二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル/靴下香

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提督が決断するようです

 リノリウム……ではないけど、足音は鳴るらしい。

 耳と記憶にある音との違いはあれど、かつて大淀に大本営を案内された事を思い出す。

 

 でも眼の前を歩いてるのは港湾棲姫。

 姿勢良く、というよりは上品に。

 

 だからやっぱりここは大本営じゃないんだろう。

 深海棲艦の基地、そう実感できた。

 

 隣にいるのは北方棲姫。何故か手を繋がれて。

 

「ニゲチャダメ」

 

「逃げないさ」

 

 なんてどうやら俺を逃さないようにしているらしい。

 

 菱餅は美味しかった。

 正直怪しげな薬が入ってるんじゃないか、賞味期限的なモンは大丈夫かなんて疑った気持ちはあるけど。

 あんまりにも無邪気に差し出してくるもんだから、つい。

 

 普通に腹も減ってたしな、食欲には負けますよ。うん。

 

 時折すれ違う深海棲艦に頭を下げられたりするのは良いんだけど、それにどうやって返したら良いかわからない。

 敬礼は違うだろうし……あ、どうも。

 ていうか人型に近いのならいざ知れず、どうやって歩いてんだなんて疑問もあったりするけど深くは考えないようにしよう。

 

 軽く混乱しながらも頭を下げ返したのは何度目だろうか。

 

「混乱、シテルノネ」

 

「しないやつが居たら怖いよ」

 

 一番の原因は誰も敵意を向けてこないこと、だろうな。

 

 極めて、穏やか。

 

 こいつらと人類は戦争をしている、なんてちょっと想像できないほど。

 北方棲姫にしても、港湾棲姫にしても……今すれ違った空母ヲ級にしても。

 誰一人俺の姿を見て、攻撃してこようとしない。

 

 実際、捕虜の扱いなんざ知識にないからなんとも言えないけど、もうちょっと違うんじゃねぇのとは思う。

 たとえばこうやって自由じゃないけど部屋から出れて、誰にも変な目で見られず。

 

「ワカッタト思ウケド。私タチニ今ノトコロ、アナタヲ害スル意思ハナイ、デス」

 

「……それは、何故だ?」

 

 俺は、艦娘を率いてこいつらを何度も撃沈させた人間だ。

 もしも仮に、深海棲艦同士で仲間意識みたいなものがあるのなら……恨みやなんやらを向けられるのが当たり前ってもんのはずだろう。

 

「ムシロ、歓待シタイトスラオモッテイル……アナタ次第、ダケド」

 

「俺次第……?」

 

「チャントハナス、イマハツイテクル」

 

 理由のわからない笑みを浮かべる港湾棲姫と、背伸びして真面目っぽく胸を張る北方棲姫。

 未だに頭の中ではクエスチョンマークしか浮かばないけど、何でだろうか。

 

 背筋に冷や汗が流れるのは。

 

 深海棲艦は、怖い。

 そんなの当たり前だ、俺の大事な艦娘を沈めようとする存在で、人類の敵。

 人としての根源的なんて言うのか、そういうもんに訴えてくる恐怖がある。

 

 だけど、それ以上に。

 

 人としてでもなく、戦いの相手としてではなく。

 

 頭の中に鳴り響く警鐘。

 それは多分、俺が俺として生きてきたからこそ鳴り響くモノだと、何かが言っている。

 

 怖い。

 

 呼吸が荒くなってきている事がわかる。

 心臓がバクバクと張り裂けそうになっていた。

 それでもその理由がわからない。

 

「ダイジョウブ」

 

「えあ……?」

 

 伝わってきたのは手のひらをぎゅっとされる感覚。

 あどけなく、だけど真剣に。

 北方棲姫が見つめてきた。

 

「チャント、全部話シマス。ダカラ、ドウカ落チ着イテ」

 

「……あぁ」

 

 安心させるような、させたいような笑みは港湾棲姫。

 

 だけどやっぱりそれは……。

 

 今から俺は困難に向かうということなんだろう。

 

 

 

「ここは?」

 

「アナタ達ニ倣ウナラ、建造ドックトデモイイマスカ」

 

 言われてみれば、確かにそうとも思える。

 

 地下に降りていった先。ここはそんな場所にあった。

 鎮守府と違うのは、最初からシリンダーの中に液体が注入されていることくらいだろうか。

 注入、っていうのもまた違うか? 床を突き抜けてるそれは、なんとなく何かを汲み上げているようにも見える。

 

 そして言われた建造ドック。

 ということはやっぱりここで。

 

「深海棲艦を造っている、のか」

 

「少シ、違イマス。ココデ、深海棲艦ハ生マレルノデス」

 

 生まれる……?

