二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル/靴下香

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AL作戦第一段階のようです

「霞ちゃんっ!!」

 

「わかってるっ……てのぉ!!」

 

 霞が放った砲撃はしっかりと戦艦タ級エリートに吸い込まれ、その姿を海に沈める。

 

 本来この海域手前に築き上げられるはずの司令部、他鎮守府による簡易艦隊司令部建設が行われ始めると同時に、第三艦隊は勢いよく出撃した。

 通常なら完成を待ってからの出撃。

 未完のまま出撃するということは第三艦隊、墓場鎮守府が作戦失敗してしまえばもろとも壊滅してしまうということ。

 

 まさに突撃(カミカゼ)

 一本の槍が北方海域を貫いていく光景は美しくすら感じられるが、極めて薄い氷の上で舞っていた。

 

 道中に会敵した深海棲艦。

 鎧袖一触とはまさにこのことなのだろう。

 決して簡単に撃沈させられる相手ではないはずだった敵戦力。

 

 戦艦ル級フラグシップ、重巡ネ級フラグシップ。

 

 旗艦級の深海棲艦を物ともせず、突き進む。

 

 だがその様に霞は大きく肩で呼吸すると共に心を震わされていた。

 

「休んでる暇はないよっ!! 全速前進! 戦速なんて知らないよっ! 全速だからねっ!!」

 

「了解!!」

 

 本来なら、ここで間違いなく那珂は休憩を入れていただろう。

 状況の把握と作戦の確認。それと共に一旦冷静になる時間を入れていたはずだ。

 

 心の震え。

 

 それはこの艦隊に対しての恐怖なのだろう。

 

 ありえない進軍だった。

 状況が整う前から突貫したこともそうだが。

 

 何よりも進軍状況、戦闘光景。

 海上護衛作戦で知ったフラワーズの本気は本気ではないとすら思った。

 

 高速戦闘下で行われる砲雷撃戦に加えて、第三艦隊らしい互いを守り合う戦闘。

 それにより損傷は極めて軽微でありながらも着々と敵は屠られていく。

 

 ついていくことで精一杯。

 

 いや、第一艦隊の支援がなければ間違いなくついていくことすら出来なかっただろうと霞は感じている。

 

 自身達が出せる最高速度で行われる戦闘。

 先程の砲撃とて、あてた自分に驚いても良かった。

 奇跡とすら思った、そんな奇跡の上を走り続けていると実感している。

 

 予め決まっていたかのように艦隊の一斉射が同じ対象に吸い込まれていく。

 霞自身は何かをしたつもりは無い、自身に出来ることをしただけのつもり。

 相手が勝手に自分の砲撃や雷撃に当たりに来ているのではないかとすら錯覚した。

 

 駆逐艦の砲撃、雷撃で難なく、当たり前のように沈む深海棲艦。

 それが戦艦であろうと、重巡洋艦であろうと正規空母であろうと。

 

 鬼気迫る、なんて言葉ですら追いつけない。

 

 早く、速く、疾く。

 

 一秒でも、一瞬でも短く提督の下へ。

 

 その想いを槍に纏い海域を貫く。

 何か一つでも間違いがあれば、簡単に瓦解してしまう程脆いはずなのに、決して折れる想像がつかない。

 

 だから、怖い。

 その間違いが自分であれば、間違いになってしまえば。

 

「大丈夫っ!? ちゃあんと守ってあげるからっ! 安心して頑張ってっ!」

 

「私に借りを返したいならしっかりついてきてよね!」

 

「ふんっ! 言われなくたってそうするわっ!」

 

 強気で返せることはなくなるだろう。

 いや、もしかしたらミスを実感した瞬間に、自分で自分を殺してしまうかもしれない。

 

 そう思うのは、かつて見た第三艦隊の戦い方と大きくかけ離れていることもあるだろう。

 霞だけに限らず、自らが仕掛けて先の先で相手を圧倒する第三艦隊の姿など誰も見たことがない。

 

 第三艦隊は、守る事を主眼に置いた艦隊。

 

 故に基本は後の先を取る形での戦闘を得意としている。

 フラワーズのエース、電にしても相手の砲撃を躱すと同時に砲撃後の隙を討つという形で撃沈を重ねていた。

 

 本来の戦い方を捨ててでも、こうして深海棲艦を沈めていくことが出来るのは、やはり間違いなく提督奪還という意思のおかげだろう。

 

「霞のおかげで凄く助かってる。だけど無理したらダメだからね?」

 

「そうなのですっ! 基本的に私達のフォローをお願いしたいのですっ!」

 

「……ええっ! わかってるっ!」

 

 今はこうして無茶ながらも気を遣ってくれる艦隊メンバー。

 

