ペルソナ物語4~ポケットが真実でいっぱいいっぱい~   作:琥珀兎

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お待たせしました林間学校編です。
夢中になって書いていたら、文字数が凄いことになってしまった。


第十一話:波乱の林間学校

 六月六日 月曜日(晴)

 

 完二がマヨナカテレビに映り、誘拐を防げずにテレビに入れられたのを救出してから時は過ぎ。今はもう、六月も二週目に突入していた。

 あれからも平穏とは言い難い出来事が結構あった。

 それが何かと問われたら、答えるにはふさわしい時があると思う。まぁ、大まかに言えばバスケ部での練習試合とか、鳴上の元カノである生意気な女とか、話題には事欠かない出来事が目白押しだった。

 一条の事情や、長瀬の心情。それに忘れられない練習試合。

 汗と涙の青春の一ページを語るのは、また別の機会に。それよりも今は……。

 

「う、うぃーっス……!」

 

 気まずそうに挨拶をしてきたのは金髪頭で目つきの悪い不良少年こと巽完二だった。

 救出から数日、大事をとって休養していた完二であったが、今日本日をもって完全復活し学校に登校して来たのだった。

 

「ぷっ……以外に敬語じゃん」

「や、だってその……先輩だったんスね」

 

 里中が殊勝な態度をとる完二に小さく吹き出した。

 見た目に反してこの男、意外と上下関係はしっかりしてるんだな。というか、不良だからこそしっかりしているのか?

 よく不良の世界では先輩は絶対って暗黙の了解みたいな鉄則があるらしいが、完二も例に漏れずその類の人種なのかもしれない。

 事を荒立てるのを好まなかった俺にとっては無縁な世界である。

 

「えと……とりあえず、ありがとうございました。……あんま覚えてねえけど」

 

 テレビの中の世界に充満するよくないモノにあてられたのか、もしくはショッキングな自分暴露に参ったのか知らんがどうやら本当に覚えていないらしい。

 タイミングを見て俺達はそれぞれ目配せをする。

 前もって話していた事を、天城が代表して話し始める。

 

「私達、教えて欲しいことがあるの」

「早速だけど、あん時会ってた男の子、誰?」

 

 男の子? 里中は誰の事を言っているんだ?

 俺はてっきり犯人の顔を見たのかとか、誘拐された時の状況を聞くのかと思ってたのに。完二が復活したらそれを聞こうって話したじゃん。

 そもそも里中の言う男の子とは誰なのか。俺個人としても気になり完二の方に視線をやると、理由はわからないが狼狽していた。やっぱりクロでしたか貴方。そういうのは余所でやってくださいね、主に俺が居ない所で。

 本当のところ、完二が黒か白かなんてのは俺が視たってわからない。

 当然だろう、いくら認識力が高まっても人の心までは読めるわけがない。でなきゃ態々ストーキングしたり、暗躍したりなんて面倒なお膳立てをしてまでこいつらの仲間に入ろうとしない。もっと楽に、早く事を進められたはずだ。

 

「なあ、その男の子って一体誰のことを言ってんだ?」

 

 俺だけ知らないのはなんだかしっくりしない。

 当然の疑問に、あっ、と小さく声を上げる里中。

 

「そういえば、霧城君はあの時町にいなかったから知らないんだよね。……あのね、マヨナカテレビに完二くんが映った後、後をつけてたら学校の校門で完二くんに話しかけてた男の子がいてね……それがずっと誰なのか気になってたの」

 

 町にいなかった。その単語を言う時の里中の表情は優れなかったが、それも段々と話しているうちに元に戻っていつもの明るい顔に戻っていた。

 何も連絡しなかったのは悪かったけど、霧城君って……。結局、クマ之介が介入した所為で有耶無耶になっちゃったじゃん。

 こりゃ……次のチャンスはいつ来ることやら。

 話題の男の子についての説明を里中から受けていた俺の横で、焦ったように感じが答える。

 

「あ、あいつのことぁ……俺もよくは。つかまだ二度しか会ってねえし……」

「二人で学校から帰ってたじゃんよ、何話してたの?」

「や、最近変わった事ねえか、とか……ホントその程度で……」

 

 質問に答えられないからなのか、目線を逸らして気まずそうにしている完二。

 里中の詰問の仕方がなんか、警察官のそれと似ているような気がするのは気の所為だろうか。案外この子将来は警察官になったりすんじゃないの。正義感強いし。

 俺が里中のミニスカポリス姿を妄想している間も、完二の話は続く。

 

「けど、自分でもよくわかんねえスけど、俺……気づいたら、また会いたい、とか口走ってて……」

 

 頬を染めるな、頬を。

 なんで野郎の嬉し恥ずかし暴露ストーリーを聞かなくちゃならないんだ。

 頬が染まって見えるのは、夕日が指しているからだと思いたい。

 

「男相手に」

 

 里中が鋭いツッコミをする。

 いやホント完二相手にそのツッコミはキラーパスもいい所だろ。パスしたと思ったらそのままゴールに入ってしまった、みたいな威力を持ってるぞ。里中……恐ろしい子!

 歯に衣着せない言葉に、思いつめるような顔をする完二。

 

「お、俺……自分でもよく、わかんねんスよ。女って、キンキンうるせーし、その……すげー苦手で。男と居たほうがいいんスよ。だ、だからその……もしかしたら自分が、女に興味もてねえタチなんじゃって……」

 

 いつだったか俺がバイクに完二を乗せて走っていた時のように、淡々と自分の心情を語る完二。

 女が苦手で、男と居たほうが気が楽だという完二の意見はまぁ確かに賛同できることは出来るな。同性っていうのはそれだけで気兼ねさがないから、自分らしく振る舞うことに抵抗を感じない。

 異性っていうのはそれだけで無意識にしろ意識してしまう……意識無意識ってなんかコッチが混乱してくるな。

 

「けどゼッテー認めたくねーし、そんなんでグダグダしてたっつーか……」

「まー確かに、男同士のが楽ってのはわかるけどな」

「そうだな、完二のいうこともまぁ、男としては同意見だ。男同士ってのは、大抵のことは言い合えて楽だからな」

 

 花村の言葉に俺も賛同する。

 大体の男子がそう思っているだろう。これは俺の勝手な意見だけど。

 

「もう気持ちは落ち着いたのか?」

 

 気遣うように鳴上がそう言った。

 

「大丈夫っス……。要は勝手な思い込みだったって事っスよ。壁作ってたのは、俺だったんだ」

 

 その言葉に、俺以外の四人が全員首を傾げる。

 そうか、こいつらはあの時の完二の独白を聞いてなかったから……。

 

「あ、ええと……―――」

 

 どう言ったらいいのか、探り探りポツポツと語り始めた。

 それは自分の生まれから環境。周りを取り巻く人間関係。自分が服を縫う事に興味を持っていたこと。そして、それをよく思わなかった人間が原因となってグレてしまったこと。周囲の奇特な者を見る目は完二に苛立ちを植え付けてしまった。

 止まらない自分語りは完二という人間を知らしめるには十分であった。

 

 何故否定されるのか、人類は差別する生き物だ。どうしてもっと受け入れることを、許容することが出来ないのか……俺にはそれが不思議でならない。

 理性と言う鎧を纏っている人類は自分の行動に善悪を問う。なのに他を追いやるその行動を悪とは思わない―――これはおかしいと思う。俺が間違っているのだろうか、それとも周囲が違った考えを持っているのかはわからない。でも“違う”ってだけで批判して追いやるのは何かがおかしい。そりゃあ、俺だってムカつけば否定するし、勝手に人類の考え主張を自分の鋳型にはめ込んで偉そうな口を叩く。……あれ? それじゃあ俺も、俺が疑問に思う心理行動に則した事をしてるじゃん。なんで俺はそんな当たり前のことを否定した? それに―――何故“人間”を“人類”と呼称した?

 

「あー、今のだいぶ無しで。……今の俺なんかカッコ悪りっスね」

「かっこつけなくてもいい。俺たちはもう、完二のシャドウを見て知っているんだから」

「……そっスね。先輩らにはもう、サラケたし」

 

 自分の中の違和感と格闘していたら、話はひと段落着いたらしく完二はスッキリしたような表情で夕暮れの空を見上げる。

 春が終わり、夏が近づいているこの時期の空気は過ごしやすくてとても良い。屋上に吹きすさぶ風は優しく、まるで完二を慰めるようにも感じられる。

 でも話はまだ終わりじゃない。鳴上達は俺とはまた違った目的で動いてるんだから、これでハイさようならってわけにはいかないだろう。

 さっきまで柔らかかった花村の表情がキッとなって真剣な眼差しを完二に向ける。

 

「んで、二度目に俺らと会った後の事だけど、何か覚えてる事ないか? ほら、俺らの事、シメんぞーっつって、追いかけて来た時の。霧城がバイクで駆けつけた時のあれ」

「あ? あー……あの後ウチ戻って。部屋でふて寝決め込んで……あれ、そういや誰か来たような……」

 

 うーん、と唸りながら広い額に手をやる。

 もしかしたら犯人の手がかりが、と俺除く皆がハッとなってまくし立てる。

 

「誰か来た!? どんなヤツだ!?」

「あ、いや、そんな気がしたってだけで、誰も来てないかも……」

 

 必死な形相で聞いてくる花村があまりにも真剣なので、信憑性の薄い出来事に自身が持てない完二が取り繕うように予防線を張る。

 もしかしたら本当に記憶が混濁しているのかもしれない。誘拐という一番被害者にとっては目につく行為を防ぐ為には、標的に対して何らかの薬物を投与したりして前後不覚状態にしてしまう。

 いくら屈強で喧嘩の強い完二でも、薬物の力には勝てないだろう。そう考えれば、納得も行くが……。

 今は本命の情報よりも、小さくても確実な情報だ。それが確かであるなら、俺の頭脳が出来うる限りのパターンを演算するだろう。まっ、『呪い』があるからどこまで説明できるかわからないけどな。

 

「この際犯人の人相はいい……それより、覚えている限りで目についた物は無かったか?」

「あーっと、そういやなんか変な、真っ暗な入口みてえのとか……。気がついたらもう、あのサウナみたいなトコにブッ倒れてたっス」

「真っ暗な入口……」

 

 俺の質問に、なにか思い当たった事があったらしい。

 真っ暗な入口か。天城は口元に手を当てて考え込んでるが、多分出てくる答えは合っているだろう。

 数秒の後、パッと天城が口元から手を離して顔を上げる。

 

「それってもしかして、テレビだったりしない?」

「あ……? あー、言われてみりゃ、んな気も……てか、なんでスか?」

「あ、ううん……ちょっと思っただけ」

「いや、天城の意見は正しいと思う」

 

 間違っちゃいないさ。犯人は誘拐の手口にテレビを使うのは、完二がテレビの世界にいた事からそれは自明の理に等しい。

 ただそのタイミングが、場所がどこなのかがわからないだけ。

 意見を下げた天城を肯定する俺に、みんなの視線が集まる。花村なんかは期待を込めた目をしてる。

 

「なんだ……? もしかして、なんか思いついたのか?」

「……少しな」

「言ってみてよ、あたし達も君の意見とか聞いてみたいし」

「そうそう、なんたって転校早々の中間テストで『学年一位』を取った男なんだしな霧城は。俺もその秘訣、教えて欲しいくらいだぜ」

 

 嫌味なくそう言った花村に、俺は少し眉を顰めて睨めつける。

 しかし、俺の行動を冗談と捉えている彼には通用しなかった。お気楽少年ってのはたまに厄介事を放り込むから面倒だ。

 それでも憎み嫌う程には、俺は花村の良さを知ってしまっているので出来ない。

 文句を言った所でこいつには暖簾に腕押しなので『学年一位』のところはスルーする。

 

「……犯人の手口だが、それは…………ぅぐっ!」

「き、霧城君……大丈夫!?」

 

 天城が心配そうに声をかけてきた。

 あー、そうか……『呪い』はここにも作用するのかよ。ってことは犯人は『アイツ』と繋がっているか、もしくは関連しているのか。どちらにせよ、俺はこの件については何も言えないのだろう。

            エラー/人体に多大なる影響を及ぼす/エラー/直ちに回復に努め―――

 体が熱い。内臓が焼けるようだ……頭の中もぼんやりとして霞がかっていて思考が上手く練れない。視界は強い光を真っ向から浴びたように眩しくて何も見えない。要するに、今の俺―――もう駄目。

 グラリと、躰の平衡感覚がなくなって天地がひっくり返るような感覚が俺を襲う。ちゃんと地面に足がついているかも、もうわからない。

 

「お、おい霧城!」

「しっかりしろっ!」

「霧城君っ!!」

「先輩っ!」

「イヤっ、大和君! しっかりして!」

 

 何だよ里中……やれば出来るじゃないか。

 あぁ―――それにしても熱い。

 

 こうして皆が心配そうにしている声を聞きながら、俺の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 ―――鏡が目の前にあった。

 他には何もない真っ暗な空間。

 俺は一人そこに立っていて、じーっと鏡を見つめている。

 あれ……なんで俺はここに居るのに、俺が目に映ってるんだ?

