距離があると思い狙いを付けるために低速に落としていたその距離は気づけば僅かなものとなっており、ついに残る二隻のうち一隻。イ級に夕立は肉薄した。

 

「あはっ……! 捕まえたっぽい!」

 

 既に夕立の姿からは中破以上の損傷を確認できている。

 後一撃。間違いなく後一撃まともに砲撃があたれば沈むだろう。

 

 それでも夕立は獰猛な笑顔のまま。イ級に砲口を突きつけて発射した。

 

 その瞬間を軽巡ホ級はチャンスと感じた。

 

 先程のゼロ距離射撃を行ったのにも関わらず、夕立の損傷が軽微であった理由。

 夕立は砲撃すると同時にイ級の頭を両足で蹴り、後方にバック宙し着水していたのだ。

 

 そして、その着水地点に、雷撃をあわせる事が出来たなら――。

 

「!!」

 

 イ級撃破を手応えで感じながら宙を舞う夕立の目に、水中を走る魚雷の姿が見えた。

 

 絶体絶命。

 

 夕立自身、これに当たってしまえば沈む。そう確信できた。

 

 だが、それでもなお。

 

 顔に浮かべた口元の歪みを深ませた。

 

 夕立の着水と同時、大きな爆発音と水しぶきが舞う。

 

 ――トッタ。

 

 軽巡ホ級はその確信に胸を撫で下ろした。

 沈ませた、撃破した。すなわち生き残った。残るは中破して身動きが取れない駆逐艦が一隻。損傷の無い自分が負けるはずがない。

 よしんば負ける危険があるにせよ、撤退は無理なく行えるだろう。

 

 悪夢は終わったのだ。艦娘の駆逐艦一隻に深海棲艦の駆逐艦4隻を沈められる等という、信じられないような悪夢は。

 

 そう、思っていた。

 

「ソロモンの悪夢、見せてあげる……っ!」

 

 爆風と水しぶきが舞う中、宙を舞って――その爆風を利用し、ピンボールの様に自ら跳ね飛ばされてきた夕立の姿。その手に持つ三本の魚雷を見るまでは。

 

 水しぶきが一瞬、綺麗なエメラルドを思わせる色の様な瞳を、紅く映した。

 

 いつの間にか沈んだ太陽の灯り無く、爆風で照らされたせいか、それとも別の理由かはわからない。

 

 ただ、軽巡ホ級フラグシップは。

 その瞳に動きを、心を奪われたまま。

 

 夕立の手に持つ魚雷を叩き込まれて撃沈した。

 

 

 

「夕立っ!!」

 

 時雨は破損し思うように動かない脚部に苛立ちを隠すこともせず、必死に夕立の下に走る。

 

 放心したかのように立ちすくむ夕立の足が、少しずつ水面に埋まっていく光景を認められないように、ただただ必死に走る。

 

「夕立っ……夕立っ!」

 

 これを認めてしまえば自分が見送ったのは何度目になるのか。

 

 変な欲に囚われなければ。提督の言った通り回避に徹していたならば。

 

 どうすることも出来ないという事は無かったはずだ。今まさに沈んでゆく夕立の姿なんて見なくてすんだはずだ。

 

 後悔。

 

 その思いが時雨の頭、胸に溢れ、それは目から零れ落ちる。

 

 今自分がどんな顔をしているのか、水面は暗く、時雨の顔を映さない。

 

 そんな中、未だ遠く、顔だけ見える夕立がふと時雨を見た気がした。

 

 ――ごめん。

 

 夕立の口元が動く。

 何故か、遠くに見えてなんと言ったかなんてわかりようもないはずなのに。

 

 時雨は理解できた。

 

 もう、どうすることも出来ないことを。夕立が海に完全に沈んでしまった事を。

 

「う、あ……うあぁ……」

 

 だから、そこで膝を折った。心が折られた。

 

 自分のせいで。

 他ならぬ、自分のせいで味方を、姉妹を失ってしまうことを。

 

「時雨っ!! こっちに乗れ!!」

 

「えっ……!?」

 

