やはり俺の学校生活はおくれている。   作:y-chan

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#11-3

『現状、大元のSNSアカウントも炎上しているみたいなので、あとは時間の問題だと思います』

 

『油断は禁物よ。追い込まれた人って何するかわからない事が多いから。最後まで気を抜かないで』

 

 年単位で電話という機能を使わなかった俺が、まさか学校一の美女と通話しているなぞどんな偶然だよとおもいながらドギマギと報告を済ませる。

 

『そうですね。これならあとは勝手に自然消滅してくれるはずです。ただ……』

 

『ただ? 何か心配事かしら?』

 

 俺がいなくなると雪ノ下先輩が本格的にひとりで依頼に立ち向かう必要がある。

 1週間という短い期間なのだがこの人と一緒にいて分かった事があった。

 

 圧倒的に技能には優れているのだが圧倒的にスタミナが無いのだ。

 だからこそ俺が体力仕事を任される事が多かった。

 ……俺も文化系なのだが女子よりかは力があるからまぁ仕方が無いがな。

 雪ノ下先輩は言わばガラスの剣といったところなのだ。

 

 そう、この依頼が完了すると今後、雪ノ下先輩ひとりで大変ご好評頂いている奉仕部の依頼のすべてを請け負う事になる。

 

 そうなると奉仕部が崩壊することは目に見えていた。

 

『いえ、依頼が立て込んでるように見えたので』

 

『……あなたは奉仕部ではないのだから、気にする必要はないわ。大丈夫よ』

 

 俺は部外者と線引きされた。

 少し手伝ったからと言って奉仕部の一員となった訳ではないと再認識する。

 

『そうですか。わかりました』

 

『それでは、また何かあったら連絡して』

 

 そう言って通話が切れる。

 いままで気にもしなかった自室の静寂が俺の中にある喪失感を増長させる。

 なので俺は俺を自制させる。

 

 どうしても彼女はひとりで立ち向かうようだ。

 そうなると俺がする事はもう無い。

 

 相手が大丈夫と言っているのだから、これ以上追求する必要も無いだろう。

 例え大丈夫と言っている奴が大丈夫でなかろうが、それを察しろというのは相手に自分の感情を理解し、行動しろと押しつけているに他ならない。

 そんな数回しか会ったことの無い相手に、察しろというのはいささか理不尽な話だ。それは助けてと言葉に発さなかった本人の責任だろう。

 

 余計なお節介は勘違いを生む。昔の俺は幾度となくその失敗を犯した。

 だからこそ理解しろ、勘違いするなと俺を客観視しているもうひとりの俺が諭してくれる。それにより自制が保たれている。

 

 その大丈夫が口癖なのかプライドなのかはわからない。

 ひとりでできると言っているのだ。何を心配する必要がある。

 

 これ以上の思考は底なし沼にハマると判断し、俺は考える事をやめた。

 

 

 ***

 

 

 昼休み。俺はいつも通りベストプレイスへ向かう。

 そこには先客がいた。

 

 最近やけにこの場所で人と遭遇するのだが……

 元々よく人が来るのだろうか? 風が気持ちいいから仕方ない。

 

 ってか、昼休みになっていきなり教室出ていったなと思ったらこんな所にいたのか。

 

「一色か」

 

 一色は俺の声を無視して黙々と弁当を食べていた。

 

「おーい、一色?」

 

 それでもまだ俺を無視する一色。

 どうしたこいつ? なんだ今日は機嫌が悪いのか? それだったらこんな所来ねぇし……まぁいいや、触らぬ神に祟りなしさっさと退散しよう。

 

 俺がその場を去ろうと一色に背を向けると後ろからズズズとすさまじい音がした。

 振り向くとスポルトップを吸いながら半目でこちらを見ている一色の姿があった。

 どうやら俺は触らぬ神と気づく前に触ってしまったらしい。

 

 一色ちゃん? スポルトップそんな勢いよく吸っちゃうとむせるよ?

