人里離れた荒野に猛獣の雄叫びが轟く。牛頭人身の怪物ミノタウロスだ。身の丈十メートル程の黒く分厚い皮膚を持つだけでなく、全身を焔が包み込んで周囲を熱する。間近で呼吸をすればか弱い生物ならば肺が焼けてしまう程の熱気を放つこのミノタウロスだが、何処かの研究者が極秘に作った個体が逃亡したと判明し討伐令が下るも非常に厄介な相手だった。
先ず、巨体故のタフネス。そして纏う炎による周辺被害。この双方の理由によって対策が練られる中、領地に逃げ込まれたフェニックス家が討伐に名乗りを上げた。遠方より挑発するように攻撃を続け、怒りと共に更に熱く燃え上がる炎による延焼の恐れがない場所まで誘い出す。
「オオオオオオオオッ!」
「今ですわっ!」
凄まじい熱気と共に広がった雄叫びにかき消されそうになりながらも可憐な少女の声が響いた時、ミノタウロスを囲むように四つの竜巻が出現する。通った場所を凍土に変えながら迫り来る脅威に炎が放たれるが触れた途端に急激に温度が下がり凍り付き削り砕かれる。数多の悪魔の魔力を防いできた黒皮も同様。触れた先から風で切り裂かれ瞬時に凍って砕かれる。
強引に突破しようとした巨体は弾かれ別の竜巻に激突、体勢を崩したミノタウロスを飲み込みように巨大な一つの竜巻へと融合した其れが消え去った時、氷の欠片が無数に宙を舞うだけであった。
「しゃぁああああああああああああっ! 大勝利っすっ!」
風に服をたなびかせ右腕を天高く掲げながらジェラは勝ち鬨を上げる。彼が悠然と地に降り立つと周囲を覆っていた冷気が消え去り気温が徐々にだが戻り始める。それでも寒いことには変わりないにも関わらず一人の女が平然と彼の元に歩み寄った。
バンダナを頭に巻いた強気そうな彼女の手元には鞘に収められた短剣。実に嬉しそうにしながらジェラの背中を力任せに叩いた。
「また強くなったではないか、ジェラ。これは私も負けていられんな!」
非常に馴れ馴れしい態度で誇らしささえ顔に浮かべた彼女が拳を突き出せばジェラも己の拳をコツンと当てて、どちらも何も合図せずに息のあったハイタッチ。二人について詳しく知らなくとも同類だと分かる光景で、実際に同類だ。その光景を遠巻きに見ていた集団の中から攻撃開始の合図をした少女が進み出た。
「ご苦労様ですわ、ジェラ。流石は歴代最強の
「これはレイヴェル様、見事な采配お疲れさまでしたぁ! そして俺の我が儘を聞き入れて下さってありがとう御座いまーすっ!!」
勢いよく下げた頭は地面に激突して罅を入れ、ジェラに頭を下げられた少女はビックリした顔の後、先程の女性に視線を向けるも豪快な笑みが返ってきて頼りにならない。
「はっはっはっ! 相変わらず何事にも全力だな! 流石はこのカーラマインの弟だ! だが、魔力の方は相変わらずか?」
「そうっすね、姉ちゃん。相変わらず風と氷以外の使い方が出来なくって転移すら無理っすっ! でも、そんな事で挫けないっすよ、俺はっ! 氷と風しか使えないなら、氷と風を極めれば良いだけっすっ!!」
「よくぞ言った! 良し、この後は暇か? 暇なら私の鍛錬につき合え。何時までも弟より弱いままではいられんからな!」
「おっしゃぁあああああ! 張り切っていくっすよぉおおおおおおおおおっ!!」
二人の世界に完全に入り込んだ体育会系脳筋姉弟に付いていけず、声すら掛けられないレイヴェル。今回、箔付けの為に兄の眷属とジェラへ指示を出して任務をこなした才女だが、気温と反比例するかの様に熱い二人の間に入ることは出来なかった。
「もう! 折角勧誘しようと思っていましたのに。わざわざお父様達に頼んで変異の駒を手に入れている最中ですのよ!」
任務が終わり、実際に素手での組み手を済ませて満足そうなカーラマインにレイヴェルは不服そうに告げる。十人に一人が持っているが、ジェラは戦車の変異の駒一個でも転生できず、立ち止まることなど知らないと今も強くなり続けている。だから未使用の変異の女王か戦車二個という貴重な物を財力で探していた。
今日も口約束だけでもしておきたかったのだが、どうも帰ってしまったようだ。
「何、私の方からそれとなく聞いてみたから大丈夫! 仮にレイヴェル様が主となったらどう思うか聞いたところ、”聡明だし可憐だし将来有望そうだし、そうなったら嬉しいっすね。”と言っていた。彼奴は単純だしお世辞の類ではないだろうな」
「あら、随分と高評価ですこと。彼の周囲にはソーナ様以外にもリアス様とかお綺麗な方はいらっしゃるでしょうに」