 ああ、夢か……。たまにあるよなこういう夢。

 体がある感覚は無いのに、視線だけは思うように動かせるから、俺はずっともう一人の俺を見ている。

 

 ――――わからないのか?

 

 鏡を見ていたもう一人の俺が話しかけてくる。

 どういうことだ……わからないって、一体なんのことを言ってるんだ。

 

 ――――俺はお前で、お前は俺だ。

 

 んなの見ればわかるっての。

 なんでずっと鏡見てんだよお前。ナルシストなの?

 

 ――――でも俺は透明だ。いくら見ても、鏡には映らない。

 

 感情のこもらない簡素な言葉が響いてくる。

 なにがなんだかわからない。夢の中に限っては俺の能力も役に立たないらしくて、全然予想が浮かばない。

 

 ――――だから、俺は俺に成れない。

 

 ゆっくりとその決定的な言葉を告げる。

 この場においてあるはずのない心臓の動悸が激しくなる。

 すうっと感覚が冷たくなって薄れていくのを感じる。

 ―――いやだ……俺は消えたくない。

 

 ――――俺も消えたくない……だから……俺はこうするしかない。

 

 突如、もう一人の俺が火に包まれる。

 燃え盛る炎は、俺にも襲いかかった。

 ―――熱い! 熱い熱い熱いっ!!

 振りほどこうともがこうとするが、俺に躰は無い。ただ燃え盛る炎に焼かれ続けるだけ。

 同じように燃えているもう一人の俺が鏡を見る。

 

 ――――ほら……やっと映った。

 

 嬉しそうにもう一人の俺が鏡を見ている。

 

 ―――そこに映っているのは、とても自分が知る俺の姿ではなかった。

 

 

 

 

「ハッ…………はぁ……っ」

 

 目が覚めた。

 体中が汗でベッタリとして気持ち悪い。

 

「……霧城君!?」

 

 声のする方を反射的に向く。

 そこには里中が泣きそうな目で、安心した様な表情で俺を見ていた。

 てかここどこよ。キョロキョロと辺りを見渡していると、里中がそれに気づいたのか説明し始める。

 

「ここは病院だよ。あの後霧城君、全然起きなくて……それで、救急車を呼んだの」

「……そうか、俺……あの時倒れて……見たところ里中しか見当たらないけど、他の皆は?」

「さっきまで一緒に居たんだけど……その……あ、ちょっと用があるからって行っちゃった」

 

 里中以外に見当たらないのを疑問に思って聞いてみると、アセアセとしてなんかどもってしまっていた。

 もうそれだけでわかった、多分主犯は花村なんだろう。こんな事思いつくのはアイツしかいないし、するわけがない。これが天城とかだったら俺の人を見る目も腐っているって事だ。

 意図的に余計なおせっかいをして二人っきりにしやがったなあの野郎。

 

「なるほど……それで……」

 

 ふと病室を見回してみる。

 贅沢にも個室であるここは、やっぱり全体的に白で統一されていて、どこか薬品臭い。

 だけど手入れは行き届いているらしく、俺が横になっているベッドはふかふかだし、リノリウムの床もちゃんと磨いてあっていろんなものを映している。

 さっき見た夢を思い出して少しだけ身を乗り出して床を見る。……良かった、ちゃんとここに俺は居る。

 

「ちょ、ちょっと、まだ目が覚めたばっかりなんだから寝てないと!」

「いや、もう大丈夫だ。なんともないし……むしろ」

 

 むしろもう病院から出たいんだけど。

 なんかこの空間は好きになれない。圧迫感があるんだ。

 俺は体がなんともないのを確認すると、よっ、と言ってベッドから腰を上げる。

 訴えるように里中を見つめるが、彼女は冗談の通用しない顔で俺の肩を両手で掴んで制止してきた。

 

「駄目だよっ! ……お願いだから、無理しないで」

 

 ささやかな俺の主張は涙目で震える里中によって阻止されてしまった。

 

「あたし今、今になって怖くなってる……」

 

 懺悔するように、うつむきながら里中の口が開く。

 

「テレビの中でもそうだし、コッチでも君は強くて、誰にも負けない勇気をもってるように見えて……あたしにはそれがとても羨ましく思ったの。だって、君はあたしが困ってるといつだって助けてくれる……完二君に追っかけられた時も、完二君の影にやられそうになった時も、みんな霧城君が助けてくれた。だからあたしは勝手に、君は何でも出来る人なんだって思ってた。決めつけてた。最低だよねあたし…………けど、今君はこうして病院のベッドの上」

 

 里中の視線が俺の寝るベッドに映る。

 そして再び口が開く。

 

「恐かった……このまま君が目覚めないんじゃって、あんなに強かった君があっけなく倒れて。その時思ったの……これで一生君が起きなかったら、あたしはきっと耐えられないって」

 

 縋るような、咎めるような、綺麗な玻璃のような瞳が俺を捉えて逃さない。

 里中の気迫に押されて、思わず俺もそれに従ってしまい大人しくベッドへと腰を下ろす。

 でも肩にかかった手は離れないで、そのままの状態で俺達は見つめ合ってしまう。

 静寂がこの場を満たし、時折床を叩くような音が部屋の扉を隔てて聞こえてくる。ここだけ時間が止まったように隔離され、永遠のような沈黙が漂っている。

 

「…………………」

 

 互いに何を言えばこの無音の時間を破ることが出来るのかわからないままに、ただ漫然と時だけが流れていく。

 まるで世界に二人っきりになったような、そんな感覚。

 里中の頬は朱に染まり、俺の肩を掴む手は加減を忘れているのか、強く握られたままだった。強化されている体だから痛いわけではないが、そうさせてしまっている原因が俺にあることに胸が痛む。

 突然目の前で倒れてしまったのだ。里中じゃなくても驚いたし、心配しただろう。これが逆の立場であったなら、迷わず俺も同じ行動をとったと思う。

 だからって、いつまでもこうしているわけにもいかず、俺はそっと肩を掴むその見るからに女の子な手を握り降ろして、上半身だけを起こして壁に寄りかかっている俺のちょうど膝よりやや上、ふくらはぎの辺りに置いてそのまま握ったままにする。

 

「あっ……霧城君……どうしたの?」

 

 触れた瞬間にピクっと里中の肩が震えた。

 いきなりの俺の行動に驚いたらしく、少し表情が強張っている。別に取って喰うつもりはないのだが、信用ないのかな俺。

 

「……名前」

「えっ……?」

「さっき、倒れた時……俺のこと『大和君』って呼んでくれた」

 

 話を逸らすようにあの時のことを告げる。

 里中は覚えていたらしく、ただでさえ赤かった頬がかぁっとなってさらに赤くなっている。

 気絶する間際の事だったけど、ちゃんと俺は覚えていた。里中の顔が青くなって、必死になって俺を呼びかける姿を。

 本人は気づいてなかったと思っていたのか、その瞳は驚愕と羞恥に満ちているように視える。

 

「あ、その……い、いやーあたしったら、そんな事言ってたんだ~。全然気付かなかったよ~」

 

 言い逃れようのないこの状況に置いて、なんと里中は誤魔化してきた。

 いや、ちゃんと俺聞いてたから、何嘘ついてんだ。それで騙されるのはクマ之介ぐらいのもんだぞ。

 いい加減、有耶無耶なままにしておくのは嫌なので、俺は今だ繋いだままの里中の両手をギュッと握り締める。

 

「ふぇっ?! ちょ、ちょっと霧城君、何すんのさ……?」

「『大和』……だ」

「……えっ?」

 

 俺の手から逃れようと里中が力を込めて手を抜こうとするが、逃がさない。

 有耶無耶なのは……嫌いなんだよ。

 グッと力を込めて、逃れようとする里中を自分の所に引っ張り込む。一方的な綱引きみたいに。

 

「あん時みたいに……完二を助けた時みたいに『大和君』って呼ばないのか?」

「…………ぁ、あのさ……本気で、言ってる?」

「嘘でこんなこと言うかよ」

「うぅ~……! わ、わかったよぉ……ゃ、ゃまとくん……」

 

 観念したようすの里中が消え入るように小さな声でそう言った。

 十分に聞こえて沸騰している里中も堪能したから実際は満足なんだが、あとちょっとだけ。

 

「えっ、なんだって? ごめん、聞こえなかったからもう一回」

「うぐぅ……も、もうっ、大和君! これでいいでしょ!?」

 

 半ばヤケといった感じになって里中が俺の名前をおざなりに呼ぶ。

 まともに顔を見る事も出来ないのか、さっきまで開いていた瞼はキツく閉じられている。

 もうこれぐらいで良いかな、多分これ以上やったら流石に嫌われてしまう。それは俺としても避けたい問題だ。一度の失敗で今後の楽しみが一つ減ってしまうてのはリスクが大きすぎるし、なんの特もない。

 こんなにも可愛い里中を、どうして花村やクラスの男子は男勝りと呼ぶのか、俺にはそれが不思議でならない。褒めれば照れるし、気遣えば優しく微笑んで感謝される。今だって、倒れた俺を心配して泣きそうになったりして。何より、この手に伝わる柔らかくて暖かい手の温もりが女の証。実際問題、こんなのあいつらの前でやったら俺はただの変態に成り下がってしまうかもな。

 目的も達したので、里中を拘束する手を緩め微笑みを浮かべてみる。

 

「よしっ……それじゃあ、今後はそれで行ってみよう里中!」

「……………………あたしは苗字のままなんだ……」

「ん……?」

「何でもないっ!」

 

 怒ったようにして俺にこれ以上は何も聞くな、と副音声が聞こえたので追求しないでおく。

 まあ、聞こえてたんですけどね。今はまだ、このままがいいような気がしたからそれを保つ為にも、ここは聞こえないふりをしておく。

 そういえば……。

 

「手……離さなくて良いのか?」

 

 もう力を込めて握ってもいない両手を見る。

 ただ覆い被さるようにしかしていないのに、今だ里中は手を離そうとしていなかった。

 それを指摘した途端に、パッと一瞬のうちに手を引っ込めてしまった。ワニワニパニックだってもうちょっとスローに引っ込むぞ。

 引っ込めた手が行き場を失い、フラフラと右往左往したりして、結局両手を合わせてモジモジする所に落ち着いた。

 うーん、里中を弄って楽しんだのは良いけど、また妙な沈黙が出来ちまった。そうだ、完二のことについてでも聞いてみるか。

 

「なあ里中、完二はあれからどうしたんだ?」

「完二君なら……そうそう、完二君はあたし達と一緒に犯人探し手伝ってくれるって!」

 

