「ここは……」
一人の女性が真っ白な空間でそう疑問の声を上げた。そこは真っ白で何もない場所。あまりにも違和感がありすぎて現実味がない。そんなあやふやな所だ。
「ここは、この世とあの世の境界だ。そしてお前は死んだのだ」
そう喋ったのは黒ずくめ髑髏だ。それはまさにイメージ通りの死神だろう。
「境界ですか、だからこんな真っ白でおかしな場所なのですね」
疑問が解けた。確かに、この場所はこの世のものとは思えない。
「ふむ、この場所がどう感じられるかは個人差があるが、お前は真っ白な空間として認識しているのだろう」
つまり人によってはまったく違う場所に見えるという事か…。
「それで、私に何のようですか。まさか間違えて殺してしまったとか?」
ネット小説で流行のテンプレなのか。
「いや、お前は予定通り死んだ。私はお前をスカウトしにきた」
「予定通りですか、それにしては早死にしすぎでは?」
女性はまだ三十代だ。若いとは言えないかも知れないが、死ぬには早い。
「お前は早死にする運命だっただけの事だ。別に珍しい事ではない」
確かに早死にするのは珍しいわけではない。私もその一人だっただけという事だろう。
「それでスカウトとは?」
「実はお前には三つの転生特典を与えて下位世界に転生させようと思う」
「下位世界ですか?」
「いわゆる漫画やアニメなどの世界だ。その世界にはカクカクジカジカというワケで、トリッパーが必要なのだ。もちろん拒否権もあるが、その場合輪廻転生の輪にのることになるから記憶が消えて転生するだけだ」
輪廻転生の輪ですか。それなら都合が良い転生先を指定した方が得かもしれない。それにしても本当にテンプレだね。
「転生する世界と人物は指定できますか?」
「それなら可能だ。希望をいいたまえ」
「……」
彼女は、どの世界と人物を選択するべきかと考えて自分の知識を検索すると、最近はまっていた『絶望~青い果実の散花~』が思い浮かべた。あれなら現代に近いし、内容も把握している。それにできれば美少女に転生したい。
「それでは『絶望~青い果実の散花~』のカリン・エレメントでお願いします」
カリンは『絶望2000』&『絶望PLUS』の追加攻略キャラの天使の美少女だ。(スタジオメビウスファンディスクの『めびにゃ!』でも登場している)
「ふむ、天使に転生か。よし可能だな。では特典を決めろ」
「では、①ワーグENDの天魔の力、②静香ENDの予知能力、③薫ENDの強運でお願いします」
「ほう、全部転生先と同じ世界の能力だな。珍しい」
「ええ、できるだけ転生先と親和性の高い能力が良いと思いまして」
「なるほど、それも一興だな」
ちなみに解説しておくと、『絶望 -青い果実の散花-』は1999年にスタジオメビウスが発売したパソコンゲームで、紳一が攻略する少女たちを乗っ取ったそれぞれのENDがある。
ワーグENDでは、カリンから奪った天使の力、魔王から与えられた力、ワーグの悪魔の力などの天魔の力で、天変地異を起こして人類の90%以上を殺していた。両極の氷を溶かしたり、竜巻や雷を起こしたりとあれは凄かった。
静香ENDの場合は、強力な予知能力を手に入れ、それによって競馬、宝くじだけでなく大地震まで予知し、最終的に国家を裏から支配する占い師となっている。
薫ENDでは、強力な幸運によって企業買収をした後に事業に大成功を収めている。
「これで良しと、では転生するぞ」
死神のその言葉を聞いた瞬間、私は意識を失った。
こうして、私は天界で天使カリン・エレメントとして生まれた。
しかし、予定外の事態が起こった。成長するにつれて、私は忌み子として疎まれるようになった。何故かといえば転生特典に天魔の力を選んだ為に、天使にも関わらず私には悪魔の力が宿っており、それがすぐにばれてしまったからだ。
天界でそんな力を持っていたらどうなるか考えるまでもない。正直、見通しが甘かった。これは最悪の失敗だ。
天界の天使たちは地獄の悪魔たちと長年に渡り戦争を行っていた。現在でもそれが続いており、私は悪魔に魂を売った裏切り者扱い。別に裏切ったわけではないのだけど、誰も信じてくれない。
最早、天界に居場所などないため、幼少の身で有りながら人間界に逃げ込まざるを得なかった。
「まったくしつこい奴らね」
