二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル/靴下香

95 / 114
無明と光明のようです

 何度ここから出撃しただろうか。

 出撃経験を豊富に持つ鳳翔からすれば、まだ一握りにすら至っていない数。

 だと言うのにそれは今までの何よりも過酷で、大事と思える出撃だった。

 

 今、何もかもを気にせずここから出撃できたのなら。

 

 意味のないことだろう。

 如何に鳳翔と言えど、軽空母が一人海に出たところで事態は何も変わらない。

 それこそこの海に石を投げる行為、いや、波紋すら生むことすら無い無意味な行為だとわかっている。

 

「それでも……私は……!」

 

 何故あの時天龍達を止めてしまったのか。

 正しいことだとわかっている、それでも自分が許せない。

 

 僅かな、砂漠の砂から一粒の砂金を見つけ出すようなものだとしても、その可能性にかけることが出来なかった自分を。

 可能性を信じて掴み取ることが墓場鎮守府艦娘の強さだというのなら、今の自分はなんて弱いのだろうかと。

 

 だから、今。

 鳳翔は無意識に艤装を展開し。

 

「そうスルのなら、今度は私があなたを撃たなくてはなりませんネ」

 

「――っ!? ……金剛、さん」

 

 海へと降り立とうとした鳳翔を止めたのは金剛。

 顔にやめて下さいネと、何処か自嘲気味な苦笑いを浮かべながら近づく。

 

「わかって、ます」

 

「なら、良かったデース」

 

 そうして並び立ち、水平線を眺める。

 

 背後から聞こえるのは歓声。

 湧き上がる国民の歓声にやるせなさを隠しきれず、肩を落としてしまう。

 

 二人を包む、沈黙。

 ここに来てから、互いに感じること無かった心地悪さ。

 

 誰と一緒にいても、常にあった笑顔は何処にも無い。

 

「……他の、皆さんは?」

 

「フラワーズの皆サンは損傷した艦娘のお世話に奔走していマス……見ていられない、デスガ」

 

 その姿はまるで考えることから逃げるかのように。

 少しでも立ち止まってしまえば何かに押しつぶされてしまいそうで、必死にやることを探しては懸命に。

 

 それがわかった金剛はそっとその場を後にした。

 自分とて似たようなもの、ただ足を手を動かすよりも、頭を動かしてしまうだけの違い。

 

「妹たちと……古鷹さん達は、被害状況の確認と……すぐにでも出撃できるようにと準備を進めていましたネ」

 

 一見冷静に見えるが、少しでも彼女たちと交流があれば鬼気迫ると言っていい雰囲気を感じられただろう。

 笑顔もある、怪我をした艦娘に対して優しさも見える。

 ただ、それが終わったら、状況が整えば。

 

 タガは外れるだろう。

 一片の容赦もなく、立ちふさがるモノ全てをなぎ倒すだろう。

 それがたとえ、どのような存在であっても。

 

「艦学の皆さんは、まだ幾らか冷静でシタ。……発言を躊躇しているだけかも知れませんガ」

 

 長門のリーダーシップ……というわけでは無い。

 単純に、弁えざるを得なかった。

 専任の墓場鎮守府艦娘、その姿に息を呑んだ。

 

 何も言えない。

 そう、何も言えなかったのだ。

 

 何よりも、声をかけて何も知らないくせにと言われてしまうかもと思えば……そんな恐怖心もあった。

 

「……時雨さんと、夕立さんは?」

 

「今は、まだ眠っていマス。こんな事を言ってはいけないとわかってマスが……入渠は、状況が整うまで控えたほうがいいかもしれまセン」

 

 あの時、二人の目は敵に向けられるものになっていた。

 邪魔をするなら……どうするかわからない、止められないと、瞳が語っていた。

 

 そして二度とそんな二人を止められないとも感じている。

 

 もう次は、無い。

 あるとすればそれは――。

 

「……脆い、ですね」

 

「……ハイ」

 