 新しい仲間が出来た、と嬉しそうに語る里中を見ながら、俺はこれからのことを考える。

 やっぱりそうなったか。完二が仲間になるってのは、実際予想の着いた事だけに驚きは無い。ただ、こうなった以上時期を見て本格的にテレビの中での戦い方を身に付けてもらわないと。いつ俺がまた『呪い』の影響で倒れるかわかったもんじゃないからな、不安要素は早めに取り除いておきたい。

 

「そうか、あいつが仲間になってくれると心強いな……」

 

 主に戦闘面で。

 

「よっし、それじゃあ退院するか」

「えっ……?」

 

 突然の俺の宣言に、呆気にとられたような顔で固まっている里中を無視して俺は立ち上がる。

 幸い服装は気絶した時と同じで学生服のままだ。

 ベッドの横に置いてあった棚から、俺の靴を取り出して今履いているスリッパと取り替える。

 てきぱきと帰り支度を済ませ、里中の方を振り向く。俺の視線に気がついて、ハッとなる。

 

「駄目だよ! さっきも言ったでしょーが、安静にしてって!」

「もう治ったもんは治った、これ以上は時間の無駄だよ」

「時間の無駄って、なんで休むことが無駄になんの……」

「良いから、ほら俺の頑丈さは里中もテレビの中で見ただろ……俺の体、ちょっと頑丈に出来てんだよ、鍛えてるから」

 

 一つ嘘を吐いた。

 鍛えてるなんてのは嘘である。

 この町に来てからの俺は努力することを“奪われた”。

 

「それは知ってるけど……んもう、わかったよわかりました……じゃああたしも付いてく」

「当然、それじゃあ……さっさと退院するか」

 

 渋々といった感じで不満気な里中をどうにか説得した。

 今だ表情に不満げな色が視えるが、それを聞くとさらに増してしまう気がするので敢えて無視する。

 

 それからのことを簡単に説明すると、脱走ではなくちゃんとした手続きを済ませて病院を出た俺は里中の指示でジュネスへと向かった。

 彼女の言い分では、どうやら鳴上達はそこで完二の事を饗していたりしているらしい。

 やる事も特に今日はないし、このまま帰ってもしょうがないから里中をバイクに乗せてジュネスへ向かって走った。道中、いろいろとまた里中をからかったりした。楽しかった。

 ジュネスに着いたら、皆が心配していた。特に、何故か完二が心配していた。どうして女よりもお前が心配するかな、俺どこで選択肢を間違えたわけ? とか思って若干混乱したが、落ち着いてこれまでの経緯何かを聞いた。

 成果があったのは被害者の共通することが全員“テレビで報道された人”って仮説が有力らしい。うん、実際それであっているだろう。俺の考えでもそれはあった。

 その後、クマ之介のところに行って完二は自分のメガネをもらったらしい。……なんでも最初は鼻メガネを掴まされたとかなんとか文句を言っていたので、今度飯奢ってやるって言ったらコロッと態度を変えやがった。現金な奴め……。

 

「あ、そうだ……ちょっと俺もテレビん中入ってくるわ」

「なんだ? クマになんか用でもあんのか霧城?」

 

 不思議そうに首を傾げる花村に、ちょっと、と言って俺はテレビの中に入る。

 テレビの中では、退屈そうにしていたクマ之介とちょっとだけ遊んでやった。コイツもまた、現金な奴である。

 そして、俺はテレビの中でしか出来ない事を“ある物”に施して現実に帰って来た。

 ふふふ、今度こそ……今度は女性が映る事を願うばかりだな。ぐふふふふ。

 

 こうしてこの日はあっけなく終わった。

 

 

 

 

 六月十六日 木曜日(晴/曇)

 

 特にこれといって目立つ事件など無く放課後がやってきた。

 いつもなら、このまま鳴上や花村と馬鹿な話しをしながら帰路に着くのだが、今日はちょっと違っていた。

 

「三人とも、林間学校は初めてなんだよね?」

 

 そう、手にショッピングカートを持っている里中の言う通り、明日から林間学校が始まるのだ。

 場所はよくわからない森林の中。期間は一泊二日。自然とふれあいボランティア活動を行うことによって自然を学び社会に貢献するといった、なんともまあ高尚なお考えのもと企画されているらしい。企画立案者は諸岡ことモロキン。相変わらずロクなことを思いつかない教師である。

 基本的に班行動を原則とするこの林間学校では、当然のごとく俺と鳴上と花村、それと女子に天城と里中が一緒の班だ。好きな奴と組め、と言われて自然とそうなった。これが都会での俺だったらもうちょっと手間取ったかもしれない。

 生徒の自主性を重んじるといったお布令の下、初日の昼ご飯や、晩御飯を飯盒炊爨(はんごうすいさん)で作らなくてはならない。その為、今現在皆でジュネスに来ている。

 何を作るかは聞いていないが、とりあえず食料が無いことには話にならないからな。

 

「班ごとに飯盒炊爨で作るんだろ、聞いた聞いた」

「メニュー何にするつもりなんだ……?」

 

 花村はこの林間学校を楽しみにしていたのか、さっきから笑顔が絶えない。なんか気色悪いでござる。

 対して鳴上はさすがのポーカーフェイスっぷり。磨きがかかりすぎて眩しいです旦那ァ。

 何を作るのか、それは結構飯盒炊爨では重要なファクターである。何故なら、環境の整ったキッチンしか経験をしていない一介の高校生が出来ることなんてたかが知れていから。外での調理経験なんて、趣味や家族と一緒にキャンプに行ったりする奴か、最低でも小学生の間に行った林間学校が関の山である。

 だからこそ、このどんな料理を作るか、というのはとても重要なのだ。下手に凝っては失敗に終わる。要するに飯抜き―――育ち盛りの高校生には辛い仕打ちだ。

 真面目に考えている俺の事なんて露知らず、天城は鳴上の方を向いて口を開く。

 

「カレーとラーメンで悩んだんだけど……」

「……カレーの方が良いな」

「んじゃあ、カレーに決まりね」

 

 おいおい、俺の意見は来てくれないのかよ。薄情な奴らだな。

 

「おい、俺の意見も聞いてくれぇ。カレー! 絶対カレー! キャンプはカレー!」

 

 ほう、珍しく意見が合ったな花村君。っていうか、今の俺、花村と同列……もしくはそれ以下なのか。うつだしのう。

 はしゃぎ過ぎてテンションが留まることを知らない男に、里中は額に青筋を立てながら「五月蝿い、わあーったから」と呟いた。気持ちはわからなくもない。普通のテンションでいる自分の傍ではしゃぐ人間を見ていると、なんだか疲れてきてイラついてしまうのだ。今の、里中の心情はそれに近いと思う。

 里中と花村、そして鳴上は林間学校での日程について詳しく聞いていた。午前中はゴミ拾い……だと? それにテントで一晩、極めつけには川での水遊び。ラッキースケベの予感がするぜっ!

 俺を除く四人がカレーと意見が出たので、これが数の暴力かっ! って感じでちょっと離れて辟易していたら、それに気がついた天城がトトッと小さな足取りで近づいてきた。

 

「霧城君も、カレーで大丈夫かな? 苦手なものとかあったら、教えてね」

「いや、問題ない。カレーは好きだし、好き嫌いはしないんだ」

「そう? 良かった、それじゃあ材料を買っちゃおう」

 

 そう言って微笑む天城に、自然とつられて一緒に着いて行ってしまった。おそるべし、大和撫子。

 目端が効くのだろう、彼女は集団からワザと少し外れていた俺を目ざとく見つけた。普段から人を相手にしていないとなかなか出来ない芸当だ。流石は天城屋旅館次期女将と言った所なのだろうか。

 決して物理的接触から引っ張られることは無く、しかし天城にフラフラと言われるがままに着いて行く俺はヘタレなのだろう。背後にヒシヒシと当たる強い視線が、さっきから背筋を凍らせている。寒いのに汗が出るってのは不思議だ。人間はどこまでも矛盾した生き物で飽きない。

 視線の正体は分かってる。確かめるまでもないが、一応俺はその場で後ろを振り向いた。

 

「………………っ!」

 

 一匹の獰猛な獣が居た。

 というか、他に人が……正確には鳴上と花村が居なかった。……あの野郎共、逃げやがったな。

 活発さを表す眉は釣り針に引っかかってるみたいに釣り上げっていて、嫌味のない正直な瞳は悪意で汚れて半眼になっている。なんていうかもう、阿修羅である。

 ちょっと前までなら放っておきたい所なのだが、そうもいかない。明日から林間学校なんだから。

 里中の異変に気がついていない天城は、マイペースにいろんな食材を見ていた。俺は里中に贖罪しなくてはならない。……若干無理やりだけど、今の上手くね俺。

 

「な、なぁ里中……さん?」

「なぁに……? 雪子に夢中な『霧城君』……!」

「…………」

 

 アカン。怒っていらっしゃるよこのお方。スッゲー面倒くさい嫌味を言ってるし、それに俺のこと『大和君』って言わないで『霧城君』って呼んでるもん。

 大体、なんでこんな恋人同士の痴話喧嘩みたいになってんだよ理由を三十字以内で答えてくれよ。ホントの所、俺が原因なのはわかってるんだけどさぁ。

 度重なる俺の言動と、里中の反応や態度から察するに。それは殆ど明らかといっても過言では無い……と言い切るには些か自意識過剰すぎるな。俺はいつだって謙虚に、期待しないで静かに生きるんだ。

 それに『呪い』を受けている今、そういった事を如実にはしたくない。

 だから事は穏便に済まそう。

 

「あー、あのさ……里中の作るカレー、食べてみたいんだよね俺。だから一緒に食材見てまわろうぜ」

「…………うんっ、いいよあたしにまっかせなさい! とっておきのカレー食べさしてあげんだから」

 

 邪悪な顔が一転、満面の笑み。ちょっとチョロ過ぎてお兄さんは将来が心配です……。

 すっかり機嫌が良くなった里中は笑顔のままに天城に近寄っていく。

 

「雪子ー、あたしも材料買うの手伝うよ!」

「あ、千枝。うん、それじゃあ一緒に行こっ」

 

 仲睦まじく先を歩く二人の背を見つめながら、まあこういうのも青春ってやつなんだろうなってクサい事を考えながら後を歩く。

 が決して俺の心の中は穏やかではない。

 何故なら―――二人の料理スキルが皆無だからだ。

 女子が料理を作るとわかってから、俺は天城と里中の手を意識して視てみたのだが……この二人料理に関しての実績が壊滅的だと視界が危険信号を発していた。

 機嫌を取る為に里中にはああは言ったが、本当のところは不味い飯は御免被りたい。さっきからちょくちょく聞こえてくる会話を聞いてる限りじゃ、とんでもなく不安を煽ってくる。何だよ片栗粉って、普通のカレーに片栗粉は使わんぞ。

 

「じゃあ、片栗粉と小麦粉もいるかなぁ……」

「薄力粉と強力粉……どっちだろ?」

「強いほうがいいよ……男の子、いるし」

 

 関係ねーよ! 薄力粉と強力粉の違いはそんなんじゃないし、どれもこれもカレーには必要ないだろうが!

 あと、天城が手に持ってる唐辛子も里中が提案するキムチもいらないからな。君らの家に出るカレーってそんなに奇抜なのか?

 

「コショウは白と黒があるよ」

「おっ、さっすが旅館の娘!」

 

 ドヤ顔で豪語するのは良いけど、天城さん……胡椒はカレーに要りませんから。それに里中、お前観点ズレてんぞ。

 こうやってどんどんカレーの材料からかけ離れて行く二人を、呆れた表情で傍目に見ている俺。ツッコミたいのは山々なんだけど、さっき里中には『お前の作ったカレーが食べたい』なんて小っ恥ずかしい事を言ってしまったから強く言えない。

 これは違うあれも違う、みんなみんな違うって口を出したらそれはもう俺の作るカレーであって、里中と天城の作るカレーではない。胃袋には安心だが、女子達の腹積もりは良くないだろう。いつの時代になっても、女の子は自分で頑張りたい時に口出しされるのを嫌うのだ。

 後戻りできない以上、こうなったら腹を括るしかない。乗るしかない、このビッグウェーブに!

