絶対零度の熱き漢   作:ケツアゴ

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第十話

シトリー眷属は今日も鍛錬を行っている。ソーナからすれば本日は幼馴染であるリアスの将来がかかった大切なゲームの日ではあるのだが、幾ら本人同士や親同士が友好を結んでいても貴族ゆえの派閥の問題で見学は出来ない。

 

「時間ですね。では、少し戻します」

 

 現在体に重りをつけて逆さ吊りにされた匙は地面に置かれた大甕から小さい器で水をくみ、足を固定している台に置かれた大甕に上体を起こして移すという一昔前のカンフー映画の修行を行っており、時間内に一定回数が終わらなかったので甕に入っていたソーナの水の魔力は無情にも一割が地面の大甕に戻ってしまった。

 

「……糞っ! 今日こそは時間内に終わると思ったのに」

 

「ええ、いいペースでしたが後半バテたのか体が完全に上がらないことが何度もありましたね。もう少し基礎体力の向上を中心にしていきましょう」

 

 僅かだが成長を自分でも感じていた匙は手ごたえがあっただけに悔しそうにしながら訓練を続け、ソーナはメモを取りながら今後の育成方針を決めていく。彼女は彼女で眷属達の修行を監督しながらも水の魔力を様々な姿に変えて動かしていた。

 

「しかし、ジェラが即転生できないのってどうしてなんっすか?」

 

「喋る余裕があるなら回数を増やしましょう。……色々と面倒な貴族の事情があるのですよ。白と赤が同じ派閥に揃うのを危惧する方々や、それに乗じる方々によって……ふぅ」

 

 ソーナの容赦ない宣告に匙が顔を青ざめながらも上体を起こし続ける中、ソーナは世の中のままならなさに深い溜息を吐くのであった。

 

 

 

 

 

 

「しかし、どうして俺って直ぐに転生できないんっすか? いや、庭師の仕事とか引継ぎがあるから助かるっすけど」

 

「……説明したはずですわよ?」

 

「聞いていたけど理解できなかったっすっ!」

 

 ゲーム開始時刻が迫る中、ライザーの僧侶であるはずのレイヴェルはジェラを引き連れて見学者用の会場にやって来ていた。堂々と自分の馬鹿を宣言するジェラに少々頭痛を感じつつ、彼女は一度説明した事を馬鹿にも分かりやすい様にと思案して再び説明を始めた。

 

 

「今回の件に関わってるのは主に二種類居ますの。先ず、グレモリー家とフェニックス家、そしてルシファー派の力が増すのを危惧した方々。まだ力の程が分かっていない赤龍帝と既に武勲を挙げているジェラ。力が権力に結び付く悪魔社会では有能な人材の引き家は派閥の力を増すのに直結しますわ。……私が今こうしているのも両家の繋がりを嫌がる方々の仕業ですの」

 

「あっ、開始時刻が近いのに他にもライザー様の眷属の皆さんを見掛けたけど集まらなくて良いんっすか?」

 

「それも説明したけどもう一度説明するから聞きなさい。……ソーナ様が苦労すると忠告してきた訳が分かりましたわ。もう片方は此方側の陣営に所属する、貴方と赤龍帝の味方同士での争いで陣営が痛手を負うのを危惧した方々。時間を稼いで私の嫁ぎ先を探すかお兄様が婿入りして二人の繋がりが薄くなれば危険度が減ると思っていますの」

 

 此処まで説明した所でレイヴェルはジェラの顔を見る。全く理解出来ていない訳ではないが、未だよく呑み込めていないという顔を見て額に手を当てて溜息を吐いた後、指先を眼前に突き付けた。

 

 

 

「良いですのっ! 私の眷属になった際には厳しく指導させて頂きますからねっ! 力だけじゃ貴族社会は渡っていけないのですわっ!」

 

「うっすっ! 指導するということは俺に期待して頂けているという事っ! ならば苦手だからと思考を放棄しないで全力で取り組むっすっ!! このジェラ、宣言通りレイヴェル様に全てを捧げるっすよぉおおおおおおおおおっ!!」

 

 拳で胸を叩き自信満々に宣言するジェラの堂々とした態度に暫し呆けていたレイヴェルは、ハッと我に帰ると誤魔化す様に咳払いを一度行う。向けられた純粋な言葉に照れたのか顔が少し赤くなっていた。

 

「ま、まあ、頑張りなさい。……貴方の言葉は疑っていないし、色々と期待していますのよ。それで私が今こうしている理由ですが……婚約を阻みたい方々の茶々入れの結果ですの。今回、消費した駒の数を均一にしてゲームが行われます。まあ、お兄さまの勝利は堅いでしょうが……」

 

 如何にも悪戯を思い付いた、という顔をしたレイヴェルは自然な動きでジェラの腕を取ると自分の腕を絡めるようにして密着した。

 

 

「二天龍が揃うと危険だからと言って貴方を引き込むのを邪魔されないように、こうして既に仲良くやっているとアピールしておきましょう。……ふふふ。言っておきますけど演技ですのよ?」

 

「演技でもレイヴェル様みたいな美少女と腕が組めるなら役得っすね。一生の思い出になりそうっす!」

 

「そ、そうですの……」

 

