俺、田中次郎は気がついたら昆虫型の生物になっていた。自分でも何言ってるのか訳分からないけど、そういうしかない。
事の始まりは死んでしまった俺が死神に『神秘の世界エルハザード』の世界に転生させてあげると言われたことだ。ここでテンプレキターと思った俺は悪くないだろう。まさかネット小説でありがちなチートオリ主になるチャンスが来るとは、オタクにとってはたまらない事だ。
その死神は一つだけ特典をあげるといったので、『神秘の世界エルハザード』の藤沢真理の怪力を貰った。原作では藤沢は酒が切れると怪力に、煙草が切れるとさらにパワーアップしていた。酒を飲むと怪力が発揮されない事から、禁酒禁煙をやらないと有効に使えない能力であるが、前世の俺は酒もタバコも嗜まない実に健康的な社会人だったので、これは特に問題ないだろう。
しかし、計算違いだったのが転生したのが人間ではなく、バグロムであった事だ。
バグロムはエルハザードを二分する聖大河の向かう側に人間とは異なる独自の帝国を築いている昆虫型の種族だ。主に7種類の形体で体の大きさは種類により異なるが、原作では人間より二回りほど大きいものが主に登場していた。人間とは文化だけでなく言語が根本的に違い、陣内克彦(TV版では菜々美も)を除いてこれまで意思疎通ができなかった。
こうしてバグロムとして転生した俺であるが、現世では名無しだったので前世の名前であった田中次郎からエルハザードに合わせて『ジロー』と名乗る事にした。俺ことジローは身体能力に優れたバグロムに転生特典による怪力が合わさってとてつもなく強くなった。正直バグロム最強だろうね(禁酒禁煙時限定)。
でもバグロムたちの文化というのが俺には合わずに色々と嫌気が差してしまった。だから俺は人間と関わろうとしたが、バグロムと人間は敵対関係にあり関わりようがないんだよな。
それでもなんとかしようとはしたよ。でもね。バグロムである俺は人間の言葉が喋れないんだ。どうも体の発声機能が違うようで根本的に無理なんだよね。
じゃあ筆談ならばどうだと思って試しては見ましたよ。でも駄目でした。そういや俺って日本語しか書けないんだよね。前世では英語がてんで駄目だったし(最もエルハザードで英語ができてもまったく意味がない)。
エルハザード人の文字を覚えようにもコミュニケーションがまともに取れないし、人間はバグロムである俺を恐れるか敵対してしまうからどうあっても無理。
結局、俺とコミュニケーションが可能な人間はアレな陣内克彦(じんない かつひこ)しかいないという現実。これはキツイ!
更に問題なのは、原作ではバグロムの帝国は神の目で壊滅している事だ。ということはいずれは俺も神の目の餌食になると思われる。正直やばいですよ。
とまあ、こんな風に困っていたときに俺と同じトリッパーだという人間と遭遇した。これはまさに天佑といえた。俺は彼らのスカウトを受けて監察軍に所属することにした。
その際に、この世界との関わりを断つことにした。というのもバグロムの帝国にはうんざりしていたし、原作に関わりようがなかったからね。人間に転生していれば何とかできたが、バグロムではどうしようもない。正直こんな縄張り(世界)はいらないんです。
こうして俺は『神秘の世界エルハザード』の下位世界から撤退した。
監察軍の所属して監察軍本部で活動するようになった俺であるが、ここで思わぬ問題に直面した。コミュニケーション? いえ違います。確かにバグロムである俺は人間の言葉(日本語を含む)を話せませんがトリッパーは日本語ができるので筆談で何とかなります。日常会話にしても監察軍が専用の翻訳装置を作ってくれたのでこれを使えば何とかなった。
しかし、問題なのは監察軍でもサブカルチャーが充実していなかった事だ。
監察軍の母体であるブリタニア帝国はガチガチの帝政国家であるがためにこういった大衆文化の発展に必要な表現の自由は著しく制限されている。下手をすると社会秩序維持局のお世話になるわけだから、皆規制に引っかからないように注意する。ブリタニアでは社会秩序維持局は恐怖の対象ですからね。
ちなみにそんなブリタニア帝国ですが、不思議なことに臣民の不満はそれほどない。確かに自由は制限されているが、だからといって圧制をしかれているわけでもないし、概ね政治も経済も安定していたからだ。
ぶっちゃけるとそれは効率的な帝政の成果だった。自由と民主は確かにすばらしいものであろう。しかし、国家としてみれば実は諸刃の剣でもあった。国民が個人の権利を主張しすぎると集団としての国家は上手く機能しなくなり破綻してしまう。