 

「後、隠し味も必要だよね?」

「そういや、テレビで言ってたっけな。チョコにコーヒー、あとヨーグルトとか……でもあたしコーヒー苦手だから、コーヒー牛乳でいいよね?」

「魚介も入れる? 良い出汁、出るよ」

 

 ……やっぱり、物事何でも“保険”って大事だよね。よしっ……。

 

「俺ちょっと、欲しいものあったからついでに買ってくるわ。カレーはそっちに任した……期待してるぜ二人共」

「うん、すごいの作っちゃう」

「オッケー、ここはあたしらがやっとくよ。楽しみにしててよ、大和君」

「ああ、精々凄いのを作ってくれ……」

 

 最後にちょっと皮肉を混ぜて言ったが二人には伝わっただろうか。気づかないだろうなぁ、あの二人の事だから。

 凄いのって、天城は一体何を作るのかわかってるのか? 悪魔的な何かを作ってしまいそうで恐ろしい。料理は科学とは言うが、彼女らの場合、科学じゃなくて錬金術に発展しそうだ。人類の進化、ここに極まれり。

 大和君と呼んで見送る里中も、今でこそ普通に呼んでいるが、これでも呼び始めた当初は大変だった。

 

『えっ!? 何、里中と霧城って付き合ってたのか!? もしかして……病室で二人っきりになった時に……!』

『なんだ、長い時を過ごしたのか……?』

『里中先輩と霧城先輩って……マジっスか! はぁー、お、大人っスねぇ……』

『千枝……おめでとう!』

 

 なんて勘違いの渦が地上に形成されて大変だった。主に俺が。

 里中は真っ赤になって誤魔化すが、一度定着した誤解ってのはなかなか解けないもので、これには流石の俺も苦労させられた。

 他人の考えを正すって事が、こんなにも大変だとは思わなかった。これならまだシャドウを倒してた方がまだマシだ。

 もはやお約束になりつつある里中の蹴りが花村に命中して、盛大に気絶したのを見て出来た隙に誤解だと説明したから良かったが、じゃなかったら数日はあれが続いたかもしれない。

 時間は万能薬とはよく言ったもので、俺を呼ぶたびに恥ずかしそうにしていた里中も今では慣れたもんで、もう普通に俺を名前で呼んでいる。花村の悪ふざけから始まった事が、まさかここまで発展するとは思わなかった。その点においては、まぁ感謝みたいなものは一応しているつもりだ。口に出すと調子に乗るから本人を前にしては絶対に言わないが……。

 

 そういえば昨日、男連中と一緒に取立ての免許とバイクで沖奈まで行ってナンパに出かけたなんて事もあったが、あの時の花村の悲惨さったらなかったなぁ。

 産まれながらの不幸体質なんだろうか。にしては花村の右手は異能を消したりしない。それすら無くてあれほど災難もあるんじゃ、浮かばれないねえあの男。……最近自室で漫画の読みすぎだな。ちょっと気をつけなくちゃ。

 

 気を取り直して、いろいろと材料を買い集める。

 カレーはもう諦めて、俺は他の物を作ろう。昼は我慢してもいいが、夜までそれが続くようじゃ花村なんかは耐えられずに五月蝿く文句を言うだろう。

 俺としても夜のテント内で腹の虫が鳴り響くのを聞きながら寝るのは嫌だしな。

 えーと、ゲンコツに野菜諸々、後は豚モモに―――。

 次々と材料を買い物かごに放り込んでいく。経験上、料理には自身があるし、知識も広がったから材料の良し悪しがよく分かる。どれが駄目で、どれが良いのか一目で見極めて入れていく。

 時間もあまりかからずにレジに通して購入を終える。

 女子達はまだかかっているらしく、まだ商品棚を見てウンウン唸っている。

 材料をレジ袋に入れて顔を上げると、レジを通った先のエスカレーターがある壁に一人鳴上が寄りかかっているのが目に入った。

 

「あれっ? 鳴上、花村はどこに行ったんだ?」

「なんだか、買うものがあるって上の階に行ったままだ」

「上の階? 上には衣類とかが主な売り場だよな、アイツなんでそんな所に……」

 

 両手に持った袋を静かに床に降ろして首を傾げる。

 なんだってアイツはそんな所に……。

 思案している俺を、鳴上が疑問の表情で見ていた。というか、俺の買った物を見ていた。

 

「なあ霧城、そのふ――――」

「―――あれ、あいつらは?」

 

 その袋の中は?

 と聞きたかったのだろう鳴上の言葉は、手に紙袋をぶら下げた花村によって遮られた。

 態々ちゃんと聞かれてもいない事を答えるのもおかしな話なので、俺は花村の質問に答えることにする。

 

「……まだ買い物中だ。何が楽しいのか、女の買い物は何時だって長いもんだな……」

「なんだよ霧城、やけに真実味溢れる言い方だな……も、もしや里中以外の女子とデートしたことでも!?」

 

 なんで女って言ったのに里中が除外された。

 お前の中じゃ里中は女じゃないってことなのか?

 ショックを受けた様子で肩を落とす花村。その横から、好奇の目を鳴上が向けてくる。

 

「……そうなのか?」

「いや、違うから。ただ、五月に都会に戻ってた時にちょっとな……、そういう買い物の長い女に付き合わされて……ああ今思い出しても辛かった」

「都会のお姉さまとか……お前どんだけ恵まれてんだよ……くぅ~俺もそういう出会いがねえかなあ~! この前のナンパ作戦は失敗したし、せっかくのバイクは大谷に潰されるし……あぁ、なんだか思い出したら涙が……」

 

 悲壮感漂う顔で嘆く花村の瞳には、ハラリと一筋の水が流れていた。

 可哀想過ぎてかける言葉が見つからない。これだからコイツのことは本気で怒れないし、嫌えないのかもしれない。他人の不幸が仲を良くするなんて、不幸を笑うようで少し抵抗を感じるが思ってしまうものは仕方ない。今度はちゃんとコイツの為にナンパを成功させてあげよう……。

 悲しみにくれる姿に、俺も鳴上も静観することしか出来ずその場で見守ることしか出来なかった。

 

「そういえば、霧城のその袋は? 何を買ったんだ?」

「これ、まあ“保険”と言うか“最終手段”と言うか、これの出番が無ければみんな幸せに林間学校を過ごせる代物だ」

「……?」

 

 勿体つけた物言いに、鳴上が首を傾げる。

 言ってることは間違ってないし、嘘は言ってない。実際これの出番がない方が、何事もなく万事オーケーなのだ。

 俺の言葉の本位を探ろうと鳴上が頭をひねって考えていると、花村がパッと顔を上げた。

 

「もう、落ち込んでもしゃーねえか! 今は、天城の料理に期待しないとなっ!」

 

 今は亡きバイクに思いを馳せていた花村だったが、持ち前の切り替わりの速さで元気を取り戻した。

 天城の料理か……お前の期待は、きっと奇跡でも起きない限り叶うことはないだろうな。それこそ、俺のペルソナ『トコタチ』の《大言創語》でも使わない限り。

 幸先危ぶまれる林間学校が―――始まる。

 

 

 

 

 

 

 六月十七日 金曜日(曇)

 

 バスに揺られること数時間。到着したのは何の変哲もない草木に囲まれた場所だった。

 一応、キャンプ場として機能しているらしく、それなりの施設と敷地はあるようだ。

 サワサワと木々が騒めく健やかな音が響き、自然の中に包まれたような感覚が俺達を迎えた。

 なんだかんだ言いつつも、みんなこの日を楽しみにしていたのか到着早々クラスメイトたちはそれぞれの班に集まってはしゃぎ始めた。

 集団行動というのを見ていると無意識的に避けるように人から外れようとする俺は、やはり根本的には変わっていないのだろうと思い知らされる。なんだか馴染めないのだ、この“皆で”っていう事が俺には何処か他人事で、どうしても客観的に眺めてしまう。

 

「おーい霧城~! そんなとこつっ立ってないで、こっち来いよ~!」

 

 ボーッと人の流れを見ていると、遠くから俺を呼ぶ花村の声がした。

 振り返り、俺は歩き出す。花村の他三人も待つ所へ。

 今はもう―――達観していてもしょうがない。

 

 

 

 女子の手料理っていうのはそれだけで男子を魅了するには十分な響きだ。

 高校生という短い人生で、女子高生が作る手料理ってのはそれだけ魔性を帯びた神秘の物なのだ。

 それを手に入れるためならば男共は牙を剥き他を排除しようと躍起になる。常日頃モテたいと思い続けている思春期男子にとってはまさに至宝。そんなものを無条件でいただけるこの林間学校は、言うなればボーナスステージである。車をベコベコに殴る蹴るするよりよっぽど有益だ。

 だからこそ、例外なく同じ班に属する花村や鳴上もまた、里中と天城が作っている料理を心待ちにしている。

 

「いや~、ゴミ拾いキツかった。自転車をそのまま放り捨てるとか、マジありえねーっつの」

「そうか? 俺は然程キツくもなかったぞ。いい運動にもなったし」

 

 午前中のゴミ拾いと言う、花村に言わせてみれば奴隷の時間が終わり、すっかり腹を空かせた俺達は食事をするテーブルにつき談笑していた。

 肉体労働が応えたのか、疲労した表情でしみじみとさっきまでの出来事を振り返る花村が、俺の返答に苦言を呈する。

 

「それは、お前だけだろ……中が空っぽたっだとはいえ冷蔵庫を一人で運ぶ人間の言葉なんて、俺はアテにしねえっての。始めて見たぞそんな奴は」

「あれには俺も驚いた。テントを張る時も、地面にから突き出して邪魔だった大岩を拳一つで、あんな簡単に砕いたのには声が出なかった」

 

 目を閉じて過去を遡って語る二人。額に掻いた汗が冷や汗ではないと、俺は思いたくなかった。

 彼等が言う通り、俺もまたこの林間学校という行事を楽しんでいたのか、柄にもなく人目に付くことをしてしまった。冷蔵庫の時は関心するような視線も混じっていたが、邪魔で上手くテントを建てられないことに腹を立ててしまい大岩を殴って粉砕した時には、顔の筋肉がヒクついてた。異端はいつだって悪目立ちしてしまうのだ。

 

「あれはとある剣客浪漫譚の漫画を読んでて、真似したら偶然そうなっただけだ。それより、今は料理を待とうじゃないか」

「漫画を読んだらって……最近になってわかったけど、お前って結構非常識な部類の人間だったんだな。でも確かに、今は飯だ。あー、腹減った」

 

 非常識とは失礼な。俺ほど礼節をわきまえた人間はそれほど存在しないぞ。

 無言の抗議をするも、頭の中で切り替えが済んだ様子の花村は気がつかない。っていうか顔がにやけている。

 

「女子の手料理だぜ~? ま、里中には正直あんま期待してないけど、天城は老舗旅館の跡取り娘じゃん? すっげーの来るぜきっとー!」

 

 期待に満ちた声音で瞳を輝かせているところ申し訳ないが、ここから女子の鍋を伺ってみると、それは徒花に過ぎないようだ。

 だってなんか変な色した湯気が立ってるし、さっきから里中と天城の間で妙な沈黙が漂っているのも空恐ろしい。

 鳴上は気がついたらしく、なんだかよろしくない顔色をしている。

 

「花村……俺の分も、あげるよ」

 

 うっわ、こいつ自分だけ逃げるつもりだ。なかなかいい根性してるな。肝が座ってる。

 だが有頂天間際の花村には上手く通じず、おとぼけた顔をして鳴上を見ている。

 

「ん? なんで遠慮すんの? 俺、そこまで食い意地張ってねーって。……いっやマジ楽しみなんだけど」

 

 ううっ、可哀想に……そんな小学生が始めてお寿司屋さんに連れられた時みたいな顔しやがって。

 しょうがない、ここは俺も動くか……。どうせこのままじゃ夜も同じ事になっちまう。昼は犠牲にしても、夜は俺が守り通す。

 俺は静かにこの場から離れ、少し離れた調理場へと移動する。

 言うまでもなく、“保険”を使う時が来てしまったのだ。

 

 

 あらかたの調理を済ませて戻ってみると、そこには顔を青くした里中と天城が軽く作った拳を口元に当てて酷たらしいモノを見る目でその場を見下ろしていた。

 視線の先には案の定、危惧したとおり二人の死体……ではなく死体のように生気の感じられない顔で倒れている花村と鳴上の姿があった。

 テーブルに並んでいるカレーを見る限り、オチはわかっているのだが、一応俺は知らんぷりをしてその場に駆け寄る。

 

「おいっ、どうした二人共。何があったんだ……?」

「か、かかぁ……ゲホッゲホッ……」

「………………」

「い、いやー……なんかカレーを食べたら急に……」

 

 まともに言葉も言えない花村と鳴上を見て、あはは、と乾いた笑い声を上げる里中。天城なんかはもう何も言ってない。

 まさかここまでの破壊力を秘めていたとは。とにかく、今は二人の救出が先だ。

 俺は近くにあった水を二人に飲ませた。

 

「……あんじゃコリャーァァ!!!」

「わっ……!」

「い、生き返った……!」

 

 水を飲ませたことであらかた楽になったのか、生気を取り戻した花村の立ち上がっての第一声は料理への罵倒だった。というか天城……君のその言葉は素で言ってるのか?

