それから我と川崎氏との付き合いは続いた。
日は巡り日中の気温は過ごしやすいが日が落ちてくると若干肌寒さを思い出させる季節
入学時に孤高を覚悟した我であるが、早々に仲間ができ、充実とも言える学校生活をおくれている。嬉しい限りである。
--材木座今日さ、京華のお迎えお願いできない? --
最近はどうも川崎氏の信用を得たのかちょくちょく京華殿の保育園お出迎えすら任せて貰えるようになった。
ただのソシャゲ機と化していた携帯もメールや電話を使う様になる。これがリア充坂を駆け上っている感覚よ。
我にしてはなかなかの進歩である。
……使い勝手のいいパシリと思ってはいけない。それはきっと考えちゃいけないやーつ。
--ふんっ、造作もないことよ!! 我に任せるがいい--
--ありがと。あと夕ご飯くらいは食べていって--
よくその流れで川崎家の面々と夕ご飯をともにすることも抵抗がなくなった。
我は今日の夕ご飯がなんなのかを想像しながら携帯をしまう。
放課後、我は学校帰りに保育園へと向かった。
最初は保育士に通報一歩手前まで怪しまれてしまったが、今やこうして顔を見るだけで京華殿のお出迎えということを理解してくれるまでになった。
……我はそんなに不審者に見えるのだろうか??
顔を何度も合わせることは非常に重要であるということがよくわかる。
「あー、ざいもくざー」
とてとてと室内から出てくる京華殿。
「けーか殿、今日は我がお迎えだ。家に着いたらさーちゃん殿がご飯を用意している。一直線で帰ろうぞ」
「うんー……」
うん? 京華殿の表情が少し暗い。体調でも悪いのだろうか? そうであれば川崎氏に何か悪いもの食わせたと我が疑われかねない。これは早々に解決する必要がある。
「けーか殿、どうした? げんきがないぞ?」
「うん……」
ぬっ? これはもしやガチの奴では? 心配になるではないか。
「けーか殿、体調が悪いのだろうか?」
「んーんー、ちがうの」
どうやら体調不良でもないらしい。
となると我にはお手上げだ。聞き出せるのは川崎氏に任せることにしよう。
「そうか。それでは話は夕ご飯を食べながら聞く事にしようか」
「うん」
そして我は京華殿の手を取り川崎家へと足を進めた。
***
「しょーたくんがねー、おねーちゃんがびょーいんにいっちゃってさびしいって〜」
川崎家の夕食をともにしながら京華殿の話を聞くこととなった。
「ほう、病院か。ならすぐに戻ってくるのではないか?」
京華殿はわざとらしくはぁーっと息を吐く。
「ざいもくざわかってない〜、1からか? 1からせつめいしないとわからない?」
京華殿? どこでそんな動作や言葉を覚えたの? 我の心にダイレクトヒットして今にも膝から崩れ落ちそうなんだけど??
チラッと隣に座る川崎氏を覗くと口を押さえて震えていた。目元をみると笑っているのがすぐわかる。
我の視線に気づいた川崎氏はコホンと咳をして誤魔化した。
「ごめんごめん。今の言葉、たぶん大志が読んでる漫画の真似なんだと思う。深い意味は無いから気にしないで」
それにしてはやけに的を射たタイミングでの発言だったような……
多分これは気にしたら我の敗北だろう。
では話を戻すことにしよう。
「そうか、ということはそのしょーた殿のお姉さんは入院しているというわけだな」
「うん」
「そのしょーた殿はけーか殿の友達なのか?」
「うん、よくいっしょにあそぶよ〜。すっごいなかよし!」
「あぁ、確かすごく仲がいい友達が居るって保育士さんが言ってた。多分その子の事だろうね」
なるほどつまりはしょーた殿にはお姉さんが居て、そのお姉さんが入院してしまった事で寂しくて元気がないということか。
このまま元気が無くては京華殿の遊び相手が居なくなって、今度は京華殿の元気がなくなってしまいかねない。
京華殿の元気がなくなると我の相手をしてくれる数少ない友人を失うと同意義である。
我はその未来を避けたい所。
ここはどうにかしてやりたい気持ちがこみ上げてくる。
「京華殿、話はわかった。我に任せるが良い。今度のお迎えの時にでもそのしょーた殿とやらを連れてくるのだ」
「ざいもくざーほんとぉ?」
「あぁ、我に二言はない」
「噓つかないで。二言も三言も言うじゃん」
間髪入れずに川崎氏がつっこみで笑い声があたりに響く。
「それにしてもよしにぃ、なんだかんだ言ってうちに溶け込みすぎじゃない? もう違和感すら感じないよ」
そう言いうのはさっきから大皿に盛り付けられている煮魚を黙々と頬張っていた川崎氏の弟である大志殿だ。
ふと初めて我がこのうちに来たときの大志殿の反応を思い出す。『姉ちゃん目を覚ませ! 騙されてんだよ!!!!』と真剣に川崎氏を揺さぶっていた。
我は忌み子属性なのだろうか……あれ? もしかして我、新しい属性見つけちゃった?
