やはり俺の学校生活はおくれている。   作:y-chan

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ちょっと長めです。


#9-1

月をまたぎ平日がやってきた。

実は今回のGWは4月から休みが続く訳では無く、4月と5月を土日でまたぎ、その後に平日2日を挟んだ後、5連休が始まる。あまり使えないGWだ。

まぁ、普段より多く休めるだけありがたくはあるが……平日の気だるさが半端ない。

 

そんなやる気の無い平日にチャリ2人乗りをご所望の小町を送りながら学校へ向かう。

小町を下ろす際に、『ついでに作ったの!おにぃちゃんのっ!』と照れを隠しきれていない小町から弁当を渡された時は感動して涙が出そうだった。

 

中学では給食あるだろうとか無粋なことは言うまい。

それが千葉のお兄ちゃんクォリティー。

 

チャリこいでる最中に、後ろから細かい注文飛ばしてきたときはこのガキはなんだとか思っていたが、そんな事はもうどうでもいい。

 

今日1日幸せだ。

 

昼休みになり、最近見つけた特別棟の一階、保健室横、購買斜め後ろの場所で俺は小町の弁当を食べている。

 

ここはちょうど良い風が吹く。

俺はこの優しい風を肌で感じながら過ごす時間は嫌いじゃない。

 

視界にはテニスコートが映り、そこでテニス部員らしき女子が1人で昼練に励んでいた。

 

ほー、熱心なことに。

そんな事を思いながら弁当をつついていた。

 

「あれ?ヒッキー?」

 

風がどうやら知り合いの声を運んできたようだ。

 

『風』のワードが、治まったと思っていた厨二病を思い出させるぜ。

そんな男子高校生の日常ってあるだろ?……えっ、ない?マジで?

 

「由比ヶ浜か」

 

「なんでそんなところにいんの?」

 

吹き付ける風で、なびくスカートを抑えながら俺に尋ねてきた。

 

「ちょうど風のあたり心地がいい場所があってな。そこで飯を食べるのも一興だと考えてな」

 

我ながら即興で思いついたにしてはなかなか良い台詞じゃねぇかと自画自賛してみる。

 

「へぇ〜、あれだね、傷心に浸ってる感じ!」

 

「んんん?」

 

由比ヶ浜の自信満々な発言に一瞬遅れを取ったがもしかしたらと言葉を返す。

 

「正しくは『感傷に浸る』な。感傷にすら浸ってないがな」

 

一瞬何言ってんのこの娘と思ったわ。

っは!?もしかして今から傷つけますって遠回しに言ってる?

 

「へぇ〜、ヒッキーそういうの詳しいね」

 

んなわけねぇか。

常識だ。

 

「まぁな」

 

よし、これで会話終了。

由比ヶ浜、さっさと切り上げてくれ。

俺は一人で小町の手作り弁当を……っお?

 

「なぁ、由比ヶ浜」

 

「ん?なに、ヒッキー」

 

興味津々に由比ヶ浜が俺に寄ってきて、隣に座る。

ちょっ!?近い近い近いっ!!

 

「えっと……だな、小町についてなんだが」

 

「あっ……」

 

その件の話をすると由比ヶ浜は俯き表情が暗くなった。

 

「小町ちゃんから聞いちゃったんだね」

 

「あぁ、細かい所までは聞いては居ないが、大体雰囲気で察した」

 

「そっかぁ……」

 

沈黙の時間が続く。

 

ヤバい。

 

自分から地雷踏みにいって、実際この雰囲気になると何話せば良いか分からなくなるって、とんでもなく最低最悪クズ野郎だなと俺自身思う。

 

「あ〜……なんというかな、由比ヶ浜。小町も言い過ぎたって自覚はあったみたいだ」

 

「えっ?」

 

由比ヶ浜は俯いていた顔を少し上げて意外そうな顔をしていた。

 

「本人的にはもう少し時間がかかるって話だったから、まぁ後は時間が解決してくれるだろ」

 

「そう……だね、でもそれに任せておくときっと後悔しそう」

 

「そうなのか?」

 

「うん、これはあたしが起こした事の責任だから」

 

責任か。そのギャルギャルした容姿で言うような台詞ではないのだが、まぁそれはさておき、どうやら俺の事故の件が彼女に様々な効果を与えているらしく責任感はあるようだ。

 

「ちょっと自分でもやり方探ってみる。ありがとっ、ヒッキー」

 

不意に向けられた笑顔に心臓が跳ね上がる。頬が熱くなるのを感じた。

くっそ、こいつこんな顔も出来たのか。

 

「あ〜っ!ヒッキー顔赤くなってる〜」

 

「うっせ、勘違いすっからその笑顔向けんな」

 

「えへへ〜」

 

そういうのやめてね?

