二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました 作:ベリーナイスメル/靴下香
「……いか、なきゃ」
「しゅつ、げき……」
空襲警報に驚いたよりもこっちのほうがびびった。
今までうんともすんとも言わなかった伊勢たちがむくりと急に起き上がったのだから。
「っ!? み、みんな!? まだ寝てないと駄目ですよ!」
「けい、ほう……」
「しんかい、せいかん、たおさなきゃ……」
大井が制そうとするけど何処にそんな力があるのか、それを振り払って。
ノロノロと、だけど力強く、立ち上がった。
俺も、当然止めた。
急な警報、予期せぬ事態。
そうだとは言え、幸いというべきか軍の上層部が集っている今、混乱しているとは言えすぐに収束して艦娘は出撃するだろう。
そこには当然うちの艦娘もいるわけで。
だからそう言った。
すぐになんとかなるから、なんとかするから今は身体を休めてくれと。
だけど返事は砲口で返された。
「じゃま、しないで……」
「なかま、まもらなきゃ」
伊勢が、鈴谷が、熊野が、蒼龍が、飛龍が。
まるで俺のことが目に入っていないかのように……いや、自身を阻む邪魔な何かだと認識していた。
様子がおかしい。
そんなの考えるまでもなくわかった。
だから、思えばその場で無理矢理にでも止めるべきだった。
でも手段がなかった。
大井に無理やり仲間を撃ってでも止めろなんて言えなかったし、そんな事させたくもなかった。
だから必死で、縋るように。
やめてくれと頼んだ。
それでも結局歩みを止めることは出来なくて。
使命感なんかじゃない、これは一種の強迫観念とも言える何かだと理解した。
自分たちが戦わなければならないと、そうして仲間を、国を守らなければならないのだと。
言葉だけを考えればとても耳障りのよい言葉。
だけどその時は全くそんな風に思えなかった。
あまつさえ、似ていると思った。
そうしなくてはならないと、義務かのように身体が勝手に動く、動かす様は。
思い出したくもないかつての俺自身にも見えた。
大井がどうすればいいかと縋るような視線を向けてきた。
そんな視線に応えたいと思った。
何よりも伊勢たちを支えなければならないと思った。
彼女たちを支える物は、決して力強くも、頼もしくもないものだと分かっていたから。
「もう、止めねぇ……俺も、行く」
「はいっ!? 何を……!?」
驚きの声をあげる大井。興味あるのかないのか、光のない瞳が複数と。
笑えた。
無性に笑いたくなった。
冷静な自分が言っている、培ってきた提督としての経験が言っている。
自分が行ってもどうにもならないと。
邪魔な存在にすらならない、ただ間違いなく無為に死ぬと。
そう理解して尚、俺はやっぱり自分を止められなかった。
今伊勢たちをどうやっても止められないと理解していたから。
俺も止まれないと思ってしまったから。
「大井……俺からの指示する最初の命令は、俺の命を……こいつらの命を任せる」
「ばっ、バカですかあなたは!? そんなの……そんなのっ!!」
初めてにして重すぎる命令だとわかっていた。
ようやく、重い荷物を共に背負ってくれると感じてくれていただろう大井。
その期待を、簡単に裏切った俺だから。
「心配すんな。そう、うちのルールはな……誰も、沈めない、だからな」
沈んでいるなら引っ張り上げる。
これも、今も、これからもずっとそう。
そうして、泣きそうになっている大井を振り切り、海に出た。
警報とセンサーが示したのは南西諸島防衛ライン。
そこから本土、ここを目指してくるのなら通ってくるだろう海路。
そこに輪形陣で迎え撃つ。
「いいか、まずは空襲への対処だ。対空射撃は頼りないが、艦載機が豊富にあるこちらだ。被害をできるだけ軽微に抑えて後続してくる艦隊の頭を抑えるぞ!」
「りょう、かい」
もちろん敵艦載機が見えれば離れるが、いつもの船の上から皆の近くで指示を出した。
生憎羅針盤妖精が居なかったから、少し難儀したもののなんとかなるもんで。
演習での動きを見る限り、身体への負担は大きいだろう艦載機の発艦。
特に伊勢、鈴谷、熊野に関してはそれが顕著だろう、重巡洋艦から航空巡洋艦への艦種ごと変わったことを考えると当たり前だと思った。
かと言って蒼龍、飛龍の負担は少ないのかといえばそうでもない。多すぎる艦載機の管理は確実に神経を摩耗させる。
「大井」
「……何でしょう」
だからはっきり言ってしまえば大井に賭けるしかなかった。
