二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル/靴下香

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天龍

 オレ達の帰還、任務成功パーティが終わって、初めてじゃねぇかな? 全員揃って一夜明かすなんて。

 

 いい一日だった。

 疲れなんて忘れてしまうほどに楽しかった。

 

 皆笑顔で、心の底から楽しいって笑って。

 

 中々出来なかった歓迎パーティ。

 そんな今までを吹き飛ばしちまえるくらい盛大で。

 

 心の底から提督の下に着任できて良かった、なんて思う。

 

 実はちょっと泣いちまった。

 それに気づいた龍田に笑われちまったよ。

 まだまだこれからだよ、なんて。

 

 オレも、そう思う。

 これはオレ達が幸せを目指して頑張る道中で、先はまだまだ遠いなんてわかってる。

 

 だけど、それでも。

 

 パーティが終わって、なんか急に部屋へと訪ねてきた長門や陸奥と話したりして。

 長門が提督を褒め称える度に、陸奥がオレ達の事を羨む度に。

 良かったと……本当に良かったと思ったんだ。

 

 これからも問題はたくさんあるだろう、MI作戦だってある。

 それでも、もうこの鎮守府で悲しみにも怒りにも沈むことはない。

 そんな風に確信できた。

 

 提督がいる限り、きっと。

 

 艦学の連中がまた向こうに行ったパーティの翌日。

 出張任務の報告書を持っていってみればお願いごとは何だと聞かれ、やっぱりオレは特にないって言っちまった。

 

 だってそうだろう?

 ほんとに時雨が話題にするまでオレはそんなことを忘れていたんだ。

 改めて言われても、既に叶っていることを叶えてくれなんて意味がわかんねぇ。

 

 こうしてここまで……未だに自分でも信じられねぇ位強くなって。

 提督に、皆に必要とされて。

 出来すぎた夢かなんかじゃないのかって、そんな風に思う。

 ほんとのオレはあの鎮守府でとっくに解体されていて、ずっとずっと夢の中に生きてるんじゃねぇかって。

 

 幸せ。

 そう、今が本当に幸せなんだ。

 

 とりあえず遠征にってわけでもねぇ、やれることがねぇから遠征でもねぇ。

 そこにオレが必要だから必要な場所に使われて。

 天龍としても、オレとしても、一人の艦娘としてもこれ以上に幸せなことなんかないんじゃねぇかとすら思う。

 

 だから特にない。

 これ以上を望む、なんて強欲だとは思わないけど。

 本当に思い浮かばないんだよ、提督。

 

 そんな事を言ってみれば、やっぱりいつものちょっと困った笑顔が浮かべられた。

 オレが、皆が愛してやまない笑顔の一つを浮かべてくれた。

 

 嬉しそうに、幸せそうに。

 見せてもらったこっちがそれ以上に嬉しくなっちまうような笑顔。

 

 そして頬を掻きながら言ったんだ。

 

 ――じゃあちょっとついてきてくれ。

 

 って。

 

 まぁ当然オレは二つ返事なわけだ。行き先なんか聞くまでもない。

 ……いや、聞く必要がないって言うべきか?

 

 その場から海に行ってちょっと一人で出撃してきてくれなんて言われても行くし。

 そのまま寝室に連れて行かれて服をひん剥かれようが笑ってこの身を委ねられる。

 

 オレは提督の意思を叶える者。

 志を貫く一つの刃。

 

 拒否はこと提督に関してしない、したいとも思わない。

 盲信極まれりなんて馬鹿にされようが構わない。

 オレの事をいくら罵ろうが、詰ろうが痛くも痒くもない。

 

 ただただ提督の意思さえ折られなければそれでいい。

 

 まぁそんな事を考えながらついていってたわけじゃねぇけど気づけばオレは車の中、提督の隣に座ってる。

 

「なぁ提督、それ何だ?」

 

「手土産だよ」

 

 手土産……っつーと誰かに会いに行くのか?