 その優しくも心強い瞳が失望に、失意に塗れた時。

 

 耐えきれる自信は霞に無かった。

 

 ひどいプレッシャー。

 

 霞自身提督を救いたいなんて、当たり前に思っている。

 初めて心から認めることが出来た人、これからずっとこの人の下で戦いたいと思えた人。

 そんな人を奪われたなんて認めることが出来ないし、再び奪還することへ熱をあげた。

 

 だが、それ以上に。

 自身も宿して、理解したからこそ、失敗に恐怖した。

 

 もしも誰かのせいで失敗したら、自分はその人を許すことが出来るのか。

 

 次があるなんてことはない。

 間違いなく、一発勝負。

 

「すー……はー……」

 

 気付かれないように、大きく深呼吸をする霞。頭に浮かんだ問いをかき消すように。

 

 ――あのクズ……絶対、絶対救ってやるっ!

 

 これほど心を痛めた八つ当たりをしてやると強く誓って、新たに出現した深海棲艦を睨みつけた。

 

 

 

「よしっ!」

 

 第三艦隊の突破を支援。

 それは主に霞のフォローと周囲警戒にあてられていたが、ここまでは順調。

 

 そう、順調。

 間違いなく第三艦隊は天龍の練度から想定される戦果を遥かに越えて進軍を続けられている。

 危ない瞬間は確かに存在していたが、それも自分たちがしっかり支援することでこのまま作戦第一段階は成功するだろう。

 

「……天龍」

 

「……なんだ? 時雨」

 

 問題は、自分が旗艦を務める艦隊。

 

 冷たい目で天龍へと声をかける時雨、その隣には同じ瞳を浮かべた夕立。

 

「……もう、我慢しなくて良いんだよね?」

 

「夕立、そろそろ我慢の限界っぽい」

 

 納得は、した。

 

 あの場面、確かに自身達の想いに身を任せて行けば今の光景は無かっただろう。

 時雨も夕立も、今第三艦隊が順調に進められているほどの戦果は出せなかったと認めている。

 

 故に、納得は結果的。

 

 天龍が作戦を伝えた時は半狂乱になっていたし、そんなの待っていられないと勝手に出撃しようとすらした。

 それを、より高い可能性で提督を奪還できると説き伏せた天龍は……間違いなく称賛されるべきだろう。

 もしかしたら、この作戦達成よりも遥かに難しいことだったのかもしれないから。

 

 二人にしても言いたいことはあった。

 止めるために仲間を撃った天龍を、龍田を責めるという気持ちもあった。

 自分たちがどれほど危険であったかを棚に上げて、それでも誰かを責めなければ自分を保っていられなかった。

 

 だから、もう限界に近い。

 

 ここまで来たのなら後は一人ででも。

 そんな風に逸る時雨と夕立を押さえつけるのも。

 

「まだだ……もうすぐ、予定海域最深部だ。そこを突破すれば、提督が監禁されているだろう海域だから慌てるな」

 

「っぐ……天龍はっ!!」

 

「時雨ちゃん?」

 

「う……ぐ……わかった、よ……!!」

 

 その場を離れ、周囲警戒へと戻る時雨と夕立。

 

 背を見送った龍田の瞳は悲しげに。

 

「わりぃ……龍田」

 

「ううん、いいのよ天龍ちゃん。どっちの気持ちも……わかるから」

 

 落ち着いているかのように見える龍田だが、その実我慢するのは時雨達同様に限界が近かった。

 第三艦隊は、自分たちに出来る最大を越えてやっている。

 その事実で辛うじて自分を押さえつけていた。

 

 もしも、自分が突破艦隊なら。

 

 そんな妄想が頭をよぎり、その度に振り払う。

 

 第一艦隊は、間違いなく墓場鎮守府最大戦力。

 どのような局面であっても、戦果を見ればどの艦隊よりも高いものをあげる。

 

 それは墓場鎮守府艦娘全てが認める所。

 だからMI作戦の準備へと向かった、AL作戦に参加していない艦娘達はなんとか我慢できた。

 必ず提督を奪還してくれるという信頼があった。

 

 それでも金剛や長門達の手は震えていたが。

 信頼することこそ、墓場鎮守府の強さだと知っているだけに任せた。

 

 そうしてそんな事を理解しているからこそ、龍田は、天龍は必死で自分を保とうとしている。

 

「辛い、な」

 

「……うん」

 

 今までのどの作戦よりも辛いと二人は感じている。

 敵の戦力は、順調の影に隠れて今までより遥かに強いものだったし、これほどまで作戦外に必死となる戦場を経験したことがなかったから。

 