「そういえば大志。入院で思い出したんだけれど比企谷さんはどう?」
「うーん……なんていうか見てて痛々しいんだよね。……ふとしたときの比企谷さん、心ここにあらずで昨日だって涙目で空眺めていたしね」
「お兄さんが事故で意識不明なんてあたしでも身内がそうなったら気が狂いそうになるからね。少しでも気にかけてあげなよ」
「うん。そうするよ」
ほう、比企谷とな。珍しい苗字だ。我と同胞な予感がしないでもないぞ。
我はそこまで無神経ではない。その思いは心だけにとめることにして目の前の馳走をいただくとするか。
その後煮魚の味を求め、我と大志殿の壮絶な戦いが幕を開けたのはいうまでもない。
***
我は川崎氏とともに、京華殿の迎えにはせ参じた。
そして我はしょーた殿に我が極地の演舞を魅せたのだが、終始真顔だった。
むしろその光景を見られたしょーた殿の母君に通報されかけるトラブルに見舞われる始末。
しかし保育士と川崎氏が説得し、事なきを得た。
我そんなに不審者に見えるのだろうか?
川崎氏がしょーた殿の母君と話をすることになり少し離れた所で話をしている。
我が一緒では話がもつれるらしい。
その間、我はけーか殿に我の内に眠る黒龍で邪王を焼死させる龍波動の演舞を魅せていた。
無論、本気で波動を出さないようにセーフティーロックは万全である。
けーか殿は手をパチパチしながら笑っていた。
話が終わったのか川崎氏は我の元に戻ってきた。
「大体話はつけたよ。材木座、次の休みは暇?」
「我は大事な修行の時間で埋まっているが」
「暇ね。それじゃ今度しょーた君と一緒に病院に行くよ」
詳しく話を聞くと、しょーた殿の両親は多忙を極め、しょーた殿に構ってやる時間があまりとれずに居た。
それに合わせ、しょーた君を連れて病院に行くこともままならないでいるというのが現状だ。
そこで川崎氏が余計なお節介……ではなく気を利かせ、しょーた殿を病院へ連れて行く話となったらしい。
「これは我必要無いのでは?」
「これは材木座、あんたが引き受けた京華からの依頼だよ?いいの? 京華に嫌われたいならかまわないけど」
「貴様、我を脅迫するか!? きっ汚いぞ〜っ!」
「行く? 行かない? どっち?」
我を愚弄するかのような口調で問いかける川崎氏。
くそっ、こういう時に我が力を解放すれば……いや、こんな所で力を解放したら周りすべての住民を巻き込んでしまう。
そこまで織り込み済みとは川崎氏、やるな……
くぅ〜っ。ここは我が犠牲になるしかないっ……
「……行きます。」
脅迫に近い形で我の休日は潰れることとなった。
***
お日柄もよろしいことで。
さんさんと注ぐ日光にとろけそうになりながら病院へと赴いた我ら。
汗をかいているのは我だけみたいだが。
京華殿殿の姿が見えない事を川崎氏に伺ったら大志殿に京華殿は預けてきたらしい。
「結構大きい病院だね。材木座迷子にならないでね」
「任せておれ……ん?」
あれ? 川崎氏? 普通ここはしょーた殿にいうんじゃないの?