 認めてしまいそうになったその時。

 自分の腕が無理やり引っ張り上げられた感覚に驚いた。

 

 その力の感触に目を向ければ、約束を交わした相手。ここに居るはずのない相手。

 

 必死な顔をした、提督がいた。

 

「て、提督!?」

 

「そこに居ろっ! すぐに戻る!!」

 

 言うやいなや、提督は上着を脱ぎ去り、口に懐中電灯を咥えて躊躇なく海に飛び込んだ。

 

 

 

(あぁ、夕立……沈んでるんだ)

 

 海が自分を包んでいく感覚。冷たい水の感覚。

 

 それらが徐々に消え去っていく感覚。

 

(ごめんね、時雨。でも……無事っぽいよね。これなら、白露も……許してくれるっぽい?)

 

 頭に浮かんだのは自分が沈ませてしまった姉の事。

 

 かつて、自分が敵艦隊に向けて暴走とも言えるような突撃をし、危険な状況に陥った。

 そこから、身を挺して救ってくれた、姉の事を。

 

(夕立も、同じことが出来たっぽい。時雨を守ることが出来たっぽい。だったら許してくれるかしら。ちゃんと謝るから許してね、白露)

 

 今、自分が目を瞑っているのか、開いているのか。

 陽の落ちた海ではそれすらもわからない。それとも、轟沈したことでもう視界が機能していないのか。

 

(ごめんね提督さん。夕立も、出来ればもっと提督さんと一緒に居たかったっぽい)

 

 失われていく感覚。

 それと共に、提督の事が頭に浮かんだ。

 

 僅かな時間だった。それでも、今までの提督よりもずっと一緒に居たと思える。一緒に戦ったと思える。

 

 出来ることならば、もっともっと一緒に居てみたかった。共に海を征きたかった。

 

(あとは、時雨と頑張るっぽい……)

 

 僅かな後悔。

 その後悔を意識ごと手放そうとした時。

 

(……あれ、は……?)

 

 ふと、視界に白い何かが映った。

 

(ふふ、お迎えってやつっぽい? 天使さんかな? それとも……夕立はやっぱり地獄に落ちちゃうっぽい?)

 

 そんな考えに、笑みが浮かぶ。

 

 悪くない。

 

 最後に笑えるなら、悪くない。

 

 だから、それに向かって手を伸ばした。

 

 迎えられるだけじゃダメだと思ったから。自分でも、行かないとならないと思ったから。

 

(え……?)

 

 だからその手を掴まれた感触に驚いた。

 

 失ったはずの感覚が急に身体に宿った。

 その感覚は身体の浮上。海面に向かってドンドン昇っていく。

 

 そしてその感覚は。

 

「ぷはぁっ! げほっ! ごほっ!!」

 

「ごほっ……!」

 

 海面から顔を覗かせ、空気を感じることで開放された。

 

「提督っ! 夕立っ!」

 

 近くから聞こえるのは聞こえるはずの無い時雨の声。

 

 その事に疑問を覚える前に、自分の腕を掴んでいた感触が身体に回された事に気づいた。

 

「無事で、良かった」

 

「あ……え……? て、ていとく、さん?」

 

 ずぶ濡れながら、笑顔を自分に向けていた提督の存在を知った。

 

 その笑顔は、怒っているような安心したような、良くわからない笑顔。

 

 だが、そんなあやふやな笑顔に。

 

「夕立……生きてる、っぽい?」

 

「あぁ、当たり前だ。約束しただろう? 沈めないと」

 

 その言葉に。

 

 夕立は自分が生きていることを理解したのだった。

 

 そして理解と共にやってきた安心感に。冷たい海水と裏腹な温かい気持ちに。

 

「お、おい夕立? ちょ、ちょっと待て」

 

「も、だめっぽい……おやすみなさいっぽい~」

 

 静かに意識を手放した。

 

 その意識が完全に消える前。

 

「……旗艦は絶対轟沈しないはずなんだけどなぁ。大破撤退するだろ……」

 

 なんて、意味のわからない事が耳に入った気がした。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。