 彼女からすれば先程からの苦労の意趣返しに少しからかって照れた顔でも見せて貰いたかったのだろう。だが、相手が悪かった。逆に恥ずかしい事を言われてしまいジェラの顔を直視出来ないレイヴェルは耳まで真っ赤になっている。ただ、悪い気はしないのが救いだろう。そうやって歩いていた二人だが、ジェラの足が急に止まって顔が青ざめる。目の前にあるのは貴族ではないが両家に関わる者達が観覧するためのワンランク下の部屋であり、レイヴェルを貴族用の部屋に送り届けた後で入る事になっていた。

 

 

 

 

 

「……あの、レイヴェル様。もしかして……母ちゃん、来てるっすか?」

 

 どうか違っていて欲しい、そんな願いを感じさせるジェラだが、扉の向こうにその女性は既に来ていた。

 

「そろそろかしらねぇ? ジェラと会うのは久し振りだわ」

 

 椅子に姿勢良く座って呟いたのは気品溢れる淑女。魔術師を思わせるローブ姿にポプラの彫刻が施された杖。おっとりとした温厚そうな顔立ちで、良妻賢母という印象を他者に抱かせるセミロングの金髪だ。そして、その手にはジェラの成績表が握られていた。

 

 彼女の他にも室内には何人も来ている。だが、不思議と彼女の周囲のみ空席で狭い思いをしながらも何かを感じ取って距離を取っている。彼らが感じている感情は……恐怖だ。

 

 

 

 

 

 

「嬢ちゃん、今日も頑張るねぇ。オレにゃ真似出来ねぇや」

 

 一方その頃、屋敷の中庭をいまいち格好の付かない走り方で周回するアーシアの頭の上に乗ったラタトクスは理解出来ない物を見る目を向けながら呟く。何故ジェラと共に観戦に行かないかというと、口八丁で貴族を騙せる以上のデメリットとなる人物の来訪の情報を手に入れていたからだ。ジェラに教えなかったのは会いに来て出くわすのを避ける為である。

 

「そんな事無いですよ、ラタトクス君。ジェラさんは何時も言ってるんですよ。ラタトクス君は賢くて義理堅い勇敢な親友だって。きっと私以上に頑張れます」

 

「……へいへい。んな事より、今朝は落ち込んでたのにどったよ? すっかり元気じゃねぇのさ」

 

 ジェラ同様に曇りのない瞳で向けられた賛辞にむず痒い物を感じるラタトクス。取り敢えず話を逸らそうとアーシアの話題に入る。今朝見たときには何やら思い悩んでいた様子だったが、少し目を離した昼食後に迷いを断ち切った元気な表情に変わっていた。其れが何故か、問われたアーシアは少しだけ恥ずかしそうに話しだした。

 

 

「実は聞いちゃったんです。私が助けた悪魔さんって、私を誘拐しに来て怪我した可能性が高いって。きっとその時に私を守るために怪我をした人も大勢居て、だから追放されたんだって思って迷いが出てきたのですが……ジェラさんが勇気をくれたんです」

 

「彼奴に? 悪魔が教会の敵だって知ってた筈なのに癒やした筈だ。やら、その優しさを尊敬する、誰がその行動を責めても自分は最後まで味方だ。……とでも言ったか」

 

「凄いです! 本当に仲が良いんですね!」

 

 適当に言いそうな事を口にすれば正解だったのか驚いた顔をされて呆れるラタトクス。絶対に口説く意図はないが他人を勘違いさせるであろう発言をしたジェラ、そしてその言葉を思い出したらしいアーシアの表情に彼は呆れていた。アーシアにはそんな気持ちは通じず素直に驚くだけであったが。

 

「だから私も何かを頑張りたくって、取り敢えず体力を付けようと。……きっと人間のままじゃソーナさんやジェラさんに迷惑が掛かりますよね?」

 

「……まーな。嬢ちゃん救出の時にジェラが見掛けた遠くから見てた奴、そして嬢ちゃんが助けたって悪魔は写真で確かめて一致したし、どーせ助けた振りして眷属にする気だったんだろ。酷なようだが……人間のままじゃ守り切れねぇよ。あのお人好し共は守ろうとするだろうがな」

 

 悪魔や堕天使は人を誘惑し堕落させる。基本的に人は見下され、他の貴族にアーシアを眷属にしたいと要請された場合、何時までも人のままで庇い立てすれば貴族内での立場に響くだろう。だが、それでも庇おうとするのがソーナやジェラだ。

 

 故にラタトクスは打算も含んでその場しのぎの言葉は吐かない。守りたい、その気持ちだけで守れるものなどたかが知れていると知っているからだ。

 

「……そう、ですよね。じゃあ、私も悪魔に転生すべきだと思いますか?」

 

「ああ、だろうな。……覚悟が決まったらオレに言え。話を通してやるよ」

 

 ラタトクスの言葉にアーシアは静かに顔を横に振った。

 

 

 

「いえ、自分で頼みたいと思います。貴方もジェラさんも私が聖女なんかじゃない普通の女の子だって……言って下さいました。今まで流されるだけでしたから、二人やソーナさん、ソーナさんの眷属の皆さんを見習って、私も自分の事に強い意志を持って行動したいんです」

 

 覚悟を決めた顔でランニングを再開したアーシアの背中を見ながらラタトクスはその場に座り込んで頭を捻り腕を組んで思案を始める。尚、彼は栗鼠である。絵本の一幕にしか見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「嬢ちゃんじゃ攻撃は無理だからサポーターになるだろうとして、足役兼盾が可能な使い魔に出来る奴でオレが紹介できるのは……彼奴かぁ」

 

 少々厄介な知人、いや、知龍を思い浮かべながらラタトクスは肩を落として溜め息を吐くのであった……

 




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