複合商業施設マリンピア。
中規模商業施設かつ、駅にもほど近い事から学生に限らず数多くの人が行き来する。
俺も放課後にはたまにここの書店によりラノベを買ったり、同じ制服で放課後デートしている奴らに会話が弾まなくて気まずくなる魔法をかけるというハートフルな呪いを施したりとお世話になっている。ちなみにハートフルは和製英語であり、英語的な意味は真逆に近い。これ豆しばな。
俺は頭の中で自身と会話しながら一色を待っている最中だ。
「せんぱーい、これってどうですかね?」
そう言って一色が試着室のカーテンを開く。
パステルな黄色がかったオレンジ色のジャージは一色のイメージカラーと思えるくらいは似合っていた。
「いいんじゃね? ってかジャージってどれ着ても同じだろが」
「せんぱい、口では捻くれているくせに表情は正直なんですね」
えっ、俺ニヤついてた? ちょ、俺の想像の中では完全にクールに決まったポーカーフェイスを演じていたつもりだったのだが……
「うんうん、せんぱいの反応的にこれでいいかな〜」
えっ? なに? 俺全男子代表みたいな位置付けなの? 一色、ちょっとそれは偏りすぎてね?
「……ん?」
一色が真顔で俺をじっと見つめてる。
「……せんぱい、覗かないでくださいね」
「お前着替える前も言っただろうが。覗くわけねぇだろが」
「……せんぱいはむっつりですから、ちゃんと言っとかないとまた後であの言葉の有効期限は一回までだとか言いかねないじゃないですか」
なんでそんな事言われる筋合いがあるんだよ。……たまに太もも見てたのバレてたか?
「さすがの俺もそんな暴論吐かねぇよ。……ってかむっつりってなんだよ。お前に俺のなにがわかるんだよ」
「せんぱいの生態は全部小町ちゃんから教えて貰ってますー。コーヒーに練乳入れる事も知ってるんですからねっ」
えっ? まじで? 小町ちゃん何やっちゃってくれてんの?
「なので絶対にのぞかないよーにっ!」
そう言ってシャっと一色はカーテンを閉じた。
……そう言われると覗いてみたい感覚に駆られるのはどうしてだろうか? それはきっと元をたどると男の狩猟本能にたどり着くだろう。本能なのだから俺は悪くない。
そんな男の本能を理性で叩きのめし俺はふっと1時間前の光景を思い出す。
「今日、この依頼が終わったらですね……わ、私とデートしませんか?」
薄暗い部屋で若干照れの入ったその言葉が俺の鼓膜を振動させ、脳は思考を停止させた。
手に持っていた実物投影機を落としそうになったが、その些細な重力移動のおかげで自我を取り戻す事ができた。
「……なに言ってんのお前? 断るわ」
「はぁ? こんな可愛い私からデートのお誘いしてるのに断るって何ですかせんぱいっ!!」
そう、俺はこう言ってやればいいのだ。
こいつならきっとそう答えるからだ。
だってそうだろ? こいつが好きなのは葉山先輩なのだ。
このデートという言葉は裏を返せばあなたを利用したいですという意味を含む。
俺じゃなきゃ知らずのうちにのせられるところだ。
「なんでって、お前のデートはデートという名の荷物持ちだろうが」
「なんでバレたんですか」
「お前が日頃やってることだろうが」
一瞬無言の空間が生まれた。
えっ、なんだこの斜め上な発言して周りがなにを返答したらいいかわからない状態みたいな感じ。
ちなみにこの状態のことを固有結界と名付けている。この瞬間になった時にすかさず『そして時は動き出す……』といいつつ指を鳴らせば完璧だ。
すると友人と思っていた周りの奴らは俺から距離をとりだす。きっと友達だった時間を切り取られ他人とされるのだろう。なるほど厄介な能力だ。
俺に友達がいないのはこの能力のせいか。あー制御できれば楽だけれどどうやって制御すんだよ。はぁーって気を貯めるだけで制御出来れば最高なんだがな。
……っで、今回俺まったく見当違いなこと言ってないだろ。なにが悪かったんだよ。
俺はそっと視線を一色に向ける。
すると、じっとこちらを見つめてる一色とバッチリ目が合った。