 

 いや、艦娘もそうと言えばそうだろうか。

 建造……造るのではなく、生まれる。

 そうとも言えるのかも知れない。

 

 燃料、弾薬……それら海で生まれる資材を集めて、海の意思と呼ばれる擬似的な海を作り、艦娘を生む。

 人間に取っちゃそれは単純に考えても人類を守る戦力が増えることで、俺個人にしてみりゃ艦娘の誕生なんて喜ばしいこと。

 

 だけど、港湾棲姫がそのシリンダーに触れ、悲しい顔を浮かべる様は新たな生命の誕生を喜んでいるとは思えなくて。

 

「アナタ達ガ艦娘ト呼ブ海ノ意思ガソウデアルヨウニ。私タチ……深海棲艦トイウ存在モマタ、海ノ意思カラ生マレマス。人ヘノ、恨ミ、悲シミヲ糧トシテ」

 

「恨み、悲しみを糧に……?」

 

「……私タチ、深海棲艦ハ、人類ヘノ試練。人ガ海ヘノ感謝ヲ忘レ、傲慢ニ生キテイルコトヲ咎メルタメ、母ナル海ガ造ッタ存在。……少ナクトモ、最初ハソウデシタ」

 

 試練……か。

 

 確かに、俺達人間は原初の罪だなんだ小難しい話があるが、何かを犠牲にして生きている。

 人以外の命を奪い、己の命に変えて生きている。

 それを咎めるための存在が、深海棲艦ということか?

 

「少なくとも、最初はって……?」

 

「最初ニ生マレタ艦娘モ、深海棲艦モ……人類ノ行キ先ヲ定メル道具デシカナカッタ、ソノタメニ発生シタ。深海棲艦ガ人類ニ課ス試練ナラバ、艦娘ハ人類ヲ守ル存在、海ト共ニ共存出来ルコトヲ示ス道具。ソウ定メ、海ハ意思ヲフタツニ分ケマシタ」

 

 発生した、か。

 最初はそうして海が生んだ。人類からすればわけがわからないまま始まった戦争の引き金はこれか。

 そして艦娘が人間の下に……いや、人の味方である理由、か。

 

「海カラ人ヲ守ル、守リタイとイウ意思ノ元生マレルノガ艦娘。ソノ艦娘ガ強イ負ノ感情ヲ持ッテ沈メバ、各地ノコウイウ場所デ深海棲艦トシテ生マレ変ワリマス。ソシテソノ数ハドンドン多クナル一方。艦娘トシテ生マレ変ワレナクナルクライ」

 

 ……共存は難しいと、海に示してしまった。いや、示しつつあったんだろう。

 

 なるほど、それが。

 

「ソウシテ沈ンダ艦娘ガモツ情報ガ海ニ記憶サレマシタ。ドコノ、ダレハ……人間ハ。海ト共ニ生キルコトガデキナイト」

 

 ドロップ艦娘や、建造ドックで被りが生まれなくなった原因、だろう。

 海が、人類を見放しつつあるとも言えるか。

 

 逆に見れば、元々の仕様は深海棲艦側が手にした、独占したとも言えるのかもしれない。

 艦娘を討つことで、深海棲艦をドロップして、多くの深海棲艦を被らせてでも建造できて。

 どんどん戦力の補充が難しくなる一方で深海棲艦はどんどん強くなって。

 

 それをなんとか打破するため、より厳しいことを艦娘に望むなんていう負のスパイラル。

 

 あぁ、なんとなく思ってた人類が相当厳しいってのは間違いじゃなかったわけで。

 そしてそれはある意味自業自得とも、当然とも言えて。

 

「試練トイウ名目ハ、モウホボ深海棲艦側ニハナイデショウ。アルノハタダ人間ヘノ恨ミ。滅ベ、沈メトイウ想イノホウガ多イ」

 

「……すまねぇ。俺には謝ることしか出来ない、けど……じゃあどうして俺はここにいる皆から敵意を向けられずにいる?」

 

 お前も、北方棲姫も。

 あるいは廊下ですれ違ったヤツラだっていい。

 何で俺は未だ何の被害も受けずに生きている?

