やはり俺の学校生活はおくれている。   作:y-chan

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#12-1

 次の日の放課後。

 奉仕部の部室に入ってきたらすでに居た雪ノ下先輩の姿が見えた。

 

 あれ? 俺HR終わったら真っ直ぐに来たはずなのになんでこの人こんな早いの?

 もしかして額に二本指添えただけで瞬間移動とか使えたりする? めっちゃ便利じゃん。

 俺にも教えて欲しい。

 

「比企谷君。一体どういうことかしら?」

 

 そう言って俺を睨む妖怪雪女こと雪ノ下雪乃先輩がその名に恥じぬ冷淡な一言を口にする。

 まぁそう言われる理由も分かっちゃいるんだけれどね。

 平塚先生経由で俺が奉仕部へ入部する事が知らされたと読んだ。

 

「いやぁ、ひょんな事から入部する流れになってしまいましてね」

 

 平塚先生に話したことを洗いざらい雪ノ下先輩に話すと、今後の学校生活に支障をきたす事になりかねないので意地でも濁す流れで進めさせてもらう。

 

「そのひょんな事というのをもっと具体的かつ論理的に解説願えるかしら」

 

「平塚先生と話していたら気づけば奉仕活動命じられたって感じっすね〜」

 

「その話ではまったく状況が掴めないわ……何をどうしたらそれで入部する流れになるのかしら……」

 

 雪ノ下先輩は問い詰める事を諦めたのか軽くため息を吐く。

 それに乗じて、この『何故入部したのか』話題を変えるべく俺は舌をふるう。

 

「そんな事よりも、この仕事の山手分けして片づけていきましょう」

 

 どっかの打算的な女子がよく使う手法を使って切り抜けることにした。

 最近俺、一色の言い回しをよく使っているな。汎用性あるんだわ。

 

「そうね、決まってしまったことをこれ以上気にしても仕方がないわ」

 

 そう言って雪ノ下先輩は目の前にあるノートパソコンへと視線を落とし、奉仕部への依頼メールを覗く。

 

 俺も雪ノ下先輩が座っている長机の端に椅子を持ってきて腰を下ろす。

 

「今日も依頼は沢山来てるわよ」

 

「最近絶賛人気の奉仕部ですからね」

 

「ほぼ間違い無く私目当ていうのは目に見えているけれどね」

 

 おいおい、言い切りやがったよこの人。たしかにそうだけれどもう少し謙虚さって学んだ方が良くないか?

 

「人気最下位の俺と合わさってちょうどいい塩梅になるんじゃないすかね?」

 

「なに? あなた私のこと好きなの?」

 

 なんでそんなドギマギするようなことを真顔で言っちゃうかな?

 

「どこの恋愛脳ですか。そういう意味で言ってないです」

 

「知ってるわよ。からかっただけよ」

 

 そんな会話をしながらも雪ノ下先輩のブラインドタッチは止まらない。

 なんだこの人、マルチコアなの? 最近主流はオクタコアらしいけれど、なに? もしかして雪ノ下先輩は聖徳太子でも目指してるのん? そもそも8人同時に話しかける状況がそんな頻繁にあるとは思えないけれどね。人それを技能のムダ遣いという。まぁそれがおもしろいんだけどね。

 

「とりあえず、私はメールや直接交渉が必要な案件を対応するから、比企谷君は肉体労働の依頼をお願い。詰まりそうなら連絡頂戴」

 

 えっ? マジで? だから俺文化系でそんな体力無いのですが……

 

「入部したからにはこき使ってあげるわ」

 

 そう言って不適に笑う雪ノ下先輩を見て、俺は入部を早まったかと後悔した。

 

 

 ***

 

 

 それから数日が経った。

 

 俺の周りではグループチャットの件なんて無かったかのような振る舞いだ。

 これでようやく腰を落ち着けられるというものだ。

 

 依頼の数もだいぶ落ち着き、紅茶の香りを楽しめる時間が確保出来るまでになった。

 文庫本を読みながら紅茶の香りはほのかに鼻腔に入り、安らぎを与えてくれる。

 