俺の青春ラブコメがとうとう始まっちゃうのって勘違いしちゃうだろうが。

 

「それにしてもホントに気持ちいいね〜ここ」

 

「だろ?俺はここをベストプレイスと名付けることにした」

 

「なにそれ、ウケる」

 

ウケる要素何一つないのだが……

もしかして叙述トリック使ってんの?

やるじゃねぇか由比ヶ浜、俺に文系で喧嘩売るなんて。

その挑戦受けてやる。

その答えは『ウケると言いつつ全然ウケない』だ。

理由はその口調が明らかに棒読みだからだ。

 

……やべぇ、言ってて悲しくなってきた。

 

「最近一色さんとは?」

 

一色とは依頼終わってからは全然話してないんだがな。

別に話しかける用事も無いし。

 

「最近サッカー部で忙しいんじゃないか?ってか全然喋ってねぇな」

 

「ヒッキーもう少し一色さんかまってあげなよ」

 

一色も俺に構ってもらうよりも葉山先輩に構ってもらった方が嬉しいだろ。

 

「なんでだよ。そんな時間あんなら小町構ってるわ」

 

ここ最近マジで懐いてるからな。

デレ期なのかもしれん。

 

「ヒッキーほんとシスコンなんだね……気持ち悪い」

 

「いきなり気持ち悪いとか傷つく覚悟する前に俺の心を抉らないでね?」

 

まさかここでフラグ回収してくるとは由比ヶ浜やりやがるぜ。

 

あはは〜と俺の言葉を受け流し、由比ヶ浜が視線をテニスコートに向ける。

すると何かに気づいたらしく言葉を口にする。

 

「あー!あれさいちゃんじゃない?」

 

いや、さいちゃんじゃない?って言われても誰だよ。

 

由比ヶ浜の視線を追うと先程から1人で自主練している女子テニス部員を指していた。

 

「知り合いか?」

 

「同じクラスなんだっ」

 

「そうか」

 

なぜか由比ヶ浜は声を上げ、そのさいちゃんとやらを呼び寄せる。

 

あのぉ……由比ヶ浜?

同じクラスってことは俺の先輩な訳で俺の肩身が狭くなるんだが……

 

そんな俺の気をよそにそのさいちゃんという女子は俺たちに走り寄ってきた。

 

その女子は潤んだ大きな瞳ときめ細やかな肌、華奢な体つきで乙女と言う言葉を体現したかのような美少女だった。

さらに汗で濡れた髪と汗がつたう肌が色っぽさを感じさせた。

 

「あっ、由比ヶ浜さん……と?」

 

その女子は俺を見るなり首をかしげる。

そりゃわからんよな。

 

「あぁ、すいません。1年の比企谷です」

 

軽い会釈と一緒に名乗り、自己紹介を終える。

 

「そうそう、ヒッキーだよ」

 

由比ヶ浜さん?ヒッキーというあだ名を広めるのは勘弁してもらってよいかな?

 

「そうなんだ!僕は戸塚彩加。よろしくね比企谷くん!」

 

太陽のような眩しい笑みを俺に向ける戸塚先輩をみて、俺は天使がご光臨されたのを目撃してしまったのだと理解した。

 

僕っ娘かぁ〜。この世に存在するとは思いもしなかったわ。

 

「女子テニスも昼練やるんですね」

 

「えっと、僕男なんだけどなぁ……」

 

 

 

 

ハッと時間が停止したかのように思考が止まっている事に気がつき、俺は意識を取り戻した。

 

誰かそして時は動き出す。とか言ってくれりゃぁ助かったのだがスタンドを使える奴は早々いねぇ。

 

「えっ……はっ??」

 

言葉につまる。理解に苦しむ。

由比ヶ浜に視線を向けるとうんうんとうなずいている。

なんか『その反応わかる〜、あたしも通った道だから〜』とか上から目線な事を考えてそうなのが癪だ。

 

戸塚先輩?

