アメリカとの交渉を終えて数日後には件のトリッパーが私の前に引きずり出されました。最も私がやったのは交渉というよりもただの恐喝でしかありませんが、この世界が相手ならば特に問題になりません。
勿論、まともな外交の場であれば私の交渉は赤点どころかマイナスです。本来外交というのは難しいもので、安易に力ずくで押さえつければ反発されて盛大な恨みを買いますし、かといって下手に譲歩すれば相手に舐められてしまいます。その辺りのさじ加減が外交には必要ですが私にはそんなスキルは持っていないので、舐められるよりは反発される方がいいと割り切って徹底的なゴリ押し外交をやりました。当然ながらかなりの反感を買ってしまいましたが、相手はすぐに滅びる世界なので問題ありません。
「八条弥生さん、貴女は何故ここに連行されたのかお分かりですね」
私がそう言うと手かせ足かせをつけられた上に檻に入れられている弥生さんは私を睨みつけてきた。彼女のこの待遇は私がそう要請したからです。何しろ私は生身の白兵戦ではとても弱い為、彼女のようにいつ襲い掛かってくるかわからない人物は檻に入れておかないと安心できません。
「あんた『ギャラクシーエンジェル』の烏丸ちとせね! あんたも臆病者の転生者か!」
「……確かに私は転生者ですが、臆病者とは随分な言い方ですね」
転生型トリッパーであるちとせは前世のネット小説とかで転生者と呼ばれていた者に当てはまり、監察軍でも転生型トリッパーを転生者と呼称する事がそれなりにあります。
「地球が滅亡寸前まで追い詰めらえているのに隠れて出てこなかったくせに、今更出てきたと思えばアメリカに圧力をかけるなんて最低よ!」
はっきり言って彼女の言う事はとんだ見当はずれな事です。そもそも今の私は監察軍に所属する軍人で、その権限において動かせる戦力は監察軍の意向の元でふるわれるべきものです。それなのに旧日本陸軍みたいに現場の軍人が勝手な暴走をしてよいわけがなく、組織に所属する以上組織の利益を無視して身勝手な行動はできません。彼女は規律というものをなんだと心得ているのでしょうか?
どうも話が合わないので詳しく彼女の罵詈雑言を聴いてみて要約すると、弥生さんは強大な戦力を有しているにも関わらず人類の為に表に出てこなかった私を怒っている事がわかりました。同族を殺害したのもこれが理由のようです。
「まず申し上げておきますが、弥生さんが殺害した同族はこの世界ではなく別の世界で転生した転生者です。ですからこの世界の事で彼を怒るのは見当はずれも甚だしい事です」
「なんですって!」
私は軽はずみな行動を起こした彼女に軽蔑の視線を向ける。
「それじゃあ、死神が言っていた転生者は誰なのよ!」
「それは私です。この世界に転生した者は私と弥生さんだけです」
「お前か!」
彼女はまさに鬼のような表情で私を睨みつける。
「お前が逃げた臆病者か!」
「そんな言い方は良くありません。私の行動は正当な事です」
「正当ですって!」
そもそもトリッパーは創作物を元にした下位世界で転生や憑依することでその世界で第二の人生を開始しますが、原作に介入して好き勝手に変えるか、原作を重視して干渉しないかはトリッパーが自由に選択できます。
私は仲間に迷惑を掛けたくなかったので、この世界では不干渉を選択して監察軍に所属することにしましたが、これは正当な行動で誰にも文句を言われていません。むしろ監察軍にこの世界を救うことを求めれば、それこそ問題でしょう。いくら監察軍がトリッパーたちの相互互助組織であるとはいえ私一人の我が侭で監察軍がそこまでやってくれるわけがありません。
「まあ、いいでしょう。私が聞きたいことはただ一つ。先日弥生さんが殺害した彼の事です。彼は貴女の敵ではなくむしろ助けてくれた恩人であるにも関わらず何故殺したのですか?」
普通同じトリッパーが危ないところを助けてくれたのであれば礼を言うのが筋で、間違っても殴り殺すなど私たちの常識ではありえない蛮行です。
「私が必死にやっていたのに、あいつは何もしていなかったからよ!」
「つまり弥生さんは彼が貴女と同じ転生者だと気づいていたわけですね」