 

「これはこれは……最近学校一の美少女とよくいるせんぱいじゃぁないですか〜」

 

「すっげぇわざとらしいご紹介ありがとよ」

 

「それよりこっち来てくださいよ」

 

 一色がペチペチと隣の空いている場所を叩く。

 

「すげぇ怪しんだけど……」

 

「なにも怪しいことはしませんよ、ほらこっちこっち」

 

 一色はペットを呼び寄せるみたいに両手をリズミカルに叩く。

 犬じゃねぇんだからそういう呼び寄せ方やめろよ……

 俺は呼ばれるがまま、一色の隣に腰を下ろす。

 

「んで? なんだよ」

 

「はいこれ」

 

 そう言って渡されたのは小さな弁当箱。

 

「ん? なんだこれは?」

 

「見てわかりませんか? お弁当です」

 

「んなもん知ってるわ。聞いてるのはなんでそれを渡される必要があるのかだ」

 

「だってわたし〜、葉山先輩ねらってるじゃないですか〜」

 

 なんだろう、そのくっそ甘ったるい声を久し振りに聞いた気がするわ。

 

「あぁ、そう言ってたよな」

 

「そう、葉山先輩にお弁当を渡すには失敗なんて許されないわけですよ。他にも料理が上手な方々が沢山いるわけですし、そういった所でポイント落とすとかあるまじき怠惰だと思うんですよね」

 

「なるほどな、まぁ言いたいことは分かった。って事はあれだろ、実験」

 

「理解が早くて助かります」

 

 そう、以前俺は一色の実験に付き合った。

 ただ思うところもある。

 

「俺お前の依頼完遂しただろうが、俺がそれを引き受ける必要があるか?」

 

「せんぱい、私の依頼内容しっかり覚えていますか?」

 

 俺の顔をのぞき込みながら一色が質問を繰り出す。

 強制的に視界に入る可愛らしい顔立ちに少し動揺する。

 

「あれだろ、葉山先輩とお近づきになりたいっていう依頼だろ」

 

 何だっけか、詳しくは覚えてないが多分そんなニュアンスだったはずだ。

 

「違いますよ、『わたし、気になる人がいるんですよ』です」

 

 あれ? そんな内容だっけか? 認識の齟齬って奴か。

 ってか依頼内容曖昧すぎだろ。

 

「葉山先輩に近づけてやったのにまだなんかあんのかよ」

 

「こう見えて私〜、結構努力家なんですよ〜?」

 

「努力家は努力するとは言わん」

 

「そんな事はどうでもいいです。とにかく依頼はまだ継続中なんですよっ!」

 

「マジかよ……すげぇ面倒くせぇ」

 

「せんぱいには実験に付き合ってもらいますからね! 逃げないでくださいねっ!」

 

「……わーたよ。食い物は粗末にできんしな。食うわ」

 

「ありがとうございます。ではこれ使ってください」

 

 そう言って俺に箸を渡してくれた。

 おっ、気が利くじゃねぇか、最近コンビニでも箸の有無に気を取られるんだ。

 変なギミックが存在しねぇか細かいところまで気をつけないといつの間にかYOURDEADだかんな。

 

「どうしましたせんぱい?」

 

「いや、何でもねぇ」

 

 変なこと考えていたのが顔に出ていたか。

 少し反省して俺は弁当箱の蓋を開ける。

 するとなんということでしょう。

 普通のお弁当だ。

 

 いや普通というのはあまりにも表現がなさ過ぎた。

 しっかりと彩りは考えられており、男が作るような俺の好みしか入れない茶色一色の弁当ではなく、緑黄色野菜もふんだんに使われ色彩よくまとまっていていい。

 花柄にんじんとか可愛らしいじゃないか。

 

 しかし俺は、あの雪ノ下先輩の弁当を見てしまったがために、若干見劣りしてしまうのは仕方がない。

 

 しかしあれだ、葉山先輩の為の実験だからといってあんな完璧を求められても一色も困るだろう。

 

 だから俺はこういうのだ。

 

「ほぅ、プチトマト以外はいいんじゃないか? うまそうだ」

 

「せんぱい? トマト嫌いなんですか?」

 

「そうだな」

 

「へ〜」

 

 一色ちゃん? 少しは興味持ってもいいんだよ? あからさまに興味なさそうに返事すると傷ついちゃうよ?

 

「それより問題は味ですほら食べてくださいっ!」

 

 ちょっ、一色せかせかさせるな。

 

 俺は一色にいわれるがまま、とりあえず目についた卵焼きを一口つまみ頬張ると横であっと小さく呟く一色の声が聞こえた。

 

 何だ毒でも盛ったか? と横目で一色に視線をうつすと淡く頬を染めつつにやついていた。

 

「どうですか? 美味しいですか?」

 

「あぁ、出汁きいててうめぇ。まぁ俺は寿司屋の卵派だけどな」

 

「あっ、そういうのはいいんで」

 

 余計な情報はいらないってさいですか……

 

 そのまま弁当を全部平らげた。もちろん実験ということで一定の成果物はアウトプットしてやらねぇと一色にまた何か言われてしまう。なので俺は正直にありのままを口にすることにした。