 被害を被った彼の猛攻はこれでもかと続く。

 

「カレーは、甘いとか辛いとかだろ! これ、クセーんだよ!」

「確かに……嗅いでみると、これは……うっ磯臭い」

 

 興味本位で匂いを嗅いでみたが、あまりの激臭に鼻が曲がりそうだった。身体強化は嗅覚も上がっていたらしい。死ぬほど苦しい。

 こんなの食らったら一撃死してしまう。

 申し訳なさそうに項垂れている女子に、花村の説教はまだ続く。

 

「それに、ジャリジャリしてんだよ! ジャリジャリしてる上にドロドロしてて、ブヨブヨんこともあって……。もう、いろんな気持ち悪いことだらけで、飲み込めねーんだよ!」

 

 烈火の如くまくし立て、そう言って花村の意見は終わった。

 それに対する女子の意見は、

 

「なんか、上手く混ざんなくて……」

「あ、愛情は入れたつもりなんだけどさ……」

 

 である。天城も里中も、花村の顔を見ていない。

 無理もない、ここまで怒り狂った花村は久しく見なかった。林間学校という一大イベントを、女子の手作り料理を、クラスの憧れ天城雪子の作るカレーに、こいつはそこまで楽しみにしていたのだ。

 だからこそ、今の俺は花村を止めることは出来ない。道理は確かにあるのだ、それに首を突っ込んだら邪魔なだけだ。だから俺は静観する。

 

「まっじーんだよ!!」

「な、なによ……! てか、それはあんたの感想じゃん! ねぇ、大和君?」

 

 あれ、なんでここで俺の事を呼ぶのかな里中さんよ。

 おかしいな、とってもいい笑顔で俺を見ているぞ。さっきの落ち込んだ顔の方が千倍可愛いよ、だから落ち着こうよ。

 視線は自然と視線を集めるもんで、気がつきゃ天城や被害者二人もこっちを見ている。その目、誰の目?

 

「えっ、もしかして俺が食べるって流れですか里中さん……」

「だって大和君、あたしの作ったカレー食べたいって言ってたじゃん……あれ、嘘だったの?」

 

 嘘じゃない、嘘じゃないけど。こんな奇跡の逆方向を突っ走ったような代物が出来上がるだなんて思わないじゃん普通。

 カレーの中で何かが宇宙誕生並の超爆発を起こしてるとしか思えないよ。とんだ暗黒物質を錬金してくれたぜ、対価は何を払ったんだよ。料理の才能だけが対価じゃ、等価じゃねえよ。

 じっと期待するような目で見られて、思わず俺はたじろいでしまう。

 見かねた花村がシリアスな表情で俺を見る。

 

「真顔で言っとくぜ……やめとけよ? 遊びで進めんのもためらうわ!」

「な、菜々子が……菜々子が向こう岸で楽しそうに…………」

 

 その真剣な眼差しと、女子の懇願するような期待の眼差しに、俺は板挟みになる。……鳴上、そっちは行っちゃいけません。

 ここでやめることも出来るだろう。口八丁手八丁で煙に巻いて誤魔化すことは幾らでも出来る。でも、俺は言ってしまった。里中のカレーが食べたいって。

 自分の言った言葉に責任が持てなくて―――なにが男か!

 無言でテーブルにつき、俺はカレーを前に覚悟を決める。

 

「―――男、霧城大和……いざ実食!!」

 

 皆が見守る中、カレー皿を自ら持つ事で退路を断つ。

 吐いた唾は、飲めないのだ。

 ―――最初の一口は全てを変えた。

 口に入れた瞬間、広がる味の不協和音は素材の良さを完全に打ち消し、お互いに悪いところを出し合って最下位を決め争っている。

 ―――次の二口は多くを認めた。

 消えることのないカレールーがいつまでも喉をゆっくりと流れ、そのあいだにも次のカレーが口にやってくる。噛めば噛むほどに、何かが弾けて溢れてゆく。これを乗り越えない限り、先には到達できない。

 ―――受けて三口は未来を示した。

 料理一つでこの身が滅びるような、そんな幻視をした。終わることのない永遠が、先の未来に暗闇しか待っていないと言っている。

 ―――繋ぐ四口は姿を隠した。

 味覚が感じられなくなり、いよいよ俺の体も危ないと思い始めた。このカレーの実態を、掴むことが出来ないのだ。

 

 ―――そして終わりの5口目は、とっくに意識を失っていた。

 三口目で終わっていれば良かったのに、ともう一人の俺が言った。

 料理とは味の研鑽。

 人の手による業と、生の元に巡る命だ。

 けれど二人の料理は、地の底の悪魔の所業。

 カレーにもハヤシにも含まれない料理を、一体誰が、どうして美味いと言えようか。

 明白な罪科。

 このカレーは、人類の敵そのもの。

 故に―――。

 

 最後の一口を飲み干した俺は、きっとこのカレーに殺される…………と思った。

 

「ご、ごち……そう、さ……ま……っ!」

 

 息も絶え絶えに、満足に言葉を吐くことも出来ずにありったけの水を飲み干した。じゃないと別の物を吐くことになるから。

 辛い戦いだった。今までの人生の中で一番の危機を味わった気がする。

 

「……信じらんねえ、完食しがったよコイツ」

「…………菜々子、お兄ちゃんも今そっちに行くよ……」

「自分で作っておいてアレだけど……私、これを食べきるとは思わなかったわ」

「……大和君、どうだった……?」

 

 三者三様の意見が俺に投げかけられる。鳴上に至ってはもう手遅れなんだろうか、そっとしておこう。

 ていうかなんで俺がこんな辛い目に……。約束を反故にしないってのは、命懸けなんだな。

 改めて生きてることに感謝していると、里中が心配そうに、だけどしっかりと俺を見て答えを待っている。

 ここは……、

 

「…………まっじーんだよ!!」

 

 やっぱり俺の意見は花村と変わらなかった。

 こればっかりは庇いようがないから、これを期に里中と天城には学んでもらおう。

 得るものなど無く、失ったものが多かった昼食が幕を閉じた。

 

 

 

 

 林間学校カレー殺人事件が未遂に終わって午後の部が始まった時、俺達男子は保健委員の待機する救護テントへと脚を運んでいた。

 彼女らが俺達の胃袋に刻んだ爪痕は深く、悲鳴を上げる体を癒すべく薬を貰いに行った次第である。

 

「大丈夫か花村……?」

「ぶぉえ……ゲホッ、ゲホッ……うぉぇっ!」

 

 菜々子と三途の川で遊ぶことから帰還した鳴上が花村に肩を貸して歩いている。

 臨死体験をした男は強い。今だ苦しんでいる花村と違って、鳴上の方が少しだけ余裕が生まれているらしい。

 俺はというと、やはり異常なのか体の方はすっかり良くなっている。

 

「すいません、胃薬ください」

「コイツに合った、一番良い胃薬をよこしてくれ」

 

 とまあ、いつものように偉そうに言ってみたのだが、テントには男子生徒が一人しか居なかった。こういう所って普通、万全を期して最低でも二人で対応するもんじゃないのか。

 それともそれは俺の偏見なんだろうか。

 肩に寄りかかっている花村が苦しそうに口を開く。

 

「なんか、腹の調子がわるくってさ……あっ」

 

 小さく漏れた声は誰に向けてか、驚いた表情で見ている先を見れば分かる。

 救護テントに一人佇んでいる男子生徒は、親の敵でも見るかのような鋭い目つきで俺達三人を見ている。

 名前は一目視てわかった。

 こいつは小西尚紀。連続怪奇殺人事件の二番目の被害者―――小西早紀の弟だ。

 

「………………」

 

 親の敵ではなく、姉の敵だったか。

 恨みがましく睨む視線はそのままに、だけど根が真面目なのか言われた通り胃薬を手にとって渡してきた。

 できるだけこの場には留まりたくないだろうその雰囲気を、鳴上も感じ取ったのか、ウンともスンとも言わずに胃薬の瓶を受け取る―――ことは出来なかった。

 

「えっ……?」

 

 小西尚紀の手が瓶を掴んだまま離れない。

 向き合った二人が、まるで瓶を取り合うような形に見えなくもない状態のまま、小西が重い口を開く。

 

「俺……小西尚紀って言います」

「あっ……」

「俺……嫌いです、花村もアンタも……それとそこで偉そうにしてるアンタも」

 

 怒りは俺達に……ちょっとまて、なんで俺まで嫌われんのさ。しかも、そんなついでみたいな感じに。

 第一、小西早紀は俺が転校してくる前に死んでるから、事情がよくわかんねえんだよ。

 その後、会話なんて上等なものは交わさずに、俺達は逃げるようにテントを後にした。

 

 

「何なんだよさっきの小僧は?」

「そっか、霧城は転校してくる前だから知らないのか……小西尚紀。小西先輩の弟……小西先輩ってのは、ジュネスでバイトしてた俺の……なんつーか、好きだった人だ」

「そうだったのか」

 

 初対面の野郎に嫌われる覚えのなかった俺は、森林の外れにある小道で浮かない顔をしてる花村に問うた。

 小西尚紀については、鳴上も知らなかったらしく納得いったって顔をして頷いてた。

 

「先輩と居るとき、何回か喋ったことがあったけど。知り合いに聞いたら、事件の後から……一人でいることが増えたって」

「それでなんで俺が嫌われなくちゃならないんだ? 俺関係ねぇじゃん、完全に冤罪だろこれ」

「……アイツが嫌ってる俺と、一緒にいるからだろ……多分」

 

 そう言って、はぁ、とため息を一つ吐いた。

 なんじゃそりゃ、女の八つ当たりみたいなことする小僧だな。小僧(こにく)たらしい男だ。

 でもまあ、肉親が死んで複雑なのかね……肉親がいないからよくわからんけど。

 昼までの高揚が一転、沈んだ空気になって沈黙が流れている。

 

「先輩っ、先輩! せーんーぱーいっ!」

「ったく、なんだ、誰だよ一体……?」

 

 辛気臭くなった雰囲気を壊したのは、一つの声だった。

 振り返らなくてもわかるその声は、小道の奥の方からしていて、見れば思ったとおり我等が後輩、巽完二が手招きしていた。

 

 