一色は俺と目が合った瞬間、なにかハッっとしたかのような表情で俺から距離をとった。
「ななななんですかせんぱい口説いてるんですか? 俺はつね日頃からお前を観察しているとか完全にストーカーじゃないですか気持ち悪いし気持ち悪いですから話したいことがあるのでしたら相手してあげますのでちゃんと言葉で話してくださいテレパシーで話されてもわかりませんのでごめんなさい」
「気持ち悪い2回言われちゃったよ」
「私正直なんで」
「お前追撃とかどんだけ俺ちゃん泣かせたいの?」
「まぁ正直なところ奉仕部にも依頼しようと思っていたんですよ。明日の練習試合で揃えなきゃいけない物が結構あるのですが、今日に限って一緒に行くはずだった子が風邪で休んじゃってるんですよね〜。部員の皆さんには練習に集中してもらいたいし……っで、ここはせんぱいの出番かと」
「俺限定かよ」
「だって雪ノ下先輩も由比ヶ浜先輩も女子じゃないですか、やはりここは頼りになる男子に来て欲しいわけで」
「お前美少女召還術師いろはすだろ。いくらでも男子召還できるだろが」
「せんぱい。気持ち悪いですよ。あと『す』は余計です」
訂正部分そこかよ!? 美少女は否定しないのな。
「せんぱいが安心な理由はただひとつですよ。私に興味が無いことです」
「よく分かってるじゃねぇか」
「まぁ……あとあとどうなるかはわからないですが……」
安心しろ一色、勘違い起こさない様に理論武装はバッチリだ。
「ただ他の男子って私と少しでも長くいようと時間を引き延ばそうとするので面倒くさいんですよね」
「あー、なるほどな。なんか納得したわ」
なんかそこで互いの温度差がある事に現実味を感じざるを得ない。
男子はきっと温度感を合わせようと躍起になるのだろう。それが空回りして温度差は絶対零度と火口から止めどなく流れるマグマくらい温度差が広がる訳だ。
そして最終的に何の成果も上げられませんでしたと枕を濡らし、1日を締めるのだ。
そんな事考えずにすむボッチはやはり最強。
「というわけでせんぱい、ちょっと手伝ってくださいね」
「まぁ、一旦あいつらに連絡入れてからな」
「はーい」
そうだ、俺はこいつらサッカー部の備品を買いに来たのを思い出した。
それがなんで一色のファッションショーに付き合う羽目になってるの? 一色、お前もサッカー部の備品なの? 奇遇だな、俺も先日雪ノ下先輩から奉仕部の備品と言われたばかりだ。備品同士仲よくしようぜ。
……備品の扱いが雑か丁寧かで違いはでるとおもうがな!
そんなどうでもいいことを考えてるとようやく試着を終えてカーテンを開けた一色と目が合った。
「それじゃぁこれ買ってくるのでせんぱいはお店の外で待ってて大丈夫ですよ〜」
「おぅ」
そう言って俺は店の前まで足を進める。
ちょうど真向かいによく行く書店があるので、そこで一色が戻るまでの間店前で平積みされている書籍の棚を見て回る。
「……ん?」
最新ラノベだろうか、作者の名前が目についた。安いという文字と古里の里で安里。
なんて読むんだこれ? あんざと? やすざと? アンリ? あざと?
そんな事を考えているとよく知った声が耳に入ってきた。
「せんぱーいお待たせしました〜」
そう言って店からなぜかジャージ以外にも色々と袋を持っている一色がいた。
あの後にさらになにか買ったんだろうか。
「おまえ、他にも買ってたんかよ」
「せんぱいなに買うかわからないじゃないですか〜」
「まぁな」
そう言って手を出す。
怪訝そうな顔で俺を見る一色に、んっと手をくいくいさせると軽く一呼吸置いた後に俺にビニール袋を手渡した。
「せんぱいのそれって計算してやってるんですか?」
「んなわけねぇだろ。小町の教育のたまものだ」
「あいかわらずのシスコンですね。ついでにそれ私以外にはやらないでくださいね。キモがられますから」
「安心しろ、他にやる相手がいねぇ」
「そうでしたね〜」
こいつなに人の顔見てニヤついてんだ? もしかして俺鼻毛でてる?