もしかして特殊なご職業のお父さんとかいらっしゃいませんかね?

んで、昔テニスの勝負で引き分けた男の子ともう一度勝負するために男の子って偽っていません?

全然騙せてませんよ?

 

俺の顔に嘘だろと出ていたのだろうか、戸塚先輩は体操着の裾を手で握りしめ、上目遣いで目を潤しながら俺を見つめ口を開いた。

 

「証拠……見せようか?」

 

その恥じらう姿は艶めかしく、下手するとあの打算的な女以上の効力を持ってるんじゃないかと思うほどだ。

 

何だろう。なんかとてもいけない事をしている気分だ。

ヤバいこのままでは俺は引き返せない領域に足を踏み入れかねない。

 

『おいおい、こんな絶好のチャンスはねぇよ』と俺の耳元でデビル八幡が囁く。

そうだよな、向こうから言ってきているしこんな絶好のチャンスを逃すのはないよな。

 

『お待ちなさい!』

 

おっ、お約束の天使が来た。

 

『どうせなら壁ドンした後、「戸塚先輩!!ぼかぁ、ぼかぁもう!抑えきれませんっ!!」と情熱的攻めて、戸塚先輩の服を脱がせるのはどうでしょう』

 

いやまて、どんな展開期待してんだよ。

やけに具体的なんだよ堕天使が!それできるのどう考えても幽霊退治のお兄さんだろうが。

俺のキャラ崩壊してんだよ。

ってか止めに来いよ。

 

「だ、大丈夫です。知らなかったとは言え、配慮が足りなかったです」

 

苦しげな口調でとりあえず戸塚先輩の申し出を断ると、そっかと目尻に涙を浮かべ、輝かしい満面の笑みを俺に向けた。

 

あぁ……守りたい、その笑顔。

 

「うぅん、別にいいよ、それより比企谷君って1年生なんだね。どうかな?テニス部とか興味無い?きっと楽しいと思うよ」

 

 

あー……戸塚先輩個人には凄く興味があるけれども、テニス部にはあまり興味が無かったりする。

 

……戸塚先輩の愛らしさに負けて入部希望を出そうかどうか瀬戸際まで追い込まれたが、俺自身俺の性格をよく分かっている。

 

絶対に続かない。

 

「戸塚先輩。俺、球技だけとんでもない運動音痴発揮するんで悪いんですがちょっと無理っすね」

 

「そっかぁ……残念……」

 

戸塚先輩のしょんぼりとうな垂れる姿も可愛くうつり、手のひらを高速回転させようとする衝動に駆られるが、理性でそれを阻止した。

 

でも、戸塚先輩1人でも全国行けそうな気がする。

イルカとかクジラとかラッコとか可愛らしい名前の技、使えるでしょ絶対。

 

戸塚先輩がどれだけ可愛くても、どれだけおねだりされても聞けない願いという物はある。

ほれ、毎日部活行く根性自体、俺には無いわけで……その見下げ果てた根性さまのおかげでバイトも面接でバックレたしな。

 

「まぁなんというか、すいません」

 

「あーっ!」

 

いきなり由比ヶ浜が大声を上げ、俺の肩が跳ねる。

 

なんの前触れも無くいきなり大声を上げるもんだからちょっとびびっちまったじゃねぇか。

 

「そうだった! 優美子の飲み物買うの忘れてた! 」

 

えっ?こいつなんでパシられてんの?

 

「お前、パシられてんの?いじめ?」

 

「違うよ〜、罰ゲーム」

 

ってか由比ヶ浜?結構お時間経ってるんですが……大丈夫なんですかね?