 完二に呼ばれてホイホイ着いて行ったら、そこは森の中でもちょっと開けた場所だった。

 自然に朽ちた大木が何本か横倒しになっていて、それを椅子替わりにして里中と天城、それとどっかで見た髪型の女子生徒がおかもちを持ってこちらに向かって歩いてきた。

 

「おぉー、ナイス……出前頼んどいてくれたんだ。気が利くじゃん!」

 

 調子を良くした花村が労いの言葉をかけた。

 だけど俺は、それよりもこのおかもちを両手に提げた少女の方が―――、

 

「って、あいかじゃないか、なんでここに?」

「久しぶり……大和君」

 

 誰かと思えば、それは中華屋愛家の店主の一人娘『中村あいか』だった。

 相変わらずの無表情で、彼女は淡々と俺の呼びかけに応えた。

 

「霧城君、あいかちゃんと知り合いなの?」

 

 そんなやりとりを傍目に見ていた天城が意外そうな顔をして聞いてきた。

 

「これでもマル久で世話になってる人間だからな、それに愛家は常連だから……よく食いに行って話し相手になってもらってたんだ。な?」

「常連さん、ウチは大事にする。だから、大和君も大事」

「相変わらず、カタコトみたいな日本語だな」

 

 それも相まって気に入ってるわけだけど。

 久しぶりに会ったので、折角だからと思ってあいかとの会話に花を咲かせていると、あたりの雰囲気が……主に里中を中心に不穏な空気が漂い始めた。

 おかしい、里中が肉丼を前にしてじっと手もつけないで座っている。うつむいた態勢になっていて俺からはよく表情が見えない。

 隣に座っていた天城が始めにその異変に気がついた。なんか俺と里中を交互に見て、最後に睨めつけるようにして俺を見た。何だよ、俺天城を怒らせるようなことした覚えはないぞ。

 だがまぁ、いちいち細かいことを気にしてもしょうがないと思っていると、今度は花村の様子がおかしくなり始めた。

 

「お、おい霧城、俺もう腹減ってしょうがないし、そろそろあいかちゃんも忙しいだろうから飯にしようぜ。……折角の料理が冷めちまう」

「ん? ああ、そうだな……それじゃあまたなあいか、今度またスペシャル肉丼食わせてくれよ」

「まいどありー……」

 

 花村の言う通り、折角の料理が冷めては台無しだ。俺はあいかとの会話を打ち切って別れを告げる。帰り際、あいかの無表情が若干ながら崩れたように見えたのは気のせいだったのだろうか。

 去りゆくあいかを横目に見送りながら、花村の隣に座る。反対側には、さっきから静かな里中が座っている。

 里中が殊勝な態度をとる時ってのは、大体ろくな事が起こったためしがないのを経験則として理解している俺は、恐る恐る前のめりになって里中の顔を見ようとした。

 だが、それは成らず、見る前に里中の方からこちらの方をくるりと顔を回してきた。

 一瞬ビクッとなって驚くが、里中の表情はいたって笑顔だった。―――そう、まるで貼り付けたような笑顔だった。

 

「へえ~、君ってあいかちゃんと仲良かったんだ~……」

「ま、まあご近所さんだからな……そりゃそこそこの付き合いはあるさ」

 

 笑顔には変わりない。変わりないんだけど、目が笑ってないっスよ里中さん。

 

「そこそこの……ほぉー、そこそこの付き合いってのはあいかちゃんを『あいか』って呼んだり、『大和君』って呼ばれたりするほどなんだ……そうなんだ」

「いやだから、その、そういわれると……俺としては何も言う事がなくなるというか……」

「いーんだよ、別に。あたし気にしてないもん、霧城君が愛家で肉丼食べながら……あいかちゃんと仲良く話してても……」

 

 強がってんのか、ぷいっとそっぽを向いて喋る里中の声が段々と萎んでいく。

 

「そりゃあ、あいかが暇そうにしているからで、他意は……」

「あるじゃん、いっぱい」

 

「なにこれ、これじゃあ飯の味わかんねえよ……」

 

 すっかりへそを曲げてしまった里中をなんでか宥めていると、花村のそんなうんざりしたような声が耳に届いたのをよく覚えている。

 

 小西? ああ、あいつなら一発ゲンコツして許してやったよ。元々が逆恨みみたいなもんだからな。

 こんど一緒にお前の好きな愛家の肉丼を食いに行こうって言ったら、またも里中に怒られた……なんなの、もう。

 

 

 

 

 ―――夕食の時間である。

 長かった一日の奉仕活動も、これにて終了。

 後半は殆どサボっていたので、実のところ全然貢献なんかしてない。けどそんなの、大多数の中の小事なので大目に見てもらいたいところである。

 前述した通り、夕飯もしっかり自分で作らなくてはいけないのだが、残念なことにうちの班の女子は完全に料理を禁止されていた。これ以上の犠牲は出さないよう、悲しみはここで断たなければならない。

 そうなると、俺達はまたも飯抜きという悲しき状態を迎えなければならない。花村は昼と同じように、愛家の出前をしようと提案したが、その案は里中によって一蹴された。あくまで言うが、当然、例えである。一蹴とは比喩で、本当に花村を一蹴したわけではないのであしからず。

 

「あ~、腹減った……どうすんだよ、俺ら全員飯抜きのまま夜を過ごすのか?」

「そんなに恨みがましく言われても……さっきからごめんって言ってるじゃん」

「じゃあ、愛家の出前を―――」

「それは駄目」

 

 愛家に頼むという手段を失い、空腹も癒えない。そんな八方塞がりにうんざりして花村がテーブルに突っ伏した。

 鳴上や天城も空腹には勝てないようで、さっきからずっと黙りを決め込んでいる。

 仕方ない、そろそろ“あれ”も出来ただろうから作ってやるか。

 空腹で重くなった腰を上げる。おかしいな、普通腹が減ったら軽くなるのに。

 

「お前ら、ちょっと待ってろ。今飯を作ってやるから」

「へっ? なんだよ霧城……腹減っておかしくなったのか? うちにはもう材料なんて……」

「まあ、いいから待ってろ」

 

 そう言い残して席を立ち、この場を後にする。

 

 数分後、皆のテーブルには独特ないい香りを立たせる豚骨ラーメンが並んでいた。

 一同、ゴクリと生唾を飲む音が聞こえてくる。腹が減った時ほど、ラーメンが美味いのは間違いないのだ。

 

「き、霧城……? これ、これはどこで出前してきたんだ……?」

「どこって、それは俺が作ったんだよ」

 

 花村がワナワナと信じられないような目で俺を見ていた。

 そう、この豚骨ラーメンは昼の時間、天城たちの料理が駄目だと判断した後単独でスープを作っていたモノを使ったラーメンである。

 あらかじめ下ごしらえやその他諸々を済ませた後、前々から弱みを握っていたモロキンを脅して数時間に渡って寸胴を掻き回させていたのだ。あの時の悔しそうなモロキンの顔は最高だった。転校初日の鬱憤も晴れて一石二鳥である。人間そう簡単に嫌なことは忘れない生き物だから、俺らしく目立たぬように復讐させてもらった。腹いせにモロキンが嫌がらせをした痕跡もなかったので、案外気弱な人間なんだろう。

 天城や里中は驚いたように俺を見て、当然くるであろうと思っていた疑問を口にする。

 

「でも、こんな材料買ってなかったような……それにいつ……」

「材料は、ジュネスで。買いたいものがあるって言って買ったのはそれだ……。いつかは、昼の時間と……ちょくちょくその後もサボったりして」

「じゃあ、カレーが出来た時に霧城君が居なかったのも……」

「その時は絶賛仕込み中だったからな」

 

 それまで話を聞くだけだった鳴上が、合点のいったような表情でポンと手のひらを叩いた。

 

「なるほど、あの時持ってた買い物袋には、このラーメンの材料が入ってたんだな」

「その通り」

「最っ高だぜ、流石は霧城だ! これでまともな飯にありつける!」

 

 そう言って花村が勢いよくラーメンをすすり始める。

 食べる合間に「うめぇー!」と歓喜の声を上げ、またすするの繰り返し。

 他の皆も同じように俺の作ったラーメンに舌鼓を打っていた。

 これで俺が出来ることは全部した。あとは明日の自由行動を楽しみに待つばかりである。

 

 

 夕食が終わり、各自就寝の時間になり、皆それぞれのテントに戻っていった。

 テントの中も、当然班で分けられるので中には俺と鳴上と花村……は当然なのだが、なぜか―――。

 

「……お、お前ってやっぱアッチ系なの?」

「んぁ? アッチ?」

 

 何故だかテントには完二も一緒に居た。―――何故居る。

 完二がいるせいで、花村は尻の心配をするせいでなんだか挙動不審である。理由は分かる。マヨナカテレビに映っていたシャドウと、完二の影は完全にアッチ系の類だったから。俺だって花村が言い出さなかったら同じ事を言ってたに違いない。

 

「この際だから、しょ、正直に言って欲しいんだけど……」

「はぁ」

「……俺達今、貞操の危機?」

「アーッ!」

「んな、なな、な、何言ってんだコラァ! そ、そんなんじゃねぇっつってんだろがぁ!」

 

 驚いて完二が飛び起きる。

 そんなに強く否定しても、こいつらを説得するのは難しいぞ。

 

「なんで豪快にキョドるんだよ!? なおさらホンモノっぽいじゃねえか!」

「なおさら……本物っぽいな」

「アーッ!!」

「んなわけねえだろがぁっ! 今はもう、女ぐれえ平気っすよぉ!」

 

 こういった場合、焦ったほうが負けなんだよ完二。

 俺は長きに渡る都会での経験の下、大抵のことでは動じないってことを身につけている。最近、それもからっきしだけど。

 花村は本当かぁ? って顔で疑いの目を完二にかける。

 

「そう言われても……イマイチ信用できねえっつか。なぁ?」

「隣で寝るのは……勇気がいるな」

「アーッ!!!」

「って、さっきっからあーあーしつこいっスよ先輩!」

 

 ごめん。なんか楽しくなっちゃって。

 流れがヒートアップして収まりがつかなくなったのか、完二は「わかったっス」と一言、おもむろに立ち上がった。

 なんか面白いからこのまま見物してみよう。

 

「なら俺ェ……今から女子のテント行ってくるっス! 男見してやるっス!!」

「良し、行ってこい」

 

 おお鳴上お前、迷わず完二を犠牲にしたな。なかなかの鬼だ。

 それを聞くや否や、完二が雄叫びを上げながらテントを飛び出した。

 あとに残った俺たちは一息ついてその場に座り込んだ。

 

「完二も行っちまったし、しかたねぇ……仕方ないから恋バナでもするか」

 

 何をどう仕方なくて恋バナなんてものに話が変わるんだよ。お前の脳内宇宙圏まで飛躍してんぞ。

 そして何故だか俺を見る。

 

「それじゃあ、霧城……」

「……なんだよ?」

 

 コイツ、自分が火傷しないように先陣切って話の標的を定めやがった。

 こうなると、言い逃れはできそうに無い。

 

「いい機会だから聞くけど……ぶっちゃけ里中の事、どう思ってんの?」

「好きだよ」

「…………」

 

 間髪入れずに返事する。

 予想外の反応だったのか、花村は固まっている。その横ではあまり表情を表に出さない鳴上が面白い顔をしていた。

 好きに決まっている。むしろそれ以外の言葉が思いつかない。始めて話しかけてきた女の子、里中千枝は俺にとっては掛け替えのない存在になっている。

 

「マジかよ!? いや、答え自体は予想付いたけど、まさかこんな簡単に答えるとは思わなかったから……マジかよっ!?」

「告白とか、しないのか?」

「好きだけど、今はまだ告白とかは無理だ……」

 

 少なくとも、俺の中で色んな事が整理つくまでは出来ない。

 今の俺は里中も含めて皆に言ってない事と言った事、それの比率が二対八ぐらいの秘密を抱えているんだ。それをあらかた精算するまでは曖昧な関係を願いたい。

 それに……、

 

