二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル/靴下香

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時雨

「ねぇ、提督?」

 

「お、おうっ!?」

 

 ふふ、そんなにびっくりしないでよ? 何もとって食べようなんて思ってないからさ。

 でも、そうだね。

 

「僕、そんなに魅力ないかな?」

 

「ななな、何の魅力ですか時雨さん!?」

 

 こうして一緒のベッドに二人で寝転がってるのに、手を出してくれないのは何だかちょっと寂しい気もする。

 いつだって食べられる準備はオッケーなんだけどな? 提督。

 

「言わせるのかい?」

 

「……これ以上意地悪しないでくれよ時雨。ドキドキして仕方ない」

 

 うん、ドキドキしてくれるなら……ってほんとかい?

 

「あ、ほんとだ」

 

「言ったそばからですかっ!?」

 

 提督の背中から、抱きしめるように胸へと手を伸ばしてみれば、寝間着越しからでも伝わってくる鼓動。

 とても、まるで音が聞こえて来そうな位に、ばくばく、ばくばくと忙しそう。

 

 ならいいかな?

 

 少なくともプライド? は傷つかなくて済みそうだね。

 

「全く……どんなお願いかと思ったら一緒に寝たいなんてなぁ」

 

「なんでも聞くって言ったじゃないか。それとも嫌だった?」

 

 一緒に寝るだけじゃなくても良かったんだよ?

 一晩ぎゅっと抱きしめながらでも、なんだったら――

 

「……嫌じゃないです」

 

「ん」

 

 えへへ。

 

 うん、ありがとうね提督。

 

 ありがとうの気持ちを腕に込めてみれば、提督の匂いが少し強くなる。

 くすぐったそうに身じろぎする提督だけど、腕を振り払ったりはしない。

 

 結局僕のお願いはこれだった。

 

 提督と一緒に寝たい。

 そ、そりゃもちろん、もっと過激なお願いも考えたさ。

 たとえば……あう。

 

 だけど提督は多分、結ばれれば解けて離れてしまう。

 そんな風に思うんだ。

 

 何処か、致命的とでも言うのかな? それとも確定的? そんな一歩は決して踏み出さない。

 こんなにも深い絆で結ばれたと思ってるのに、何もかもを捧げたいと思っているのに。

 絶対に、そんな(・・・)関係を築こうとしない。

 

 夕立は言ってた。

 私は提督の力になるって。

 

 天龍は言ってた。

 オレは提督の意思になるって。

 

 龍田は言ってた。

 私は提督の幸せになるって。

 

 提督の大切な何かを目指してるけど、提督の女になるとは誰も言わなかった。

 

 じゃあ僕が、なんても思うけど。

 何故だろうね、やっぱり僕も皆と同じように、女になりたいって思うよりも。

 

「提督、僕はね? 提督の命になりたい」

 

「命?」

 

 そうだよ提督。

 

 僕は、提督の命になりたい。

 

「提督が生きる理由になりたい。僕のために生きて欲しい」

 

「時雨……」

 

 わかってるよ。

 提督は今、決して誰か一人を選ばない(・・・・・・・・・)

 

 歪み。

 

 提督は歪みを抱えている。

 

 こんなにも、あんなにも艦娘を望んでいるのに。

 ただの上司と部下、使うもの使われるもの以上の関係を築いているのに。

 

 きっと提督もわかってる、気づいている。

 望めば、僕達は提督にありとあらゆるモノを捧げられるって。

 

 命も、身体も、心でさえも。

 捧げたいと思っていることを提督はわかってる。

 

 だけど……いや、だからこそ、かな。

 

 僕達墓場鎮守府の艦娘全員がこうして今生きているように、幸せなように。

 そうでいるために、一人を選ばない。

 

 もしも、そうだね。

 僕一人を好きになってくれたのなら、誰よりも愛してくれていたなら。

 きっと夕立は沈んでたし、天龍も龍田も……どっちかは沈んでいただろうね。

 

 だってそう。

 僕を選ぶってことは誰か他の人を切り捨てるってことなんだろうと思うから。

 天秤は常に同じ高さでなければいけない。

 