 

「あーね、ほれそろそろ戻らんとチャイムなるぞ」

 

「うん〜、ありがとねヒッキー!またね、さいちゃん」

 

そう言って由比ヶ浜は小走りで校舎の中に戻っていった。

 

「僕もそろそろ着替えてくるね。またね、比企谷くん」

 

「はい。また、戸塚先輩」

 

三人以上のグループ特有の共通の友人が居なくなった居心地の悪さを感じ取ったのか戸塚先輩もどうやら席を外してくれるみたいだ。

 

戸塚先輩がテニスコートに戻る姿を確認した後、ようやく食べる途中だった小町弁当に箸を伸ばすのだった。

 

 

***

 

 

翌日、ベストプレイスで弁当を食べていたときのことだ。

テニスコートを覗くと、いつも通り練習している戸塚先輩の姿が見える。

遠目から見ても天使だ。守ってあげたい庇護欲に駆られてしまう。

 

そんなテニスコートを覗きつつ弁当を頬張っていたら、どうやらテニスコートにお客さんが出向いてきたようだ。

 

あれ葉山先輩じゃないか。

他は?優美子先輩と誰だあの金髪?知らねー。

由比ヶ浜は……いねぇな。

 

あぁ、あれが一色の言っていた葉山グループって奴か。

どうやら葉山先輩と戸塚先輩が話をしている。

 

話が終わったのか、葉山グループは戸塚先輩の反対側のコートを陣取った。

何これ、試合でも始めんの?戸塚先輩VS葉山グループの?えっ、練習の邪魔じゃね?

 

……まぁいいか、弁当食べながら観戦するのもありだろ。

 

弁当を食べながらそんな光景を眺めていると、やはり戸塚先輩は毎日練習しているだけあって、素人揃いの葉山グループはほぼ一方的なゲームを強いられていた。

 

あーこれはなんと表せば良いか……主人公最強の異世界転生Web小説を読んでいるかのような展開だな。

圧倒的な力の差で蹂躙されているわ。

 

葉山グループはこぞって天使の裁きを受けていた。

 

このまま全員負けて終わりかなと思ったらそうでもなかった。

どうも優美子先輩がやけに動けている。

経験者なのだろう。

なかなか白熱したバトルが繰り広げられていた。

ってか、普通に戸塚先輩も優美子先輩も強くね?

 

……しかし、ゲーム後半で戸塚先輩が無理にボールを追ってしまった為か、体勢を崩し転倒してしまった。

結構派手に転倒してしまった事から向かいの優美子先輩も心配して駆け寄っていった。

 

その後、どうやら戸塚先輩が負傷したらしくゲームは中断。

葉山グループと共に保健室に連れられる戸塚先輩を俺は見送った。

 

戸塚先輩の負傷を心配した、今すぐにも保健室に駆け込みたい気分になったが、まだあの先輩グループも一緒に居ることだろう。

俺一人であの先輩グループの中に入るのはハードルが高い。

なので、次会ったときにでも大丈夫でしたか?とでも言ってみようと心に決めた。

 

観戦も終わったしそろそろ教室に戻ろうかと思った矢先、久し振りに俺に向けられた声が風によって運ばれてくる。

 

「あ〜、せんぱーい〜!こんな所にいた〜」

 

話しかけられるのは1週間経たないくらいだが久し振りな気がする。

 

一色は両腕を左右に振りながら小走りで俺まで寄ってきた。

 

「せんぱいに話したかった事があったんですよぉ〜」

 

照れたような、瞳を潤し、何か恥じらいのあるように頬を赤く染めながら彼女は俺に向けて言の葉を口にする。

 

「この女だれ?」

 

言の葉と表現するのがおこがましい程、風情も何も無い低く冷淡な声色が耳に入ってきた。

 

と同時に彼女の携帯が俺の前に強引に提示されそこに映し出されているのは俺と戸塚先輩だった。

 

「……というのは冗談です」

 

一色は口角を上げたすこし微笑めいた表情に戻した。

 

一色ちゃん?

ちょっと冗談にしては迫真の演技過ぎて八幡びびっちゃったよ?