 

「うん、うまかった」

 

 お前の語彙力はそんなもんかというならそういうがいい。

 しかしだ、食通でもねぇ一般の男子高校生の味覚なんざこんなもんだ。

 基本腹に入ればそれでいいし、あとは舌にダイレクトに伝わるうまい、甘い、からい、まいう〜以上だ。

 あれ、うまい2回言った? 勘違いだ。

 

「お粗末様でした」

 

 そう言って一色はニッコリとした表情を維持しつつ俺が完食した弁当箱を片づける。

 どうやらご満足頂けたようだ。

 

「そういえばそろそろ解決しそうですか?」

 

 一色の問いかけはきっとグループチャットの件だろう。

 

「もうちょいって所だな。ようやく周りが事態を理解したみたいだ」

 

「そうなんですね〜、皆考えたらすぐわかる話なのになんで止まらないかな〜」

 

 ぷんすかと一色が頬を膨らませて不機嫌なご様子だった。

 俺のために怒っている様子だったので悪い気はしない。

 

「そういうなって、誰かストッパーがいなかったからこういう事態に発展しちまったんだろ」

 

「それよりも、この状況撮られちゃってたらどうしましょうね」

 

 この状況とは多分この状況のことだろう。

 学校の人気の無い所に2人きり、あまつさえ手作り弁当すら頂いている始末だ。

 ……うん、誰がどう見てもちちくりあっているように見えるな。

 

 この状況を作り出したのお前だからな? まじどうすんだこれ?

 

「はぁ……どっかの亜麻色の髪の乙女の作りすぎた弁当を通りすがりの俺が処理していたって口実で良いだろ」

 

「なんですか口説いてるんですか? 亜麻色の髪の乙女って表現が出てくるあたりでしてやったりのドヤ顔になってて気持ち悪いです。口説くんならもっと自分の言葉で表現して貰っていいですかごめんなさい」

 

「なんでいきなり俺が口説いている話なってんだよ。この状況の理由付けの話だろうが。あ、あとどやってねぇし」

 

 噓、ちょっとだけ俺うまいこと表現したと思った。

 

「それとも葉山先輩へのお弁当を作る為に密かに特訓中とでもいうか?」

 

「それいいですね。それにしましょう」

 

 葉山先輩への想いそんなオープンフルアクセスよろしくな感じでいいのかよ。

 

「まぁ、それでいいならいいか……」

 

 嘆息をもらし、俺はこの場面が撮影されていないことを祈る。

 

「それよりも雪ノ下先輩が心配だな」

 

 一瞬、一色の身体が揺れる。

 

「えっ? どうしてですか?」

 

「どうやら最近になって奉仕部の依頼とやらが急激に増えているみたいでな。ひとりできりもりするのもかなりキツいだろうなって考えてる」

 

「もしかしてせんぱいは雪ノ下先輩を心配しています?」

 

「奉仕部の認知が広まったのは俺の依頼が原因って感じだしな。少なからず心配はするだろ」

 

「そうなんですね。でもせんぱいは雪ノ下先輩の何を心配しているのかって気になったんですが。私から見てあの人はなんでもひとりでできる……なんていうんだろう〜……孤高の人? みたいな感じなんですけれど」

 

「あの人、極端に体力ねぇんだよ」

 

「あ、なるほど、意外な欠点があったんですね……」

 

 どうやらそれだけで一色は察したようだ。察しが良くて助かる。

 

「それじゃせんぱいはどうしたいんですか? 雪ノ下先輩のお手伝いを続けるんですか? でもそれって結局、部外者のお節介って感じになりません?」

 

「だよなぁ……」

 

 結局の所俺はどうしたいのだろうか、最初はただ厄介事を解決してもらいたいそれだけだったはずだ。

 それがきっかけで奉仕部が認知され忙しくなり、俺は彼女のスタミナを心配しだした。

 あれ……? 俺もしかして? 雪ノ下先輩が好きなのか?