「ああ、ソーナ様はスレンダーなクールビューティな才女で素敵だし、リアス様は魔力が多くてセクシーで素晴らしい、とも言っていたな。彼奴、そうやって女を褒めるのに躊躇しないから」
「……そうですか」
別に思いを寄せている相手でなくとも賞賛されれば気持ちがよいが、どうも自分だけが特別に褒められていたと思ったので少しモヤっとしたレイヴェル。尚、カーラマインはそんな様子に気付いていない。
「まあ、後は女心への理解だな。私の誕生日には三段重ねのチョコホールケーキと体脂肪計付き体重計を贈った馬鹿者だ。……あのままでは恋人など出来んぞ。甘えてくるし甘えさせてもくれる色気アピールが激しくないのが好みだと言っていたが……」
彼女の主はレイヴェルの兄だが、そんな相手を放置して弟について唸って悩む彼女は脳筋であった。
「さあ! 動いた後は飯を食うっすっ! 体作りの基本は食事! しっかり動いてしっかり食ってしっかり休む! 教師を目指すなら子供達の手本になるっすっ! 誰もが出来ることを誰よりも出来るっ! それが皆が目指す先っすよぉおおおおおおおおおおっ!」
「ジェラ、言っていることは正しいですが……五月蠅いです」
ジェラ手動で行われる基礎トレーニングの休憩時間、BBQの準備をしながら炭火よりも激しく燃え上がるジェラ。響き渡る声は空気を振るわせ疲弊で食欲のないソーナ眷属が動きを止めるが慣れているのかソーナだけは冷静だ。底冷えのする声で注意をすると眷属達に向き直った。
「皆、ジェラは五月蠅いですが言う事は確かです。教師である以上、特定の誰かしか出来ない事しか長所が無いのでは困ります。……では、気を取り直して食事にしましょうか」
ソーナの言葉に気を引き締め美味しそうな匂い漂う串に手を伸ばす。やがて食欲が湧いたのか和気藹々と食事が進む中、ジェラは匙と話をしていた。
「お前って平然と自分が強いって言うよな……。まあ、亜種の禁手、それもかなり特殊なのに目覚めたりとかしてっけど」
「だって弱いって言ってたら俺を鍛えてくれた師匠や先輩達、俺を認めた人や俺に負けた人に悪いっすからねっ! 匙も口にすれば良いっすよっ! たどり着きたい場所があるなら尚更っすっ! それとアレは師匠への尊敬の現れっすっ!」
「いや、簡単に言うなって……」
まだまだ自信が付いていない匙。当初はジェラに嫉妬や劣等感を感じていたが悪魔になってもこなせそうにない修行を積んでいる姿を見せられれば其れもなくなる。蛇が巻き付いたような痣が浮かぶ腕を見ながら呟く彼が自信を持って自らの強さを誇れるのは何時のことだろうか……。
「……あー、寝てたのか」
あの事故……いや、彼だけが事件だと知っている一件から少し経ち、奇跡的に軽傷で済んだ一誠は学校を休み、気遣ってくれる親からも逃げるかのように人目のない場所で過ごしていた。つい少し前まで馬鹿話をしていた友人が居なくなり、荒唐無稽な話の為に頭を打った影響があると言い切られる。誰も彼の話を信じず、普通の不幸な事故だと語る。
それが嫌で、それが怖くて、何よりあの存在の正体が知りたいと強く願った彼が目覚めたのは廃屋の中。何となくだが自分の中の何かが反応した場所に潜り込んだのだが何時の間にか寝ていたようだ。あの日から妙に夜目が利くが既に外が暗いのは分かり、流石に帰ろうと起き上がった時、背後から巨大な影が掛かって異様な臭気が漂う。
「お前は美味いのか? 苦いのか?」
「……は?」
振り返った時、背後に居たのは人の上半身と獣の下半身の巨大な怪物、異形の存在。あのバスを襲った女と同じ……。
「お、おいっ! 鴉みたいな羽が生えた……」
「食わせろぉおおおおおおおおっ!」
元から通じないのか話す気が無いのか一誠の問い掛けの途中で襲いかかってくる怪物。だが、突如入ってきた人影が一撃で巨体を蹴り飛ばした。足が地面から離れ木の葉のように飛んで壁に激突、粉塵を上げる怪物。それを蹴り飛ばした背中を一誠は知っていた。
「アンタにも何か逃げ出した理由が有るんだろうがっ! 同胞を、襲うというなら容赦はしないっ! さあっ! 此処から先は俺が相手っすっ!!」
掲げた拳を振るわせ見得を切り叫ぶジェラ。踏み込んだ右足は劣化で脆くなった床を砕いて瞬時に凍らせ油断なく前を見据える。
「……あれ? さっきので倒してるっす」
色々と台無しであった……。
まだヒロイン未定 まだ候補です
感想 活動報告の意見お願いします