 いや、自分ながら変なクセになったとも思うが、こうする理由を聞かないオレ。

 もちろん言われなくても理解できるなんてプライドもあるんだけど、聞かなくてもわかりたいなんて願望があったりで。

 

 提督も知ってか知らずか、作戦指示以外のこういう時に目的を話さないでオレの反応を楽しんでいるみたいだ。

 

 ……いや、全然構わないんだけどな?

 なんだか見透かされてるみたいで恥ずかしいなんて思ってねぇぞ?

 

「まぁ望みのない天龍ちゃんに、俺のお願いを聞いてもらおうと思ってな?」

 

「……ったく、ぶっ飛ばすぞ?」

 

 あーほら、やっぱりオレで遊んでるんじゃねぇかったく。

 はいはい、笑ってないでいい加減教えてくれよ。

 

「悪い悪い。大佐覚えてるだろ? 退役して暇なのか色々うちに送ってきてくれるからさ、いい機会だし顔出しにいこうと思ってな」

 

「そうなのか。いや、そりゃいいんだけどよ、執務は大丈夫なのか?」

 

「あぁ、今日はちょうどよく時間が空いてるんだ」

 

 ……下手くそな嘘はやめろっての。

 さては提督まぁた無理したな? オレ達のお願いを聞くための時間作りやがったな?

 

 はぁ、怒るに怒れねぇよまったく……知らねぇからな?

 

「爺さんは天龍のことがえらくお気に入りみたいでな、ちょうど良かったんだって……何ニヤニヤしてるんだ?」

 

「べ、別に!? なんでもねぇよ!」

 

 あーったく、オレってやつは……。

 

 でも仕方ねぇじゃん。

 嬉しくてたまんねぇよ……。

 

 

 

 

「ようこそいらっしゃいました。噂の提督さんと……噂の天龍さんですね? 大したおもてなしは出来ませんが、どうぞ入って下さいな」

 

「お、お邪魔します」

 

「……ん」

 

 あれ? どうしたんだ提督? 奥さんのことじっと見て……ま、まさかお婆さんが提督の好み、とかじゃねぇよな?

 

「? どうしましたか?」

 

「あ、いえ、すいません……お邪魔します」

 

 うーん? 驚いてたみたいだけど……まぁいいか。

 

 慌てて靴を脱ぐ提督に倣ってオレも。

 案内されたのは和室。

 外から見ても立派な純和風の屋敷だったから予想してたけど……広いな。

 微かに畳の匂いがして、艦娘と言えど日本人? って言うべきか、落ち着く。

 

「がははっ! よく来たな小僧っ! そして天龍っ! まぁ座れ座れ!」

 

「相変わらず元気だな、爺さん」

 

「し、失礼します」

 

 話にはちょっと聞いてたけど、豪快な人だな……作戦中の姿からは想像もつかねぇや。

 バシバシとあぐらをかいたまま自分の膝を叩いてオレ達に座るように言ってくる大佐……いや、もう大佐じゃねぇか。

 なんて呼んだらいいんだろうな?

 

「まぁとりあえず、いつも色々送ってくれてありがとうございます。これ、つまらないものですが」

 

「なんじゃ、面白いモンもってこい」

 

「あらあら、あなたったら……ありがとう、頂戴いたしますね」

 

 包みを受け取った奥さんはそのままお茶も用意しますねと席を外して……あ、やべっ、オレも手伝うべきか?

 

「あぁ、いいぞいいぞ座っとれ天龍。小僧と二人きりにされても面白くない、わしはむしろお前と話したかった」

 

「お、オレと!? あ、いえ、わ、わたしですか!?」

 

「けっ、調子の良い爺さんだ」

 

 やっべ、な、何話したら良いんだ!?

 こんなことになるならもうちっとマナーとか龍田に聞いときゃ良かった!?

