「おぉ、一色か。帰ったんじゃなかったのか?」
「帰ろうとしたんですけれど、せんぱいもそろそろ帰るならアッシっ……一緒に帰るのもありかなと思いまして」
一色ちゃん?今明らかにアッシーって言おうとしたよね?
「それなら葉山先輩にでも頼めばいいだろうに。サッカー部練習終わったんなら絶好のチャンスじゃねぇか」
「せんぱい、実はそうともいえませんよ?葉山先輩と一緒に帰っていることが部活内にでもばれてみてください。他のマネの子達がストライキ起こして私の仕事が倍増しちゃうじゃないですか!」
「一色さん、考え方があのヒキガエ……比企谷君に似てきている自覚はあるかしら?」
雪ノ下先輩?俺への罵倒を織り交ぜて会話すんのやめてね。
「とにかくですね、せんぱいいつ帰るんですかと聞きに来たんです」
「普通に部活が終わるまでだが?」
「なら私も待ちます-」
「なんでそうなんだよ。先帰れよ」
そう言っていつものふくれっ面な一色をじーっと真顔で見つめていた由比ヶ浜が口を開く。
「ねぇーいろはちゃん?」
「はいはい〜、ゆい先輩なんですかー?」
「ずっと思ってたんだけど、いろはちゃんってヒッキーのこと好きなの?」
……はっ!?
誰だよ俺の許可無く固有結界発動させた奴。
おい由比ヶ浜、コピー能力あるなら先に言っとけ。
俺の能力コピーしても百害あって一利なしだぞ。
あと決めゼリフと指を鳴らせばパーペキだ。
ってかずっと喋んねぇなとか思っていたらいきなり爆弾発言してんじゃねぇよ。
俺もどう返せばいいかわかんねえし一色もこまっ……!?
そう思いながら視線を一色に向けると一色と目が合う。
次第に白い肌の顔がみるみる朱に染められていく。
えっ?一色ちゃん?ちょっとその反応は想定外。
次第に自分の顔が徐々に熱くなるのを感じた。
「ゆゆゆゆいせんぱい〜ななな何言っているんですか〜??そんなわけないじゃないでふか」
「お〜?その反応もしかして図星〜?最近何かと理由付けてヒッキーつれて行っちゃうから気にはなっていたんだ〜」
そういえばそうだな。たしかに何かと理由を付けて俺に近寄ってるよな……
今回もさっさと帰ればいいのに一緒に帰るとか言って居座っているわけだし。
これは、もしかするともしかするのではないのか?え?マジで??
……いや、そうじゃない。
目の前で繰り広げられている状況に飲まれるな。
過去から学んだはずだ。真っ正直に事を見ると痛い目に合うと。状況を客観視するべきだ。
一色いろはは男子を扱うのがうまい。そして大前提としてあいつは葉山先輩が好きなのだ。
だからこそああいった表情をする事で俺に気があると勘違いさせ、今後とも利用しやすくする魂胆なのだろう。
俺を頻繁に使うのはただ単にぶりっこをする必要が無いからであって楽であるからだ。そこに恋愛感情は存在しない。
そして俺もあいつに対しては小町と同じように接している。つまり俺は一色いろはに対して恋愛感情という感情をいだいていない。
「ちゃ、茶化さないでくださいっ!」
「由比ヶ浜さん。一色さんが困ってるから、そこまでよ」
「うーん。ゆきのんがそういうならわかった〜。もうちょっと根掘り葉掘り聞きたかったけど……」
「そうだぞ由比ヶ浜。俺すでに興味無いって言われてるしな」
「あっ、そうなんだ……」
由比ヶ浜よ、なに可哀想な人を見る目で見てるの?ってか最近俺の扱い雑になってない?
