それからしばらく彼女は受験勉強を、俺はラノベに目を走らせ、無言の空間が続いた。
「あの」
先に口を開いたのは亜麻色の髪の毛の女子中学生だ。
視線を彼女に移すと、教科書とノートに視線を交互に移しながら話しかけてる。
ながらで頭に入るのかな?人によるか?
「さっきはありがとうございます。その…人を呼んでくれて」
どうやら俺が呼んだ事を知っていたようだ。
「当たり前だ。明らかな店内迷惑行為だったからな」
「それでも誰でもできる事ではないはずです。本当に助かりました」
意外だったが彼女はさっきから締めるところは締める。
顔が良い分、だいぶ遊んでいるだろうと先入観に支配された自分を悔いた。
「ま、助けになったなら何よりだ。…総武受けるのか?」
「えっ?」
あれ?なんでこいつそんな事知ってるんですかって顔されてね?
めっちゃ警戒されているよねこれ?
「あぁ、すまん。席案内された時の動線でテーブルに広げられてたの見たんだ」
「あぁ、なるほど」
どうやら今の返しで正解だったようだ。
さらになに人のテーブル勝手に見てんのよ気持ち悪いまで言われる事を想定してた。
「はい、ここの制服が凄く可愛くて猛勉強です!」
「制服かよ」
「制服は大事ですよ?女の子の8割は制服で高校を決めると言っても間違い無いですから!」
確かに女の子は制服の可愛さで高校を決める話があるが8割ってどこから出した数字よソース出せよソース。
「まぁ、頑張れる理由があるなら頑張れば良いんじゃないか?」
「それはそうと、お兄さんは何されてるんですか?」
「暇つぶし」
「っえ?学校とか行ってないんですか?同い年くらいに見え…いえ人生を諦めたかのような目をしているので少し年上には見えるのですけれど…」
おいおい、人生を諦める目ってどんな目だよ。
新小岩にそういう奴ら沢山いるらしいぞ?
あれ?もしかして俺の居場所は新小岩だって遠回しに言ってる?
「まぁ、年上ではあると思う。ちょっとワケありでな。来年から学校に通う予定だ」
「そうなんですね。どこの学校ですか?」
「総武」
言葉はなかったが目を見開いて口を開けて俺を見ていた。
多分言葉なく驚いているのだろう。
「すごい偶然じゃないですか〜。同じ高校のせんぱいと同席するなんて」
えっ?何もう受かった気でいるの?うち進学校なんだけれど?
「先輩とかではないぞ。俺1年生やり直しだから」
「えっ?せんぱいって不良なんですか?」
いつの間にか呼び方がせんぱいになってるんだけれどこれいかに?
「だからワケありなんだよ」
「あぁ〜、そうなんですね〜」
察してくれたらしくそれ以上の追求はしてこなかった。
比企谷八幡2回目の1年生。
1回目は初日すら登校できておらず、強くてニューゲームも出来ねぇ。
どんなクソゲーだよほんっと。
「それじゃ、既に受験をパスしているせんぱいは私に勉強を教えてくれるんですね」
ん?何言ってるのかな?誰とお話していたのかな?
俺には見えない何かとお話してたのかな?
「まて、どこから勉強を教えるという話になった」
「だって私国語が苦手じゃないですか〜」
「初めて知ったわ、何それ?自己紹介?」
ムーっとふくれっ面をした表情もやはり顔の造形からとても愛らしく見えるが
俺の過去の経験上それを鵜呑みにしたら自分の首を絞める事になるとわかりきっている。
ここはいかにうまく話をそらせるかが重要になってくる。
「だってせんぱいは新学期まで暇なんですよね?」
「暇に見えるか?」
得意げに数冊ある本を見せ、問いかけてみた。
「見えます」
あれれ〜??おかしいぞ??傍から見たらそんなに暇人に見えるの八幡?
ちょっと悲しい。
「兎に角、受験勉強は基本ひとりの戦いだ。それに俺が人ひとりの人生の面倒を見るには責任が重すぎるんだよ」
「えっ?」
突然の間が空気を凝固させる。
亜麻色の髪の毛の女子中学生は僅かに頬を染め、口元に軽く握りしめた小さな手を添えながら少し悶えたような表情をしているが、俺は何か悪い事を言ったのだろうか?