 艦娘達の心が、ではない。

 

 自分たちの絆の脆さに気づいた。

 

 無意識に考えることを避けていたと言ってもいい。

 共に戦う戦友だという絆を疑うわけではない、それ以上に提督の元へ、あの提督だからこそという絆が、認識が強すぎた。

 極端な言い方をすれば、提督の望みを叶えるために必要だから共にいる。

 そんな、認識。

 

 無論、その通りというわけではない。

 確かな信頼があったし、仲間という感情は強くある。それ以上に、提督という存在が強いのだ。

 

 そしてそれは、かつて金剛が少し形を変えて危惧していたものでもあった。

 

 提督が大事にしている艦娘達と離別する。

 どうせ沈む身だからと、それを避けるために自らが悪役になり恨みを背負う、そんな考え。

 今の状況は、ただ形を変えただけで本質的には同じモノ。

 

 提督がいるから、保たれていた絆。

 提督がいるから、強固に結ばれていた絆。

 

 言い方を変えるのであれば、絆を結ぶ強力な繋ぎとなっていたのが提督だった。

 

「……辛い、ですね」

 

「……ハイ」

 

 呟きは、海へ。

 生まれた波紋は、波にかき消され跡形も見えなくなった。

 

 

 

「どういうことだよ!」

 

「言ったとおりだ。我々はこれよりMI作戦達成に向けて動く」

 

 作戦会議室。

 

 集うのは大本営元帥、長官、中将と幾人かの将校。

 そして、天龍等各鎮守府代表艦娘とその提督。

 

 苛立ちを隠すこともせず天龍は元帥へと詰め寄る。

 一つでも何かを間違ってしまえば直ぐ様艤装が展開されかねない勢い。

 

「ちげぇ!! 提督は……うちの提督はどうする! 捜索はどうなってやがんだ!!」

 

「天龍君……落ち着きなさい」

 

「うるせぇ!! 勝手に人の提督を殺しやがって!! まだアイツは生きてんだよ!!」

 

 嗜めようとした長官自身、その思いはある。

 故に、その力は小さく形だけのもの。

 

 提督捜索のために、偵察機、観測機は発艦されている。

 ただそれ以上に、軍人として優先しなければならないものがあった。

 

 それが、あの深海棲艦は何処から来たのかというもの。

 

「調査の結果、幸か不幸かあの深海棲艦はMI海域からやってきたことがわかった。わざわざセンサーを設置した南西諸島防衛線を経由した理由は不明だが、ある程度当該海域の深海棲艦を撃滅した今こそ反撃の時だ……提督一人の奪還に力をかける余裕は無い」

 

「てめぇ!?」

 

「天龍さん!!」

 

 元帥のその言葉に天龍が拳を振り上げ……由良と羽黒が抑えた。

 もし、そのタイミングが少しでも遅ければ確実に振り下ろされていただろう拳。

 だと言うのに元帥の顔色は微塵も揺るがず。

 

「無論捜索は行う。現に少ないとは言えど拉致を企てた深海棲艦の足取りを探るべく偵察機の発艦は行っている。奪還作戦を行いたくば、MI作戦を早期に達成させることだ」

 

「人質ってか!? ふざけんじゃねぇ! オレはそんな作戦に参加しねぇぞ! 提督の奪還が先だっ! これは譲れねぇ!!」

 

 吠える天龍。

 たとえ大本営の協力が得られず僅かな戦力だとしても、奪還作戦を優先する。

 そういい切った天龍に元帥はため息を一つ。

 

 元帥がもし、一個人だとするなら。

 提督奪還作戦を優先したいという気持ちはある。

 だが、人情で動いてはならないと軍人である自分が止めた。

 

 改めて、最高のタイミングだったのだ。

 予定では天覧演習で軍事力を誇り喧伝し国民の反感情を低下させる。

 それは空襲がなくてもある程度の達成はあっただろう。だがそれ以上に、こうするほうが遥かに効果的であった。

 国民は、喜んで協力してくれるだろうその確信を持てるほどに。

 

