やはり俺の学校生活はおくれている。   作:y-chan

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#7

雨の日の平日は嫌いだ。

雑踏する駅に行かなくちゃならんし、電車車内も混雑していて疲れる。

学校でも外で食べる選択肢がなくなり、教室で食うしかないのだ。

前の件もあり、俺にもちょくちょくと周りから目を向けられちょっと居づらいのだ。

 

まぁそんなこんな今日1日をどうにかやりすごし、ようやく愛し我が家の玄関前だ。

 

駅前でサイゼに入るかどうか迷ったが、小町が早く帰ってくることを懸念し、苦渋の決断だが寄らないことにしたのは内緒の話だ。

 

玄関の扉を開いた瞬間に、室内の暖かな温度が外の肌寒い冷気と入れ替わると同時に、我が家に染みついた生活臭が俺に向かって流れ込んでくる。

この瞬間、やっと帰ってきたんだなとほっと安堵の息が漏れる。

 

「ただいまー」

 

「なぁ〜」

 

玄関前で待ち構えていたカマクラが返事してくれた。

なにげに珍しいので少し嬉しい。

 

しかし、どうやらカマクラが想像していた人物とは違ったらしく、すぐさま興味が失せたかのようにどこかに行ってしまった。

 

小町じゃなくて悪かったな。

その対応、八幡的にポイント低いぞカマクラ。

 

どうやら小町はまだ帰ってきていないようだ。

 

一旦自室で着替え、リビングに向かった。

 

とりあえず冷蔵庫を開けて麦茶をとりだす。

 

なんか冷蔵庫って何の用もないのに開けたくなるよね。

何の用もないのに話しかけたい恋人のようだ。

 

恋人は冷蔵庫か…大人になればその意味分かるって隣のオシャレなお姉さんが言ってたな。

冷蔵庫の中身は酒とつまみしか入ってなさそうなイメージなんだが。

 

もしかしてどうにもならない世の中を酒とつまみで現実逃避することを意味してたりする?

世知辛ぇ…

ってかそもそも隣にはムッキムキのマッチョのお兄さんが住んでたわ。

 

隣に可愛いくて俺にだけ優しくしてくれる幼馴染みがいる世界で俺は生まれたかった。

お姉さん全く関係ねぇじゃん。

 

そんなくだらない事を考えながらコップに麦茶を注ぐ。

コップに麦茶が満たされる音のみが耳に入る唯一の音だった。

満たされた後の何一つ音の発さない静まった空間は孤独を連想させられる。

身体を動かした時にかすかに聞こえる衣擦れの音が俺を我に返してくれた。

 

紛らわすかのようにわざと喉を鳴らしながら麦茶を飲み干す。

 

こんな静けさの中、一匹で何時間も放置されたら流石のカマクラも鳴きたくなるわな。

 

そんな事を考えてさっさとこの静けさとおさらばしようとテレビを点け、ソファーに腰を下ろした。

 

ちょうど可愛らしい女の子がメタモルフォーゼして悪を倒すアニメが映し出されていた。

女の子らしくステッキとか使って可愛らしく魔法で悪を退治する…なんて甘っちょろい奴ではなく魔法という名の格闘術を用いて悪をボッコボコにする奴だ。

 

マジカル☆ファイト。

 

何でも頭にマジカル付けりゃ良いって風習やめねぇか?

この可愛らしい文字列をよくよく見てみると本気狩りの文字が隠れてるんだぞ?

どう考えても健全な女の子発言して良い単語じゃねーよ。

猟奇的としか言いようがない。

…おっと、熱くなってしまった。

すこし、頭冷やそっか。

 

まぁそれでも俺はこのアニメは好きだ。

何が良いかって分かるか?

 

殴っても殴られてもどちらも痛いんだ。

どちらも傷つくんだ。

だからこそ、ひとつひとつの戦闘において主人公と悪は互いの想いをぶつけ合い、自分の正義を示し、拳を突き合うのだ。

もちろん子供向けアニメ上、約束されし勝利の主人公の法則は破られないが、悪はきっと最後まで我が覇道に向かった事に対し悔いる事は無いだろう。

我が生涯に一片の悔い無しってな。

 

…あれ?悪死んでね?