 

「んだよ、驚かせんなよ」

 

「それよりもせんぱい、また撮られちゃってますよ?」

 

「……まじか」

 

一色が見せたその画像から察するにグループチャットにまたあげられたのだろう。

最近姿を見せないと思って安心していたがやはりまだ観察されていたか。

 

「これどうすっかな、すげぇ迷惑……」

 

「普通の男子だったら女子と2人でご飯食べるとか〜、一緒に買いものするとか〜、そんなイベント頻繁に無いと思うんですけれどね〜」

 

一色が呆れたような表情で亜麻色の髪をクルクルと指でいじりながらそう言い放つ。

 

「それお前が言うか? ってかなんで俺だけ狙い撃ちで撮られているのかも分かんねぇしな」

 

「これはもう担任相談とかじゃないですか?あまりにもしつこすぎる感じがしますよ」

 

「あぁ、そうなんだがなぁ……」

 

うちの担任、自分のこと以外に興味なさそうなんだよな。

明らかに俺に何も問題起こすなよっていう雰囲気が漂っているって言うか……

あまり信用したくない大人だったりするんだよな。

 

『比企谷、何か相談があるなら私を頼れ』

 

っふと休日のあの言葉が頭をよぎる

先日会ったあの人を思い出す。

 

確か……平塚先生だったか。

相談してみるのもありだな。

 

「まぁ、うちの担任はナルシストで自分の事以外興味なさそうだしな。それよりも別であてがあるからそっちで相談してみるわ」

 

「そうですか、早く解決できるといいですね」

 

そんな事無くすためにこの問題はさっさと解決しないとな。

 

「そうだな」

 

放課後にでも職員室寄って相談してみるか。

 

「……っで、この女は誰ですか?」

 

おや、さっきも感じた雰囲気悪い一色がぶり返したぞ?

冗談じゃ無かったのかな?

 

「あぁ、この人は戸塚先輩と言ってな。驚くなよ、実は天使なんだ」

 

とりあえず淡々と事実だけを一色に伝えて見る。

 

「はぁ? せんぱい今日は一段と気持ち悪いですね。……私が聞いているのはそんな事じゃ無くてっ!」

 

「本当なんだがなぁ……」

 

こうして、昼休み終了のチャイムが鳴るまで、しつこく戸塚先輩の事を聞いてくる一色に付き合う羽目になった。

 

事実を伝えているはずなんだけどなぁ……。

 

 

***

 

 

今日の学校の授業は全て終わり、放課後の廊下では明日から始まる連休の話題で談笑を交える生徒達とすれ違う。

目的の部屋に到着し、ふぅっと息を整える。

 

職員室に入る機会はそうそう無い。

自分の中でも少し緊張気味なのが分かる。

 

職員室の扉を数回ノックし、失礼しますと扉を開く。

中は空調が効いており、廊下よりも温かい。

 

ちょっとだけ教師だけずるいなという感情が芽生えたが、今はどうでも良いことなので思考を切り捨てた。

 

職員室の少し奥の方に見覚えのある後ろ姿を見つけた。

どうやら本当にうちの先生だったらしい。

 

俺は、その後ろ姿のデスクまで足を進め、平塚先生の後ろまでやってきた。

 

平塚先生はどうやら配布するプリントを作成しているのか、パソコンで打ち込んでいる様子だ。

 

作業途中の姿を見てしまい、声をかけるのを躊躇ってしまう。

 

タイピングで固定された姿勢を変えようとすると共に、黒く艶のある長い髪の毛が揺れる。

この姿をじっと見ていたいという思いに駆られたが、どうやら俺の存在に気づいたようだ。

平塚先生はタイピングを止め、椅子を回転させこちらへと目を向けた。

 

「比企谷か、どうした何か相談か?」

 

「はい」

 

「そうか……それでは一旦あっちに行ってもらって良いか?すぐ向かう」

 

そう言って、平塚先生は職員室奥にあるパーティションで区切られたスペースを指で指した。

 

「わかりました」

 

平塚先生の指し示したスペースへ足を進めると、煙草の薄い香りが鼻腔に入ってきた。

ここはどうやら教師達の喫煙スペースを兼ねているようだ。

 

ソファーが2種類あった。

片方が大人3名が座れるほどの革張りのソファーが1席とガラステーブルを挟み同様の1人用ソファーが2席隣り合うように置かれている。

 

俺は1人用のソファーに腰を下ろた。

なかなか高いソファーなのか深く沈む。

 

あまり慣れない場所であるのか、俺は自分が若干緊張しているのが分かる。

 

平塚先生は俺が着席した後1分もしないうちにスペースに入ってきて俺の目の前の席に腰掛けた。

そしておもむろに胸ポケットから煙草を取り出す。

 

「すまない、いいか?」

 

