二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました 作:ベリーナイスメル/靴下香
大規模作戦発令のようです
爆煙がまだ僅かに立ち昇る海上。
提督が拉致された。
その言葉を残して大井は意識を手放し、天龍の腕の中に。
大井の口から出た言葉を誰もが瞬時に理解できなかった。
拉致とは?
何故提督が?
疑問が各艦娘の頭を駆け巡ると共に沈黙に支配される場。
それでもやはり一番最初に我へと返ったのは天龍だった。
「――っ! フラワーズっ!」
「はっ、はいっ!!」
「大井達を鎮守府へ! 護衛に比叡、翔鶴、古鷹、加古、川内、朝潮!」
「りょ、了解っ!」
手早く指示を飛ばす天龍。
目は少し血走っている上に、一切の落ち着きを感じられない。
フラワーズは指示に従い、大井達を曳行。
その周囲を比叡達が囲み、周囲警戒しながら鎮守府へ向けて出発する。
「長門、陸奥、瑞鶴、鳥海、神通、霞は周囲の深海棲艦を蹴散らせっ!!」
「任せろっ!!」
周囲に見える深海棲艦。
ここに来るまでにも幾らか会敵しているが、まだまだ数が多い。
他の鎮守府からも保有戦力の出撃が指示されている。
そこに合流すべく長門達も改めて進軍。
「オレ達は提督を追うぞっ!! 遅れるなよ!? 全速前進だっ!!」
「了解っ!!」
天龍の声に返事を示したのは龍田、夕立、時雨。
そして。
「お待ち下さいっ!!」
「なんだよっ!? 急がねぇと!!」
鳳翔が発した静止の声。
隣では金剛が歯を食いしばり、腕を抱えている。
その様子を見て榛名と霧島、大淀は偵察機発艦による周囲の警戒を行い始めた。
金剛や鳳翔と同じく、耐え難きを耐える表情を浮かべながら。
「提督の行方もわからないのに、何処へ向かうというのですか!」
「あぁ!? んなもん知らねぇよ! 進軍しながら偵察機で探しゃぁいいじゃねぇか!!」
冷静ではない天龍。
それは龍田や夕立、時雨も同じ。
龍田はこれ以上待てないと示すかのように肩を荒く上下させていて。
夕立も普段の様子からは思いつかないような凍った表情を浮かべ、遥か遠くの海をにらみつける。
時雨も……また、表情を凍らせ、邪魔をするなら許さないと目で訴えかけていた。
そしてそれを受けてなお、毅然と鳳翔は言う。
「落ち着いて下さい。現在の状況は混迷を極めています。まずは提督の行方を含めて状況を把握するべきでしょう」
「んだよっ! そんな悠長な事してられっか!! 急がねぇと、提督がっ!!」
「無謀に進軍して帰ってこれなくなったらどうするのです!!」
鳳翔は、言う。
分かってくれと願うように。
そう、言うまでもなく現在の状況は混乱の極地にある。
慌ただしく出撃し、深海棲艦をまさに言葉通りなぎ払ってここまで一直線に来た。
それ故現在の戦況、被害状況などがはっきりしていない。
艦隊司令部にしてもまだ提督が拉致されたことすらまだ把握していないだろう。
急な深海棲艦による空襲、そして侵攻。
それに対応するだけで手一杯。
鳳翔とて、行きたい。
だがそれをしてしまえば再び鎮守府に帰ることが出来る保証はない。
よしんば提督の奪還に成功したとしても、誰かが犠牲になる可能性は極めて高い。
金剛もまた同じ。
腸は、煮えくり返っている。
提督を、大事な戦友を奪われて我慢するなんて苦痛でしかない、すぐにでも追いかけたい。
そして二人は気づいている。
今ここは退くべき、状況の沈静を図った後全力で提督を捜索すべきだと。
混乱したまま無理をして、誰かが犠牲になることが一番提督を傷つけてしまうことだと。
「わかって下さい……っ! 今は、ここの解決が先なんです……っ! そのためにあなたの力が必要なんですっ!」
「はっ! 随分情けないな!? 鳳翔さん、見損なったぜ!? あんたの想いはその程――」
「天龍サンッ!!」
その先は決して口にしてはならない言葉だった。
だから金剛が無理やり遮った。艤装、砲塔の先を突きつけても。
「敵影、見当たりません。……天龍さん、落ち着いて下さい」