 

結局現世では許されないのね。現代社会の闇を感じるぜ。

その覇道、ゴッホのように死後に評価されるに違いない。

それでも闇だがな…

 

そんな事を考えながらアニメを鑑賞していたら玄関から鍵が開く音がした。

どうやら小町が帰ってきたようだ。

 

少ししてから扉が開く音がし、それと同時にドタドタとカマクラが玄関に向かって駆けていく振動が床から伝わってきた。どうやらお目当ての小町ちゃんが帰ってきた事を察知したようだ。

 

「ただいま〜」

 

いつもの聞き慣れた声が聞こえてくる。

 

「おぅ、おかえり」

 

少し声を張りその声の返答を口にする。

若干大きすぎて少し恥ずかしかった。

 

リビングの扉が開かれて制服姿の妹が姿を現す。

若干雨に濡れた制服姿が目に映る。

 

「タオル。用意するか?」

 

「んーん、大丈夫」

 

「そうか」

 

とりあえず俺の姿を見てふぅっと嘆息して、そのまま自室へと戻っていった。

カマクラは小町の後ろをそのままついて行った。

どんだけ従順なんだよカマクラァ…

 

寒そうな小町の姿をみて何か温かい物でも出してやろうと考えた。

お袋が会社仲間にもらったという紅茶がある事を思い出し、戸棚を探す。

 

「おっ、あったあった」

 

戸棚にしまわれていた缶にはマルコポーロと記されていた。

缶を開けると上品でかつ芳醇な甘い香りが漂ってきた。

 

「お〜、これ、結構お高い奴じゃね?まぁいいか」

 

電子ケトルを起動させた後、ティーパックに茶葉を適量詰め込んだ。

 

 

***

 

 

丁度紅茶をマグカップに入れ終わったタイミングでリビングにカマクラを抱いた小町が姿を現す。

どうやら部屋着に着替えたようだ。

 

「小町、紅茶はどうだ?あったかいぞー?」

 

「うんっ!いる〜!」

 

そう言って小町が嬉しそうに返事をする。

マグカップを受け取りながら小町は別の質問も投げかけてきた。

 

「おにぃちゃん、お風呂入る?」

 

「あ〜、はいるはいる」

 

「うん、それじゃ誰がお風呂掃除するかゲームで決めよっか!」

 

うん?小町ちゃん?今日はおめぇが掃除当番でしょ?

なにゲームで掃除当番決めようなんてずる賢い真似しようとしているのかな?

 

「小町、お前が今日掃除当番だろーが」

 

「だって〜、今日カー君いつも以上に甘えてくるんだから仕方ないでしょー」

 

それに合わせたように小町に抱かれたカマクラが『なぁ〜』っと鳴く。

 

んだよそれ。俺のお家ヒエラルキーはネコ以下かよ。

 

「しゃーねぇな。んじゃ適当なゲーム点けるぞ」

 

そう言ってテレビ台に設置しているゲーム機の電源を点けてコントローラーを手に取る。

ソファーに腰掛けた小町にコントローラーを1台渡しその隣に俺も腰掛けた。

 

「おにぃちゃん、レース弱いのに大丈夫なの?」

 

「これでも練習したんだぞ。いつもの俺と思うなよ」

 

「へぇ〜、ならその腕前みせてもらおっかなぁ〜?3回勝負で!」

 

その後、兄妹揃ってゲームに没頭した。

成績は互いに1勝、次で決まる訳だ。

そして最終レース開始のカウントダウンが始まった。

 

ふと思いついた事を口にしてみた。

 

「なぁ小町。そういえば聞きたい事があったんだが」

 

「なにおにぃちゃんが珍しい」

 

「お前、由比ヶ浜と会ってたんだってな」

 

カウントが0になりレースが始まる。

 

しかし小町のキャラクターの様子がおかしい…

 

動いていないのだ。

 

「小町?どうした?コントローラーの充電でも切れたか?」

 