「そうですよー。まぁせんぱいにその気があるのでしたら考えてあげなくもないですけれどね」
その気って何の気だよ。気になる気になる。
やべっ……ちょっとうまいこと言った感じがして面白かった。
ふと視線を一色に戻すと一色との物理的距離が開いている。
「せんぱい……さすがに突然ニヤつかれるのは引きました」
えっ俺ニヤついてた?結構ポーカーフェイスだと思ったんだが感情が表に出るようだ。
「想像している自分と現実の差異が激しすぎて絶望するわ」
「現実を知ることはいい事よ」
「現実は苦いんで甘やかしてくれると嬉しいです」
「あなた自分から苦しいことに首を突っ込んでくるんじゃない比企谷くん」
あー……うんそうですね。でもそこで肯定したらあれなんかこっぱずかしい。
「それはあれです、大事になってからいきなり丸投げされるより今対処した方が楽だろうという観点からでして、いつか自分に振ってくるという当事者意識を持つことが大切であってですね……」
「はいはい。難しい言葉ばかり使って照れ隠ししないでねヒッキー」
「うぐぅ……」
くそっ、由比ヶ浜に見抜かれるとは……比企谷八幡一生の不覚!
「みなさん仲がいいですね」
「そう見える〜いろはちゃん〜」
「一色さん、何か勘違いしていると思うけれどどこをどうみて仲がいいと思ったのか具体的に説明して貰えるかしら?」
「そうだぞ一色、ただ俺が罵倒され続けているこの現状を見てどこが仲がいいと判断できんだよ」
一色はふっと軽く微笑んだ。微笑むだけだった。
その微笑みに違和感が生じ、俺はすかさず口を開いた。
「どうした一色。いつものあざとさが抜けてね?」
話の展開的にここで一色が『あざといって何ですかー!!』っとふくれっ面で反論してくることを期待していた。
しかしそうはならなかった。
ここでまた固有結界が発動する。
あれ?話の流れ的になんら問題なかったよな?なぜに?
そう思い一色を見ていると、なんか震えている。あれ?目がちょっと潤んで……えっ?っは?
一色の目から一筋の涙が流れた。同時に俺の頭がフリーズした。
雪ノ下先輩も由比ヶ浜も同じ様な状況だろう。
「……っぁ」
ととめどなく溢れる涙を見せずと一色は両手でそれを隠す。
誰一人として状況を理解出来ていない空間に一色の嗚咽だけが耳に入る。
意味がわからない。会話の内容、雰囲気的にも泣かせる要素は皆無なはずなのだ。
「……ばかっ」
そう呟き一色は走って部室を出ていった。
***
さて泣いた女子の前に男子がいたとしよう。
理由はどうであれ、それを他の女子に見られていた場合、判決は男子が悪いというジャッジから入るわけだ。
いくら論理的に話をしても何故か結論が俺のせいになる訳だ。アトラクタフィールドの収束による物なのか
魔法少女のお供の仕業なのかはわからない。まったく、わけがわからないよ。
そんな事を思いながら俺は自主的に部室の床に正座し、目の前にいる女子2人を見る。
「ヒッキー?なんで正座してるの?」
「あれ、女子ってこういう時男子を悪にしたがるんじゃねぇの?だから事前に反省の意を表してるんだが」
「何を言っているのかしら偏見谷くん。たしかにあなたの言葉で一色さんを泣かせたように見えたわ。ただ一色さんの行動が不可解であなたが悪いと決めつけるのは早計だと思っているだけよ」
「うん。なんかいつも通りの会話だったし」
「比企谷くん、ここに来るまでに彼女と何かあった?」
「いや、特に何もないぞ、他愛もない会話しかしてないしな」
「となると一色さんが今まで我慢していたことが溢れた可能性があるわね。比企谷くんの度重なるセクハラ発言に我慢できなくなったとか」
えっ?何その事実無根な発言。虚言癖ですかね?それでも俺はやってない。
「それあるっ!」