 この時間は悪くない。そう思えた。

 

 リア充はこういった時間必ず誰かと話していなくちゃならない呪いにかかっているのか、常に誰かと雑談を興じている。

 しかし雪ノ下先輩は文庫本を読んでいて、雑談とかそういった事を興じる必要は無いと表現していると俺は読んだ。

 

 そんな事を考えているとどうやらこの静寂な時間は終わりを告げるらしい。

 ノックの音が2回部室内に響いた。

 

 どうぞと雪ノ下先輩が口にすると、見覚えのある顔連れが入ってきた。

 

「由比ヶ浜……と葉山先輩?」

 

 失礼します〜と陽気な挨拶で入ってきたのは由比ヶ浜と葉山先輩だ。

 陽気な由比ヶ浜と比べ葉山先輩は少し気まずそうな表情で入ってきた。

 

「あれ〜! ヒッキーじゃん!」

 

 あと、いきなりそのあだ名で呼ぶのは正直止めてもらいたい。

 雪ノ下先輩に変なあだ名を覚えて欲しくないんだが……

 

「んだよ由比ヶ浜、いたら悪いか?」

 

「どうしたの? ヒッキーも何か依頼とか?」

 

「そういうわけじゃねぇ、俺奉仕部に入ったんだ」

 

「あー、そうなんだ。……って!? 超意外すぎるんだけどっ!?」

 

 えっ、そんな驚くこと? ってか声でかい。

 

「えっ? そうなの?」

 

「だってヒッキー、部活なんてやらないぞって感じじゃん!」

 

「マジか? そんな雰囲気出してた?」

 

「うん、超だしてた。俺に部活の話題振るんじゃねぇぞ感」

 

 なにそんな雰囲気出してたの俺? もしかして脳よりも早く身体が反応する極意、身勝手の拒絶を会得していたのか? それとも拒絶色の覇気か? すげぇ、宇宙一の嫌われ者になれんぞこれ。

 ……そうなったら俺の居場所ねぇじゃん。拒絶色ってなんだよ。

 

 こほんと雪ノ下先輩が咳き込み雑談を中断させる。

 

「そろそろ本題にいっていいかしら? 確か同学年の由比ヶ浜結衣さんと……葉山君」

 

 どうやら雪ノ下先輩と葉山先輩は知り合いみたいだ、雰囲気を読むにそこまで仲がいい関係ではなさそうだ。

 

 葉山先輩を見るとたははっと気まずそうに苦笑し頬をかいていた。

 

「そうそう、依頼なんだけれどちょうどヒッキーもいるし聞いてほしいんだよね」

 

 そう改まって余っていた椅子を長机に寄せて二人は腰掛ける。

 

「私の依頼はある人との仲直りなんだ」

 

 ある人とは小町のことを言っているんだろう。

 由比ヶ浜はどうやら時間に頼らない道を選ぶようだな。

 

「……まじか」

 

「まじまじおおまじだよっ!」

 

 ふざけてんのかこいつ?

 

「本気感が全然伝わらねぇよ……」

 

「マジごめん」

 

「お前ネタでやってんのか?」

 

「ごめんなさい……」

 

 由比ヶ浜がシュンとなってしまった。

 ちょっとキツい言い方したかな?

 

「比企谷君は知っている人?」

 

 雪ノ下先輩が間に入り質問をしてきた。

 知ってるも何も俺の妹なんだが、由比ヶ浜の口調的にどうも詳しくは隠したい様子。

 なので俺も詳しくいうことは避けようと思った。

 

「そうですね」

 

「そう。だいぶ入り込んだ依頼のようね」

 

 雪ノ下先輩はどうやら俺の口調で察してくれたようだ。

 そういった所は非常に助かる。

 

「たしかにそうですね。まぁ話は分かった。詳しくは後でだ」

 

「それで? 葉山君はどういったご用なのかしら?」

 

 あー、これは俺が最初に奉仕部に来たときの口調と同じだわ。

 葉山先輩デフォルトで雪ノ下先輩からの敵対心アップのデバフついてません?