 そのために提督を殺した。

 

 いや、事実から見れば殺したという表現は少し違うだろう。

 生きていればさらなる美談として展開できるだろうし、本当に死んでいても……また美談。

 国民を艦娘と共にその生命を賭して守った英雄。

 そんな国民的英雄という存在は極めて効果をあげる。

 

 本意ではない等とは決して口にしない。

 それでも提督以上にこの国を守ることこそが最大目的なのだ。

 

「良いのか? このままだと命令に背いた者として処分を検討しなくてはならないが? ……それはあの提督がなんとしてでも回避しようとしたことではないのか?」

 

「ぐっ、こ、このっ……!!」

 

 だから、何でもする。

 墓場鎮守府の戦力は、MI作戦達成に絶対必要不可欠。

 その力を得るためになら何処まででも汚く、恨まれる存在となる。

 

 それが、大本営最高権力者、元帥だった。

 

 長官も、提督よりの人間となった今であっても、その意思はある。

 なんとしてでも過去を乗り越える。

 そうすることで海へ挑む意思を示す。

 

 そのためのMI作戦。

 

 歯がゆい。

 天龍達の想いは理解できる長官。

 いや、真に理解は出来ていないだろう。それでも、たとえその一欠片であったとしても。こうして提督のために必死となる艦娘へと力になってやりたいと思う心を止めるのは並大抵のことではなかった。

 

 ずきりと手のひらに走る痛み。

 それは心までのぼってきてじくじくと苛む。

 

 見ていられなかった。

 何か言おうと震える天龍も、それを涙しながら抑える由良と羽黒も。

 

 そんな時だった。

 

「ふんっ! 良かろう! ならばわし自ら貴様達を使ってやろうではないか!」

 

「……あ?」

 

 天龍が振り向いた声の先には中将。

 自信ありげに、胸を張り、天龍へと高らかに。

 

「光栄に思えっ! あの小僧より遥かに効率よく力を発揮させ! MI作戦の早期決着を――」

 

「中将――!!」

 

 禁句。

 その言葉は、間違いなく天龍にとって……いや、墓場鎮守府の艦娘にとって紛れもない禁句。

 

「きゃっ!?」

 

「わっ!?」

 

 羽黒が、由良が、地面に尻もちをついた。

 その腕を振り払った、痛みにではなく、その力に驚き。

 

「ひっ!?」

 

「――」

 

 酷く冷たい目で中将を見下ろす天龍。

 手に持った主砲は明確な殺意と共にその喉元へ。

 

「よう。わりぃ、聞こえなかったからよ……もう一回言ってくんねぇか?」

 

 今、中将は間違いなく死に向かった。

 いや、長官がその身を挺して庇わなければ、たどり着いていただろうその場所。

 

 艤装の剣は首のあった場所を寸分違わず空振ったし、今も突きつけられた砲口は火を吹きそう。

 未だ轟音が鳴り響かないのは、この場所が提督の物でありそれを壊したくないという思いだけ。

 

 だがそれもこの先どうなるかわからない。

 

「聞こえなかったか……? もう一回だよ、中将……サマ?」

 

「ひっ、ひぃっ!?」

 

 天龍の目が、砲口が。中将の命を捉えている。

 

 次に、中将が口を開けば……それは散るだろう。

 

 故に中将は口を開けない。

 絶対的な死。それを目の当たりにして、開けない。

 

 同時に実感した。

 もし、もしも。

 ここで自分の首に刃が通っていたのなら。

 

 確実に自分たちは兵器だ道具だと思っていたものに排他されると。

 今この場で失うものが自分だけの命では済まないのかも知れない、そう空を切った刃が中将の心に刻んだ。

 

「よかろう、その引き金引くが良い」

 

「げ、元帥っ!?」

 

 元帥の言葉へちらりと天龍の視線が向けられる。

 そういうとは思ってなかった、直ぐ様取り押さえられるそう思っていた。

 