 

「構わん、普段どおりに話せ……いや、わしの方こそ畏まるべきじゃな。申し訳ありません、艦娘の天龍さんへの無礼……」

 

「い、いえいえ!? 大丈夫ですから!? あ、う、あ~……提督ぅ……」

 

「おいジジイ、気持ちわりぃからやめろや」

 

「……貴様にはもう少し年上への口の利き方を躾けなければならんようだな?」

 

 ああっ!? や、やめてくれよ!?

 オレのために喧嘩しないでくれ!?

 

「あらあら……賑やかですこと」

 

「む……」

 

 こ、これが救いの神ってやつか。

 奥さんがお盆にお茶載っけて持ってきてくれれば、大佐は大人しく……。

 あれ? もしかしてこの人より奥さんのほうが強い?

 

「どうぞ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 カランとお茶に浮かぶ氷が音を立てる。

 車の中は涼しかったけど、やっぱり外は暑くて……こんな音色からさえ涼を取れるってもんだ。

 

 ……思考放棄じゃねぇぞ?

 

「はい、提督さんも」

 

「あ、はい……」

 

「うん? 何じゃタエの方をじっと見おってからに……こやつはわしのもんじゃ、やらんぞ?」

 

「ばっ!? ちげぇっての! ……ただ、よく似た人を知ってて、なんだか変な感じがするんだよ」

 

 あぁ、そうだったのか。

 でもそう言う提督の顔は何処と無く暗くて、ちょっと心配になりそうなくらいで。

 

 だからかな?

 

「ふんっ! 貴様弛んでいるな? 表へ出ろっ! 鍛え直してやるっ!」

 

「いぃ!? い、いきなりかよ!? あ、ちょやめっ……ああぁぁ……」

 

「て、提督!?」

 

「あらあら……」

 

 行っちまった……引きずられて。

 慌ててなんとかしようと立ち上がるけど、連れて行く時に目線向けられたし……オ、オレはどうしたら……。

 

「ふふ、実はあの人ね。ずっと楽しみにしていたんですよ? この間の借りを返してやるって、来られる連絡を聞いてからずっと」

 

「は、はぁ」

 

 あぁなるほど。さっきの目線はそういうことか。

 安心しろじゃなく、邪魔するなってことか。

 

 ……いや、それ余計に止めたほうが良かったんじゃねぇか?

 

「大丈夫ですよ、言ってましたからわしはもう提督さんに勝てんじゃろうって。それはもう嬉しそうに。ちょっとじゃれたいだけですよ」

 

「そ、そうですか」

 

 だったらいい、のか?

 よくわかんねぇけど……まぁ、大丈夫だって言うなら。

 

「くすくす……やっぱり艦娘と言えど女。好いた殿方のことは心配してしまうものなんですね」

 

「いっ!?」

 

 好いたって!?

 えと、そりゃあれか! いわゆる男女の……!

 

「あれ? 間違えてしまいましたか?」

 

「い、いえ……オレ、あぁいえ私は、その」

 

「話しやすい喋り方で結構ですよ?」

 

「……はい。オレは提督のことが好きです」

 

 ……ふぅ。

 びっくりしちまったがなんて言うことはねぇ。

 今更っちゃ、今更な話だ。

 

 少なくとも龍田が提督に感じてる気持ちと同種のものをオレだって感じている。

 龍田だけじゃねぇ、多くの墓場鎮守府にいるやつはそう思ってるだろうよ。

 

「ふふ、複雑な顔してますよ?」

 

「そ、そうですか?」

 

 複雑、なんだろうか。

 あいつが慕われるのは良いことだ、色んな意味で。

 その中にオレもいるってだけの話だ。それで良いはず。

 

「……やっぱり、女なんですねぇ」

 

「お、おうっ!? そ、それってどういう!?」

 

「提督さんのモノになりたい、そうお顔に書いています」

 

 ……モノ、か。

 

 間違いじゃねぇ。

 それは確かにオレが思っていること。

 

 提督にとって最高の道具。

 意思貫くための刃に。

 

「それは、いつでも思ってますから」

 

 必要とされた時、それを叶える。

 それで良い。

 龍田や時雨……まぁ他の奴らの気持ちはわかるさ、オレだって少なからずそういう気持ちはあるから。

 

 だけどオレは今で十分。

 当たり前にオレを必要としてくれる、それで十分なんだ。

 

「……女の嘘は、自分につくものではありませんよ?」

 

「え?」

 

 嘘?