「あの、もしかして口説いてます?助けた事にかこつけていきなり人生に責任を持つとか重すぎてキモいです。あとせんぱいの存在が生理的に無理なのでごめんなさい。」
「あれ?受験勉強の話からなんで俺ディスられてるの??」
「そんな事よりも勉強教えて下さいよー」
「無理」
普通の男子ならこんな可愛い女の子に勉強を教えられるなら喜んで受けるだろう。
しかし俺は知っている、男という生き物は目で生きる生物だ。
整った顔立ちの彼女に言い寄られると俺も悪い気はしない。
礼儀正しいし親しくしたいという感情はある。
しかし定期的に会うとすると、確実に情が生まれる。
そしてその情は何かをきっかけに愛情へと変化し、恋愛感情を生むのだ。
そうなるとあとは瓦解の一途をたどることだろう。
相手の何気ない言動を自分の都合の良い解釈で捉え、
さも自分に気があると何の根拠もない結論を立て
その都合の良い解釈を、理想を、妄想を相手に押しつけるのだ。
そしてある行動をきっかけに関係が崩れる結末へと進むのだ。
俺はそれを関係の消費期限と呼んでいる。
だから俺はその芽を摘む事にした。
「俺が教えなくても多分あんたは合格する。今まで勉強してきたんだろ?」
適当な『お前なら問題なく合格できる!根拠はないけれどな!』論を持ち上げ
話をあやふやにしてみる作戦に出てみる。
彼女は瞳を左上に寄せふむっと親指を顎に乗せ何か考えている様だ。
良かった、感情論で言ってくるちゃんじゃなかった。
「それじゃ合格したら、1つ私の言う事聞いてくれます??」
何それ?なんで俺そんな事聞かなきゃならんのだ?
「嫌に決まってんだろ、なんで会ったばかりの人にそんなお願いされなくちゃいかんのだ?」
「そりゃ、こんな可愛い後輩が入学したらせんぱいだって嬉しいでしょ?」
「とうとう自分で言いやがったな」
「で?どうですか?」
「どのみち、断ってもあの手この手で言ってくるんだろ…めんどいから分かった。一応、無理無茶面倒くさい依頼だけは勘弁してくれ」
「最後の面倒くさいは約束しかねますけれど、それ以外はちゃんと約束しますよ〜」
「おっけ。まぁ頑張れや」
その回答を聞いて、彼女は上目遣いで悪戯に微笑じみた表情を俺に向け、
『約束ですよ』と囁くように呟いた。
そして向かいの彼女は帰り支度を始めていた。
「そろそろ帰らないと私の家門限あるんですよねー」
「そうか、勉強の邪魔をしてすまんな」
「そんな事はないですよー。ご褒美約束してもらえましたから」
受かるかどうかは知らんがやる気は出たみたいだ。
「そういえばせんぱいの名前聞いてなかったです、それくらいは教えて下さいよー」
「あー、比企谷八幡だ」
「ならせんぱいでいいですね」
あれー?名乗った意味は?
「げせぬ」
「私、一色いろはって言います!来年から宜しくお願いしますね。せんぱいっ!」
それが自然でできるのだろうか訓練したのだろうかは知らないが
上目遣いでそそる仕草は可愛げがあるなと思ってしまう。
だからもう受かった気でいるなよ…
一色は互いの自己紹介を終えると早々と店内から出て行き駅へと向かっていった。
ふと彼女の言動をどう表現すれば良いのだろうと思考を走らせる。
小悪魔的?ちょっと重い。ビッチ?いや軽すぎる。
インテリ系ビッチ?何それ新ジャンル?超高校級の誰かさんみたい。
考える事に飽きたので外を覗いてみる。
既に黄昏時を過ぎ、街灯や店舗看板が辺りを照らし、色彩を放っている。
それを見ながら俺は長居しすぎたと思い立ち、会計に向かうのだった。
***
季節は巡り2度目の4月を迎えた。
まだ肌寒い季節でありながら青々とした快晴が俺の身体を蝕む。
とうとう身体が日光に拒絶反応を見せたかと思い、これから3年世話になる学び舎、総武高校の通学路を自転車で駆ける。
これなんてデジャブなんて思っていない。
今回は怖い物知らずの犬も、やっさんよろしくな高級車とも遭遇せずに無事に学校にたどり着く事ができた。
1年越しにようやく学校生活が始まったのだ。
これから俺の学校ドタバタ青春ラブコメが幕を開けるっ!