 天龍とて、叶うのなら作戦を無視して当該海域に突撃したい。

 提督を拉致した深海棲艦を痛めつけ、それを許した自身を痛めつけ……最後に提督から叱られたい。

 すまねぇと謝りたい、笑って良かったと安心して。

 

「絶対……成功させるぞ!」

 

「もちろんよ」

 

 それを叶える。

 絶対に、再び幸せを取り戻す。

 

 そうするためにも。

 

「天龍ちゃん!!」

 

「おうっ! きなすったぜ……! 第一艦隊! 敵艦隊の背後を脅かすぞ! 第三艦隊へこの作戦、最後の支援だ!!」

 

「了解!!」

 

 現れた戦艦棲姫率いる艦隊へと歩を向けた。

 

 

 

「いい? 多分あれは戦艦……多分姫ってやつだと思う。遠距離が一番危ない……私達の射程距離に入るまでが勝負だよっ!」

 

「はいなのですっ! 絶対……絶対倒すのですっ!!」

 

 会敵。

 戦闘距離に入る第三艦隊。

 敵艦隊も那珂達を相手取る者として認識したかのように砲を向けると共に距離を詰めてきた。

 

 敵艦構成は、戦艦棲姫を旗艦に、重巡ネ級エリートが二隻、軽巡ツ級二隻と駆逐ロ級後期型。

 突破力を求めて主砲と魚雷、また敵潜水艦への備えとして響と暁は聴音機を装備していた第三艦隊。

 そんな那珂達からすれば幸いというべきか空母は見当たらず、対空能力の低さに悩まされる心配はせずに済んだ。

 

 那珂が考えるこの勝負どころ。

 それが自身達の射程距離に相手を収めるまで。

 

 速力は十分。

 弾薬、燃料に関してもここで使い切っていいというのであれば十分。

 

 射程距離に入るまで、全員が無傷であればまず、負けない、負けるつもりがない。

 

「ナンドデモ……シズメテ……アゲル」

 

 距離があるはずなのに、聞こえる呪詛の如き声。

 姫、鬼クラスの深海棲艦は戦艦棲姫しか見られない、だというのにも関わらず。

 

 ――シズメ、シズメ。

 

 そんな声が、誘いが大きく響いて聞こえる。

 

「っ!? 来るわよ! 皆!」

 

「……不死鳥の名は伊達じゃない。大丈夫」

 

 そんな空気へ負けないように、雷が皆へと声をあげ、響が大丈夫だと返す。

 

 艦隊の士気に影響はない。

 勝負どころを乗り越えられると確信出来る。

 

 ただそれでも不安があるとすれば。

 

「敵砲撃っ! 来るわよっ!」

 

「――っ!! 全艦防御態勢っ!!」

 

 敵戦艦と重巡洋艦による一斉射。

 砲撃音と暁の声が重なり、那珂の指示が通る。

 

 そして。

 

「っくぅうううう!!」

 

 弾着。

 駆逐艦、軽巡洋艦の砲撃ではまず上がらない勢いの水飛沫。

 共に上がったのは苦悶を噛み締めたような霞の声。

 

「霞ちゃんっ!!」

 

「だ、大丈夫よっ!! まだまだいけるわっ!!」

 

 庇われそこない霞、中破。

 砲塔が曲がっている、片腕が上がらない。

 唯一無事なのは機関、速力に関しての艤装のみ。

 

 第三艦隊の特性上、陣形を崩さず、絶えず切り替えての行動。

 普段なら良かった、だがあまりにもその息が揃いすぎていた。

 

 霞を、除いて。

 

「……わかった。足は、大丈夫だね?」

 

「もちろんっ! こんなとこじゃ終われないわっ!」

 

「よぉっし! なら、装填が終わる前に――突撃だよっ!!」

 

「了解っ!!」

 

 第一艦隊が背後を脅かすため一時的に離れたが故生まれた綻びは、こうして現れた。

 それでもいかなければならない。

 

 一つ目の不安。

 それが霞が途中でついてこられなくなること。

 

 そして。

 

「皆、行くよっ! 全艦、一斉射!!」

 

「なのですっ!!」

 

 不安要素の的中を塗りつぶす為に声を大きくあげる那珂。

 

 お返しと言わんばかりに放つ砲撃。

 敵旗艦、戦艦棲姫を狙ったそれは、狙い通りにまっすぐ飛んでいき。

 

「着弾確認っ!!」

 

 砲を撃てなくなった霞が弾着を確認する。

 同時に敵から放たれた軽巡、駆逐艦による砲撃は回避。

 

 そして物足りない水飛沫から覗いた戦艦棲姫の姿は。

 

「フフフ……ソノテイド、ナノォ?」

 

「……くぅっ!! まだだよ! 皆! 再装填を急いで!!」

 

 二つ目の不安。

 火力が足りるかどうか。

 