「あなたも、わかっているはずです。……墓場鎮守府艦娘筆頭は、本物でしょう?」
「……ぐっ」
わかっている。
天龍とて、理解している。
提督を拉致した敵戦力も不明、その詳細な敵データですらも。
今から全速で追いかけたとしても、追いつく保証は何処にもないし、少数で追いついたとて奪還できるほどの力が残っている可能性は低いだろうということも。
鳳翔が、金剛が。
榛名が、大淀が、霧島が正しいと、一旦戻るべきだとわかっている。
龍田達も理解している。
だがそれでも我慢ならないのだ。
「ちくしょう……ちくしょうっ!!」
提督の、約束。
墓場鎮守府の、ルール。
「……一度戻るぞっ!!」
「天龍ちゃん……」
驚きの声をあげるのは龍田。時雨と夕立も信じられないと言った視線を天龍へと向ける。
そしてその顔を見て自身の気持ちを律した、律せざるを得なかったのは龍田。
涙は、流れていない。
龍田には天龍のその決断が泣き声のように感じられる。
あまりにも苦渋の決断、選択だということ。意に沿っていない、追いかけたいとわかった。
「天龍には失望したよ」
「このまま黙って戻るなんて出来ないっぽい」
そして納得出来ないのは時雨と夕立。
驚きに染まった眼から光を消し去り、冷たく天龍に言い放つ。
「あぁ、構わねぇ……いくらでも失望してくれ。だけどよ――」
「僕達の帰る場所は提督がいる場所だよ? だったら行かなきゃ」
「勝手に帰ればいいっぽい。夕立は……私は行くから」
俯き言葉に耐える天龍へと背を向け、あてもない行き先へと身を進めようとしたその先を。
「……だめだよー? 今は、戻らなきゃ」
「……そこ、退いてよ」
「邪魔するなら……無理やりでも通るっぽい」
龍田が塞いだ。
その隣に金剛と鳳翔、大淀、榛名、霧島が並ぶ。
「お二人の気持ちは、わかります。私も同じですから」
「なら――!」
「その場で殺さずアダクション……拉致デス。ならばしばらく、少しかも知れまセンが命の保証はあるデショウ。今は一旦態勢を整え直すべきデス」
「そんなの知らないっぽい!!」
埒が明かないと苛立つように夕立は主砲を鳳翔へ向けた、その時。
「――あ」
「夕立っ!?」
轟音。
背後からの砲撃。
慌てて振り向けばそこには主砲を構えた天龍。
「天龍っ!? 何――」
「……ごめんね」
その振り向いた瞬間、同様に龍田が時雨を撃った。
夕立、時雨――大破。
至近距離からの砲撃が直撃。
狙い通り、というべきだろうか二人は気を失い海へと倒れかける所を。
「……榛名、霧島……二人を鎮守府へ」
「……了解です」
榛名と霧島が抱きとめ、鎮守府へと連れて行った。
「天龍ちゃん」
「……痛ぇ……すっげぇ痛ぇよ、龍田」
仕方がなかった、とは言えないし言いたくもない天龍。
今、天龍は提督の意思を守るために、提督が絶対行わないだろうことをした。
味方への砲撃。
誤射ではない、止められないとわかったからこそ力ずくで止める必要があると判断し、自らの意思で狙って撃った。
判断は早かった、早くしなければならなかった。
もしかしたらちゃんと説き伏せることが出来たのかも知れない、だがその言葉を時雨も夕立も待たなかっただろう。
故に、撃った。
「くそおおおおおおおお!!」
慟哭。
海が割れんばかりの嘆き。
ここまで脆くなるものか、提督がいないということだけで。
混乱しているのは戦況だけではない、間違いなく彼女達も同じどころかそれ以上に混乱している。
冷静ではないと断言できた。
だからこそ、落ち着かなければならないという事実は正鵠を射ている。
天龍を止めた鳳翔とてそこまで考えていたわけではない、彼女とて混乱していた。
より提督を助けるために、悲しませないためにと考えただけの答えがそれだっただけ。
誰一人として、落ち着いていなかった。
「龍田! 金剛! 大淀! 鳳翔! オレ達は付近の深海棲艦を撃破するぞっ!!」
「了解っ!!」
その叫びを理解している。
天龍がやらなければきっとこの中の誰かが時雨と夕立を止めるために同じことをしただろう。