 それが意図してなのか、それとも別に何か理由があるのかはわからない。

 

「頷かなくていいよ提督」

 

 うん、苦しめたいわけじゃないんだ提督。ごめんね。

 

 提督がそういうことを理解しているって、わかった上で言うのは卑怯なんだろうね。

 

 だからこれは僕のわがまま。ただの目標なんだ。

 自惚れと言ってもいいかも知れないね、僕が生きていれば提督も生きてくれると信じたいなんて。

 

「提督は皆の戦う理由で、生きる理由。僕もそう。今の形を変えようなんて思わないし、変えてとも思わない、だから……」

 

 だけど、だからこそ言っておかないと駄目だって思ったんだ。

 この人は、本当に簡単に、自分の命を軽く扱うから。

 

 それが何故そうなったのかは……やっぱりわからない。

 きっと提督が今まで生きてきた中で培った何かがあるんだろうし、もしかしたらそれこそが提督の歪み、その何かの理由に起因するものなのかも知れない。

 

「だから……お願いだよ……」

 

「……泣くな、時雨」

 

 ……泣いてないよ、提督。

 だから無理して抱きしめなくてもいいんだよ?

 じゃないと、僕。

 

「ほんとに泣いちゃうじゃないか……」

 

「そっか」

 

 そんなに優しい目で、優しく頭を撫でないで。

 提督に、生きていて欲しいだけなのに。

 あなたの唯一になりたいって気持ちが抑えられなくなるじゃないか。

 僕こそが、その歪みを治したい、治してみせるって……思っちゃうじゃないか。

 

 

 

「ご、ごめんね?」

 

「いいんだよ」

 

 は、恥ずかしいところ見せちゃったな……。

 

 提督の胸に顔を埋めて、泣いて。

 こんなつもりなかったんだけど、ほんとに。何でだろうね?

 

 ……ううん、これもわかってる。

 

 心配なんだ、怖いんだ。

 この人が居なくなること、失ってしまうことが。

 

 ここに来るまで、たくさん誰かを見送ったはずなのに。

 もう僕はそれを辛いとだけで済ませられる気がしないから。

 

「なぁ、時雨?」

 

「……何かな?」

 

「約束、覚えてるか?」

 

 もちろんさ。

 誰も沈めない。ただ一人の轟沈も許さない。

 それは僕が初めて人間と、提督と交わせた約束で、大事な、大事な約束だから。

 

「もしも、俺が沈むことで時雨が沈むなら……俺は、沈まないよ」

 

「……ほんと?」

 

 それは今、僕が何よりも望んでいること。

 

 こうして一緒に寝ることより、唯一になることより。

 ただただ提督が生きてくれる。

 それが何より一番の願いだから。

 

「あぁ、約束する。皆の願いも、俺の願いだから」

 

「……約束、だよ?」

 

 小指を差し出してみれば笑って絡めてくれる指。

 

 あぁ、僕は単純だな。

 こんなにも簡単に、安心できる。

 この人はきっと約束を破らない。

 そしてその約束を守るためにきっとなんでも出来る人。

 

 そう信じているから、安心できる。

 そういう自分が、誇らしい。

 

「あぁ約束だ。……これで時雨との約束は二つ目だな?」

 

「うん。どっちも、絶対破らないでね?」

 

 提督を約束で縛りたいわけじゃない。

 自由に、思う存分に自分のやりたいと思うこと、大事なことをして欲しい。

 それはきっと僕達にとっても大事なことでやりたいことだから。

 

 だけど。

 

 こんな嬉しい約束なら、いくらでもしたいな。

 

 

 

 やっぱり、話は尽きないね。

 

 ようやく落ち着いた鼓動。

 緊張してたのは提督だけじゃないんだよ? 僕だってそうさ。

 でも今は、ただただ温かい。

 近くでお互いの鼓動を感じながら、他愛もない話に花を咲かせる。

 

 初めてここから出撃したときの話をすれば、胃が痛くなったなんて言うけどそれは僕の台詞だし。

 天龍達が来たときの話をすれば龍田と演習をする夕立の姿がかっこよかったなんて言うから、張り合って古鷹と演習したときの話を返してみた。

 

 皆、ここに着任した艦娘は何かしらの問題を抱えていて。

 

 今思えば六駆の皆も大淀も。金剛達も、艦学の皆も。

 提督と会うために今まで生きてきたんじゃないかな?