「そうよ!」
弥生さんは私の質問を肯定しました。今回一番肝心なのは弥生さんがあの男を同じトリッパーであると気づいていながら殺害したのか、それとも同族だと気づかずに殺害したのかですが、これで確認がとれました。
実のところ、監察軍はトリッパーが同族に被害を与えない限り下位世界でどんな悪逆非道なことをしてもあまり問題になりません。
例えば先日殺害された同族にしても、元々は『下級生』という恋愛シミュレーションアダルトゲームの世界に転生したトリッパーで、彼はニコポを使ってヒロインを落としまくりハーレムを作った男です。最もハーレムを作ったせいですぐに女性関係が大いに揉めて女性陣がヤンデレ化してしまった為に手に負えなくなったら、女たちを捨てて逃げ出すように監察軍に所属したわけです。
そんな彼の行動は世間一般からみれば最低ですが、同族に一切迷惑をかけていないために監察軍ではただのお遊びですんでいます。
また、監察軍の影響化にあるブリタニア帝国、大日本帝国、アトランティス帝国の三カ国を除けば下位世界人をいくら殺害しても犯罪にはなりません。その為、弥生さんがただの殺人狂で彼を同族だと気づかずに殺してしまったならば、殺人狂であることを非難されることはなく、同族だと知らなかった事から情状酌量の余地がありました。
しかし、弥生さんは同族だと気づいていながら暴行を加えて殺害してしまったとなれば情状酌量などされることはありません。そうなると彼女の処罰は決まったようなものです。どうせ裁判をしても死刑しかありえない。それならばわざわざ連行するまでもなく、この世界に放置してBETAに始末させればいい。
「そうですか、では弥生さんにはもう用はありません。彼女を下げていいですよ」
「よろしいのですか」
アメリカ政府の方がそう確認してきました。あれだけ圧力をかけてまで彼女を引きずり出したにも関わらず、あっさり手放すのだから不信に思うのは無理もないでしょう。
「ええ、もう用は終わりました。私たち三千世界監察軍はこの世界から撤退します」
「ちょっと待ちなさい。あんたあれだけの戦力があるのに地球を見捨てる気なの!」
弥生さんがトンチンカンなことを言いますが、この世界を捨てて監察軍に所属した私にはこの世界を救う義務などないから見捨てて当然なのです。
「ミス・チトセ、ちょっと待ってください。貴女にぜひ会っていただきたい方がいます」
シャープシューターに乗り込もうとする私にアメリカの政治家が慌てて止めようとしていた。会ってももらいたい人ですか。地球人からすれば私たちは厄介者の筈だから撤退するといっているのに引き留めるとはどういうことでしょう? そう、疑問に思う私に一人の男が近づいてきました。
「姉さん久しぶりだね。まったく変わっていなくて驚いたよ」
私にそう言った40歳ほどの男性にどことなく見覚えがあります。
「信一郎ですか。生き残っていたのですね」
彼は私の二つ年下の弟、風間信一郎です。正直、40歳の中年男性が外見17歳ほどの少女を姉さんと呼ぶのは違和感ありすぎです。
「ああ、俺は生き残ったが父さんたちは死んだよ」
この世界の日本は壊滅状態ですから家族が死亡しているのは当たり前でした。正直、風間家は外様武家であったために弟は前線でとっくに戦死していると思っていましたが運がいいですね。いえ、どうあっても勝ち目がない生き地獄の世界では速やかに戦死していた方が幸せでしょう。
「そうですか。では、さようなら」
「ちょっと待ってくれ。姉さん、このままじゃ地球は終わりなんだよ!」
あっさりと会話を打ち切って帰ろうとする私に、信一郎は慌てて声を荒立てた。この場に信一郎が来た理由は私の人情に訴える為でしょうが、私にとってこの世界の家族などとっくに切り捨てた存在にすぎません。今更そんな者に情など持つわけがありません。
「そうですね。とりあえず上と相談してみますね。ただし、いつになるかはわからないですよ」
そう、相談すると言うだけならタダです。相談して駄目でしたで終わることは分かりきっていますが、それは言わなくてもいい事でしょう。私はそんな無意味な気休めの言葉を残しつつシャープシューターに乗り込んで『マブラヴ』世界から撤退しました。
