どうぞよろしくお願いします。
あー、目眩がする。
春休み明けの青々とした快晴が俺の身体を蝕む。
休み中、読書と小町とのマリカー勝負に明け暮れ過ごした非外出的な生活により俺の身体はボロボロだ。
とうとう身体が日光に拒絶反応を見せたかと思い、これから3年世話になる学び舎、総武高校の通学路を自転車で駆ける。
中学の頃に思春期の恥部をここまでかと見せつけ、周りとはある意味で一線を画した俺にとって、この進学高に通う事で全ての人間関係をリセットし、よろしく高校デビューな心境で少し……
いや、かなり期待はしているであろう高揚感を抑えきれずペダルを力強く踏む。
なにかむふふな展開が起こる事を期待しつつ俺は初めての通学路を自転車で駆けていく。
ん?
道中、遠くから女子の叫び声が聞こえた。あまりにも非現実的な叫び声だったので慌ててそこへ顔を向ける。
そこには車道に飛び出したこわいもの知らずのワンちゃんがこちらに向かって横断しているではないか。
さらに突然の横断者に気づいても止まれない車が迫っていた。
あきらかにワンちゃんの行動経路と車のスピードを予測するにワンちゃんが轢かれるのは目にみえていた。
舌打ちをし、自転車のハンドルをワンちゃんの方に傾ける。
犬よか猫派なのだが目の前で車に轢かれては新学期早々に寝覚めが悪い。
そして自転車の警音器と急ブレーキでワンちゃんに牽制して移動を止め、何か滅茶苦茶すごい衝撃を受けたところまでは覚えている。
目が覚めたら異世界……じゃ無かった病室だ。季節は秋だった。
俺の留年が確定した。
***
目が覚めると看護師は慌ただしくエスカレーションを行う。
そしてまた慌ただしく病室に入ってきた父や母…そして小町が目を見開き、驚き、そして涙を見せた。
特に小町がいつもの反応とは全くの別で、ずっと俺の手を握り、号泣していた。
ずっと『ごめんなさい……ごめんなさい……おにぃちゃん、かえってきてありがとぉ……』と鼻を啜る音と嗚咽が不協和音を繰り出し、後半何を言っているか全くわからなかった。
小町とは春休みの最後辺りにリビングの掃除の質を巡ってケンカしたきりだった。
たぶんそのことも後を引き、小町にものすごい心配をさせたのだと理解した。
数日経ち、医師から状況を伺う。
どうやら俺は昏睡状態だったらしく、医者から最悪一生このままと脅されていたらしい。
何それこわい。というかそれで小町はああいう風に悲しんでいたのね。
やめろよ。小町を悲しませるな○すぞヤブ医者。
それからはリハビリを行いながら身体は順調に回復していった。
見舞い客なんて、中学の頃俺に友達なんて居なかったから来るはずも無い。
来たのは小町だけだった。産みの親にすら俺は心配されていないのかと思った。
一人前に身体を動かせる様になり、退院となる頃には師走の風情が姿を現し始めていた。
肌寒さが寂しさを思い出させ、そして今年の終わりの意識をかき立ててくる。
退院の日程も決まり、愛着が湧き慣れ親しんだ病室と別れの日が明確になった事で寂しさがこみ上げてきた。
別れを惜しむようにベッドに横になり、この1年を振り返る。
といっても今年1年は身体を治す事ぐらいしかやった事が無い。
来年からはまた1年生をやり直すのか……。
留年の強みといったら去年の内容をもう一度くりかえす強くてニューゲームなはずなのだが……1日目登校前で事故に遭っているだから、なんのうま味もねぇ。
不幸中の幸いといって良いのか、元から知ってる奴はいない事だ。
知り合いがいないことを条件として俺は高校を選んだのだから当然だ。
俺が年上である事を喋らなきゃ、まずバレることは無いだろう。
そこまで考えた後、ベッドで横になっていたせいか、うとうとと睡魔に襲われ次第に意識を手放す事となった。
やはり冬のベッドの温もりに負けてしまう。誰だってそうだよ。
***
「おー、さっむ暖房暖房、炬燵炬燵」
年を越し、そして退院。
既に留年が決まっていた俺は学校に行く気力も無くやる事も無く炬燵と暖房という2重の現代の利器を使用し温々と本を読みあさっていた。
そして両親も小町も、平日は職場や学校に行っている。
最初の頃はなんとも悪くも無いのに悪い事をしている気分になっていたこの生活も、慣れてくるとともに罪悪感などはなくなりつつあるのだが、どうにも時間を持て余してしまうというのが課題となってきた。
「問、働かなくて食べる飯はうまいか」
「答、人の奢りの飯がうまいように、働かないで食べる飯は格別だ」
というようにどうでもいい独り言が増えた。
いつの日だろう、それをたまたま耳にした小町から「ただでさえ気持ち悪いおにぃちゃんがさらに気持ち悪くなった」と『キモい』では無く『気持ち悪い』と省略せずにいわれた辺りに本気さを感じて真面目に傷ついた。小町ちゃん酷い。
そのあとに、何故か冷蔵庫にマッ缶がありマーカーで『おにぃちゃんの!!』ってラベリングされていたのを見るときっとツンデレの時期なんだろうと思った。
正直な話、ここ最近は家に引きこもってばかりであり、あらかた本を読み終えて暇を持て余しているのも独り言を助長させる一因だろう。
世間のプロ引きこもりニート面々には申し訳ないが、たまには外にでたい衝動に駆られる。
「少し、散歩するか」
また独り言がでてしまった。