ふと小町に視線を向けると、俺に向けて開いた口と何かに怯えているような表情の小町が目に映った。

 

俺は何かとんでもなくまずい事を口にしたのだと自覚した。

 

「おにぃちゃんは…由比ヶ浜さんと会ったの?」

 

小町の震えた声に反応し、膝の上で丸まっていたカマクラが小町の膝の上から離れた。

何か空気みたいな物を感じ取ったのだろうか。

 

「あぁ、入学初日に会ってる」

 

少しの間があった…とても緊迫しており、一瞬の間だと思うがそれが幾時も経ったかの様な感覚に取り憑かれた。

 

「おにぃちゃんはさ…由比ヶ浜さんを許せるの?」

 

それは事故のことなんだろう。

そういえば、事故の事を小町は一切話題にしなかったな。

 

「俺は許した。というか俺が正義感振り翳して車に飛び出さなければこの事故は起きなかったはずだろ」

 

「うん。おにぃちゃんはそう思うよね」

 

小町の声はいまだ震えている。目尻には薄らと涙すら見えている。

こんな小町を見るのは初めてだ。

 

どうやら俺が思った以上に俺の容体を心配していたのが表情を見ていて分かる。

ここで何か気の利く言葉をかけてやれればと俺は自分の無知を悔やんだ。

 

「でもさ、小町はまだそうは思えないんだ。お家には誰も居ないし、病院に行ってもさ…ベッドで、色んな機械に繋がれて声をかけても反応しないおにぃちゃんを見てたんだ、見続けてたんだよ?最悪ずっとこのままって言われて凄く悲しかった…小町達が何をしたのってそんな考えがずっとぐるぐるぐるぐるしてるときにっ、さっ…、由比ヶ浜さんが来たんだよ…」

 

「そうか」

 

その後の話は小町は語らなかったが大体読めた。

小町は由比ヶ浜に俺を寝たきりにさせた怒りをぶつけてしまったのだろう。

 

「おにぃちゃんが由比ヶ浜さんを許したのは分かったんだけど…けど小町はまだ時間がかかりそうだよ。ごめんね、おにぃちゃん…」

 

多分、自分でも制御できないくらいの事をやってしまったのだろう。

社交的である小町だからこそ、起こした行動に一番驚いているのは小町なのだ。

それなら兄として、そんな妹をあやすことすらできず何が兄妹だ。

 

「気にすんな、ってか小町が俺の容体そこまで心配してくれてただけでも俺は幸せ者だ」

 

そう言うと小町の怯えた表情が和らいできた。

少しは役に立てたようだ。

 

「そうだよ〜?小町のお出迎えするのはおにぃちゃんの役割なんだからねっ!」

 

「へいへい」

 

「そんなおにぃちゃんが生きててくれて、一緒にお話しできるの小町凄く嬉しいよ。あっ、これ小町的にポイントたっかいー♪」

 

「本当にポイントたけーじゃねぇか。しゃーねぇ…」

 

どうやら俺の知らないところで心配させちまってたみたいだし、ここはお兄ちゃんらしい所を見せてやるか。

 

「今日くらいは、風呂掃除代わってやるよ。おっ、これ八幡的にポイント高い」

 

「いつも小町が代わってあげてるんだからこれくらいでポイント高いとか言っている時点でごみぃちゃんだよ…ダメダメだよ」

 

「ちょっと小町ちゃん?俺のやる気返して」

 

「だから今日は小町もおにぃちゃんと一緒にお風呂掃除するねっ!」

 

「んじゃ二人で手分けしてやるか」

 

「うんっ!」

 

兄妹水入らずの風呂掃除。そりゃ、他人から見れば単なる掃除だろう。

でも俺たち兄妹からすれば、これはきっと欠けてしまっていた空白の時間を埋める大切な何かのはずで――

ふとそんな考えが頭をよぎった。

 

部屋にかすかに漂う紅茶の淡い芳香が鼻を抜け、感情を刺激する。

嬉しそうに風呂場へと向かう小町を見ながら俺はきっと今、とても嬉しいのだろうとそう結論づけるのであった。

 


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