「……このような経緯となりました。以上報告は終わります」
監察軍本部に帰還した私は総司令官トレーズ閣下に報告しています。今回は監察軍本部に所属するトリッパーの殺害事件だったために通信ごしではなく直接会って報告する必要がありました。
「八条弥生はあの世界で放置することにしたのだね?」
「はい、彼女には本部に連行して無理やり処刑するだけの価値はありません。第一法的根拠の問題もありますから」
「確かにそうだね」
本来なら監察軍としては弥生を裁判にかけて処刑するのが望ましいですが、八条弥生はトリッパーでありながらも監察軍に関りがなく、犯行現場の『マブラヴ』の世界が監察軍の勢力圏外であるのが問題です。こうなると監察軍の軍法で裁く法的根拠が曖昧になってしまいます。
確かに弥生はトリッパーでありながら同族殺しをした裏切者の犯罪者ですが、それを裁くしっかりした法的根拠がないわけです。勿論、監察軍の勢力圏となる三カ国で犯行に及んでいれば監察軍に所属していようがしてなかろうが、問答無用で裁かれるわけですが、こればかりはどうしようもありません。
勿論、無理やり裁判にかけて処刑に持ち込むというのも可能ですが、そんなグレーゾーンな行動をするのは望ましくありません。だからこそ、裁判にかけるのではなく放置したわけで、それにはこちらが裁かなくても勝手に死ぬという理由も大きかったわけです。
「うむ、ご苦労だったね。ゆっくり休むといいよ」
「はっ! ありがとうございます」
私はトレーズ閣下に挙手の敬礼を行い退出した。
「これでしばらくは休暇ですね」
今回の仕事を終えた私はまとまった休暇をもらいましたが、休暇が終わったら他の下位世界でエンジェル候補を探してスカウトする予定です。
今回の任務のついでに『マブラヴ』世界の下位世界人からエンジェル候補を探す事も考えましたが、それは取りやめにしました。というのも、確かにトリッパーは下位世界人を推薦して監察軍に所属させることができる権限がありますが、推薦されて監察軍に所属した下位世界人が問題をおこしてしまうと推薦したトリッパーの信用問題につながるからです。その為、いくら出身世界とはいえあの世界の人間を推薦できません。
それなら、手間をかけてもあちこちの下位世界を回って信用できるエンジェル候補をスカウトした方がいいでしょう。そう考えた私は滅びゆく『マブラヴ』世界のことをどうでもいい事として忘れることにした。
解説
■風間ちとせ(かざま ちとせ)
身長:157cm 容姿:烏丸ちとせ(ギャラクシーエンジェル) 外見年齢:17歳 特技:弓道、長距離狙撃、情報処理。『マブラヴ』の世界に転生したトリッパーで早々に出身世界を見捨てて監察軍に所属している。17歳のときにゴッド・ブレスを投与した為に外見年齢は17歳のままである。精神鍛錬の為に弓道を嗜んでいるが、長距離狙撃と情報処理を得意としており、パイロットの腕だけでなく、それらの技量も相当なものである。勉強熱心な優等生で同族のトリッパーには気配りもできるが、トリッパーでないものには情を持つことがなく半ばNPC扱いをしている。転生特典は烏丸ちとせの外見と能力。
■八条弥生(はちじょう やよい)
『マブラヴ』の世界に転生したトリッパー。生き地獄の世界で苦しんでいたために他のトリッパーに敵意をむき出してして殺害してしまう。ちとせの撤退後は一兵士として戦場で勇戦するも戦死することになる。
■銀髪オッドアイのトリッパー
『下級生』の世界に転生したトリッパー。転生特典で得たニコポを用いてハーレムを築き上げたが、そのせいで複雑な女性関係を捌ききれずに逃げ出す羽目になった。その後、監察軍で仕事をするも弥生の八つ当たりで撲殺される。
あとがき
『トリッパー列伝 風間ちとせ』はこれで終わりです。今回は監察軍におけるトリッパー同士のもめ事とその対処をテーマにしており、この辺りは監察軍の設定にでてなかった部分です。監察軍としては弥生を裁判にかけてつるし上げたい所ですが、法的にグレーゾーンなので今回は取りやめになっています。