だから帝政によって上層部が優れた国家運営をやることで国益を確保して、それが回りまわって結果的に臣民の生活も良くさせるというのがブリタニアのやり方だった。
それで上手くいっているから臣民も文句を言わない。そもそもフランス革命やロシア革命のような事は現状に不満がないと発生しない。現状が上手くできているのにわざわざそれを変えようする者はそうはいないからな。
実は娯楽が乏しいのは監察軍でも問題になっており、他のトリッパー達は代用として同人誌を作ってお互いに見るという活動もやっていたが、これもいまいちだった。なら自分で作ろうとしても俺は絵心がないからね。絵が下手だったし。
というか、そもそも俺は二次小説を書いたり、イラストを描いたりしてネットにアップする生産者なオタクじゃない。他人が作り上げた作品を見て楽しむだけの消費者なオタクだ。だから同人誌など作れない。正直オタクとしては娯楽に飢えているわけで困ったものだ。
そんな時に石動ミイナと神農の会話が聞こえてきた。石動ミイナが転生した世界は21世紀の日本で前世の日本に限りなく近い下位世界だった。ミイナはそれを利用してあの秋葉原で観光したりコミケに行ったりして娯楽を満喫しているらしい。
おいおい、こっちは昆虫型生物なんかに転生して苦労してるのに何だよ落差は! 羨ましいぞ。俺達友達だろ。もうちょっとこっちに配慮してくれてもいいだろ(ジローとミイナは顔見知りなだけで友達ではない)。
んっ、待てよ。確か石動ミイナは自分が転生した『エデンの檻』の世界で生活しているから、その下位世界はユクドラシル・システムに接続されているということだ。ならばユグドラシル・システムを使えば行く事が可能だな。
こうして俺は名案(?)を思いついた。
数日後。俺は監察軍の巡洋艦に乗り込んで『エデンの檻』の並行世界の日本にたどり着いた。早速東京上空に行き降下する事にする。
トリッパーである俺は申請すれば無条件でユグドラシル・システムを使えたので問題なくこの世界にこれた。
実は監察軍はジローが石動ミイナの許可をとっていると勘違いしていた。またジローの目的も詳しく確認していなかった。まあ、常識としてそうするのが当たり前すぎて盲点になってしまっていたのだ。
そもそも監察軍はトリッパーの支援組織だ。その為トリッパーには多くの権利があった。申請さえすればユグドラシル・システムや巡洋艦を優先的に使えるのもその権利で、これらはトリッパー達が下位世界が不自由なく活動できる為に配慮であった。
東京は巡洋艦を降下させるような開いた場所が少ないので、巡洋艦を上空に待機させたままでトラクタービームによって降下した。これはSFとかでよくあるリング状のエフェクトと共にゆっくりと上り下りできる装置だ。トリッパーたちはこの手の装置を好んでいた為、この巡洋艦にも搭載されていた。
こうして東京に降り立った俺は東京の風景に懐かしさを感じた。勿論この日本はジローの故郷である上位世界の日本ではない。あくまで上位世界を元に構築された日本にすぎないが、それでもこの日本らしさは失っていなかった。
そんな俺の目に自動販売機が映った。そういえば監察軍も自動販売機はあったが、日本の自動販売機は転生してから見たことがなかったな。そうだな。なんか買ってみよう。そう思いジュースを買おうとしたがお金がなかった。そう監察軍の自動販売機は専用のカード(キャッシュカードのようなもの)で支払いができたが、この自動販売機はそうではない。
とんでもないうっかりだ。俺が持っているのは帝国マルク(ブリタニア帝国の通貨)に対応したカードだけだ。ブリタニア帝国や監察軍では使えるが日本で使えるわけがない。観光しようにも日本円がねぇ。それに気付いて俺は愕然とした(バカ)。
そうだ! 確かこの世界には俺の仲間である石動ミイナがいるんだった。ミイナからお金を集るもとい借りればいいんだ。でもミイナの連絡先知らないぞ。しょうがない人に聞くか。
そんな事を考えている俺にスーツを着たおっちゃん達が近づいてきた。なんか回りにサングラスを付けた黒服な人たちもいるね。誰だろ? まあ、ちょうどいいから聞いてみるか? こんなこともあろうかとちゃんと日本語に対応した翻訳装置は携帯しているから会話は問題ないしな。
『あの~、すみません。石動ミイナの連絡先って知っていますか?』
俺がバグロム語で喋ると翻訳装置がそれを日本語に変換して話したが、スーツを着た人たちがなんか驚いているな。おかしな事を聞いたかな?
