やはり俺の学校生活はおくれている。   作:y-chan

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時系列としては最初に一色いろはと会って1ヶ月くらい経ったあたりの話です。


#2-Ex 斯くして一色いろはは新宿に降り立つ

 新宿都庁前

 

 大きな時計が特徴的なビルに朝から大勢の人々が押し寄せる。

 今日はこのビルでチョコレートの祭典が催される予定だ。

 

 受験も終わり合格発表を待つのみとなった私は自分への労いも兼ねて久しぶりに千葉を出た。

 

 こう見えて実は私はお菓子作りが趣味だったりする。

 チョコレート菓子ももちろん作るのだが、そろそろあれの季節も迫っている。

 そう、バレンタインデーだ。

 

 手作りってだけで男子ってすぐ『俺の事好きなんじゃね?』って勘違いする。

 全員に黒稲妻を渡すのもいいのだけれど、あれを男子人数分用意するなんて、財布がかなり痛手を被ってしまう。

 なので手作りなのだ。

 まぁ男子には落花生とコーンフレークを砕いて湯煎したチョコを入れて、塩をひとつまみ入れて製氷皿に入れて固めたお菓子で十分だったりする。楽に大量生産できる上に手作りで喜ばれる一品だ。

 

 せっかくのチョコレートの祭典なのだ、しっかりと観察してプロから技を盗もうっと。

 ……あれ? 結構真面目じゃない私?

 

 しかしこのイベント、やはり有名なのか列がなかなか進まない。

 皆有名店のチョコレートをご所望なのだろう。

 まぁ私もいくつか購入したいものをピックアップはしていたりする。

 しかしこの待ち時間、他の方々は皆相手がいるので暇にはならないだろう。

 しかし私は一人だ。もう携帯いじるしかないよね。

 充電持つかな。

 

 

 ***

 

 

 二時間立ちっぱで携帯のみをいじり90パーセントくらいあった充電量が50パーセントとかなりの消費量だ。

 ずっと動画見ていたらこんなもんだ。

 

 ってかそろそろ携帯変えよ……

 お父さん口説けば買ってくれるでしょ。

 

 ようやくご入場できる。

 私は内心ウキウキわくわくで入場口を通る。

 

 かすかに香る甘いチョコの香りが期待を増幅させた。

 

 視界いっぱいに広がったチョコレートの名店。

 ショーガラスには職人が施した細かな細工が瞳を誘う。

 

 すごいなぁ〜やっぱりプロって感じする。

 

 さまざまなチョコに誘われながらも私はお目当てのチョコレートに向けて足を進める。

 

 お店にたどり着いて、ショーガラスに映し出される照明を反射し宝石のように光沢のあるトリュフを見つめる。

 

 カカオの色をモチーフにしたシンプルなブラウン色と、控えめな主張をするゴールドのラインが施された指輪を入れるジュエリーケースみたいな箱。

 

 本当に宝石箱を意識したかのようだ。

 

 何個入りが可愛いかなとか考えてしまう。

 やっぱり3の倍数はパッケージ映えする個数と言っていいだろう。

 

 そう考えて、私は3個入りと6個入りを買うことに決めた。

 

 そしていざ店員に声をかけた時、誰だろうか、誰かとすみませんという言葉をタイミングバッチリで一語一句言葉を間違えることなくハモらせてしまった。

 

 少し照れくさくそっと視線をその声の持ち主へと移す。

 

「あれ? せんぱい?」

 

 その声の持ち主は以前サイゼで出会った人だ。

 まぁナンパから間接的に助けてもらった。

 

 お礼に私が相席したにもかかわらず何も反応してこなかった非常に珍しい部類の人だ。

 

 ほかの男子なら、会話弾ませて連絡先とか聞いてくるはずなんだけれどまったく何もしてこない。

 もしかして緊張して喋れないのかなとか思ったが、そんなこともない様子で、結局こちらから話題を振るまで話すことはなかった。

 そんな珍しい人だ。

 