***
玄関の扉を開けたとき、外界からの冷気が一気に流れ込み、温々と暖房や炬燵に慣れた身体はすぐさま肌寒さを感じた。
同時にやはり12月という今年の締めを連想させる
淡い哀愁じみた感情が俺の中を駆け巡った。
1年何の経験も無くただ家で温々と好き勝手過ごしていたと言う事実だけを俺に突きつけてきた。
確かに事実だが少しだけ俺の対抗心を掻き立てる。
「よしっ、今日は少し遠出してみるか」
電車で、田舎寄りの都会の駅で降りた。
そこから駅前にある本屋をいくつか回り、少ないお小遣いを捻出し、厳選した本を数冊購入した。
我ながら突発的に思いついた散歩とはいえ、十分楽しめた。
たまにはこういうのも悪く無い。
目的を果たして本屋からでたときには、既に黄昏時となっていた。
そんな空をみて、かなりの時間を厳選に充てていたのだなと理解した。
駅へと向かう最中に見覚えのある緑の看板を見つけ、足を止める。
「サイゼか」
少し遠くまで来て今は黄昏時、少し腹も空いてきた辺りだ。
軽食くらいなら帰る最中で消化されるだろうと踏んで俺はサイゼにへと足を向けることにした。
少し混んでいるかと思いきや、客は疎らだ。
駅前でこの時間にこんな疎らなんてこのサイゼ潰れるのではないだろうかと心配になってしまう。
とりあえず店内を見回して、適当な席に案内される。
その途中で、ボックス席で勉強している1人の女子学生が目についた。
中学校の制服だろうか? 肩まで伸びた亜麻色の髪の毛と幼さがまだ残るが、整った顔立ちで受験勉強している姿がちょっとだけ小町を連想させたからだ。
彼女のテーブルに総武高校のパンフが勉強道具と一緒に置いてある。
もしかしたら来年同じクラスになるのかもしれない。
若干の期待が込み上げてくるが、理性でそれを切り捨てた。
案内された席はボックス席だった。
その女子中学生の隣の席だ。
えっ何なのこのサイゼ、この時間に1人ボックス席とか案内しちゃって良いの?
こわいよもう。
案内された席で既に決まっているメニューを注文する。
サイゼのドリアは人類史上まれにみる最高の作品だ。
注文を終え、届くまでの間に今日の戦利品をみて、軽く読そうなラノベ辺りを手に取り読み始める事にした。
…集中力の途切れと同時に周囲の雑音が耳に入ってくる。
どうやらお隣さんが騒がしい。
あの女子中学生もうぇーいやらうぇーいやらやっている類いの人種だったのだろう。
ただ、騒ぐにしてももう少し場所を選んで欲しいと嫌悪感に悩まされるがよくよく耳を傾けるとそうでも無いようだ。
「ごめんなさい。今そんな暇は無いので」
「そんな事いわずにさぁ、ちょっとお話ししようよ」
どうやら受験勉強をナンパ野郎に邪魔されているみたいだ。
まぁ、ボックス席で広々と受験勉強しているうえに、その容姿だ。
目をつけられても仕方が無いだろうとみてみぬ振りを決め込んだ。
おっ、丁度ドリアが運ばれてくる。
届いたドリアを俺の席に置く店員に追加注文を伝え、ドリアをスプーンですくい食事にありつく。
俺の注文を聞きつけた店長らしき人物が颯爽とナンパ野郎の前に現れ、笑顔のまま店内マニュアルに沿ってナンパ野郎を退店へと追いやった。
何がスゴイって最後まで笑顔を崩さなかったところだよ。
プロ精神を感じる。
店内でナンパとか店側からすると迷惑行為の何物でも無いのだ。
それと可愛い女の子と知り合えるワンチャンの正義感で対峙するよりも店員に任せる方がはるかに効率的だ。
そう思いながらドリアを食べて終えてもう少しラノベを読む。
厳選しただけあり、面白くやめ時がわからない。
…ふと周りの雑踏が耳に入る。
周りを見渡すとようやくこのサイゼも人が混み合ってきたようだ。
どうやら潰れるかどうかというどうでも良い心配は杞憂だったようだ。
「あの」
聞き覚えの無い声が隣から聞こえ、動揺して少し肩が跳ねる。
声の聞こえた方へ向くと、隣のボックス席にいた亜麻色の髪の毛の女子中学生が立っていた。
その女子中学生は、少し愛らしい微笑で俺に語りかけてくる。
「驚かせてごめんなさい。突然で申し訳ないんですけれど相席させてもらえませんか?」
「えっ? なんで?」
速攻でOKを出さなかった俺に彼女のまゆが少し動くのを見逃しはしなかった。
こいつ、絶対即答で相席を了承してくれると思っていたに違いない。
こいつはやべぇぞ。できればあまり関わりたく無い。
「周りをみて下さいよ。お客さんいっぱい入ってきてるじゃ無いですかー? それで1人ボックス席ってなんか居心地悪いじゃ無いですか?」
おいおい、さっきの丁寧な口調はどこに消えたよ?
一気にフランクになったな。
「それはわかるが、カウンター席まだ空いてるじゃん?」
「カウンター席だと狭いんですよねー」
「わがままかよ」
「そういうわけなんで、相席お願いしても良いですか?」
ぺこりと腰を折り、浅すぎず深すぎない礼をされてた。
仕方ない。ここまでされたら流石に断れない。
余計に食い下がられても面倒くさいだけだ。
まぁ、俺も丁度1人ボックス席で居心地が悪かったが、相席ならそれも相殺されそうだしな。
「まぁ特別断る理由も無いし、どうぞ」
そういって向かいの席へ手のひらを向けて彼女を迎え入れた。
「ありがとうございます」
少し顔を傾けはにかむような笑顔でいわれた礼に悪い気はしなかった。
俺の頬に少しだけ熱が籠もったのは内緒の話。