 オレは嘘をついているのか?

 

 いやいや、そんなわけねぇ。

 今が十分、十分すぎるって確かに思ってる。

 

「そんな、嘘なんかじゃ……」

 

「そうですね、あるいは女の幸せに気づいていないか……ならこうしましょう?」

 

「は、はい?」

 

 そういうや否や、オレの耳元に口を寄せて――。

 

 

 

「あーくっそ、爺さん元気すぎだろう」

 

「あはは、お疲れさん提督」

 

 帰りの車。

 思ってた以上に提督はボロボロの姿で戻ってきた。

 それと同じかそれ以上に大佐はボロボロになっていたけど、二人共やけに満足そうなのが印象的で。

 

 こうして毒づいている提督だけど、笑ってる。

 

 それが、なんだか妙に嬉しい。

 

「んあ? なんだよ天龍、笑っちゃって」

 

「な、なんでもねぇよ」

 

 すまねぇな、提督。

 勘弁してくれよ? これでもわりと緊張で潰れちまいそうなんだ。

 

 ――たまには女の方から積極的に行きましょう?

 

 さっきから頭の中でグルグル回る奥さんの言葉。

 

 要するに、女を感じてみろってことらしいけど……うぅ。

 

「……どうした? 熱でもあるのか?」

 

「んにゃ!?」

 

 あー!? 駄目だって、やめろって!

 そんな男の匂い振りまきながら近寄るな!?

 い、今のオレはちょっとダメだから! 提督もよく言うだろ!? あれだよ! あかんこれだって!

 

「あぁ、そっかすまんな。汗臭いな俺」

 

「い、いや。構わねぇけどさ……」

 

 ちょっと距離があく。

 その距離にちょっと寂しさを感じてしまったり……あー駄目だオレ、ほんとどうかしてるや。

 

「なぁ、提督」

 

「うん?」

 

 そう、だな。

 今のオレはおかしい。

 

 提督と二人きりで、今はプライベートと言える時間で。

 

「て、天龍?」

 

「フフフ、駄目か?」

 

 たまには、積極的に。

 

 たまには、兵器(天龍)としてじゃなく。

 

「駄目じゃねぇけど、嬉しいけど……俺、臭くねぇか?」

 

「大丈夫だよ」

 

 提督との距離を詰めて、肩に頭で寄りかかる。

 

 ……あぁ、悪くねぇ。

 こういうのも、悪くねぇ。

 

 こうして提督の体温と匂いを感じられて、胸が温かく、お腹の奥がきゅっとなった。

 多分、オレって女は、すごく、こんなにも提督を求めてる。

 

 だけど。

 

「オレはさ、最高の道具になりてぇ」

 

「……天龍」

 

 あぁ、そんな変な顔するなって。

 提督が嫌がる意味じゃねぇから。

 

「提督の想いを貫ける、道具。意思そのものになりてぇ」

 

「……」

 

 女以上に、大きいその気持ち。

 オレはやっぱり、どこまでいってもバカなんだろう。

 気づけた幸せの形じゃ、きっと満足できないんだから。

 

「だから提督。もし……もしもこの先、道具が要らない世界になったら……」

 

 

 ――そん時はオレを貰ってくれるか?

 

 

「バッカ」

 

「バカって……うおっ?」

 

 だ、抱き寄せられた!?

 う、うおぉ……こ、これはダメなやつだぜ!?

 

「……ありがとな」

 

「……おう」

 

 頭の上から、すごく近く聞こえる提督の声。

 

 あぁ、そうだな。

 もうほんとに龍田をからかえねぇわ。

 

 きっと、今。

 オレは目指すべき幸せの形が見えたんだから。


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