「せんぱいなにしてるんですか? もしかしてデートですか?」

 

「……だれ?」

 

 ちょっとせんぱい? まさか忘れられているなんてさすがに予想外でした。

 

「まえにナンパから助けてもらった一色いろはですよっ! なんでナチュラルに忘れてるんですかっ!!」

 

 せんぱいはあぁ〜と、なんか思い出したかのようにけだるく唸る。

 

「あぁ、お久しぶりです」

 

「なに他人行儀になってるんですか? 私とせんぱいの仲じゃないですか言葉なんて崩してくださいよ」

 

「お前、1度しか会ってない人間にいきなりため口きくのも勇気いるんだぞ」

 

「そう言いながらしっかり崩してるじゃないですか」

 

「許可は得たからな」

 

「それよりも今日はどうしたんですか?」

 

「あぁ、お袋にここのチョコ買ってこいって頼まれてな」

 

「なーんだ、せんぱいにも彼女いるかと思ったじゃないですか」

 

 客層的にそう思わざる得なかったけれど、まぁ身内の用事なら納得かな。

 

「んなのいるわけねぇだろ。正直肩身せめぇんだよここ……」

 

 ですよねぇ〜ひとり身で来るとほんと肩身狭い。

 チョコくらい一人で買いに来いよって思いたくなりますよね。

 

「ところで奇遇ですねせんぱい。私も同じチョコ買おうとしていたところなんですよ」

 

「そうか、なら先買っていいぞ」

 

「おっ、ありがとございます」

 

 

 私が先にチョコを買ってせんぱいを待っているとせんぱいは怪訝そうな顔で私をみる。

 え? 何ですかね?

 

「お前なんでまだいんの?」

 

「いえ、せんぱいを待っていただけなんですが?」

 

「えっ? なんで待ってんの?」

 

「えっ?」

 

 そういえばなんで待ってるんでしょうね、私。

 

「せんぱいはこれからどうするんですか?」

 

「普通にラーメン食って帰るんだが……」

 

「え〜、せっかく新宿まで来たんですし、どこか行きましょうよ〜」

 

 こう私から誘うと、たいていの男子はその気になるのだ。

 もちろんそれはせんぱいも例外じゃなく……

 

「えっ? 普通にいやなんだけれど?」

 

 っは? ちょっとせんぱい? こんなに可愛い子がデートのお誘いをしているんですよ。

 映画とか奢ってくださいよ。

 

「せっかく新宿まで来たのにラーメンだけってちょっと寂しいじゃないですか〜」

 

「あぁ、せっかく新宿まで来たんだからラーメンなんだろうが」

 

 言っている意味がさっぱりわからない。

 この人どんだけラーメン好きなの?

 

「なら、私の買い物に付き合ってくださいよ〜、受験の労いも兼ねてっ!」

 

「あぁ〜、そういえばお前総武受けるって言っていたな」

 

「そうですそうです。あの地獄の受験勉強からようやく解放されたのです」

 

「そりゃお疲れさん。それじゃぁなっ!」

 

 ちょちょちょちょっ! なになにどうやったらそこで別れる発言が出てくるわけですかっ!

 

 私は即座に去ろうとした先輩の腕を掴む。

 

「労ってくださいね」

 あっ、可愛らしく言おうとしたら、予想以上に低い声が出ちゃいましたね。

 まぁ、表情は崩していないのでまぁ大丈夫ですよね。

 

「そのなんていうか……打算的なやつどうにかならんのか?」

 

 打算的って何ですかね? 算数? 数学? 勉強の話は頭が痛くなるので止めてもらいたいんですけれど。

 

「何ですか打算的って?」

 

「お前が今俺にしている事だ。こういう表情すれば、こう声色使えば、こういう仕草をすれば大体の男子は勘違いしてくれるだろうってお前思っているだろ」

 

 どうやら私の考えていた事はせんぱいには筒抜けだったらしい。

 