 

 まて、勘違いするな。その考えは早計すぎる。

 この勘違いで幾度となく失敗し、肩身が狭くなった中学時代を思い出せ。

 

 その感情を抜きに考えるとおのずと答えは出てくるだろう。

 俺は奉仕部の依頼が増えることにより今現状続いている俺の依頼に不都合が生じないかを懸念しているのだ。

 

「ただ俺は依頼を不都合なく終わらせて欲しいだけだ」

 

「それがわかればもう答えは出ていますよね」

 

 一色はすこし微笑をみせながらそう答えた。

 ベストプレイスに吹く風は優しく身体を撫でるように俺を吹き抜けていった。

 

 

 ***

 

 

 放課後に俺は職員室にいる。

 

 対面に座って煙草をふかす平塚先生を前に俺は自身の考えを口に出す。

 

「平塚先生、先日は奉仕部を紹介して貰ってありがとうございました。依頼もおおむね解決に向かっているところです」

 

「それはよかった。さすが雪ノ下と言った所か」

 

「それで少しご相談がありまして」

 

「なんだ? 言ってみろ」

 

「今回の件で少し奉仕部に興味が出たんで体験入部したいのですが」

 

「ほぅ、悪いが私はお前が熱心に部活動をする様なタイプでは無いという先入観があったのだが」

 

 さすがは平塚先生だ。俺が部活に興味を持つ事があり得ない事くらい見抜いているようだった。

 

 これではどう見繕った言葉を吐いても通じないだろう。

 だから俺はこういうのだ。

 

「まぁ、その通りなんすけれどね。でも現状、人がいないと奉仕部の信用の根幹に関わると思いますよ」

 

 真っ向勝負だ。

 

「ほぅ。奉仕部が……か……続けてみろ」

 

「現状見ての通り、奉仕部の人手不足で雪ノ下先輩がすべての依頼をこなしてますよね。タイミング良く依頼をした俺が一番近くで見てたのでそれとなーくわかるんすよ。これは明らかに雪ノ下先輩のキャパシティを超えてるって」

 

「なるほど」

 

「普通なら人員を補充する事で解決するはずのこの問題を平塚先生が知らないはずはない」

 

 そう言って平塚先生の双眸をまっすぐと見つめる。

 平塚先生はふっと笑い、ゆっくりと口を開いた。

 

「そうだな。実際雪ノ下目当てで入部を希望する輩が増えた。だからこそ必ず入部の際に入部希望者には入部試験と称して必ず聞くようにしている事がある」

 

「それはなんですか?」

 

「なぁに、簡単な質問だ。お前は雪ノ下雪乃をどう思っている」

 

 どう思っているか……そうだな。

 ただ単純に思いつくならば頼りになる先輩だ。

 後輩のためにわざわざ身を犠牲にしてでも依頼解決にむけて行動してくれる頼れる人だ。

 聞けば学年トップという切れ者だし運動神経もいいらしい。

 本当にすごい人だと思う。

 

 もし仮に俺が交通事故に合わなかったとして同級生となっていたならば、俺は彼女に憧れを抱いていたかも知れない。友達になりたいと思ったかも知れない。

 

 しかし……だ、その回答では多分違うのだろう。

 となると、だ。

 

「何でももっていて、何でも出来る。たぐいまれなる優れた容姿をもっていて、青春を謳歌し中心人物になる事を神から許されたであろう人がそれをしていない……なにそれ持っていない者に対する自慢なの? ファッションボッチなの? 真性ボッチに対する嫌みかよ。ノブレスオブリージュ? ふざけんな見下すんじゃねぇよ。爆発すればいいのに……って思ってます」

 

 そう答えると平塚先生はぽかんと気の抜けた顔になっていた。

 しばらくしてじわりじわりと笑いがこみ上げてきたのだろうか、煙草を持つ手で顔を隠しているが肩が震えているのとクククとかすかに笑い声が聞こえているのでモロバレだ。

 

「これは予想だにしなかった回答だな」

 

「はぁ……」

 

 我ながら相当捻くれた回答をしたと思う。

 むしろこれを雪ノ下先輩に聞かれなかったことが救いである。

 

「どうやら君は、相当捻くれた思考をしているようだな」

 

「まぁ過去にいいことが無かったですからね。正直者でピュアな性格は中学校に置いてきましたから」

 

「そうかそうか……それは非常にもったいないな。君の思考を矯正する必要がありそうだな」

 

 ちょっ、いきなり矯正とか言われて困るんすけれど……

 

「はぁ……」

 

「奉仕活動でもして雪ノ下とともにその考えをあらためていけ。異論反論抗議口答えは認めない」

 

 平塚先生は勢いよくまくし立て、判決を申し渡す。

 その判決は奉仕部としての活動を許されたと認識してもいいだろう。

 

「あのぉ……体験入部でいいんすよ? べつに本入部するとは……」

 

「奉仕部に体験入部は存在しない。君のその歪んだ考えが直るまで奉仕活動に勤しむといい」

 

 噓だろマジかよ。

 

 こうして俺は不本意ではあるが、奉仕部として入部することを許されたのだった。


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