嫌な言い方をしてしまえば、動けなくなってさえしまえば保護できるから。
そしてそれを大井も当然のように自覚していた。
「すぐに応援部隊が来るはずだ。それまで、頼んだぞ」
「……了解です」
敵数は不明。
ただ空襲の艦載機数から見ればそこまで多くはないだろう。
強行偵察か、それとも本土強襲の前段作戦か。
いずれにせよ、その時はそう思っていた。
相手の足を遅らせて、徐々に本土へと退き艦娘の到着を待つ。
消耗戦に違いはないが、それ以外に執れる作戦が思いつかなかった。
だが、その考えが甘すぎたことをすぐに理解した。
「敵艦載機見ゆ!! 皆、頼んだぞ!!」
その場を離れる。
想定通り、というべきか。
空襲への対応はほぼ完璧だった。
「各艦被害状況は!?」
「鈴谷、蒼龍が小破のみよ!」
敵艦載機は全て落としきった、後ろにいる俺が確認しているんだ間違いはない。
ひとまず、安心。
「よし! じゃあ陣形を――」
「てきかん、みゆ……そうすう、ふめい」
――無理だ。
一瞬でそう思わざるを得なかった。
水平線から覗く敵艦隊の数は、まさしく数え切れないほど多かった。
「っ!! 撤退だっ! 数が違いすぎるっ!!」
だから当然の判断。
ここで誰も沈めるわけにはいかない。
そのためにもここは退かなくてはならないと、子供でも素人でもわかるくらいの判断。
「いせ、とつげきします」
「すずや、いくよ」
「なっ!?」
そんな当たり前の判断に、伊勢たちは従わなかった。
当然かのように、当然だと言わんばかりに、前進した。
狼狽える俺、唇を噛みしめる大井。
「私達は……撤退を許されたことがありませんからっ……!」
「……くそがっ!!」
大井の言葉で全てを理解した。
多分、伊勢たちは意識を取り戻していない。
ただの条件反射、敵が来たから戦うと言うような、そんな単純な反応に突き動かされていただけに過ぎないと。
どれほど、使われれば。
どれほど、戦えばそうなるのだろう。
闘争本能なんて良いもんじゃない。
敵を撃破するためだけに存在していると、骨にまで染み付き過ぎている。
改めて、反吐が出そうになる思いだった。
兵器派の運用に、この世界の艦娘たちに。
そして何より俺の迂闊さに。
故に、彼女たちを絶対にここで沈めてはならない。そう思った。
救われるのはこれからだ、笑顔を取り戻すのは、光を取り戻すのはこれからだ。
沈みきっているその心を、浮上させるためにも。
「大井っ! 行くぞっ! 絶対にここで沈めさせねぇ!!」
「でも、どうやってですか!!」
わからない。そんなことはわからなかった。
頭で、胸の中でグルグルと渦巻く言葉に出来ない想い。
彼女たちを自分に重ねた俺は。
そんな俺が、どうやって救われたのか、わからない。
救われなかった俺は、どうするべきかわからない。
それでも失ってはならないという想いに突き動かされて舟のエンジンを鳴らす。
そうして何も出来ないまま、戦いとは言えない一方的な何かに突入した。
泣きたかった。
指示なんて、作戦なんて、何も意味をなさなかった。
ただただ損傷を与えることも出来ず、ずっと受け続けて。
傷ついていく艦娘の姿を目に焼き付けるしか出来ず。
何故俺はあそこで戦えないんだと。
何故俺が彼女たちの代わりに傷を受けることが出来ないんだと。
ひたすらに悔み続けた。
伊勢が大破し、熊野が膝をついた。
蒼龍の、飛龍の飛ばせる艦載機がなくなれば、無謀にも突撃衝突を狙おうとする姿を必死で止めて。
気がつけば鈴谷が不意に動けなくなった。
そんな皆をなんとか庇おうと動く大井もまた、大破した。
圧倒的敗北。
為す術もなくただただ蹂躙された。
そんな中無事な自分に吐き気を催した。
だから。
「あぶっ……ねぇ!!」
舟で庇った。
もう自暴自棄と言っても良かった。
トドメをさそうとした深海棲艦の砲撃と伊勢の身体に割り込ませ、舟が大破した。
投げ出される俺。冷たい海の感触。
すまねぇと、誰かに向けて謝った時。
一斉に静まりかえった。
砲撃の音も、艦載機の音も。
全てが一斉に止まった。
そんな様で動ける艦娘も居らず。
ただひたすらに沈黙が海に漂った時。
「テイトク、オイテケ」
「っ!?」
画面越しによく見たことのある姿が現れた。
「ほっぽ……?」
「ホッポ? ホクホウセイキダ」
北方棲姫。
AL/MI作戦のAL海域第二段階作戦にてボスとして登場した深海棲艦。
そんな存在が何故ここにと戸惑った。
「エラベ。カンムス、シズムカ。テイトク、オイテクカ」
「なっ……なに、を……!?」
置いていく?