 再び現れた姿から察する損傷はほぼ無傷に近い、小破にすら至っていないだろう。

 

 捨て置いていた疑問。

 何故随伴艦が庇う素振りすら見せなかったその理由。

 

「固すぎる……っ!」

 

「まだよっ! 積み重ねて行けば……大丈夫っ!」

 

 雷が言う通り、時間をかけて砲撃を集中して戦えばいつかは沈めることが出来るだろう。それは那珂が勝負どころを乗り越えさえすれば必ず勝てると判断していた理由でもある。

 

「……どうする? 私……!」

 

 焦る必要はない、とは思えない。

 そんな時間があると思っていない。

 

 霞は中破してしまった、それはつまり時間をかけて倒すという選択は厳しくなったということ。

 

 本人は自覚がないが、この艦隊、現時点で一番火力が高い、火力を活かせているのは霞だと那珂は気づいている。

 故にその霞を活かすように第三艦隊の動きを指揮していた。

 

 その霞が攻撃不可。

 加えて、霞を沈めないようにと意識するのであれば、ただでさえ足りない火力を更に削って、誰かを護衛につけなければならない。

 

 ――一刻も早く提督のもとへ。

 

 その思いが那珂を急かす。

 

 第一艦隊が背後に周り、攻撃可能位置につくまでの時間がどれくらい必要かはわからない。

 だが少しでも敵艦隊の戦力を削がなければ効果的な挟撃は望めないだろう。

 それに後方で控えている第二艦隊も、第一艦隊の本番もここを突破した後、消耗は可能な限り抑えたい。

 

 故に、敵旗艦である戦艦棲姫から優先目標を変えて随伴艦を沈めるべき。

 

 それは少しでも倒せるものを倒し、消耗を少なくするためにと考えた場合正しい選択。

 

 どうする? どうすると那珂の思考が混乱しつつあったその時。

 

「那珂」

 

「……霞ちゃん?」

 

 決断的な表情を浮かべた霞によって思考を中断させられた。

 

「私が、あの戦艦棲姫の注意を引くわ」

 

「っ! ダメだよっ! それは絶対ダメ!!」

 

 そう、随伴艦を沈めるための時間、その間誰が戦艦棲姫の攻撃を受け持つか。

 

 もしも霞が中破しておらず、ギリギリとは言え共に行動することが出来たのなら、庇う行動による損傷は見込まれど火力の確保は行えていただろう。

 

 だが、本来の戦い方を捨て、限界ギリギリで行動していたのは第三艦隊全員同じで。

 そんな中、中破した霞を庇いながら戦艦棲姫率いる艦隊を相手にするのは、不可能に近い。

 

「沈まないっての。ウチのルールなんでしょ? 破るわけ無いでしょうに……それが一番なんとかなる可能性が高いだけよ」

 

 ちらりと反応のない自分の主砲へ視線を飛ばしながら霞は言う。

 現実的に、冷めた思考で考えて、攻撃に参加できない霞が囮としては適任ではあった、それは那珂も理解していた。

 

 元より練度を重ね、連携を深めたフラワーズのみで戦いに集中すれば。

 

 ただ、そんな考えが墓場鎮守府において許されるものではないという事が身にしみている。

 

「未熟な私が言うことじゃ無いけど、良い? ちょっと冷静になりなさい」

 

「っ!」

 

 海上に舞う水飛沫。

 高速で動きながら、霞と那珂は並び話す。

 

「確かに私じゃアイツを一人でなんとか出来るなんて思えない……けどね」

 

 大きく息を吸う、霞。

 

 恐怖は、あった。

 予想通り、自分が穴になってしまった。

 

 悔しいと思う。

 自分がこの人達のように強ければなんて、どうしてもっと私は強くなれていないのかなんて。

 

 だが、こうなっても考えていた失望に塗れた瞳を向けられるということは全く無くて。

 

「アンタ達が冷静になる時間位、稼いでみせるわ」

 

「かすみ、ちゃん」

 

 霞の目に映る今の第三艦隊は、かつて憧れたそれじゃないことはわかる。

 焦りに焦って、盲目的に救うことしか考えられていない。

 

 だから。

 

「私はルールを守ってみせるわ。だから那珂……ううん、那珂ちゃんも」

 

 ――あなた達らしく、さっさとなって下さい。

 

 かつての鎮守府演習。

 その時の、答え。

 

「霞っ! 出るわっ!! 見てらんないったらっ!!」

 

「霞ちゃんっ!!」

 

 静止しようとする那珂を振り切り、戦艦棲姫の前へと踊り進む。

 

「司令官……暁……皆……」

 

 自由なもう片手を胸に。

 

「預けたままの借り……今、返してみせるからっ!!」

 

 


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