やべぇやけに鼻が気になり始めてきちまったじゃねぇか。むずむずする。
「さてせんぱいっ! 買う物は買いましたし少しひと息つきませんか? 近くにあるカフェで」
「それもいいな。ちょうど勉強したかったわ」
「ちょっ!? せんぱい? なんで勉強の話が出てくるんですかぁ〜女の子と一緒にいるんですから会話しましょうよ」
「ばっかお前そろそろ中間試験あるだろうが。来週から部活休止期間始まるのHRで話してたの聞いてたか?」
「聞いてましたけれど、せんぱいそんな真面目学生してましたか? 入学2ヶ月目で遅刻だって10回超えてるくせに」
あぁ、いいペースだな。このまま年間100回遅刻とか出来そうな気分だ。やり遂げたらなんか称号もらえっかな?
「お前、もしかして俺の事バカだと思ってんの?」
「そうじゃないんですか?」
えっ、なにそんなの当たり前でしょみたいな顔。
どんだけ俺低く見られてんだよ。
「お前先週返された実力テスト国語何位だった?」
「ふふんっ、私学年31位ですよ! 1学年数百名の中から50位圏内ってすごくないですか?」
おぉ、一色も結構やればできるんだな。まぁこいつ基本真面目なところあるしな。しかしだな、上には上がいるのだよ。
「一色。俺は学年1位だ」
引きこもってた時にやること無かったから勉強をしていたのが功を奏したぜ。時間だけはあったからな。
ちょ〜気持ちいい〜
「っは? せんぱい噓はほどほどにしてくださいね。後輩よりも順位が低かったからってその噓は人としての器がしれますよ?」
「えっ? なんでおれディスられてんの? うそじゃねーし」
「えっ……ほ、ほんとなんですか?」
「だから言ってるだろ」
そういうと一色は俯きこめかみに親指の腹を何度も当てながら俺に聞こえない声量でぶつぶつと呟いてた。
耳をすませば『一緒の所に行けなくなる……』と聞こえたが何のことだかさっぱり分からん。
とりあえずボッチを恐れず生き続けようという歌詞が脳裏をよぎった。カントゥリーロー
「わかりました、勉強しましょう。このまませんぱいの勝ち逃げなんてなんか癪です」
なんだこいついきなりやる気出したぞ。
「おっ……おぅ」
そうして俺たちはカフェへと足を進めるのであった。
***
一色に連れられて入ったカフェは前に実験の際に入ったカフェと同じ系列だった。
商品を受け取り、ちょっとよさげの2人用のソファー席が空いていたのでそこを陣取ることにする。
「なんか、もひとつのオシャンティカフェに連れて行かれるかと思った」
もひとつのカフェはガラス張りで、施設内の通路が一望出来る感じなので居心地がいいかどうかで言われると早くでたい感じのカフェだった。
「私もそう思ったんですけど落ち着いて勉強するならこっちの方がいいかなと思いまして」
「まぁな」
「さて、せんぱい、わからない所は教えてくださいね」
「いいぞ。3時間考えてわからんかったら教えてやらんことも無い」
「それって教える気ゼロじゃないですか」
「ばっか、教えてやる気持ちはある」
「気持ちだけなんていりません。行動で示してください」
「なんだその倦怠期入った彼女の言い分みたいなの」
「え? せんぱいもしかして口説いてます? 告白もしていないのにいきなり彼女とか先走りすぎでキモいです。告白とか無しでつきあう人たちもいるようですが私はそんなの許さないのでごめんなさい」
「いや、例えだろうが」
「そんな事はいいので、ほら早く勉強しますよ〜」
「あー、へいへい」
そして俺達は自らの勉強道具を鞄から取り出し、勉強を始めるのだった。
勉強を始めてからどれ位経過しただろうか、集中力が切れてふと顔を上げてみると、一色がやけに頭を悩ませている様子だ。
その頭を悩ませている教科はどうやら数学だった。
「せんぱ〜い」
俺は一色の次に発する言葉を先読みして口を開く
「一色、ひとつだけ伝えておく。俺は数学というものを捨ててるから。実力テストでも2点だったわ」
「1問しか正解してないじゃないですか……肝心なときに役に立たないせんぱいですね。残念すぎます」
はぁ〜っと深くため息をついた一色は続けて両腕を上げてん〜っと背伸びをした。
ちょっと一色ちゃん、それ目の前でやられるとやけに強調される2つのお山に目がいっちゃうからやめてね?