 

 っと、そんな事よりもこれでは話が進まなさそうだ、ちょっとだけ口を挟むか……

 

「雪ノ下先輩、ちょっと雰囲気が固いんでもう少し和らいで貰えると助かるんすけれど……」

 

「あら、ごめんなさい。気をつけるわ」

 

「俺の依頼なんだが、ちょっと前から俺のクラスでよく出ている話題なんだが、これを見てくれ」

 

「おぉう、個人名でてるのか。これはひでぇ……」

 

 内容はどれも個人名をあげての誹謗中傷が書かれている。

 俺も前まで個人集中型のネット被害者だったからちょっと当事者の気持ちが分かってしまう。

 

「そうそう、このメールすごいよく回ってくる! ほんと酷いよね!」

 

 えっ結構前から出回っていたの? よく放置していたねこれ。

 

「いわゆる不幸のメールという奴なんだが、全然治まる気配がなくてな」

 

 不幸のメールというよりも煽り文書と言った方がしっくりきそうだがまぁいいや。

 

「なるほど、双方の依頼は分かったわ。先に由比ヶ浜さんの依頼からで大丈夫かしら?」

 

「それはかまわない。一応俺も結衣に相談されているくちなんだが同席してもいいか?」

 

「えぇ、いいわ」

 

「それでは、由比ヶ浜さん。ある人との仲直りについて少し詳しく話を伺ってもいいかしら?」

 

「私、1年前にある事故が原因でその人のお兄さんに大怪我させちゃったんだ。それで入院している病院で謝ろうとしたんだけれど怒らせちゃってそれっきり……」

 

「なるほど、それでその人のお兄さんとは会えたの?」

 

「うん、ちゃんと謝ったら気にしてないよって……すごい優しいよね」

 

 由比ヶ浜、チラッとこっちみんな。

 過去を掘り起こされているみたいですげぇ気恥ずかしい。

 

「なるほど。それじゃそのお兄さん経由で会ってみるのがいいのでは?」

 

「うーん、いきなり直接会ってくれるか心配なんだよね……もっと距離を縮めたいというかなんというか……」

 

「俺もそれは提案してみたんだが、結衣はまだ直接会うタイミングじゃないらしいんだ」

 

「直接会うとかじゃなくてもメールとか電話とかチャットも最近は流行っているでしょう。そう言ったツールを使ってもダメ?」

 

「うん。なんというか二人きりの空間っていうのが息苦しく感じちゃうかも知れないんだよね」

 

 まぁ、たしかにネットを使ってのコミュニケーションは可能だろうが、メールやチャットではごまかしがきく分、誠意が伝わらない事が多い。

 

 土曜の朝、気になる娘にメール送って月曜にごめん寝てたって返信くるくらいごまかしがきくんだぜ。

 

 そりゃ誠意なんて伝わらねぇよな。

 

 小町の現状からして、まだ直接会うっていうのは避けた方がいいし、由比ヶ浜がへんな事言ってもリカバリー出来る人間が近くにいた方がいいと思う。

 

 この話題に対する俺からの意見はこうだ

 

「それなら仲介させるか、兄貴に」

 

「比企谷君、どういうこと?」

 

「由比ヶ浜は直接会いたくないが、いつでもどこでも繋がっているネットに頼ると互いの微妙な関係で繋がっているから互いに息苦しくなるって心配してんだろ」

 

「うん、そう……そうだね!」

 

「つまりは直接会うこと無く、自分が伝えたい事を人づてで伝えることが出来ればいい」

 

「なるほど。そういうことか。考えたな比企谷」

 

 葉山先輩はいち早く気づいたようだ。

 

「兄貴に手紙を渡せば次第に距離を縮めることができるんじゃないか?」

 

「手紙……それなら気持ちも伝わりそうだよねっ! そうだっ! そうだよ文通だよ!!」

 

 よっし、これで決まりの雰囲気だな。

 後は俺が小町にどうやって切り出して手紙を渡すかだがそこはちと考えないとな。

 

「まって、お兄さんはともかくその相手は怒っているんでしょ。確実に手紙を読むとは思えないわ」

 

