あれから1週間ほどが経っただろうか。
さすがに、前の昼休みのように一緒にお昼ご飯を目につく場所でとかそんな事はやっておらず、放課後に奉仕部の仕事を手伝ったりして行動をともにする程度だ。
まぁ、もはや数え切れない程のシャッター音を耳にして、もはやモデルにでもなった気分だ。……嘘、正直あまりいい気分ではない。
そのおかげで結構周りからは噂が広まり、多分この話題は今総武高校でバズってる話題の1つなのではないかと思う。さすが雪ノ下先輩、影響力が段違いだ。
そんなホットな話題のおかげで俺は教室にいても興味の目を持たれてしまう。
女子はヒソヒソとどこからか出てきたのかわからない根も葉もない噂に花を咲かせ、男子には嫉妬と羨望の目を向けられる。
「比企谷先輩、どうやったらそんなに可愛い子ばかりと知り合えるんですか?」
いつの間にか隣にいた相模が話しかけてくる。
意外とこいつは良く俺に話しかけてくる。
「知るかよ、勝手にそうなってんだよ」
「なんですかその主人公属性、爆発すればいいのに」
吐き捨てるかの表情で相模は俺を見る。
相模くん、お行儀がわるいわよ。
「お前段々と口悪くなってきたな」
「えぇ、比企谷先輩の取り扱いにも慣れてきましたので」
「取り扱いって俺は物かよ」
「1年C組の備品ですよ」
「お前、自分の口で先輩と呼んでいる相手に向かってそれかよ……敬う心がみじんも感じられないんだが……」
「敬う気がないですからね」
「もしかして怒ってる? なんで?」
「なんでこんな目の腐った野郎が美少女ばかりと出会えるんじゃ死ねよとか思ってませんから安心してください」
相模は優しい声色でニッコリと微笑んで見せた。
しかしその目は笑っていない。
「いや、怖ぇから」
「冗談ですよ。最近ようやくグループチャットでも変化がありまして」
俺は1週間前に相模にグループチャットで少し牽制してもらう様に頼み込んだ。
グループチャットというのはいわゆるクローズドな関係で締め切れられている。
そこでは誰かリーダーがいて、そいつが一番の発言力を持っている訳だ。
そいつ以外の連中はとりあえず周りの空気を気にしてそれに合わせている。
しかし、相模のグループチャットは100人規模のグループチャットだ。
発言力の高いリーダーがいたとしても、この規模のコミュニティともなると早々に自分の意見を押し切れるはずが無い。
そこで俺が提案したのは相模に正論を言ってもらうことだ。
ただ一言『最近思うんですけれどこれって盗撮じゃないですかね……』ってな。
そうするとどうだろう、水面に落ちる雫でできた波紋の如くそれは承認されて行くだろう。
なんでって正論だしな。
どうやらその変化がグループチャット内で広がってきていると相模は言っているのだ。
「おぉ、さすがだな」
「比企谷先輩が雪ノ下先輩と一緒にいる理由が無くなるならお手の物ですよ」
人への嫉妬でここまで動くとかこいつ……しっとマスクの才能ありそうだな。
「そ、そうか」
相模は報告を終えたあと、自分の席へと戻って行った。
こちらとしても一旦は計画通り動いていることに間違いは無い。
あともう少しこの状況を我慢すればいいだけの話だ。
せっかく昼休みなのだからここで人目につく必要も無い。
俺は席を立ち、いつものベストプレイスへと足を進めた。
***
どうやら俺のベストプレイスには先客がいるようだ。
「あれ? ヒッキーじゃん?」
「比企谷君?」
おや、どうやら見覚えのある顔が揃いも揃って俺のベストプレイスでお弁当を楽しんでいた。由比ヶ浜と戸塚先輩だ。
おや、もしかして2人ってそこそこいい仲なのか、俺の戸塚先輩がっ!?