カリンは血に染まった体を引きずりながら歩く。
カリンは人間界に逃げ込み生活しようとしたが、それも上手くいったわけではなかった。何しろお金も戸籍もないので、まともに生活できないのだ。とりあえず、とある大富豪に催眠術をかけて養女として潜り込んで生活をしていた。まっとうな方法ではないが、正直それ以外に手がなかった。
しかし、私が養女となった勝沼家の息子が、病気を苦に馬鹿な事件を起こしたのだ(『悪夢~青い果実の散花~』の修学旅行バスジャック事件)。
この事件によって、私が潜り込んでいた勝沼財閥は終わり、その生活は終わりを迎えた。十年も持ったので上出来かも知れないね。
最悪な事に、なまじカリンが原作キャラに関わりを持った為か、天使達に目を付けられてしまった。こうしてカリンは天使の襲撃を受けるようになった。
強大な力を持つカリンは、相手が大天使であろうとも圧倒できた。どうも天魔つまり天使と悪魔の力を併せ持つと桁違いな力を発揮できるらしい。
しかし、天使達も馬鹿ではない。単独では勝てないならば徒党を組めばいい。いくらカリンでも天使の軍団と戦うのは不利で、腹部を負傷して血を流す羽目になった。魔人(ランスシリーズ)の無敵結界でもあればこうはならなかったのだろうが、いくらカリンでも肉体的な強度は隔絶していない。
このまま天使軍と抗争を続けるのは危険すぎるが、異世界に逃げ出す能力もないから人間界で逃げ隠れするしかない。
「転生特典をもう少し考えておくべきだったかな?」
カリンの表情には隠しきれない疲労感が漂っていた。今から思えば天使に転生したのは間違いだったかもしれない。
この世界には神や魔王が存在しているが、それも所詮は下位世界の産物に過ぎない。つまり神様といっても、自分たちが作り上げた創造物でしかないのだ。自分たちが作り上げた創造物に忠誠を誓って服従するのは正直言って抵抗があった。
「人間に転生した方がマシだったかも知れないわね」
念を込めて腹部の傷を修復したものの失った血は多い。
「このままでは拙いわ」
天使たちに殺されかねない。
「だったら助けて上げる」
「誰っ!!」
いきなり聞こえた声に私は反応する。そこには一人の少女がいた。少女の容姿は黒髪に紫の瞳で、身に纏った巫女装束がよく似合っていた。
「私は姫神みこ。貴女と同じトリッパーよ」
トリッパーという事は、彼女は仲間なのか?
「では、助けてくれるのですか?」
「はい。とりあえず、この世界から撤退しましょう」
みこがそういうと、二人の少女はその世界から消えた。
そして、次の瞬間カリンはまったく別の場所にいた。ここは何処だろうか? 見たこともない場所だ。
「ここは?」
「ここは『魔法少女リリカルなのは』の世界だよ」
リリカルなのはというのは聞いたことがある。確か魔法少女物のアニメ作品だった。
「アニメの世界もあるのですか?」
「アニメだけじゃないよ。ゲームや漫画とかでも有名所の作品は大概あるから」
サブカルチャーは沢山ある。それらが揃っているということは下位世界の数も膨大なものになる。
「ここなら天使たちもいないから大丈夫だよ」
確かに異世界ならば天使はおろか神でも干渉できない。
「助けていただけてありがとうございます」
と、カリンはみこに頭を下げた。
「いえいえ、いいですよ。仲間じゃないですか。困っていたら助けるのは当然です」
「仲間ですか……」
あの世界の同族であった天使たちは、私を忌み子として迫害して、とうとう討伐軍まで派遣してきたから仲間なんかいない。もう、誰も信じないと思っていた。でも、自分と同じ境遇の仲間がいる。それが、こんなにも嬉しいなんて思わなかった。
「ちょっ、どうしたのですか?」
気が付けばカリンは泣き出していた。みこはいきなり泣き出したカリンに戸惑っているようだ。
「……嬉しいです。仲間がいるというのは本当にいいですね」
嗚咽をこらえながらそう言葉をこぼした。そんなカリンの境遇を察してみこは沈黙した。
「姫神みこさん、私はカリン・エレメントと申します。宜しければ私と友達になってくれませんか?」
「うん、いいよ」
みこは笑顔で受けてくれた。それは向日葵のように純真な、それでいて安心できる笑顔。カリンには、それがとてもまぶしく見えた。