「それに、里中が俺の事を好きだとは限らないだろ」

「お前、それ本気で言ってんの? 冗談だとしても残酷すぎるぜ」

 

 俺の発言が意外なのか、花村は僅かに眉を顰めて俺を見る。

 そりゃあ、俺だって好きなんだろうなーとか高校生らしい自意識過剰に囚われたりするけど、だからって勘違いの可能性がある限り、いや、好きだとしても振られることはあるのだ。

 振られるのが怖いわけじゃない。その後の方が俺は怖いんだ。

 このグループが気まずくなって、それが原因で戦闘に支障が出たりする方が困る。そしたらいつまで経っても【真実】にたどり着けない。天秤は、恋よりも『呪い』に傾いているんだ。

 

「なんとでも言え、とにかく……今はそれよりも大事な事があるんだよ」

「大事なことって、そりゃ俺達は事件の犯人を探してたりして忙しいけど……それとこれとは別だろ。高校生なんだ、恋ぐらいしてもいいだろ。てか俺がしたいよ、彼女ほしー!」

「花村はほっとくとして、霧城……なんでもいいが、後悔だけはしないようにな」

「………………」

 

 鳴上の言葉に、返答出来ずに詰まってしまう。

 “後悔”ならもうしてる。

 俺はいつだって“後悔”ばかりしている。これで良かったのか、もっと違うやり方があったんじゃないかって。

 なまじ今の俺は選べる選択肢が無数に存在する。多過ぎる情報は時に毒となって俺自身を蝕むんだ。正解が一つ、選べるのは二択と十択じゃ誰だって二択を選ぶに決まっている。でも、俺はそれが最初っから十択しか選べない。持てる者の高慢な苦悩は、また同じ持てる者にしか理解できないんだ。

 だからいつか俺は破綻する―――。

 ―――数の暴力に屈してしまう。

 

 

 

 

 ――――一方、雪子と千枝のテントでは。

 

 ぐおお、ぐおお、と魔王の鳴き声がそこまで大きくないテント内に響き渡る。

 始め、それは何かと思った千枝は振り返って理解した。

 同じテントで既に眠っている女子生徒、大谷花子のいびきであった。

 一般的な女子高生の体型に当てはめると、人三人分はあるであろう巨漢の大谷はまるで洞窟のような大きな口を開けて、聞く者全てに不快感を与えんとする常識外れの大いびきを掻いていたのだ。

 これには千枝も流石に参って、さっきから眠れずにイライラとしていた。

 そして、それは同班の雪子も同じなわけで―――。

 

「……眠れないね」

「はぁ、大和君のお陰でお腹は膨れたけど……今はあのカレーが恋しいよ」

「気絶はできたかもね……」

 

 そう言って再び黙ってしまう雪子。

 幾ばくか前から雪子はテントの壁の一点をじーっと見つめて、少しでも大谷のいびきから気を紛らわそうとしている。だが、努力虚しく、洞穴から出ずる魔王の鳴き声によって無情にも現実に引き戻されてしまう。

 この悪夢のような夜はいつになったら明けるのだろうか。そして、それまでに自分たちは果たして眠れるのだろうか。

 考えるのはこればかり。

 

「あーも、寝れないし、やる事もないし……」

 

 千枝の諦めたような愚痴が雪子に一つの目的を見出させた。

 “もしかしたら、これなら多少気が紛れるかも”

 雪子は頼りなく薄い壁を眺めるのを中断し、千枝の方へと振り返る。

 

「ねえ千枝、折角だから……ちょっとお話しようよ。ちょっとぐらい、気が紛れるかもしれないし」

「そうだね……何かしてないとこりゃおかしくなっちゃいそうだよ」

 

 逃れる術は脱走しかない。しかしそれは選べない。となると、千枝にはもう雪子の案に乗るしか選択肢が無いのだ。

 観念して雪子の正面、向かい合うようにして座る。この時、若干足を崩して座るのもポイント。

 こうすれば座っていても楽だし、今この場には雪子以外の目はないから大丈夫。その雪子は流石といった所か、慣れた様子で正座しており一切ぶれていない。僅かな仕草一つでも、ここまで差があることに千枝は嘆息する。これでは大和がフラフラと着いて行ってしまうのもわかる。自分が男だったら雪子みたいな彼女が欲しいに決まっている。―――このままでは嫌な考えで小さな頭がいっぱいになってしまうので、切り替えることにする。

 話といったところで千枝には何を話したらいいのか思いつかなかった。

 咄嗟にクマの話でもしようかと思って口を開いたが、それは雪子の先駆けた一言によって遠くの彼方まで追いやられた。

 

「千枝は……霧城君の事好きでしょ?」

「んなっ……いきなり何を……!」

 

 疑問形では無くて既に確定済み―――もはや鬼門系と言ってもいい。

 大和のことが好きか、そう問われて千枝の思考回路はショート寸前だった。この質問をしてきたのが花村だったら文字通り一蹴しておしまいなのだが、相手は親友の天城雪子。誤魔化す事も出来なければ嘘を吐く事もはばかれる。

 どの道、雪子にはもうわかっているのかも。

 そう思ったら答えは不思議と簡単に出てきた。

 

「……好きだよ、大好き」

「わっ……案外素直」

「ちょ、それどう言う意味?」

「だって、最近の千枝凄くらしくなかったから……。ほら今日のあいかちゃんの時とか」

「うぐっ……そりは……」

 

 心当たりは山ほどあった。

 雪子の言う通り、今日一日の自分を振り返ると、自己嫌悪で三回死にたくなってくる。

 言われてみればそうだった。最近の自分はどこからしくない。普段こそ変わらぬ生活を送っているが、こと大和を前にするとえも言えぬ感情が波濤のように押し寄せて頭が真っ白になってしまうのだ。

 もっと自分を見て欲しい、ないがしろにしないで欲しい、傍にいて欲しい、もっともっと―――。

 天井知らずの熱い欲望は人格を歪めるのには十分だった。それは―――、

 

「……うん、わかってた。……あたしも思ってたんだ、すぐ機嫌を損ねたり、あいかちゃんと楽しそうに……名前で呼び合ってるのを見て嫉妬したり。あたし最低の女だ……ジュネスで買い出ししてた時も、雪子に嫉妬しちゃってた……」

「千枝……私は、千枝が最低だなんて思わないよ。それに、嫉妬しちゃうのは仕方ないよ……彼、とっても素敵な人だから」

 

 懺悔するように語りだした千枝の瞳に涙が浮かんでくる。

 これは決して弱さの涙ではない、これは自己嫌悪の悔しさだ。

 雪子の前では欺瞞を一切含まない言葉は、千枝の心そのもの。幾重にも折り重なった心を守るベールが開き、透明な澄んだ無色のガラスのような心の言葉。

 無垢なる者へと遡行している千枝を、雪子は優しく抱きしめる。

 守りたい―――純粋にそう思ったと同時に、こんな顔をさせる大和を―――羨ましいく思った。

 妬みはしない、嫉みもしない。―――ただ羨んでいるだけ。

 

「あのね……実は私、霧城君が転校してきて間もない頃、ウチで話したことがあったの……二人っきりで」

「二人っきりで……?」

 

 ピクっとその言葉に反応してしまう。

 でもいけない、と思って千枝は心を征する。先ほど自己嫌悪したばかりなのに、さらにそれを重ねるなど愚の骨頂。

 千枝は静かに、無言でもって雪子の話しを促した。

 

「その日は、お豆腐が届く日でね、お婆さんは大丈夫なのかな? って思ってたりしていたの。そしたら、驚いちゃった……来たのは霧城君でね、こう言うの『なんだ天城じゃないか……そうだ豆腐を届けに来たぞ』っておざなりに言ったの。私驚いちゃった、だって今までの男の子とはちょっと違う感じだったから」

「そうだよね。なんか彼って……常識人気取ってるけど、ちょっと考えがズレてるよね」

「そうなの、千枝の言う通り。それでね、ちょうど休憩時間になったから旅館を案内しようかって提案したら『中より外のが今日は気持ちいい』って、サッサと外に出てっちゃって大変だった」

「うわー、大和君……それはないよー」

「でね、話はここからなんだけど……私、ちょっとズルをしちゃったの。先に謝るね……ごめん……」

 

 申し訳なさそうに、そっと頭を垂れる雪子。

 はらりと前に落ちた漆黒の艶やかな髪を見て、千枝の中で小さな嫌な予感が芽生えてきた。

 まさか、そんな事はないだろう、と恐る自分を振りはらう。

 何があっても受け止めよう―――真っ直ぐに雪子を見つめる。

 

「あのね……私、あの時、勝手に千枝の事をお願いって霧城君に頼んじゃって……それで」

「あっ…………」

 

 ふらーっと体から力が抜け落ちそうになってしまう。

 千枝にとって雪子のその言葉は何よりも効いて、今にも絶望の淵へと身投げしたくなるほどだった。

 いつか河川敷で過ごしたあの日々も、自分を気遣うくすぐったい思い出も、全部雪子に頼まれたから。そう思ったらすべてがガラガラと音を立てて崩れ落ちていった。

 “結局、彼も雪子に好かれたいからあたしに……”

 嫌になる。すべてがまやかしに見えて、尊さなんて嘘なんだって誰かが言う。お笑い種じゃないか、その気もない彼の一挙手一投足にとらわれていた自分が。

 ああ―――。

 

「そうなんだ……そっか、じゃあアタシが勝手に勘違いしてただけ……あはは、馬鹿みたい……」

「千枝……? 何言ってるの?」

「いいの雪子、別に怒ってないから……だって雪子は親友だし、彼は雪子の頼みを聞いただけ……」

「何言ってるの千枝……違うよ……そうじゃなくて」

「じゃあなに!? あたしに大和君を諦めろって、そう言いたいの雪子は!? 無理だよ……もう嫌いにもなれないくらい―――好きになっちゃった」

 

 千枝の見開いた瞳から、ハラハラと涙が溢れてくる。

 無理なのだ、好きなんだ、ともう後戻りは出来ない自分がいるんだと。どんなに失望しても、どんなに絶望しても大和という光を求めずにはいられない。これは紛れもなく、偽ることのない彼女自身のエゴだ。

 雪子は千枝をなだめようと声をかけるが、それも届かない。深い殻に閉じこもってしまった彼女を叩き出すには一つしかない。

 

「千枝っ……!」

 

 パシン、と乾いた音が千枝の頬を奏でる。

 そう、文字通り雪子は殻から叩き出した。

 そして、逃さないように両手で千枝の頬を挟み、こっちを向かせる。

 伝わるように、届くようにと、この瞳の最短通路(バイパス)には虚飾など存在しない。あらゆる【真実】だけが通れる信頼の道。

 だから―――。

 

「千枝は、誤解してる。その後彼はキッパリと断ったし、“それは千枝が決めることだ”って言って帰っちゃったの!」

「…………えっ? じゃあ、あたしの……勘違い……?」

「うん、勘違い……一人相撲の墓穴掘り」

「うわぁあああ! 今までの話しは全部無しっ! 雪子は何も聞いてないし、あたしもなにも言ってない! ノーカン!」

 

 さっきとは違った意味で悲しみに満ちている。いや、それを上回る羞恥心がいつもの彼女を取り戻した。

 

「どうしようかな、無しって言っても……もう私は聞いちゃったし」

「ちょ、駄目だからね! 雪子はポロっと言っちゃいそうだから、怖いから!」 

「え~っ……?」

 

 鈴虫の鳴く夜の帳の中。

 洞穴の住人の鳴き声にも負けず楽しげに、二人の妖精が会話をしていました。

 もう直ぐ外から金髪の男が場を乱しますが、それはご愛嬌。幕はいつか閉じるのです。

 楽しい二人の会話はここまで―――。

 

 

 

 

 

 

 完二が女子テントに突入しに行って、花村が恋バナなんてくだらないことを始めて、飽きたから鳴上と二人で一回限りのババ抜きってゲームをしてたら女子が来た―――おしまい。

 

「って、なんでいるのさ?」

「その、完二君が……」

 

 気まずそうに天城と里中がお互い目配せをする。

 ああ、なんだかもうそれだけでわかっちゃったよ。はいはい。無駄な説明は省きましょうか。

 

「要するに、完二の所為でテントに戻れないわけだな?」

「そ、そうそう、さっすが大和君わかってるー」

 

 ニコっと笑って相槌を打つ里中。 

 ん? 涙の跡が、さっきまで泣いてたのか? なんで?