ジェラシー120%だわ。
「あっ、もしかして邪魔しちゃいましたかね?」
「うぅん、そんな事は無いよ。比企谷君、久しぶり」
そう言って可愛い微笑みを浮かべながら俺に手を振る戸塚先輩
全然関係ない話だが、『天使が通る』という言葉があるのだが、絶対に戸塚先輩の事を言っているよな。意味合いも戸塚先輩が通る度に皆その美しさに今話している話題が途切れる。戸塚先輩は天使。これは間違いないな。
「ヒッキーも一緒にご飯どう?」
由比ヶ浜がそう言って俺ひとりが入れるくらいの空間を空ける。
まだグループチャットは解決していないが、まぁ正直戸塚先輩がいるのだから多少の口実くらいは作れるはずだ。
俺はその空いた所に腰を下ろした。
「そういえば、戸塚先輩、前に2年生の方々と試合してませんでした?」
そういえば最後に戸塚先輩が転んで試合が終わったあれだ。
気になっていたのだ。
「そうなんだよ、比企谷君。最初は練習の時間なくなるからあまり乗り気じゃなかったんだけれどね」
「けれど?」
「三浦さんって…いう人が結構上手で、なかなかおもしろい試合が出来たんだよ」
なるほど、三浦って誰だよとか思ってしまったが、まぁ試合の状況を察するに優美子先輩の事だろう。ようやく苗字がわかった。次から三浦先輩と呼ぼう。
「へぇ、そうなんですね。ほんと最後の方だけ見たんですけれど、戸塚先輩、最後怪我してませんでした? 大丈夫ですか?」
以前より温めていた戸塚先輩の怪我の具合を確かめる文句が火を噴くぜ。
「そんなに大事でも無いよ、3日くらいで治ったんだけれど」
「けれど?」
「三浦さんが、ちょっと責任感じちゃってね。少しの間だけテニス部を鍛えてあげるって言ってくれたんだ」
へぇ、あの人結構人がいいところあるじゃん。近くで見たら明らかな女帝の貫禄をお持ちなのにな。
「そーなんだ。だから優美子最近放課後早いんだ」
由比ヶ浜がその光景を思い出してか少しクスッと笑う。
「テニス部の皆も最初は凄く怖い人とか思ってたみたいだけれど、最近は慣れてきてアネゴーチって呼ばれて親しまれてきたかな〜」
アネゴーチってなんだよ……それ命名した奴センスなさ過ぎだろ。波動球で八つ裂きにされるぞ。
俺ならもう少しセンスのある命名するぜ。
お蝶先輩
うん、テニスボールで客席までぶっ飛ばされる未来がよく見えるな。絶対に口に出さないでおこう。
「へぇー、優美子って結構熱血な所あるからね、もしかしたらテニス部入るかもね」
「そうかな?」
「うんうん、ダメ押しで隼人君にテニス部手伝っててスゴイ好評なんだーってひそか〜に伝えたらもしかしたらありえるかもねっ!」
由比ヶ浜? ちょっとだけずる賢いお前を見たのはじめてなんだが……
えっ? もしかして暗黒キャラ隠してたりするのん?
「そ、そうなんだね」
ほれみろ、戸塚先輩も若干引いてるし。
「でも……三浦さん来てくれたらテニス部凄く助かるから……僕頑張ってみる!」
えっ!? 由比ヶ浜……なんて事をしてくれたんだ。戸塚先輩が堕天してしまったではないか。
トツファーになっちまった。堕天しても世界一可愛い事には変わりない。問題はないな。
「そういえば由比ヶ浜さんはどうしたの今日は?」
「あー、そうそう。ちょっとさいちゃんに聞きたい事があって」
あれ、この二人がいつも昼休憩一緒の仲良しコンビだと思ったのだが、そうでもなかったのかな?
話の流れから二人の関係を仮説すると、久し振りに話す知人の二人的な位置付けだ。
「奉仕部って知ってる?」
「あ〜、知ってるかも。最近よく教室でも話題になってるよね。あの綺麗な人がいる部活でしょ」
奉仕部が話題? えっ? 昔からある部活なのに今更話題?
「そうなのか?」
「うんうん、あっヒッキーも確か依頼したんだよね? なんか雪ノ下さんと一緒に映っている写真結構出回ってたよ」
あー、あれ2年生にもやっぱり出回ってたか。
「まぁたしかにそうだが」
「雪ノ下さんどんな人だった? 僕たちJ組の人たちとあまり関わりもってないからちょっと気になるんだ〜」
戸塚先輩が興味津々な顔を俺に近づけて言う。
近づく戸塚先輩から香る天使の芳香に俺は意識を持って行かれそうになる。
「まぁ、少しキツいところはありますけれど、面倒見のいい人ですよ」
「へぇー、ちょっと怖いなぁ……」
戸塚先輩の怯えてる姿を網膜に焼き付けておきたい気持ちに駆られる。
「そうなんだ。誰か依頼した事ある人いたら話聞こうかなって。っで大丈夫そうだったら依頼してみようかな〜なんて」
由比ヶ浜は何か依頼したいことがあるのだろうか?
ってか大丈夫そうって何だよ。あの人毒舌は持っているが人は噛まないぞ。物理的にはな!
