俺の名は引狭(いなさ)。光覇明宗の上位師僧だった者だ。過去形なのは俺が西洋魔道に手を出したために破門されたからだ。そうなる事は最初から分かっていたから、そのこと自体は別に恨みに思ってはいない。
そこまでして魔道に手を出した理由は、俺が原作保持派だからだ。と言えば大概の者は俺が何者であるか見当がつくだろうが、一応説明すると、俺は元々別の世界の人間だったが、気が付けば引狭という法力僧に憑依してしまった。
その時、引狭の記憶から俺が『うしおととら』の世界に来てしまった事を理解した俺はこれからどうするか考えて、原作を守ることにした。
ここで二次小説のように原作介入して原作ブレイクするという選択肢もあったが、基本的に大概の物語は原作が最もベターな終わり方をしている。特にこの『うしおととら』では白面の者によって人類社会が壊滅するかもしれないところを主人公たちの活躍で救済されている為にこれを変えたくなかったのだ。下手な事をして原作よりも悪くなったら目も当てられない。
勿論、引狭といえば光覇明宗を破門されて、斗和子(とわこ)に騙されて挙句、それに絶望して自殺したキャラであるが、俺は何も自殺まではするつもりはない。要は西洋魔術に手を出して破門されて上で、斗和子に騙されたふりをして、適当な時期に姿を消せば問題ないのだ。
それに原作で引狭はエレザールの鎌、ホムンクルス、マテリア(キリオ)などを次々に生み出しており、その辺りも興味深く、できれば研究してみたいものである。
そんなこんなで、斗和子と接触して様々な研究を行う事にした。こうしてマテリア(キリオ)とその護衛役であるホムンクルス(九印)を完成させた。
ホムンクルスは幾度かの失敗をしたものの九印(くいん)という成功作を完成させる事ができたが、マテリアは結局当初の目標である生まれつき強力な法力を持つ人造人間を一から作るのが上手くいかなかった。そこで斗和子が誘拐した赤子を改造して法力人間キリオを完成させる事ができたのだ。
そして一番肝心なものが強力な武法具、エレザールの鎌だ。その製作には何度も失敗して、かなり試行錯誤に苦労したが、斗和子の助言によって完成した。このエレザールの鎌は、刃に亜鉛を加えて、柄には白木を通してある。これは12世紀の学者ボルムス・エレザールが考案した方法らしい。
このエレザールの鎌は原作通り軽さ、法力の増幅、威力どれも文句なしに優れていて、これは原作通りキリオに渡すことにした。
ちなみに原作のエレザールの鎌は絶大な戦闘力があるのはキリオが持っている一本だけで、館にあった物や若い僧たちが持っていた物は従来の武法具と大差ない威力であった事から、恐らく斗和子はエレザールの鎌のデットコピーした物を量産して渡したのだろう。それなら、本物のエレザールの鎌を量産すれば法力僧たちに役に立つだろうが、それをすると原作ブレイクになるからそれはできない。
原作では一本しかなく使える人間が現れるかどうかも分からない獣の槍と、誰でも使えるエレザールの鎌という一品物と量産品の関係であったが、結局エレザールの鎌が日の目を見ることはなかった。漫画的に量産品で活躍よりも突出した一品物で活躍するという話の方が盛り上がるからだろうね。
実際に苦労してエレザールの鎌を完成させた俺からすれば目から涙が出てきそうな話であるが、これは仕方がない。
さて、こうしてキリオの教育をする一方で、俺は更なる研究をすることにした。それはエレザールの鎌を応用した最強の武法具の製作だ。
上記のように基本的にエレザールの鎌は誰でも使えて量産できるから物量で押すという代物になるが、そうじゃなくて獣の槍のような凄い一品物を作ってみたくなったのだ。
こうして俺はまずエレザールの鎌を元に日本刀を作る事にした。というのも武器として見ると鎌は使い辛くて使い手を選ぶと思ったからだ。そこで刀という鎌より使い易い武器を作る事にした。
これは比較的に上手くできて取りあえずこの打ち刀に引狭(いなさ)という銘を与えた。言うまでもなく刀を制作した俺の名から付けた。
しかし、問題はここからで、確かにこの刀はエレザールの鎌と同程度の能力があるが、そこからどう強化するか見当も付かない。この刀は武法具としては最高級の物で、これ以上強化しようがなかったのだ。
そこで俺は前世の記憶で、アニメ版『ヤミと帽子と本の旅人』の葉月の刀が、元はただのペーパーナイフだったものがイブの血とソーマを浴びて強力な刀に変化した事を思い出した。
ただのペーパーナイフであれなら、この刀にソーマを沢山吸い込ませてみればどれほどの代物に変化するだろうか? そう考えると俺の好奇心が大いに刺激された。
そこで俺は以前接触した監察軍の仲間に接触してそれができそうな者を探してみた。残念ながらイブ(ヤミと帽子と本の旅人)のような超ソーマ根源体であるトリッパーはいなかったが、それが可能なトリッパーが一人だけいた。それが姫神みこで、俺はみこに頭を下げて、この刀に大量のソーマを込めて貰った。
こうして、型月世界の宝具の様にとんでもない一品が完成した物の、この刀は武法具としては微妙な代物に変化してしまった。確かに軽さや威力はとんでもないが、法力ではなくソーマの力を増幅するようになってしまったのだ。これはソーマを込めた為に発生した性質の変化だろうが、これでは法力僧である俺の力にならない。
確かにこの刀は凄い。型月世界でいえば概念武装の域を超えて上級の宝具に相当する代物になっている。だが、俺ではこの刀を使いこなせないのだ。恐らくこの刀を使いこなせる者は東葉月(ヤミと帽子と本の旅人)のように体内にソーマを取り込んだ人間だけだろう。
この結果に肩を落とした俺だが、取りあえずこの刀をみこに譲る事にした。彼女が持っていればそのうちこの刀を使いこなせるトリッパーの手に渡るだろうから、その方がいいだろう。
そして、俺は時期を見計らって自殺する代わりに『うしおととら』の世界から撤退した。その後、俺は監察軍で法力の研究に協力してそれなりの生活を送る事になった。
解説
■引狭(いなさ)
光覇明宗(うしおととら)の法力僧に憑依したトリッパー。憑依型なので当然ながら転生特典をもっておらず憑依元の法力僧としての力しか持っていない。原作保持派でその為にワザと破門させられた上に、斗和子に利用される事にした。憑依先の世界から引き上げた後は監察軍で法力の研究に協力して大いに貢献したものの何の延命処置を施さなかった為に寿命で死亡した。余談であるが、引狭が製作した刀は後に東条美月という最高の使い手の元に渡る事になる。