 いや、そもそも俺が考えを巡らしてもしょうがない。女なんてよく泣く生き物だ。感動して泣くし、怒っても泣くし、いつでも泣くのだ。いちいち気にしてたらハゲが進行してしまう。

 勝手に一人思考の海を遠泳していたら、嫌そうな顔をしている花村が口を開いた。

 

「お前ら、こんなとこモロキンに見られたら……停学が済まされないぞ俺た―――」

「腐ったミカンはいねがー?」

 

 噂をすれば影とはよく言ったものだ。

 なまはげのモノマネのつもりか、声と歩く音から察するによっているモロキンが近づいてきた。

 咄嗟に鳴上がランプの明かりを消しす。

 

「やっべぇ、モロキンだ隠れろ!」

「ちょっと、どこに!?」

「里中、こっちに入れ!」

 

 明かりの中に居ると、一瞬で暗くなってしまうとあたりは実際よりも暗くなってしまう。

 そのせいで周りが見えなくなった里中の腕を引っ張って、俺は毛布をひっつかんで一緒に潜り込む。

 布団が覆い被さる瞬間、鳴上が天城を、花村は一人隠れるのを見届けた。

 

「大丈夫か里中?」

「う、うん大丈……夫」

 

 ハアハアとお互いの息遣いが聞こえてくるし、その熱も伝わってくる。

 いつだかのバッタ事件の時より密着度が高い。

 体は当然ながらくっついてるし、どちらかというと抱き合っているように見えなくもない。俺が仰向けで下になって、その上にうつ伏せになった里中が覆い被さっている。最高に勘違いされる態勢だ。

 しかも、顔との距離は十センチ程、ドギマギしすぎて俺の波動砲がチャージを始めそうだ。

 そんな一歩間違えたら人工呼吸しちゃいそうなほど近い距離にも拘らず、里中はこっちを向いてきた。

 

「………………」

 

 言葉はない。

 ただ、見ているだけ。それなのに、相手の言いたいことが伝わってくるようなそんな錯覚が起きる。

 だが所詮は錯覚。自覚なしには理解などありえない。

 だから、少しだけ俺は……柄にもなく里中の手を、いつかの病室での時のように握ったのだった。

 

「…………っ!」

 

 里中は拒絶しなかった。変わらず俺を見つめている。

 今朝見たときよりも澄んだ瞳で俺を映している。

 首かきむしって死にたくなるような甘ったるい時間を過ごし、うたかたの時は終わりを告げる。

 進展したわけでもなく、後退したわけでもないが、少なくとも距離は縮まったような……そんな夜だった。

 

 

 

 

 六月十八日 土曜日(曇/晴)

 

 何かと窮屈な思いをした夜が明け、林間学校も佳境。やっとのこと手にした自由時間を俺達六人は川辺で満喫していた。

 若干一名浮かない顔で疲れたようにうんこ座りしているが。まあ許容範囲だろう。

 拘束は解かれ、今日はこのまま直帰するというなんともいい加減なお布令をされ、早速やってきた川は綺麗で、朝日を反射させてキラキラと輝いていた。

 でもって昨日と違うのがひとつだけある。

 

「霧城先輩……なんで褌なんスか?」

「何を言う完二。これは男の正装……言わば勝負パンツみたいなもんだ!」

「パンツじゃなくて水着を着ろよ!」

「ハイカラだな……」

 

 そう、俺は今褌一丁である。川で泳ぐのは事前に知っていたが、人間には誰だって間違いがある。うん……水着とジョークとして買った褌を間違えちゃったんだ。てへぺry

 川に着いて早々、花村が泳ごうと良い出し、当然ながらそれには水着が必要不可欠。よって女子は始め拒否した。盛大に拒否した。

 だけど花村のとっても汚い話術にはまってしまった二人は渋々、本当に渋々水着に着替えていった。何故花村が汚いかと言うと、昼飯の失態を突き出し、あげる苦し紛れで「水着がないから」って言葉に追い討ちをかけるようにして水着を取り出したのだ。

 なんとジュネス・オリジナルブランド初夏の新作らしい。

 女子は盛大に引いていたが、俺は心の中で花村を崇めていた。エロスの神様ありがとう。

 

「お、お待たせ……」

 

 里中の上ずった声がして咄嗟に振り向く。

 するとどうだろう、そこには二人の女神があられもない姿で立っていた。

 ……よし、スリーサイズをゲットだぜ!

 

「おぉ……これは……」

「…………」

「…………菜々子」

 

 若干一名を除いて全員が二人の水着姿に見とれている。

 俺なんかもう、さっきから里中の色んな部位を脳内SSDに保存しまくっている。自分のキャラが危ぶまれるとか、キャラ崩壊とか関係ねえ! 今見ないでいつ見ろって言うんだ!

 妖精二人は恥ずかしそう頬を染めてに身をよじる。ないすくびれ。

 

「あ、あんまジロジロ見ないでよ……恥ずかしいじゃん」

「ちょ、ちょっと……だ、黙ってないで何か言って」

「二人共……よく似合ってる」

 

 っておい! なんで鳴上が先陣切った!? さっきまで菜々子菜々子言ってた倒錯者だぞ。

 

「な……なに言い出してんの!?」

「さ、さいてー……」

 

 二人は頬を染めて何やら言っている。

 なんだろう、鳴上って人間がまた一段と分かんなくなってきた。

 恥ずかしそうに照れている二人を見ながら、花村が一歩前に出た。

 

「いやー、想像以上にいいんじゃね……ただまあ、中身がちょっとガキっぽいけど」

「…………っ!?」

 

 花村無茶しやがって。里中も天城も額に青筋が立ってるのを、この色ボケは気がついていないらしい。

 当然のごとく、いい気になってる花村の話は続く。

 

「将来いい感じのオネーサンに成長すんじゃね? な、そう思うだろ? 霧城」

 

 このボケ! 色ボケ! 俺を巻き込むんじゃないよ!

 折角俺の脳内水着フォルダがいい感じに集まっていたところだったのに。

 二人の視線が俺に集まる。……股間に。

 

「な、なんで褌一丁なのよアンタはっ!!」

「や、やだっ! こっち見せないで……!」

 

 恥ずかしそうにこっちを見て目を伏せる二人。……なんだか新しい扉をうっかり開いてしまいそうだ。

 事情を説明するべく、自分でもどうしてだか一歩ずつ二人に近づきながら話しかける。

 

「いやな、水着と褌を入れ間違えて……折角の川だから、褌でもいいやって思って。あ、水着最高だな里中かわい―――」

「―――いいからコッチに来んなー!!」

「そげぶっ!!」

 

 蹴られてしまった。冗談も程々に、何事も腹八分目とはよく言ったものだ。

 結局は、昨日の夜でもうお腹いっぱいだったのだ。これ以上はいけませんって、エロスの神様が仰ったのだろう。

 全力で蹴られたのかな、俺の体は中から地面へ真っ逆さま。したを見れば、地面ではなくて川がコンニチワしていた。不幸中の幸いだな。

 ザパーンと音と水しぶきを立てて落ちた俺は、そのまま泳ごうと水面へと浮上する。

 

「あぁあああああああーーーー!!」

 

 と、花村と鳴上も一緒に落ちてきた。

 

「ぬぉわぁああああーーーー!」

 

 遅れて完二が。

 女子以外の人間全員、要は男子全員が川に落ちてしまった。いや、落とされてしまった。 

 崖上から俺達を見下すように睥睨する二人に、濡れ鼠になった花村が文句を言う。

 

「なんも、落とすことねーじゃんかぁ!」

「いーじゃん、どうせ泳ぐつもりだったんでしょー?」

「里中ーー!」

「なに……!?」

 

 ひとつだけ伝えようと声を張り上げる。向けるはちょっとむくれてる里中。

 

「水着、可愛いぞー!」

「う、そこで風邪ひいちゃえ!!」

 

 顔を赤くして憎まれ口をたたく里中。

 やっぱり、昨日の里中とはなんかちょっと違う。少し前までの、いつも通りの里中と、ちょっと違った里中が混じったような。とても自然な感じだ。

 なにか思うところでもあったのだろう。いずれにせよ、悪くない変化だと思う…………ん?

 

「なにか聞こえないか?」

「えっ…………」

「それじゃ……お先にっ!」

 

 鳴上も気がついたらしい。花村に真偽の程を問うているが、もう遅いぞ。

 俺は力を込めて水場より勢いよく飛び上がった。水場は爆発でも起きたように大きな破裂音と共に、豪快に水しぶきを上げる。

 そのまま、大体五mぐらい跳躍した。

 やりすぎた、と思ったが水しぶきが上がったお陰で誰にも見られることなく陸に上がることに成功した。

 

「あれっ? 霧城の奴がいねーぞ、どこにいった?」

「それより、さっきの爆発みたいなのはなんなんスか!?」

「わからない……」

 

「あれって、モロキン……うげ、なんか流れてきた! って大和君!? いつの間に……」

 

 滝上の上流を見ていた里中に音もなく近寄る。

 やっぱり、音の正体はモロキンの嘔吐の音だったのか、ギリギリセーフだったわ。

 

「さっき、嫌な音が聞こえたから全力で脱出してきた」

「この距離と高さを、短時間で登ってきたって……非常識すぎる」

 

 失礼な。ってこれ花村にも言われたじゃん。もうちょっと慎重になろう。

 見たくも無い液状のものが、鳴上達の居る滝下、水場へと降り注いでいった。……南無。

 

「うわぁああああーーーーー!!」

 

 いい年した男どもの絶叫が周囲に木霊した。

 あいつら三人が、大切な何かを失った日であった。

 

 

 

 

 こうして、長かった二日間もあっという間に終わり、俺たちはそれぞれの思いを胸に抱いて帰路に着いた。

 高い位置にあった太陽も、既に傾き始めていて、時刻はもう夕暮れ時になろうとしていた。

 

 

 

 

 ―――そんな時だった。

 

 

 

 

 あまりならない携帯電話が電話の知らせる着信音を鳴らし始めた。

 いま流行りの音楽が軽快に着信を知らせ続ける。

 

「…………この音楽」

 

 約一ヶ月ほど前までよく聴かされた曲だ。

 曲名だって覚えている『True Story』……この前まで補佐として面倒を見ていた女の歌。

 これはその本人からかかってこない限り鳴らないように設定してある―――ってことはまさか。

 慌ててポケットに入っていた携帯電話を取り出し、相手も確認しないままに電話を取った……。

 

「……っもしもし」

 

 息を飲む。

 受けて三秒きっちりに、向こうから一ヶ月ぐらいぶりの聞きなれた特徴的な声が聞こえてきた。

 

 

 

 

「あっ、もしもし大和さん……? りせだけど、あのね私……明日の夜にそっちに帰るから、それじゃあまたねっ」

「え、ちょ、おいりせっ……! 切りやがったアイツ」

 

 思えばここからズレ始めたのかもしれない。

 電話の主―――アイドル久慈川りせ。

 

 俺が都会で一緒に仕事をしたひとつ年下の女の子。

 あの場所でアイドルとして活躍していた彼女が、突然コッチに……マル久に帰ってくると言った。

 

 ―――こうして、波乱の林間学校が幕を閉じ。

 

 ―――ボタンを掛け違えたように、俺という人間が食い違っていく。




さて、やっと現れましたね我等がアイドル『久慈川りせ』
りせちー好きの皆さんお待たせしました。
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