「い、石動ミイナさんですか?」
あれ? 確か石動ミイナってこの世界では有名人だと思ったけど知らないのかな?
『ええ、石動グループの会長さんですよ』
「し、失礼ですが。石動会長とはどんな関係ですか?」とスーツを着た人が聞いてきたので、『仲間で友人ですよ』と答えておいた。すると、おっちゃんたちはどこかに電話をかけた。
「あなたは一体何をやっているの!」
しばらくして石動ミイナがやってきていきなり怒鳴り込んできた。なんでそんなに怒るんだよ。「もしかしてあの日なの?」と聞くとミイナは呆れた表情で「私の許可も取らずに何故来たんです?」と言われた。
『あっ、忘れてた』
何か忘れていたなと思ったら、それだったのかと納得した。
「忘れてたって……。もういいです。とにかくこれ以上余計なことは言わないでください!」
なんでそんなに怒っているんだろう。そりゃ許可取るのを忘れたのは悪かったけどさ、そんなに怒ることないじゃないか。俺はミイナの態度の悪さに腹を立てたが、それを抑えてお金を借りることにした。俺って大人だね感謝しろよ。
観光資金を貸して欲しいと頼むとミイナは携帯電話で他の人にお金を持ってくるように指示を出した。
暫くしてさっきとは別のスーツを着た人がサングラスに黒服を着た人たちと一緒に来て、ミイナにバックを渡した。ミイナがそのバックを開くと札束がびっしりと入っていた。おおっ凄い。札束を確認したミイナはバックを閉めて俺に渡した。
「ジロー日本円よ。これを使いなさい。くれぐれも食い逃げなんてしないでよ」
何か酷いこと言うね。わざわざ言わなくても食い逃げなんてしないよ。そんなに信用無いのかよ。
その後、ミイナ達が俺を車で秋葉原に送ってくれた。
念願の秋葉原は凄かった。アニメとか漫画とか色々あるね。お金が一杯あるからついついたくさん買い物しちゃたよ。荷物とかは航行艦に転送しておいたのでかさ張らずに済むのが便利だよ。
でも野次馬が凄かったね。俺に近づく人とかは黒服の人たちが阻止していたけど、携帯電話で写真を取る人は多くて鬱陶しかったよ。まったく最近の日本人はモラルが悪くなっているんじゃないの? 普通写真を撮るなら「写真を撮っていいですか」と聞いて許可されてからやるのがマナーでしょうに、許可も取らず写真をとりまくるなんて良くないよ。
そんな文句をぶつぶつ言ってるとミイナが『お前が言うな』と言わんばかりに冷たい目で俺を見た。あれ、俺何か不味いこと言ったっけ?
そんなこんなで観光も終わり、監察軍に帰ったが、今度はレディ・アン(トレーズ・クシュリナーダの副官)に呼びだされて滅茶苦茶怒られた。ひえ~。アンさん怖いっすよ。総司令官のトレーズさんは穏便な人だけど、この人なまじ美女なだけに怒ると本当に怖いんだよ。
それから暫くして、ミイナのいる『エデンの檻』の下位世界は外見が人間と異なる者限定(石動ミイナの仲間の宇宙人という名目)で観光にいけるようになった。勿論ミイナの許可があればだけどね。
神農とかちょくちょく秋葉原に観光に行っているらしく、俺も行こうと思いミイナに申し込んだが問答無用で拒否された。ミイナは他の人は許すのに俺だけ阻害してやがる。酷い差別だ。上層部に苦情を伝えても無視されるし、本当にどうなっているんだよ。
解説
■ジロー
『神秘の世界エルハザード』の世界に転生したトリッパー。トリップした世界に嫌気が差して監察軍に参加するようになったが、他のトリッパーと諍いを起していまい監察軍からは問題児扱いされている。現在は問題ない仕事をさせられているが、下位世界と関わるような事には中々許可が下りない。転生特典のおかげで禁酒禁煙すれば凄まじい怪力を発揮できるが、ミイナからはバカや脳筋呼ばわりされている。
◇転生特典
藤沢真理(神秘の世界エルハザード)の怪力