「え〜、それ抜いたら私ただのボッチになっちゃうじゃないですか〜」

 

「ボッチはいいぞ。人と関わらない分気が楽だ」

 

「うわぁ……将来引きこもりの親のすねかじる人がいう台詞だそれ……」

 

 あまりにも酷くてつい敬語を忘れてしまう。

 

「お前失礼すぎるだろ。一応専業主夫目指してるんだぞ」

 

「養って貰う気満々じゃないですか」

 

「働きたくない」

 

 この人、天性の怠け者ですね。

 

「せんぱいのそんな実現不可能な将来の話はどこかに投げ捨てるとして、ほら行きますよ!」

 

「っは? なに言っちゃって……わかった、条件がある」

 

 先輩はハッと何か思い出したかの様な表情をして、苦虫をかみつぶしたよう表情で私の提案を条件付きでのんでくれるようだ。

 

 ……正直、失礼すぎませんかねこの人。

 

「帰り一緒いいか?」

 

「ちょっ!? もしかして口説いてるんですかっ! さっきまで私の顔すら忘れていた人がいきなり一緒に帰ろうだとか身勝手もはなはだしいというか自分の身の危険とか友達に見られたらとか考える必要があるのでごめんなさいっ!」

 

 唐突にぶっ込んできたせんぱいにあせあせと頭に浮かんだ言葉をそのまま言葉に出す。

 

 いきなり何言っちゃってるんですかこの人は本当に。

 

「そこをどうにかできねぇか? ってか俺そこまで不審者に見えちゃうの? 傷ついて泣いちゃうまであるんだけど?」

 

 さっきまでの態度とは真逆でなぜそこまでして頼み込む必要があるのだろうか?

 ふと私の頭をよぎった考えで先輩がどうして頼み込んでいるのかが理解出来た。

 

「せんぱい、もしかして新宿駅で迷子になるから一緒に帰ってって言ってます?」

 

「そうだ。あんな迷宮から俺が無事千葉までたどり着くとかムリ」

 

 まぁ、そんな条件でしたら別にいいですけれどね。

 

「仕方ないですね〜わかりました。それじゃちょっと付き合って貰いますよ」

 

「へいへい」

 

 こうして私とせんぱいの突発的デートが始まったのである。

 

 

 ***

 

 

 外に出るとすでにあたりは薄暗く、その日が終わりに向かっていることを認識させられる。

 歌舞伎町は煌びやかな街灯が所々で灯り、祭りかのように人は入り組み、喧騒が耳に入る。

 

 私たちは買い物を終えて、そのままラーメン屋へと直行するせんぱいを止めて、お腹を空かせようという名目のもと、映画をみることにしたのだ。

 

「はぁ〜、映画面白かったですね」

 

「そうだな。意外なチョイスだったわ、お前ならいかにも恋愛映画とかチョイスすると思っていたんだがな」

 

 長らく座っていたこともあり、背を伸ばしながら先輩はそう答える。

 

「それも興味はありましたけれど、今日はコメディの気分だったんですよね〜」

 

 今日は楽しいを共有したかったので恋愛映画はまた次回ですよ。

 

「まぁな」

 

「せんぱい、必死に笑いこらえてて我慢できなくて吹き出してたの凄く面白かったですよ」

 

「映画の話じゃねぇのかよ……」

 

「そんな事よりもせんぱい、お腹空きました」

 

 待ちに待ったかのようにせんぱいは目を光らせて今まで合わせなかった目を合わせる。

 

「そうか、なら行くか。ラーメン」

 

 普通を装っているがどうも言葉の節々から高揚感がにじみ出ている。

 ほんとこの人どんだけラーメン好きなのだろう。

 

 どうやらその場所は映画館のすぐ近くらしく、映画館の裏手に回る。

 近くに交番があるのだが、やはり歌舞伎町であり、あたりも薄暗くなっている。

 すれ違う人たちもやけにガラが悪そうな装いをしていて私の不安を増長させていく。

 