それはつまり、俺を欲しているのだろうかとより頭を抱える俺を置いて、大井が言う。
「そんな事、出来るわけないっ!!」
「……ヤッテ」
その言葉に動いたのは傍に控えていた軽巡ツ級。
ツ級の砲塔が、大井に狙いを定め――
「やめろっ!!」
「ワカッタ。マツ」
砲弾は発射されず、そのままに。
大井へ撃つなと目配せをしてみれば、撃つどころか腕すら上がらない状態で。
艤装から煙をあげていない艦娘は何処にもいなかった。
大井以外の全員、まるで電池でも切れたかのように動かない。
それでも、沈んでいない。
「俺が行けば、彼女たちを見逃してくれるか?」
「提督っ!?」
「ウン」
何処まで信じて良いのやら。
だが、それ以外に手段はないように思えた。
「わかった。なら好きにしてくれ」
「……ヤッタ。テイトク、モラッタ」
「提督!!」
ぴょんっと俺を海から引き上げ、軽々と持ち上げられる。
傍から見ればなんとも言えない光景だろうが。
それでも。
「大井……ごめん、な」
「いや……いやですっ!! 私は、私達はようやく……っ!!」
「ウーン……チョット、ゴメン」
北方棲姫がそういった瞬間。
俺の視界は真っ暗になった。
「イイカゲン、オキル」
「ぐほっ!?」
いてぇっす!?
っていうか……!
「北方棲姫っ!?」
「ウン? ソウダゾ?」
眼の前ドアップはびっくりするからやめて。
あと重くないけど腹から降りて、色々危ない。
なんて、余裕振りたいところだけど。
思い出した。はっきりした。
俺は、連れてこられた……いや、来たんだ。
皆を守るために。
なんて言えば……ちょっと違うか。
俺の独善的な気持ちを貫いた結果だ。
皆は、どうしてるだろうか。
大井達は、無事に鎮守府に戻れただろうか。
それを確かめる術は、きっとないだろうけど……無事であって欲しい。
そして……天龍たち、墓場鎮守府の家族たちに、俺はなんて言ったら良いんだろう。
心配、どころじゃねぇか。
きっと血眼になって俺を探してるだろうってわかる。
俺もそうするだろうし、そう思えば胸が張り裂けそうになる。
そんな思いをさせてしまったことに。
ただまぁ勘弁してくれ。
約束を守ろうとした結果なんだ。
それに俺はまだ……沈んでいない。
「……一体何が目的だ?」
「モクテキ?」
腹から降りて首を傾げながら不思議そうに。
……くっ! これが深海棲艦の力か!? か、可愛いじゃねぇか……!
「俺をここに連れてきた理由だ。何か、あるんじゃないのか?」
「アル。ケド、マズハコレクエ」
……菱餅?
え、何で? と言うか。
「さ、流石に生でそのままは……」
「……ソウダッタ……マツ」
深海棲艦は生で餅食べるの? え、まじで?
そんな疑問をよそにトコトコとほっぽは部屋から出ていく。
……部屋?
「ってかそうだよ……ここ何処だよ」
なんとなく、鎮守府を思い出す。
自分の部屋と少し似ている。
本棚も机も無い、ただ布団が敷かれただけの部屋。
聞こえるのは波の音。
香るのは潮風。
思わず、ただ艦娘と深海棲艦が入れ替わっただけなんじゃないかなんて。
そんな錯覚をしてしまいそうなくらい。
ていうか。
「一応俺って捕虜? なん、だよな? 部屋の鍵もかけずに不用心な……」
立ち上がってドアノブを回せば開くドア。
今なら、ここから脱出出来るんじゃないかとすら思う。
思わずそのままドアを押してしまいそうになるけど……出て、どうなる?
現在地もわからない、途中で深海棲艦に再び捕らわれる可能性は高い、よしんば脱出出来たとしても人のいる所にまでどうやって出る?
出たところでどうやって日本へ戻るんだ? 財布は……無い、身分を証明できるモンなんてこの軍服くらしかねぇ……つって、それが証明になるのかすらわからねぇ。
「……だけどっ!」
行かなきゃならねぇ。
俺が居ないことで悲しみに沈めてしまうなんて笑い話にすらならねぇ。
大きく息を吸って――
「何処ヘ、行ク?」
「っ!?」
すぐ前に現れたのは……。
「港湾棲姫……?」
「ヨク、知ッテルノネ……? ソレデ? 何処ニ行クツモリ?」
思わず、息を呑んだ。
穏やかな顔をしているが、その目が笑っていない。
何処にも行かせるつもりはないと、言っていて。
「……ほっぽちゃんが遅いなって思っただけだよ」
「ソウ……サッキ、オモチ焼キニ行ッテタ。モウチョット、マッテ。ソウ、ココデ、オトナシク」
すっと部屋の中を指さされてしまった。
……失敗、か。
「アセラナイデホシイ。マズハ食ベテ、ソレカラオハナシシマショウ? ソノタメニ……デハナイケド、連レテキタノダカラ」
「……わかった」
殺意は、感じない。
どうやら俺を殺すつもりはないようだ。今のところは、だろうけど。
そして、お話、か。
一体、何を話すことがあるって言うんだろう、な。