 

「アナタガ、コノ海ノ存在デハナイカラ」

 

「っ!?」

 

 この海の存在じゃない……って。

 そりゃ俺はここにどういう訳か来た存在で……っていうか、何でそれを知っている?

 

「アナタハ違ウ海カラヤッテキタ異物。艦隊コレクションナンテイウ、ゲーム、トイウノ? ……違ウトハイッテモ、同ジ海。海ハ、全テ繋ガッテイル」

 

「……じゃあ、なんだ。俺がこの世界に来た時から……ずっと、俺の存在を深海棲艦は知っていたのか」

 

 コクリと頷く港湾棲姫。

 

 ……落ち着け。

 

 理屈は、わかんねぇけど。知っていたって話なら、それで良い。

 それで何か不都合があったわけじゃ、ない、はずだ。

 

 俺自身、こうやってこの場にいることを疑問に思わなかったわけじゃねぇ。

 ただ、そんな事を考えるよりも、あいつらと生きるのに精一杯だっただけで……。

 

「疑問ニ、思ワナカッタ?」

 

「何、をだ?」

 

「アナタハ艦娘ト共ニ海ヘ出タ。ノニモ関ワラズ、生キテイル。人間ヲ殺シタイ、沈メタイト強ク願ウ私タチ深海棲艦ヒシメク海ニデタノニモカカワラズ」

 

 それは、あいつらが俺をしっかり守ってくれたから。

 そう、そのはずで。

 

「モシモ、アナタ以外ノ人間ガ不用意ニ海ヘ出タラ……一瞬デ沈ンデマス。ソレホド、私タチハ甘クナイ。アナタガ攻撃サレナカッタノハ、アナタガコノ海カラ生マレタ存在ジャナク、沈メル対象ジャナイカラ。ソシテ捨テ置イテモ、何ラ世界ニ影響ガナイト判断サレタカラ」

 

「……そう、だったのか」

 

「モチロン、アナタノ指揮能力、艦娘ノ能力ガナカッタワケジャナイ。私達ニシテモ、タイミングハアナタノ鎮守府ヘ強行偵察ヲシタトキシカナカッタ……ソレモアナタノ存在ヲ確認スルタメ、デシタガ」

 

 時雨と夕立が初めて出撃した時のことか。

 

 もしも、港湾棲姫が言うような存在じゃなかったら、俺はそこで殺されていたって話なんだろう。

 

 ……そうか。

 俺は、この世界にいて、この世界に存在を認められていなかったのか。

 だから、無視、されていた、ってだけの話、か。

 

 でも。

 

「ならどうして俺をここに連れてきた? そうだというのなら、放っておいてくれてもいいだろう?」

 

「ソウ、ソノトオリ。デモ、アナタハ深海棲艦ヲ救ッタカラ」

 

 深海棲艦を、救った?

 

「南一号作戦、空母棲姫……ソシテ、金剛」

 

「それを、俺が?」

 

「ハイ。……アノ子ハ、救ワレタ。恨ミカラ、怒リカラ。金剛モ、間違イナクアノ時、深海棲艦トナッテイマシタ、ケド救ワレタ、マニアッタ。アナタト、アナタノ艦娘ニヨッテ」

 

 空母棲姫が沈んだ……いや、消えた時の台詞。

 確かに、あの時も、ゲームのときでさえも、ナニカから解き放たれたような演出、台詞はあった。

 あれは……いや、あれこそが救われた事を示していたの、か。

 

 そして、金剛。

 もしもあの時、間に合っていなかったら……深海棲艦になっていたの、か。

 

「アナタハ自ラノ手デ取ルニ足ラナイ存在デハナイト証明シタ。既ニ海カラ見放サレタ人類ノ運命ヲ変エル存在ダト認識サレマシタ……ダカラ」

 

 何処に居たのか、北方棲姫が手に何か……瓶? を持ってやってきた。

 

「センタクシ、フタツアル」

 

「二つの、選択肢?」

 

 それを俺に手渡しながら、何かを期待するような目を向けてくる二人。

 