「ちょっ、せんぱい!? どこ見てるんですか! エッチですねっ! やっぱりむっつりじゃないですか」
「い、いやこれは断じて違うぞ。そ、そうこれは不可抗力だ。何の前触れ無くやられたのだから俺は悪くない」
「せんぱい……」
一色ちゃん? なに可哀想なひとを見る目で見てるのん?
「ま、まぁあれだ。結構時間も経ったしそろそろ出ねぇか? 人も埋まってきてるしな」
「……まぁいいです。そうですね、そうしましょう」
***
「せんぱい、今日はありがとうございました」
「おう」
一旦学校に戻った俺たちは部室に備品を置き、解散する流れとなった。
「せんぱいはもう帰るんですか?」
「いや、ちと部室に顔出す予定」
「……そうですか。わかりました」
そして俺は一色と別れ、部室へと足を運んだ。
引き戸を開けると、雪ノ下先輩と由比ヶ浜の視線が注がれる。
「あら、今日はそのまま帰るのだと思っていたのだけど」
「私も思った!」
「おもったより大量に買ってたんでな、持ち帰んのもあれだし一旦学校に置いていくって事で戻ってきたわ」
「あらそう。ここはいつも通りよ。お疲れさま」
「お疲れーヒッキー」
そう言って雪ノ下先輩は読みかけの文庫本に視線を落とし、由比ヶ浜はそのまま携帯をいじる作業に戻る。
まったく労われている気がしないのは気のせいだろうか。
「なぁ由比ヶ浜」
由比ヶ浜はん? っと携帯いじりを中断し俺に顔を向ける。
「安全の安に古里の里でなんと読むかわかるか?」
「え〜、わっかんない」
諦めんの早すぎだろ。もう少し頑張れや。
「まぁ、そうだよな。知ってた」
「えっー!! 聞いててそれ酷くないっ!?」
ブーブーと自ら不正解のSEを鳴らす由比ヶ浜は置いておき、雪ノ下先輩へと視線を変える。
「雪ノ下先輩ならわかるんじゃないですか」
「愚問ね」
話を聞いていた内容を繰り返す必要がなさそうな雰囲気だ。
雪ノ下先輩はふぅっと一息ついて文庫本を閉じた。
「それはあさとと呼ぶわ。沖縄県にある地名で、沖縄モノレールの駅としても名前が使われているわ」
「なるほど……あざとと思ってた」
「たしかにそう読めるけれど、あざといという言葉と似ているからあまりオススメする呼び方ではないわね」
そこに俺の頭の中で電流が走った。
そう、あざといだ。あの打算的な女にピースが当てはまるぴったりな言葉じゃねぇか。
今度会ったら使ってやろう。
「比企谷君、なにを想像しているのかわからないけれど今あまりにも下品な表情をしているってわかる?」
「ヒッキー……ほんとにいまの表情キショいよ」
最近ようやくキモいという言葉に慣れてきたのにここで新たにキショいという言葉が俺の心を抉る。
なに強さインフレしていくバトル漫画みたいに罵倒の言葉もインフレしていくの?
俺の精神力もそれにともなって強化されていって、ついには精神が勝手に動く身勝手の精神を体得するのか?
多重人格の精神障害発病してるじゃねぇか。
「あれですよ、あんまり使わない言葉をど忘れしていたのに急に思い出してあーってなったんすよ」
「そう。あなた、思い出す喜びを永遠に封じた方が今後の人生幸せになれると思うわ」
えっ!? なに俺にー週間フレンズになれって言ってる? 肝心のフレンズできる気しないんだけど?
「なにそれ。俺は前だけ向いて生きろとかそんな感じスか?」
「たまにはいい言葉を思いつくじゃない。感心したわ」
「だいぶ頑張ってポジティブな言葉に変換しましたけどね」
そんなどうでもいい会話をしていると部室の扉からノックが2回聞こえてきた。
雪ノ下先輩は一呼吸置いた後にどうぞと続ける。
「しつれいしまーす」
そうして入ってきたのは見知った亜麻色の髪の同級生だった。