 すこしだけ、ほんの少しだけ怖くなって先輩の袖を掴む。

 んっ? と私のその行動にせんぱいは私を見たが、特に何も言ってこなかった。

 しかし少しだけ歩く歩幅を狭めたあたり私に気を使ってくれたんだろう。

 少しだけ心が温まった。

 

 せんぱいのいうラーメン屋は映画館の裏にあって行列が並んでいて人気店である事が伺えた。

 

「せんぱい、何がオススメですか?」

 

「お前だったら塩でいいんじゃないか? 油っぽいの苦手そうだし」

 

「そうですね。それにサラダがあるのうれしいですね〜」

 

「ってかラーメン以外にもメニューがありすぎて何屋だって疑問が湧いてしまうわ」

 

「それ思いました」

 

 そんな雑談をしながら行列に並んでいたら20分ほどで店内に案内された。

 運が良かったのか個室へ案内される。

 注文を終えてから案内された個室をキョロキョロと視界を巡らせる。

 

「ラーメン屋で個室って新鮮ですよね〜」

 

「そうだな、周りに気を使わなくて済むから楽だな」

 

 麺を乾燥させたかのようなおつまみを食べながら先輩は答える。

 

「周りに気を使うんですか?」

 

「店によってはな、ロット遅れて店に迷惑をかける奴ギルティとかいう奴がいんだよ」

 

「なんですかそれ、殺伐としてますね」

 

「ほんとな」

 

 雑談をしているうちに注文していたラーメンとサラダが届く。

 

 とりあえずまずは一口とラーメンを啜る。

 

「……っ!?」

 

「なにこれ、すっげぇうまいな」

 

「そうですね」

 

 互いに無言になり、麺を啜る音のみが室内を支配した。

 

 

 ***

 

 

「はぁ〜大満足ですよせんぱいっ!」

 

「あぁ、千葉にも出来てくれねぇかなって切に願うぜ」

 

 ラーメン屋のお店を出て駅に向かう途中、ラーメンの感想が出てしまう。

 たしかに美味しかった。

 

 都内に出てこないと食べることができないのはたしかに惜しいですが……。

 でもこんなの近くにあったら太っちゃうので大丈夫です。

 

 赤信号で信号待ちの状態になった。

 ちょうどいいと思い、私はせんぱいを呼んだ。

 

「んぁ?」

 

 気だるげな返事をしながら私に振り向いてくれる。

 

「今日は私に付き合ってくれてありがとうございました。ちょっと早いですけれど、これどうぞ」

 

 私は買い物の最中に買ったトリュフチョコをせんぱいに差し出した。

 

「まじか?」

 

「えぇ、もちろん義理なので勘違いしないでくださいね。」

 

「えっ? むしろ完全に義理だとわかる定評の黒い稲妻の方が好みなんだが」

 

 なんでそういうこと言っちゃうかな? ……まぁいいです。

 

「まぁ、せんぱい当日は1個も貰えないことはわかりきってるんで」

 

「勝手に確信してんじゃねぇよ。お前に俺の何がわかる」

 

「先輩が天性の怠け者って事以外何も知らないですから、これから教えてくださいねっ! せーんぱいっ」

 

「うっわ……うぜぇ」

 

「なんでそういうこというんですか〜!」

 

「んなことよりそろそろ新宿駅つくぞ、案内してくれ」

 

 あっ、完全に忘れてた。そうだった。

 

「そうですね! 私もわかりません!」

 

 自信満々にそういうと先輩は絶望したかのような表情で私を見る。

 

「っは?」

 

「だってせんぱい言ったじゃないですか〜、帰り一緒にいいか? ってだから一緒に帰っているだけですよ〜。私、新宿駅知ってるなんて一言も言ってませんよ〜」

 

「マジかよ……」

 

「まぁ、一緒に迷って帰りましょうね」

 

 そしてせんぱいと私が、無事千葉の地を踏むにはこれからさらに数時間を要することとなったのはいうまでもない。

 

 

 


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