「一ツハ、ソレヲ飲ムコト。ソレハ海ノ意思……イエ、審判トデモイウベキデショウ、アナタノ行キ先ヲサダメルタメノモノ」

 

「……これを飲んだら、どうなる?」

 

 そう聞き返せば、港湾棲姫は首をゆるゆると横に振って。

 何も言わない、いや、言うことを許されていないのか、それとも知らないのか、何も言わなかった。

 

 許されてないというのは……海に、だろうか。

 

 よくよく考えれば、海に沈んだ艦娘の記憶が、情報が蓄積されているというのならもっと効率的に、効果的に深海棲艦は攻める事が出来ただろう。

 でも、そうじゃなかった。そうしなかった。

 南一号作戦にしても、発令されてこっちの準備が整うまでに襲撃は行えたはずだ。

 

 ……だと、言うのなら。

 

「もう一つの選択肢は?」

 

「私タチノ提督ニナル選択肢。ツマリ、人類ヲ滅ボス側ニマワルトイウコト。海ガ今アナタノ存在ヲ認メルノハソノ道ダケ」

 

 そういう存在が居なかった。

 作戦指揮する存在を有していなかったということ。

 

 つまり、指示はされるんだろう、俺を拉致したように。

 だが、情報を活かして作戦を立案、統率する存在がいない。

 

 それを、俺に求めたってことか。

 

 ……随分、買われているこって。

 

「正直ニ、イエバ」

 

「うん?」

 

 港湾棲姫が、言いにくそうに……だけど、期待するような瞳を向けてきた。

 その目は、やっぱり元艦娘、だからなんだろうか、何だか可愛らしくも思える。

 

「コッチニ、キテホシイ」

 

「……」

 

 言葉の後を北方棲姫が継いだ。

 俺の空いている手をぎゅっと握りしめて、心の底からそう思っているかのように。

 

「モシ、ソレヲノンデ……私タチノ眼ノ前ニモウ一度アラワレタナラ、撃タナケレバナラナイデスカラ」

 

「ソレハ、シタクナイ」

 

 ……なるほど。

 要するにこの瓶に入っている海の意思、審判とやらは、深海棲艦との明確な敵対条件を整えるモノではあるらしい。

 

 だけど。

 

「何で、そう思う? 俺も、人間だ……謂わば今が特殊なだけで、敵ではあるんだぞ?」

 

「アナタト、ウミヲイキタイ。ソウオモワナイノハイナイ。モト、カンムスナラナオサラ」

 

「私タチモ、救イハ求メテイルノデス。ソノ一ツノ形ガ……アナタ」

 

 どういう、ことだろうか。

 

「モシモアナタガアノ時イタノナラ……ソンナ想イハ、イマモナオコノ胸ニアリマス」

 

「ドウシテイナカッタノ? ナンテセメナイ、ケド」

 

「……」

 

 二人が、元誰だったのかはわからない。

 けど、その想いはまっすぐに伝わってきた。

 

 どうして、どうしてと。

 何で私を救ってくれなかったのと。

 

 それが、とても痛い。

 

「コンナ姿ニナッテモ、憎悪ニ胸ヲ焼キ尽クサレテモ……アナタガ、ワタシタチノ……ワタシノ提督ニナッテホシイト、願ッテイマス」

 

「……イヤ?」

 

 ……。

 

 もしも、仮に。

 俺が最初から深海棲艦側の人間として生まれていたのなら。

 

 きっと、この二人の力になろうとしていただろう。

 間違いなく、俺は、この手を、願いを取った。

 

 そして……。

 

「お前たちは、救われたいのか」

 

「……ハイ。アノ空母棲姫ヲ、羨マシクモ、オモイマス。全テカラトキハナレテ、海ヘトカエレタ彼女ヲ」

 

 海へと、還る。

 そう、それが彼女たちの願いであり救い。

 

 あるいは、自分たちをこうした事に対する人類への復讐の完遂こそが救いなのかもしれないが。

 

 どちらにしても、解き放たれることこそが救いなんだろう。

 憎しみから、悲しみから。

 そうすることが、俺なら出来ると信じていて、求められている。

 

 なるほど、なるほどなぁ……。

 

「そうか、そうだというのなら……」

 

 救おう。

 この子達を。

 

 だから、俺は……手に持った瓶を――

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