なんで我だけ?
そんな疑問を残しながら川崎氏としょーた殿は手を繋いで先に病院へと入っていった。
我もそれに続いて病院に入る。
エレベーターを待っているあたりで、我の腹部からとてつもない異音とともに便意が襲いかかってきた。
ぐうぅぅぅうぅっ、こ、これはっ!! 『奴ら』による遠隔攻撃か!? クッ……我としたことが油断してしまった。
……あっ、これ最初からクライマックスタイプだ……ちょっと急がないとまずいやーつー。
「すすすすすまぬ川崎氏、先に行って貰えぬか!! わわわわ我が殿を務める!!!」
「あ、あぁ……何言ってるか分からないけれど必死さは伝わって来たから早くいってきたら」
「それではごめんっ!!」
一心不乱に我はトイレを探し出し、そこに駆け込むのであった。
明鏡止水
我の心は澄み渡った水のように穏やかだ。
そんな穏やかな心境でトイレから出てきた我だが、何か重要な事を忘れていたようだ
あれ? 我そもそも病室がどこだか聞いておらぬぞぃ?
澄み渡った水が泥水に浸食されていっている心境だ。
とりあえず電話を……あー、病院内で電話したらダメだった。
メールを打って返信が来ることを期待しよう。
その間に我も自分の足で病室を探してみることにした。
しばらく病室のネームプレートを見ながら川崎氏を探していると
ふと個室のネームプレートに目に入った。ひらがなで書かれた珍しい名前に我の興味をひく。
「ひきがやはちまん……八幡だと!?」
なんだとっ、あの八幡大菩薩から名前を拝借したと言わんばかりの名ではないか!?
う、羨ましい……しかし我の義輝という名も足利義輝と同名だ、つまりは互角であろう!
しかしこれは前世からの数奇な巡り合わせだろう。
ぜひともそのご尊顔を伺うべきだ。
それにこんな古めかしい名前だ。どこかのご老人だろう。
我はそっとその個室の引き戸を静かにスライドさせる。
室内は薄暗い。予想に反して結構若い。どうやら眠っている様だ。
それなら好都合だ。顔をみてさっさとでてしまおう。
そうしてベッドに近づいてみたらどうも様子がおかしい。
普通の病人にこんなに管が通っているだろうか?
ひきがや……
ネームプレートの記憶をたどる。
たしか、前の夕食の時に川崎氏と大志殿がそんな話をしていたな。
もしやそのお兄さんとはこやつなのでは?
そう思い、その顔をまじまじと見る。
うむ。それなりに整った顔ではないか。
八幡大菩薩の生まれ変わりひきがやはちまんよ、何があったが知らぬが、主が目覚めぬ事で悲しむ者がいるのだ。
はよ目をさまさんか。
我は彼の額に指をあて反魂の術を執り行った。
ただ指先に力を入れてふんっと唱える我だけにしか出来ぬ簡単な術だ。
………あれ? なんかまぶたが頻繁に動いてるんですけれど。
これもしかして本当に起きちゃうん?