「いや、ねーよ。そもそも俺の発言の内容に一色を泣かす様な言葉含めていたか?」
「それが不可解なのよ。」
「うーん。多分……もしかして……ヒッキーが最後に言ったあざといって言葉……」
えっそれ?ちょっと理由としては弱くないですかね?しかし言葉の意味の捉え方は人それぞれで最後に言ったネガティブを連想させる発言となるとそれしか無い……ということは、俺か……マジか。
「由比ヶ浜さん、それだけではどうも泣くという感情を呼び起こすには弱すぎるのよ。ただ別に原因がありそうだけれど……」
「あっ……もしかして」
由比ヶ浜が雪ノ下先輩の耳にだけ聞こえるだけの声量でヒソヒソと話し始める。
女子がよくやるやつだけれど、頼むからいうなら見えないところで話してくんねぇかな?マジで気になって俺の悪口言われてんじゃねぇのって疑心暗鬼になって首を掻きむしりたくなるぜ。
あっ、すでに罵倒は大声でされているから心配ないか。
話が終わったのか雪ノ下先輩と由比ヶ浜が俺の前に立つ。
「比企谷くん」
「ヒッキー。おすわり」
いや俺犬じゃねーし。ってかすでに正座してるし。
そんな事を言える状況では無かった。
それから俺は、お二方よりとても耳が痛くなる説教を小一時間と『あざとい』という言葉を一色に対して初めて使った事など色々と尋問されることとなった。
「覚えたての言葉を使って女の子を泣かせた比企谷くん。言い訳を聞きましょうか」
「だいぶ反省の意を表しております……」
「ヒッキー、来週絶対にいろはちゃんに謝ること!わかった?」
「はい……」
もはや俺に反論する意欲は無かった。
女の子を泣かせたのはいつぶりだろうか。昔あったな、俺の存在だけで泣かせてしまった思い出が。あれ?それ俺悪くなくね?なら昔小町を泣かせたときか?あれは後で親父を使って反撃された覚えがあるからノーカンだ。……ということは今回が初の事例だ。まぁ謝るしかないよな。
そして時間切れの合図のように完全下校時間のチャイムが部室内に鳴り響いた。
***
週が明け気だるい月曜日の平日がやってきた。
今日から中間試験の勉強期間となり、部活動が一時的に休止される。それはサッカー部や奉仕部も例外ではない。
一色にはメールで一度謝ってみたが返信は来なかった。古傷が抉られる。
ふぅっとため息を吐きながら上履きに履き替えていると、ちょうど一色がやってきた。
ふと俺と目が合う。
「……あっ」
そう呟くと素早く目をそらされ、下駄箱に靴を入れ、上履きを持ったまんま小走りで教室に行ってしまった。
ははぁ〜ん、なるほど。これはあれだ。完全に避けられていますね。難易度ヘルアンドヘルじゃないかな?俺1人だけ一撃アウトってどんなクソゲーだよ。
俺と一色は教室で喋る機会をあまり持たなかった。だからこそ教室であいつと話をするのは人目を集めてしまいかねない。
俺は様子を伺い、話せる頃合いを待つのだった。
放課後、サッカー部も休止しているし話せる時間はあるだろうと思いきや、こういう時に限って一色は他の男子やら葉山先輩と一緒に行動していたりする。
くっそ。全然話せるタイミングが掴めねぇ。
そしてタイミングを掴めないまま2週間が経過した。
中間試験も今日で終わってしまう訳だ。
自販機で無糖コーヒーを買い、作戦会議をしていた。
一色はあいかわらず俺を避けるので状況は変わっていない。
メールって手も考えたが返信来てないのに追撃とかストーカーじみてて怖がられる可能性がある。
ただ正直、メール以外での接触はできそうにない。
仲直りの術を考えるが、出そうとするカードは状況と人間関係という縛りで制限され出すことができない。
ひとつだけ縛りの無いノーマークのカードは存在する。そもそも仲直りをしなければ良いというカードだ。
つまりは関係を抹消するという事だ。いつもの俺なら迷わず選ぶだろう。