今の天龍と同じように、慟哭をあげながら。
「許さねぇ……許さねぇぞ……!! 全員……ぶっ殺してやるっ!!」
あがる水飛沫。
飛沫と共に殺意を舞わせ、至らなかった自分に傷つきながら。
八つ当たりへと全速で駆けた。
天覧演習を観に来ていた一般人達の避難先。
戦闘はすぐに落ち着いた。
被害はゼロ、大破した艦娘は何人かいるも轟沈者なしという相手の侵攻戦力から見れば最大の戦果。
敵深海棲艦自体、数こそそれなりに居たもののエリート、フラグシップ級は少なく、墓場鎮守府以外の戦力でも十分に対応出来た。
戦闘時間、二時間。
今までの作戦から考えれば改めて早い決着の上、最高の戦果。
そして。
「一人の提督……彼の犠牲によって、ここは守られました」
墓場鎮守府艦娘にとってあまりにも悲しすぎる、耐え難き美談が一般人の前によって語られていた。
空襲警報が鳴り響くと共に、真っ先に艦娘と共に出撃。
空襲へと対処し、そのまま艦娘の指揮を取り、行方不明となった。
そう語る長官の顔は沈痛。
だがこれはわかりやすく一般人への理解を促すもの。
それほど大きな戦いを
英雄。
そう、提督は今、民衆を窮地から救った英雄としてその存在を確立させられた。
「ちくしょう……」
天龍の口から小さく零れた言葉。
何が英雄か、何が僅かな犠牲か。
一番守りたい人を守れなかった自分たちのはずなのに、こうして守られた存在がいる。
それが、どうしても納得できない。
天龍だけではない。
掃討作戦に出ている墓場鎮守府艦娘も、隣りにいる龍田達でさえ、歯を食いしばり何かに耐えている。
語る長官も同じく。
後手に回されている手のひらからは血が滴り、誰にも見られず床を叩く。
なぜ、どうして。
悔しさを叩きつけるかのように、小さな血溜まりを作る。
民衆は、涙した。
一人の英雄、その犠牲に。
ありがとう、ありがとうと口にした。
同時に今が戦時中であるとはっきり自覚し、自分たちを守っている軍、艦娘に理解を示した。
図らずともこれ以上無いほどに、天覧演習の目的を達成した。
唐突なアクシデント、予期せぬそれ。
だとしても自分たちに犠牲はなく、戦いに生きる者が
残酷すぎる感動が国民の胸に宿った。
天龍達が耐えているものとは、それだろう。
何をするにしても絶対に犠牲にしたくないものを犠牲にした。
いや、犠牲と決まったわけではない。
そうしないため動きたいのにも関わらず動けない自分に耐えている。
時雨と夕立はドックへ。
大井達と他の損傷が酷かった艦娘を優先し、ドックは埋まっている。
今は空き次第すぐに入渠出来るように救護室で眠っているはずで、目を覚ましたという報告もない。
「ですが我々人類もやられているだけではありません」
提督への黙祷が終われば、長官に代わり大本営元帥が高らかに宣言した。
「反撃の狼煙を上げる時は今! 我々はMI海域奪還への大規模作戦を発動します!!」
「んなっ――!?」
悔しげに唇を歪める長官。驚きに目を丸くする墓場鎮守府艦娘。
――提督は?
そんな疑問が口から出る前に、朗々と一般人へと語られる作戦概要。
――我が国の武を示し、負けないことを誓います。この作戦成功の暁には皆さんの生活もきっと――。
その言葉に、民衆の瞳は輝く。
力強く宣言された作戦、それはたった今起こった窮地と同じく簡単に達成させると思わせるようで。
「それこそが先の海で散った提督への鎮魂になることでしょう! 国民の皆様におかれましては後少しのご協力を願います!」
完璧。
完璧すぎるタイミング。
自分たちを守って消えた命のために発奮出来ないほど腐ってはいない。
上がる歓声はそう示している。
協力を、理解を取り付けるのも。
力を発揮せざるを得ない状況に追い込むのも。
あらゆる意味で完璧で、残酷なタイミングだった。
「頼んだよ!」
「提督さんの仇をっ!」
控えていた艦娘にすらかけられるそんな声。
目を見開いたまま、ただただその声へと機械的に返事をしてしまう天龍達。
興奮の坩堝といっていい中で、ただひたすらに虚無感へと身を任せ続けていた。