 雪ノ下先輩が鋭い指摘をしてきた。

 さすがに小町は手紙を読まずに捨てることはしないとは思うが、たしかに渡したところで確実に読むとは思えない。

 

 さっきまでの雰囲気が一気に落ち込んだ。

 

「雪ノ下さんは別の案でもあるの?」

 

「私は別に比企谷君の案がダメだとは言っていないわ。ただ謝罪の際は菓子折くらい添えてあげると読んでくれる可能性は高くなるんじゃないかしら?」

 

 あぁ、菓子折か。

 確か親父が電話で散々頭下げていた後に菓子折買ってこいって言って買いに行かされたな。

 あれって自分で買うべき物だよな? 理不尽だぜ。

 

「菓子折ってあれだよね会社の人に迷惑かけたとき買う奴……高くない?」

 

「そんな格式張ったものを使う必要はないわ。手作りなら気持ちも伝わりやすいということよ」

 

「あっ、それなら出来そうかもっ!」

 

「由比ヶ浜さん、あなたってお菓子作りは得意かしら?」

 

「あはは……全然……」

 

「そう、ならちょうどいいわ。手伝ってあげる」

 

「ほんとっ! 雪ノ下さんが!?」

 

「えぇ、私が言い出したのだからそれくらい責任を持ってお手伝いさせて貰うわ」

 

 どうやら、話は決まったようだ。

 

「それじゃまとめるか。結衣はお兄さんに手紙と菓子折を渡してその人への距離を縮めていく様にする。菓子折は雪の……下さんに手作りのお菓子の作り方を教えて貰うということでいいか?」

 

「あなたがいきなり仕切り出したこと以外は問題ないわ」

 

 雪ノ下先輩もうやめてあげてっ! 葉山先輩のライフはゼロよ!

 

「手厳しいなぁ……それじゃ、結衣への菓子作りはいつやるんだ?」

 

「今よ」

 

 どっかの有名塾講師が言ってそうな返しやめて欲しい。

 いきなり過ぎてちょっと吹きそうになったわ。

 由比ヶ浜だって顔隠して笑ってんじゃん。

 

「そうなんすね。なら今日の部活は以上って事で、葉山先輩の話は明日って事で言いですかね?」

 

「比企谷君? 何言ってるのかしら? あなたも手伝うのよ。無論葉山君も」

 

 っは? なに言ってるのこの人?

 

「いや、葉山先輩はどうか知らないですけれど、俺お菓子作りなんてやったことないんですけど……」

 

「俺もだ……」

 

 葉山先輩も同調してくれた、まぁそりゃそうだ。

 イケメンだけどお菓子作り好きそうな顔してないしな。

 

「大丈夫よ、味見役として男手は必要だから」

 

「自分達で味見すればいいじゃん」

 

「いやよ、体重増えたらどうするの」

 

「俺たちの体重増えてもいいのかよ……」

 

「男子と女子で燃費が違うじゃん」

 

 あっ、そういう比べかたしちゃう。

 

「比企谷君? いつもあの身体に悪そうな色をした缶コーヒーを飲んでいるのだからそんなこと気にする必要はないわよね?」

 

「雪ノ下先輩、缶の色だけで身体に悪いというのはおかしいと思います」

 

「いや比企谷、あれはたしかに身体に悪いぞ」

 

 えっ? 葉山先輩? まさかここで裏切られるとは思わなかった。

 

「ヒッキーあんなの飲んでたらデブになっちゃうよ?」

 

 えっ? 由比ヶ浜もそう言っちゃうのん?

 八幡今先輩方々から言葉の暴力を受けてるよぉ……

 

「わかりましたわかりましたー。味見役受けますんでこれ以上俺とマッ缶ディスるの止めてくだせぇ……」

 

「分かればいいのよ」

 

 ふんっと論破した感を出す雪ノ下先輩。

 いや、全然論破してませんからね? むしろリンチですからね?

 

 こうして俺たちは由比ヶ浜にお菓子作りを教える事になった。

 ……俺は味見役なんだけれどな。

 

 


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