だがそれを拒む自分自身がいることに驚かされる。
俺は2ヶ月、いやもう少し長いか……だいぶ一色いろはに入り込んでしまったようだ。
しかしその期間が楽しかったのだろう。
久し振りに楽しいを体験して、そして忘れてしまっていた。
幸せの有限。俺はその有限を迎えてしまったのだ。
自ら説いた幸せの有限を超えたらその先は不幸の始まりだという言葉をかみしめた。
期限を迎えたのだったら仕方がない。その不幸を潔く受け入れようではないか。そして二度と同じ状況にならないよう自ら頭にたたき込む。
俺は無糖コーヒーを一気に飲み干し、ひとつのメールを一色に送った。
***
放課後、駐輪場に向かう途中見知った顔がいた。
今まで俺を避け続けていた一色いろは張本人だ。
入学初日も似たような事があったなと懐かしい気持ちになった。
ただ一色は目を合わせる事は無かった。
一色がここに来たのもきっと俺の送ったメールでだろう。
泣かせてすまんという旨と共に明確な関係の解消を告げた。
俺は今後一色と関わらない。これが俺なりの謝罪だ。
そしてこれから俺がすべきことはひとつだ。
お前を無視して通り過ぎればそれでお前との関係は完全に断絶される。
覚悟を決めろ。これで終わりにしよう、一色いろは。
俺は感情を塞ぎ冷静に保ちつつ一色とすれ違う。
その刹那、胸が痛んだ。
そして視界から一色の姿がなくなり、これで全てが終わったことを悟る。
そのまま自転車の元へと進もうとした……が、右片腕が前に振れない。
なぜと思い視線を片腕に向けるとどうやら袖を捕まれているようだ。
「せんぱい。なんで無視するんですか?」
久し振りに俺に対して向けられた言葉にうれしさがこみ上げてきた。
「いままで無視されていたのは俺なんだがな」
「そんな事より、なんですかこのメールの内容!泣かせてごめんとかもう関わらないとか重すぎて引きましたよ」
えっ?マジで?誠意込めて謝ったつもりなんだけれどな。あっそれが重いのか。
「いや、普通に謝ってるだけだろうが」
「そもそも、あの状況の言葉で私が泣くわけないじゃないですか〜」
「じゃあなんでだよ、俺被害被ってんだけど?」
「えーっと……あれー……えっと……アレの日が……急に来ちゃって……」
モジモジと一色がしおらしく小さく呟くような声で話す。
アレの日ってアレですかね、ムーンライトパワーの日ですかね。
男にはわからないが痛いという情報はネットに転がってるから泣くほど痛かったのだろう。
ただタイミング最悪すぎるけれどな。
「そ、そうか。なら由比ヶ浜と雪ノ下先輩にちゃんと理由説明してもらっていいか?俺今絶賛悪者扱いされてんだ」
「それよりせんぱい私お腹空きました、サイゼ行きましょ」
一色ちゃん?先に俺に課せられた誤解解いて欲しいんだけど?……まぁ、サイゼでも出来るか。
「マジかよ。面倒くせぇ……」
「おやおや?せんぱい?いつもなら速攻で断るっていう癖に今日はやけに乗り気ですね?そんなに2週間も私と喋れなかったのが堪えたんですか??」
う、うぜぇ……、今のこいつ小町以上にうぜぇ……
「変なこと言ってっと行かんぞ」
「否定しないところがあざといというか何というか……人のこといえないじゃないですか。ずるいですよそういうの!」
「なんで俺怒られてんの?」
「も〜いいです〜。はいはい〜それじゃ行きましょ」
そうして俺は自転車を引いて一色と共に歩き出した。
校門を出たあたりでちょっと強めの風が吹いた。
となりの亜麻色の髪を揺らす風は春から夏へと季節を変化させていくかのようにすこし温い湿気ったような風だった。
しかしそれでも、心地よく感じたのはきっと失うはずだった日常を取り戻せた安堵からだろうと結論づけた。
こうして、俺たちは再び関係を取り戻し、サイゼへと向かうのであった。