まぁ、俺はその言葉の返答をしなければならなかった。
「由比ヶ浜、今依頼は控えた方がいいかもしれん。その最近話題にあがっているおかげでメチャクチャ忙しいみたいなんだよ」
そう、最近の奉仕部はやけに人の出入りが激しい。
いきなりブーム乗っかっちまった古い老舗店舗かの如く放課後の部室前に行列が絶えなかった。
「あー……やっぱりそうだよね。今めっちゃ話題だもん。わかった、少し様子見てから依頼することにするー」
「そうしてくれ」
会話がひと段落しシンッとした空間があたりを支配する。
これが戸塚が通るという状況だ。
「ってかヒッキー」
そのシンッとした空間を打ち壊し由比ヶ浜が口を開く。
「なんだ?」
「ご飯食べないの?」
「……忘れてた」
すでに昼休みも半分過ぎていた。
俺はいそいそと弁当を胃袋にかっこんだ。
***
結局のところベストプレイスでの件は杞憂に終わった。
教室に戻って相模に確認を取ったがどうやらグループチャットにも新たな投稿は存在しないらしく、さらには大元のSNSアカウントが炎上気味という見事にシナリオ通りことが進んでいる。
そのことを報告するべく俺は、放課後奉仕部の部室へと赴いた。
「あら、もう来たの?」
部室にはすでに雪ノ下先輩がおり、カップを取り出す準備をしていた。
「ようやく進展があったんでさっそく報告にと思いましてね」
「そう。紅茶を淹れるわ。座って少し待っててちょうだい」
「うす」
しばらくすると、紅茶の淡く甘い香りが俺の鼻腔にまで届く。
以前、小町が1度飲んで以来使ってなかった紅茶の茶葉があまっており、それを奉仕部に献上したのだ。
淹れ方によって香りも変わるのか、非常に上品な香りが漂う。
「あなたがくれた茶葉、なかなかいいものだったわ。本当に頂いてもいいのかと思ったのだけど?」
そういいながら俺に紙コップを差し出す雪ノ下先輩。
「いえ、家にあっても誰も紅茶飲まなかったんでちょうどいいですよ」
「そう、なら遠慮なく使わせてもらうわ」
っふっと微笑むその表情一つで息をのむ。
「さて、お待たせしたわね。話を伺うわ」
「現状、グループチャットで……」
その言葉の最中、ノックの音が鳴る。
雪ノ下先輩もふぅ……と軽くため息を吐いた後、どうぞと言葉を続ける。
「比企谷君、ごめんなさい。どうやら来客のようね」
最近はこういうことが多い。
やけに奉仕部に対しての依頼が多いのだ。依頼人も1日に10人は優に超える。
しかし依頼内容はこの部活の趣旨を把握していない依頼内容が多い。
まず依頼内容を確認する時点で8割は雪ノ下先輩によって却下される。
しかし内2割は依頼として受けている。
俺はただ問題を見て見ぬ振りをしようとしているのかもしれない。
その問題というのは奉仕部という部活の存在を学校の生徒に認知されたということだ。
生徒に認知されるということ自体はきっと部活動をする上でいいことなのだろう、そりゃ活動理由が依頼を受けてそれに対して協力するという部活だ。
協力依頼が来れば来るほど部活動の評価が上がる。
しかし問題なのは現在それをしきっているのが雪ノ下先輩ただ1人という現状だ。
では何故奉仕部は認知されてしまったのか。
今までは1人で奉仕部という部活をきりもりしていた雪ノ下先輩。
しかしいきなり見知らぬ男子とともに行動しているではないか。
彼氏なのだろうかと野暮な問いかけをする輩もいるだろう。
それに対し彼女はきっと、奉仕部の依頼と答えるだろう。
そう、ここで奉仕部の認知が広まるのだ。奉仕部って何? ってな感じでな。
完全に俺も見落としていた。ここが落とし穴だったのだ。
よって現状、この様な状況に陥っていると推測するのが妥当だろう。
解決策としては誰か部員を入れることにより解消するはずなのだが、それを止めているのが平塚先生だろう。
なぜか、葉山先輩の時と同じだ。綺麗なものには色々と群がるんだよ。
雪ノ下先輩のあの性格は人を選ぶ。そこを理解してのことだろう。
一過性のイベントであると信じたいが、さすがに1人ではいつか身体を壊してしまうのではないかと心配してしまう。
「わかりました、また明日報告します」
「その必要はないわ」
そういうと雪ノ下先輩は一枚の紙切れを差し出した。
「これは私の電話番号とメールアドレスが書いてあるから失くさないように、今日中にどちらでもいいから報告を入れて貰える?」
「わかりました」
さすがにアドレス打ってとお願いする雰囲気でもないので、そそくさと紙と紅茶の入った紙コップを持って部室を後にした。