さーっと血の気がひいた。
これはまずい。
目を覚ましたら知らぬ奴が目の前にいてとかでまた不審者扱いされて通報されかねん。
我は脱兎の如くその病室から出て行った。
あの病室からできるだけ離れようと階段を駆け上がり、駆け上がった先に売店が見え、そこで飲み物を買い、喉を潤していたら着信音が鳴った。
多分川崎氏からの返信だろうと携帯を開く。
--あんたなにやってんの! いまどこ? --
--病院の4階です--
--ならあたしらが乗って来たエレベーター背にして右に曲がって、最初の十字をまた右に曲がった突き当たり右の病室に来て--
--承知つかまつった--
やけに右が多い一貫性のあるわかりやすいナビだ。
川崎氏の指示通りの道順をたどり、病室へと入る。
やけにおとなしかったしょーたくんと楽しそうにおしゃべりをしている彼女が目に入る。
ウェーブした長い髪は色素が薄く白よりのグレーだ。
長い入院生活なのか真っ白な肌と細身の身体が目に映る。
我の予想は年下と思っていたが同い年くらいの女子だ。
そして割に顔立ちは整っているのでちょっと我緊張してきた……
この女子がしょーた殿の姉君というわけだな。
ふと入ってきた我と目が合ったが我は即座にそらした。
「あっ、はじめまして」
「は、はじめまして……」
声が届いたか届いていないかわからないが、届いていないだろうと思える小さい声で挨拶を返した。
「材木座は恥ずかしがり屋なんだ。ちょっと変な奴だけど……」
川崎氏はこの姉君とすでに自己紹介は済ませて居るみたいだ。
「そうなんですか」
まぁ、我は部屋の片隅にでもいれば良い。
たださすがに暇を持て余す。何か読み物があれば良いのだが……
「っむ?」
目に入ったのは我をこの世界に引きずり込んだ原初の聖典。
ライトノベルだ。
「この本興味あるんですか?」
後ろから川崎氏とは違う女子の声が聞こえた
多分、あの女子だろう。顔を合わせられないからとりあえずそのままの姿勢で話をする。
「我の人生を変えたと言っても過言ではない原書の聖典だ」
「へ、へぇ……そうなんですね」
「ごめん、材木座はちょっとこじらせてるから、あたしにも弟が居るんだけどね……男子ってのはどうしても一度通る道らしいんだ。気にせず話をしてあげてもらえない?」
「あ、はい。そうですよね。男の子なんですから憧れちゃいますよね。誰かのヒーローって」
「ちょっと違う様な気がしないでもないけれど……まぁいいか」
「それで……材木座……さん。その本は好きなんですね。もう最新刊まで読んだんですか?」
「あぁ、もちのろんだ。主人公が決死の思いでピンチを脱したと思ったらまたすぐにピンチがやってきてそれでも限界を超えて勝った! ようやくこれで終わりかって思ったら、絶望的な力をもった強敵が現れてこれもうどうするんだって我は気が気でなかったぞ」
「そうですよね。そこで今まで敵対していた勢力が助けてくれるところとかすごく面白かったです」
「ぬっ、おぬし結構わかる口よのぅ」
気づかぬ間に我は彼女の顔を見て話をしていた。
同じコンテンツを好む者同士、しっかりと顔を見て話したいという意思があったのだろうか。
「うん。病院ってつまんないしね。本読むのは好きなんだ」
「ねぇーねぇーおねぇちゃん。しょーたとはなししよー」
「はいはい。しょーたの保育園の話聞かせてよ」
おっと、我がしょーた殿と姉君の水いらずの時間を邪魔してしまったようだ。
「我の事は気にせず、十分にしょーた殿と語られよ」
「うん。ありがとう。ごめんね」
そう言って彼女はしょーた殿と話し始めた。
我もこの聖なる書物を再読しようと幾つか手に取る。
その際に視界に入ったあの姉弟を微笑ましく見つめている川崎氏の姿がやけに印象に残った。
***
外も若干薄暗くなり、完全に暗くなる前に帰ろうという話になり我らは彼女の病室から出た。
ちょうど病院の入り口付近に差し掛かると一人の少女と両親らしき人物を連れ、急いだ様子で近づいてくる。
「おとーさん、おかーさん! 早く早く!! おにぃちゃんが待ってる!」
どうやら兄が入院しているのだろう。
なぜそんなに急かすのだろうかとすれ違う際に彼女の表情を見て察した。
嬉しい表情と裏腹にその頬を伝う水滴の意味は悲しみを表さず、それはきっと喜ばしい事なのだろう。
早く兄君に会いたいその気持ちが他人の我でもわかる。
通り過ぎた彼女の声が次第に遠くなっていく。
「きょうだいね……」
彼女の声が聞こえなくなったタイミングを見計らい、川崎氏は何か思い詰めたかの様にふと呟く
それが何を意味したのかは我にはわかりえない境地の話なのだろうとその呟きに対し聞き返すことはしなかった。
もう1話だけ続きます。