 

 なんて言えば大げさだなって笑って。

 僕も少しロマンチストがすぎるかな、なんて苦笑いで返して。

 

 でもね?

 

 傷ついて、心を壊して。

 救われたいと願いたいけど、先に光は見えなくて。

 

 ずっとずっと雨に打ちひしがれていた僕達。

 

 でも提督が傘になってくれた。

 雨が止むまで一緒にいようと言ってくれた。

 

 傘から離れればまだ降る雨。

 その寒さに震えちゃうけど、戻れば温かく迎えてくれて。

 

 いつしか雨は止んでいた。

 

 そんな陽だまりみたいなこの場所を、皆で一生懸命守って、大きくして。

 いつか世界中に広げたいなんて思う。

 

「だから、ね? 提督……」

 

「……すー」

 

 ……ふふ、寝ちゃったか。

 時計を見ればマルイチマルマル。随分と話し込んじゃってたんだね。

 

「もう……そんなに安心した顔しないでよね」

 

 やろうと思えば、このまま襲っちゃえるんだよ?

 

「思わない、けどね……」

 

 こんなに安らいでいる姿を見せられたら、邪魔なんて出来ないよ。

 

 それにしても……。

 

「普段あんなにカッコイイのに……」

 

 可愛い寝顔だなぁ……。

 好きな人の無防備な姿って、こんなにも……。

 

「はっ!?」

 

 危ない危ない。

 つい無意識に……。

 

 というか、ね。

 

「……失敗した」

 

 今更ながらに自分の失敗に気づいたよ……。

 これ、あれだよね?

 

 生殺しってやつだよね?

 

 うん、間違いない。

 この気を抜いたらすぐにでも手を出しちゃえそうな距離、感じる提督の呼吸と匂い。

 

「んん……時雨……」

 

「ひゃうっ!?」

 

 あああああああああ!?

 み、耳元っ! 耳元で僕の名前を呼ばないでっ!?

 り、理性が! 理性がぁ!?

 

 あぁ、もう、僕、ぼく……。

 

「ゴールしても、いいよね……?」

 

 き、決めたっ!

 小難しいことなんてどうでもいいよ!

 

 好きな人が! 隣りにいて! 手を出さないなんてありえないよ!

 据え膳は食べて然るべきなんだよ!

 

「て、提督が悪いんだから、ね……僕、悪くないから……」

 

 うんそうだ、その通り。

 僕のお願いからこうなったんだとか、そんなこと知るもんか。

 

 だから……。

 

「い、いただきま――ひゃん!?」

 

 て、提督起きてるのっ!?

 ぼ、僕に覆いかぶさってどうするつもり!? ううん! いいよ! 夜戦なら任せてよ!?

 

「ん……あんしん、しろ……だい、じょう、ぶ……」

 

「……提督」

 

 ……ただの寝返り、か。

 その割にはとってもラッキーって思うべきかな、さっきよりもずっとずっと近い。

 

 鼻と鼻が触れ合う。

 ほんの少し、ほんの少し顎を動かすだけで、唇が触れる。

 

 触れ合わせることが、出来る。

 

 あぁ、なんだろう。

 提督の唇から、目が離せない。

 

 好き。

 

 頭に浮かぶ言葉も、心にある気持ちも。

 それで埋め尽くされる。

 

 だから。

 

「ん……」

 

 ……。

 

 大好き。

 あなたのことが、誰よりも、何よりも大切。

 ずっとずっと一緒にいたい。

 

「ごめんね提督……大好きだよ」

 

 誰も選ばれなくても。

 僕はきっとずっとあなたが一番。

 

 だってそう、僕は。

 

「あなたの命だから」

 


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