「中将の命と引き換えに、MI作戦へ参加する。そう誓えるのならな」

 

 当然。

 そう、提督の命を使ったように、元帥にはあらゆるモノを引き換えにする覚悟がある。

 それが中将と言えど、あるいは長官、自分の命であろうと。

 

 それほどまでに、墓場鎮守府の戦力は必要不可欠だと元帥は理解している。

 

 彼女たちの協力なくして、この作戦に成功は無い。

 そう確信している。

 

「――」

 

 だから追いつめられたのは天龍。

 やってもいいと言われている。それは提督を一旦諦めろということで。

 だが提督を今すぐ捜索したい、それも捨てきれないもので。

 

 選択肢はあった。

 自分たちがMI作戦へと参加せず、強引に提督捜索を進めることだって出来るだろう。

 

「ちく、しょう……!」

 

 しかしそれは軍というバックアップを放棄するということでもある。

 補給や海域管制、そういった必要不可欠なものを捨てて初めて出来ること。

 それは自分たちが見捨てているようで、自分たちが見捨てられるということでもあった。

 

 故に、選べない。

 事ここに至り、天龍は前にも後ろにも進めない。

 こんな時笑顔で先を示す提督はここにいない。

 

 扉の向こうで待っている艦娘達の望みを、自分の望みを……提督の望みを。

 どうすれば貫けるか、わからない。

 

 そんな時、だった。

 

「失礼しますっ!!」

 

「……何事だ?」

 

 息を切らせて入室してきたのは一人の軍人。

 敬礼すら忘れ、その勢いのまま元帥の耳元へある報告を行った。

 

「……ほう。わかった、下がっていい」

 

「はっ! 失礼しました!」

 

 瞑目。

 何かを考えるように元帥は、何事かと視線を向けられる中熟考する。

 

「史実……か。どうやっても、我々はそれから逃れられんらしい」

 

「元帥?」

 

 長官の呼びかけに反応することなく、やがて目を開きそう呟いた後。

 

「AL/MI作戦と作戦名を変更する」

 

「AL……?」

 

 元帥は頷き言葉を続ける。

 

「北方AL海域へと進出し、陽動を仕掛ける。背後を確保した後、MI作戦にて決戦を行う。……また、AL海域に墓場鎮守府提督がいると予想される、可能なら共に奪還せよ」

 

「!!」

 

 先程の報告は提督の行方が知れたというもの。

 提督を拉致したと思われる深海棲艦――北方棲姫。

 偵察機はすぐに撃墜されてしまったものの、確かに提督の姿を確認したとのこと。

 

 天龍達だけならず長官ですら知らなかったことだが、MI作戦を計画する上で同時に北方海域に関しても調査は行っていた。

 史実で行われた作戦は今元帥が言った通りの作戦、ただそこに提督の奪還は無いだけのもの。

 

 まるで、誰かからその通りに作戦を進めろと導かれているかのように元帥は感じた。

 そしてその声なき声へ従う、従わなければならないとも。

 

 故に。

 

「天龍」

 

「……わかってる、いや。わかってます」

 

 突きつけていた砲口が降ろされる。

 

「中将、失礼しました。罰なら作戦終了後に」

 

「……」

 

 やるべきことは決まった。

 やらなくてはならないことが決まった。

 

「一時的に長官の下につけ。すぐに動きたい気持ちはわかるが……作戦とする以上、わかっているな?」

 

「……はい」

 

 落とし所、だった。

 これ以上の譲歩は出来ないと元帥の目が言っている。

 

「墓場鎮守府以外の鎮守府、戦力はMI作戦に備えろ」

 

「はっ!!」

 

 各鎮守府提督達の敬礼。

 それはつまり。

 

「必ず、AL作戦を成功させます」

 

「よろしい。調査はすぐに行い、作戦概要書も出来次第すぐに送ろう」

 

「ありがとうございます!」

 

 そうして。

 大規模作戦は発令された。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。