そう言って平塚先生は煙草を見せる。

俺は頷いてそれを了承した。

 

平塚先生は煙草の箱をトントンと叩き葉を詰め、1本取り出し火を点ける。

タールの濃厚な香りと青白い煙が辺り一面に漂う。

 

平塚先生は俺に配慮してか、横に煙を吐いた。

それと同時に、俺へ視線を向けて微笑めいた表情で口を開いた。

 

「さて比企谷、どうした?」

 

優しく落ち着いた口調に、心地よさすら感じた。

先ほど迄の緊張感が和らぎ、動揺せずに言葉を口にすることができた。

 

「はい、実は……」

 

それから俺はグループチャットにて俺の行動を監視している人間がいる。

それによって被害を被った先日の事件を平塚先生に話した。

 

「なるほど、写真を投稿した人間には話を聞いたのか?」

 

「聞きました。どうやら画像は投稿した本人でなくて、大元はSNSの鍵アカウントを利用して投稿してるみたいです」

 

「ふむ、となると運営側に報告してアカウント停止はどうだ?」

 

「停止されても別アカウントで復活される恐れがあります。その場合、警戒される可能性も無きにしもあらずなので…」

 

「そうか、下手に動かれると面倒な訳だな」

 

平塚先生はふむ、と腕を組み両目を閉じて頷いていた。

それと同時に何か別の策が無いかを考えている様子だった。

 

「ですのでネット上では無く、リアルで突き止めるのが効果的ではないかと」

 

「なるほど。その対処については教員側も協力できるはずだ」

 

「ただ、ここまで来てなんですが、俺はそこまで大事にはしたくは無いんです」

 

1番の問題はここだ。

俺自体がそこまでこの問題をおおっぴらにはしたくない。

 

この問題がおおっぴらにされた後に流れる情報で一色いろはや、戸塚彩加、由比ヶ浜結衣にまで影響を及ぼすことになる。

 

俺だけの問題で彼女らに迷惑をかけることはあってはならないのだ。

 

「そうだろうな……しかし、教員側が動くとなるとやはり学校中に知れ渡る事になる」

 

「ですよねぇ……」

 

顎に手を当て、考えている平塚先生の姿は真剣に考えてくれているのだと分かる。

俺のあまり大事にしたくは無いというわがままも汲んでくれている。

無茶なお願いをしているのは分かっているが何か打開策は無い物かと頼ってしまう。

 

「ひとつ、解決策というわけでは無いが、大事にせずに動ける方法ならある」

 

「なんですかそれは」

 

「あぁ、奉仕部という部活動があってだな。そこだったら大事にせず解決できるかもしれん」

 

「と言う事は先生では難しいと言う事ですか」

 

「大事にせず助けたいという気持ちは十分にあるのだが、私も教員という立場なのでな。教員が動かない方法と言ったらこれ位しかできない。先日相談にのると大言を吐いたばかりなのにな……すまない」

 

「いえ、確かに相談にはのってもらえましたし、希望は見えました。その奉仕部を紹介してもらってもいいですか?」

 

「わかった。では向かうとしようか」

 

そう言って平塚先生と俺は立ち上がり、忙しなく教員が動いている職員室を後にした。

 

 

***

 

 

特別棟の階段を平塚先生は一段一段飛ばさずに上がっていく。

俺もそれにつられ、平塚先生の後を追うように階段を上がっていった。

 

特別棟は教室棟より生徒は疎らで辺りはしんっと静まっており、俺と平塚先生2人の階段を上がる靴の音のみが耳に入る。

 

「比企谷」

 

ふと階段を上りながら、平塚先生は俺の名を呼ぶ。

それに応答するように俺もはいと返事をした。

 

「特別棟に来るのは初めてか?」

 

「来るとしても1階にある購買くらいですよね。2階以上の階層には行ったことはないです」

 

「そうか、たまには足を運ぶのも悪くないぞ」

 

「まぁ、考えておきます」

 

そう言って会話が終了した。

 

俺たちは、そのまま4階まで上がり、廊下を迷うこと無く進む平塚先生の後を追う。

平塚先生が立ち止まった場所、どうやらここが奉仕部の部室らしい。

 

何も書かれていない教室の前に俺と平塚先生は立ち、先生は教室の引き戸を開けた。

 


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