比企谷先生の次回作に乞うご期待!
教室に入るなり、見知った顔を中心に人だかりができていた。
その人だかりの男女比率を見るに、男子が8に対して女子が2……。
あーこりゃ完全に女子の敵認定されるタイプの奴だわー。
関わらないでおこ。
そう思いそろっと自分の席へと足を進める。
「あーっ!せんぱ〜いっ!おっそーい!」
あー、見つかった…
中学の時は効果抜群だったステルスヒッキーの効果がでない。
一色は鷹の目でも持ってるのか?ミスディレクション防げるぜ。
ってか同級生だからね?せんぱい呼びやめてね?
君の連れてる人だかりの目線がすごく刺さるのよ。
人だかりを割り、俺の元へ歩み寄る一色
その表情は少し得意げだ。
「何そのどや顔?」
「せんぱいの言うとおり合格してきましたよっ!」
「おぅ」
「えっ!?それだけですか?もっと何かないんですか?」
相変わらず上目遣いとこの仕草…
明らかに自分が可愛いという事を自覚して
使っているな。なんとも打算的。
「まぁ…頑張ったな」
無意識だった、多分小町にやっている癖がそのまま行動として反映されたのだろう。
亜麻色の髪の毛に手を置こうとした。
ただ一色は、その動作を何かと察するに一歩後ろへ後退した。
目的地の無くなった手を俺は元に戻した。
一色はいつもの愛らしい微笑めいた表情は変わらない。
…が、彼女の視線が冷ややかで明らかに他人行儀な姿勢になり
これ以上踏み込むなと言う警告を鳴らしているようだった。
「確かに何かないですかって言いましたけれど〜。せんぱいにはそこまで求めてないです。それに周り見て下さいね。新学期早々変な噂とか勘弁なんで…」
「…悪かったな。癖みたいなもんだ」
「え〜、せんぱいってもしかして中学の頃、結構モテていたんですか?ごく自然な動作でしたよ?」
「違う、妹がいる。お前と似たような感じのタイプでな」
一色は俺の言葉を聞いていたずらに微笑みながらまくし立てる。
「えー?せんぱいやっぱり口説いてます?妹に見えるとか言っていて実は淡い恋心とか育んじゃっているんじゃないですか?そんな妹と同然に見られていい気になる女子なんていないのでまずは妹と女子の区別を付けるところからお勉強し直して下さいごめんなさい」
「妹に見えるとか言ってねぇし。それに妹はお前より可愛いわ」
「まぁ、いいです。今回はこのくらいにしておきます」
そう満足そうに呟くと一色は自席へと戻っていって
周りの男子達とまたおしゃべりを開始した。
俺も机に座り、授業開始まで机に突っ伏して時間つぶしに思考する。
そういえば一色と喋っているとき、あの男子諸君の顔は
なにやらちょっと居心地の悪い感じだったな。
自分はわざわざ出向いて話しているのにあいつは相手が話しかけてきた。マジ卍。
そのあとに磯野ー、こいつハブにしようぜー的な宜しく中島君さながらの強行手段を執りかねない。
それを考えると確かに一色の言うとおり頭撫でるのは避けて正解だった。
もし一連の動作が全て執り行われていたら、俺の学校生活またもや1日目にして男子共通の敵として君臨するところだった。そこは一色に感謝だ。
一色について、あいつは自分がほかの女子より可愛いと自覚している女子だ。
まずあの人だかりは作戦で作りあげた物だろう、自己顕示する事により
ほかの女子への牽制をする事でまだ定まっていないスクールカーストの階級を
駆け上がっていく作戦なのだろう。
えっ、もうスクールカーストなんてそんな選定が始まっているの??
学校怖い。社会怖い。これはもう専業主夫しか道がなくなってきたな。
そこまで考えて飽きた。
ちょうど、開始のチャイムが教室に鳴り響き皆が席に着く。
さてようやく、俺の学校生活が始まる。
机に突っ伏した身体を起き上がらせ、教壇をみてしみじみと思った。